東方供杯録   作:落着

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酒飲み話に供する三四杯目

 涼介の意識が強い酒精の香りで引き起こされる。身体を起こそうとすると鋭い痛みが全身を走り、さらに身体は痛みを訴えるだけで動かない。

 

「う、つぅ!」

 

 痛みがうめき声となって、身体から少しでも痛みを逃がそうとする。痛みが寝起きの頭にかかる靄を晴らし、目覚める前の事を思い出す。瞼を開けばそこはどこか見覚えのある屋根の上。視線の先には萃香が一人酒盛りをしている。

 

「お、目が覚めたみたいだね」

「どう、なった」

 

 萃香が涼介のうめき声に反応して声をかける。涼介があれからどうなったかを萃香に聞く。萃香は一度にやりと笑い酒を一口飲むと話を始める。

 

「あれからすぐにあの妖獣が神社にたどり着いて、巫女をはじめとした人間たちがお前さんの店に向かったよ。そんで惨状を見つけてお前さんを探し始めているって所かね。時間で言えば一晩立って今は次の夜って所さね」

 

 萃香は楽しそうに経過の話をする。それはまるで悪戯をして驚いている被害者を見ているような愉快さがにじみ出ている。萃香は涼介が動かないのを見ると紙を巻いてある見た目の瓶から酒を空の杯に酒を注ぐと近づいてくる。

 

「ほれ、飲みな涼介」

 

 そう言って酒を差し出してくる萃香に涼介は目を見開く。涼介の瞳を見ればこいつは何を言っているんだと語りだしそうなほどの雄弁さを感じる。

 

「これは鬼の薬酒。こいつを飲めばたちまち怪我が治るさ」

 

 萃香はそう言って涼介の口元に酒を近づける。萃香に譲る様子がなさそうなことを察し、拒否したら無理やり飲まされそうだと涼介は口を開ける。萃香は涼介が口を開けるとグイッと杯を傾け、酒を流し込む。流れ込む酒の思いのほか強い酒精に思わずむせそうになるも、萃香が傾きを緩める気配が無い為に苦しいながらも我慢して無理やり飲み下していく。それでも萃香の杯を傾ける角度がきつく、酒の流れる速度が速く口の端から漏れ出ていく。

 

「ほれほれ、頑張れ頑張れ。治るもんも治らんくなるぞ」

 

 萃香は苦しそうな涼介の様子を察しながらも楽しそうに角度を緩めない。せめてもの抵抗にと涼介が萃香の目を睨みつけるも、萃香の瞳には愉快な感情が浮かぶばかりだ。しばらくして思いのほかに中身の入っていた酒が終わると萃香が涼介の口元から杯を離す。

 

「ちゃんと飲めていい子だね、くっくっく」

「くそ」

「だいぶ遠慮が無くなって嬉しいよ」

 

 萃香が涼介の悪態を笑う。その態度に不満が涼介の中で膨らみ言葉になろうとする前に、涼介の中で熱が生まれる。身体が焼けそうなほどの灼熱感が駆け巡る。折れている箇所の骨がどろりと溶解でもしたような気持ちの悪い感覚がする。

 

「アヅ、ぐぅうううぅうぅぅぅぅううぅ!!」

 

 身体中を掻き毟りたいと、身体がバラバラになりそうだからギュッと抱きしめたいと、いう衝動が咄嗟に湧き上がるも関節が砕けている為四肢が動かない。もどかしい感覚と、痛みと灼熱感を耐え切れず食いしばった口の隙間から声が漏れ出る。萃香は涼介の様子を静かに眺めている。

 

「やっぱり霊力が少ないと反応が顕著だねぇ」

 

 呑気なその声に何が起こっているのかと説明を求めるように涼介が痛みに耐えながら萃香に視線を向ける。

 

「お前さんが飲んだ鬼の薬酒は茨木の百薬枡っていう宝の力で作った鬼の酒さ。傷を治し、身体を作り直す。健常な者が飲めば一時の間強力な怪力を得る。怪我をしている者が飲めばたちまちに傷が治る。だが、これはただ身体を治すだけじゃない。霊力の弱い者ほど鬼に惹かれる」

 

 萃香が涼介を見つめながら話をする。涼介は話の内容を痛みで働きの鈍い頭で必死に考える。鬼に惹かれるという言葉に肝が冷える恐怖を感じる。

 

「じょ、う、だくうぅうう!」

「今お前さんの身体は直されながら鬼に変わろうとしているのさ」

「ふざ――」

「まぁ、そういきり立つな」

 

 叫び出そうとする涼介の声を遮り萃香が諌める。

 

「まぁ、身体が治った時点で私がお前さんの中の鬼を散らしてやるよ。だから、その辺は安心しな。そろそろ、身体も治るだろ」

 

 萃香の言葉に安堵するも、先に説明しておけと文句がなくなるわけではない。涼介は精一杯の気持ちを込めて萃香をもう一度睨みつける。萃香はクツクツと喉を鳴らして笑いをあげる。

 

「それじゃあ、私が楽しくないじゃないか。でもまぁ、この酒はお前さんが私を六人も倒した褒美だから悪いようにはしないさ、かっかっか」

 

 声に出さないのに気持ちをくみ取る萃香の察しの良さが恨めしいと涼介は瞳の力を緩めない。睨む涼介と笑う萃香、しばらくその状態を維持したまま時間がたてば涼介は身体の熱が引くのを近くする。痛みが和らぐと今度は心の中から何か獰猛な、力強い気配が広がるのを感じる。

 

 

――鬼が……

 

 

 鬼に意識を飲まれると思う直前にその感覚が引いていく。涼介の心の中にゆとりが生まれ視線を彷徨わせると、萃香が指を空に向けて立てくるくると円を描くように動かしている。身体から鬼の気配が抜けていくのを涼介は自覚する。少しすれば心身共には完全に落ち着く。むしろ、萃香にボロボロにされる前よりも調子がいいくらいだ。気がつけば左腕の古傷も治っていることに涼介は気が付く。

 

「古傷も治っている……」

「当り前さ、鬼の宝を舐めんじゃないよ」

「人が悪すぎるでしょうに」

「でも嘘は言っていないだろう?」

「わざと言わないのも同じようなものでは?」

「聞かれりゃ答えたさ」

「口を開いた瞬間酒を突っ込んだのは貴女だったと思うのですが」

「でも、あんときゃ聞く気はなかったろう?」

 

 萃香の言葉が図星で涼介は口を噤む。萃香は意地悪そうな笑いを漏らしながら酒を傾ける。涼介は動こうとしてチャリという金属が擦れる音に自分の右足首に鎖が巻き付いていることに気が付く。鎖の先は萃香の右腕の鉄の輪に伸びている。

 

「これ外してくれないですか?」

「ダメ」

「はぁぁ」

 

 あまりにも話し合う気のない拒否に涼介はため息が漏れる。妖怪の身勝手さを改めて強く感じさせる。自由気ままで人間の事情など考えない妖怪らしい萃香の様子に涼介はいくら言い募っても無駄だろうと思わされる。周囲を見れば今いる場所が博麗神社の屋根の上だと涼介にはわかる。境内の中には人の気配が感じられない。涼介が境内に視線を向けていると萃香が口を開く。

 

「まぁ、どうしても外したきゃ私から一本取りなよ」

「一本?」

「私を負かせばいいんだよ。眠る前にお前は私に喧嘩を売った。私はお前の喧嘩を買った。単純だろ?」

「勝負の内容は?」

「なんでもありさ。異変が解決するまでに私に負けたと思わせればお前の勝ち。能力だってもう使えるようにしてある。それが出来たら開放して宝もくれてやるさ」

「絶対に勝てないと思っていそうですね」

「確かにお前さんの()り方は面白いし私は大好きだったさ。だけど、昨日の晩で底も見えたからね。言うなれば異変が終わるまでの暇つぶしさ」

 

 涼介は萃香の言葉を考える。どうしたって逃げられないのは確定しているのだから挑むのは、挑戦するのはタダだろうと思ってしまう。戦えるのに勝機が全く見えなかった圧倒的な相手に挑戦できる、それは僥倖なのではないのだろうかと考える。まだまだ自分は弱いと改めて思わされたのだ。目の前の強烈で鮮烈で苛烈な鬼に挑もうと決意する。

 

「ほう、やっぱりお前さんは良い顔をするね」

「勝たせてもらうよ、萃香さん」

「これは退屈しなさそうだな、くっくっく」

 

 萃香が杯を差し出してくる。涼介も鎖を鳴らして萃香の隣に座ると空の杯に酒を注ぎ、杯を差し出す。

 

「何に乾杯する?」

 

 萃香が笑みを浮かべて問い掛ける。

 

「喧嘩の始まりに」

 

 涼介が笑みを浮かべて答えを返す。

 

「せいぜい足掻け」

「今に見てるといいよ」

「「乾杯」」

 

 二人は同時にニヤリと笑って酒を煽る。一気に飲み干し杯を屋根へと叩き付ける。

 

「言い飲みっぷりだ」

「意地があるんだよ、男の子にはさ」

「くっくっく、いいねいいね。その()、その表情(かお)、その心意気」

「せいぜい胡坐をかいて見下しているといいさ」

「それが強者の楽しみさ」

 

 たった二人の宴会が人気のない神社で行われる。見下ろす鬼と見上げる人間が同じ目線で酒を酌み交わす。この喧嘩がどのような結末をもたらすかをまだ二人は知らない。

 それから涼介の挑戦が始まる。霊夢は異変の調査に出ているようで涼介が目を覚ましてから博麗神社はずっと無人のままだ。時折遠くの空が弾幕で彩られることから何かしらの調査が行われているのだろうと察せられる。萃香の宣言通りに涼介は萃香が食事をしている時、酒を飲んでいる時、寝ている時、弾幕を眺めている時隙が有ろうとなかろうと挑みかかる。

 

 

 

 

 

「あぁ、くそまた骨を……」

「甘い甘い、鬼の膂力を舐めちゃいかんよ」

「またこの酒を飲むのか……」

「恵まれてんだ、文句を言わずにスパッと飲みな」

 

 骨を折られれば薬酒を飲み、萃香に鬼を追い出してもらう。

 

「この鎖、本当に邪魔だな。奇襲になりゃしない」

「そりゃジャラジャラならしてりゃ奇襲にならんさ」

「ほんと性質が悪いな、萃香さんは」

「くっくっく、妖怪何て多かれ少なかれ性質が悪い物さ」

 

 鎖をどうするか頭を悩ませる涼介を、萃香が機嫌よさげに見て笑う。

 

「なんで意識が落ちない!?」

「私が自分の意識を萃めているからさ。能力の練度が甘いね」

「狡すぎるだろう、その能力!!」

「お前さんのだって十分似たようなものさ」

 

 能力での練度の違いで頼みの綱を断ち切られる。密と疎を操る萃香の能力に涼介が不満を漏らす。

 

 

 

 

「もう諦めたか、涼介?」

「諦めは悪い方だと自覚しているよ」

「あっはっは、馬鹿な人間は好きだよわたしゃ」

「こんなにうれしくない好きは人生で初めてですね」

「嬉しそうな顔をしておいて良く言うよ。鬼に嘘を言うんじゃないよ」

「痛い痛い痛い!つねらないでくれよ!!あぁ、いたたた、肉が千切れるかと思った……」

「だったら鬼に向かって嘘をつかないことだね」

 

 涼介が萃香につままれたところをさすりながら不満を漏らす。目覚めた日から次の夜、また萃香と二人で杯を交わす。霊夢や他の妖怪の姿をあれからまだ見ていない。人気のない境内で二人きりの宴会が今日も続く。二人の距離は出会い方から想像が出来ない程の穏やかさを感じる。互いが互いに好意を持っている様子を隠すことが無い。明け透けなやり取りが行われる。

 

「だからと言ってどうするんだい?頼みの能力も効かないんじゃ厳しいだろう」

「それを考えているのさ。それに意識を萃められる前に落としてしまえばいい話だろう?」

「それが出来ないから困っているのに随分簡単に言うじゃないか」

「それが困難だから頭を悩ませて苦難の声を上げているじゃないか」

 

 萃香が涼介の答えを聞くと愉快気にからからと笑いながら酒を煽る。

 

「まったく、飽きない人間だね」

「褒められているんだろかね、それは」

「最高の褒め言葉さ」

 

 萃香の言葉に涼介がため息をつく。退屈をつぶせるとは妖怪からすればかなりの褒め言葉となるだろう。その妖怪が長命であればあるほど褒め言葉としての価値は上がるだろう。そのことを何となく感覚で察している涼介は内心では嬉しさをかみしめる。昨晩から何度負け続けているか分からないのに認める言葉をくれる萃香に認められている心地がして心がこそばゆい。

 

「そういや聞くと言って聞いてなかったね」

「何かありましたっけ?」

「あれさ。お前は私の一人が消えるのを見た時に悲しげな顔していたじゃないか、理由を聞くとあの時言っていたのを覚えてないかい?」

 

 萃香の言葉にその出来事を思い出す。涼介の胸に苦々しい思いが思い起こされる。

 

「思い出したみたいだね」

「別の話をしないかな?」

「まぁまぁ、話をしてみなよ。私の酒を飲んでんだからさ」

 

 萃香がなぁいいだろとでも言いだしそうに涼介の身体を揺する。兄に対して駄々をこねる子供の様に見える。揺すられている側がの身体がガックンガックンと高速で揺れていなければと注意書きがつく。

 

「すい、ちょ、やめ――」

「良いだろー、ちょっとくらい話せよー」

「わか、は、だか――」

「聞いたからな、嘘はダメだぞ」

 

 萃香が涼介を揺さぶるのを止めると、涼介が四つん這いになり吐き気を抑えるように深呼吸を繰り返す。きゃっきゃと楽しげに手を打ち鳴らす萃香に恨みがましい視線を向けながら涼介は気分を落ち着ける。涼介の恨みがましい視線を肴に萃香は酒を飲み、涼介の気分が落ち着くのを待つ。

 

「はぁ、全く勘弁してくださいよ。馬鹿力なんだから」

「私より力の強い鬼だっているさ」

「萃香さんより強い鬼何ているんですね」

「私はこれでも妖怪の山の四天王の一人と言われていたんだ。同じ四天王の一人が私より怪力なのさ」

「妖怪の山っていうと天狗のいる?」

「そうさ、天狗たちも私ら鬼が仕切っていたんだよ」

「何となくわかっていましたけど萃香さん大妖怪だったんですね、やっぱり」

「それを知って態度が変わらないお前さんはやっぱり面白いね」

 

 クスクスと笑い萃香が酒を煽る。涼介はその様子に少しだけ疲れたように肩を竦めると、自らの話題に触れるのを少しでも先延ばしにできればと口を開く。

 

「と言うことはたくさんの鬼が昔は山にいたんですよね?他の鬼はどこに行ってしまったんですか?」

 

 萃香の表情が僅かに曇る。新たな酒を杯に注ぎ、口内を潤す様に一口飲む。

 

「そうさね……それを聞きたいならまずは涼介の話を聞いた後だね」

 

 今度は涼介の顔が僅かに曇る。涼介は手元の酒をグイッと煽り、杯を空にすると新たな酒を注ぐ。萃香が涼介に水を向けるように言葉を投げかける。

 

「それでどうしてお前さんは痛ましそうな顔をしていたんだ?」

「それは……そうですね。昔を少し思い出していたんです」

「消える私を見てかい?」

「えぇ、そうですね。私はもともと外で生きていて、そこで一人の妖怪に会いました」

「あぁ、確か涼介は紫が外から連れてきたんだろう。私が涼介について元から知っているのはそれくらいと、紫が友人だと言っていたことだけだな」

「ははは、何というか。萃香さんらしい感じがしますね」

「知りたきゃこそこそ誰かに聞かずに自分で聞くか確かめるさ」

「それでおメガネに叶ったと?」

「あぁ、想像以上に面白い奴だったよお前さんは」

 

 涼介が嬉しさ半分迷惑半分で苦笑する。話を進めようとさらに酒を飲み口の滑りをよくする。酒で潤った口で話題を戻そうと言葉を重ねる。

 

「それで消える萃香さんを見て、外でその妖怪が死ぬ時の事を思い出したんですよ。彼女は消えるように死んでいきました」

「へぇ、そうかい。それでそいつとお前さんの関係は?」

「恋人同士でした」

「そいつは……難儀だねぇ」

 

 萃香がどこか複雑さを感じさせる声でつぶやくと続く言葉を呑み込む様に酒を流す。

 

「それじゃ次は萃香さんの番ですよ」

「私かい?そうだね……私ら鬼は人間が大好きだったんだ」

「それはなんとなくわかりますね。自分で言うのもアレですけど萃香さんって、足掻いて工夫している人間を見るの好きですよね」

「おぉ?どうしてそう思うんだい?」

「だって私が考えている時は酒が片手にありますけど楽しそうに見ていますよね。なんか妖夢を見るゆゆさんを思い出しますね。それに工夫や考えたことを実行した時もなんだかんだとねじ伏せた後に褒めてくれるじゃないですか。それだって成長した橙を褒める藍さんみたいですからね、そうなのかなって思っていたんです」

「お前さん結構目ざといね」

「萃香さん程じゃないですよ」

「くくく、年季が違うさ」

 

 萃香は本当に嬉しそうに笑うと機嫌よさげに酒を飲む。失くした宝物を見つけた子供の様な見かけ相応の笑顔を浮かべる。

 涼介は見守る様な、成長を喜ぶある種親の様な萃香の様子にこの短い時間で好意を抱くようになった。だからもっと鬼の事を知りたいと涼介は思う。

 

「それで人間好きな鬼はどこに行ってしまったんですか?」

「地底に籠っちまったのさ……一人残らずな」

「それは……なぜ?」

「人間が嘘をつくからさ。だから鬼は愛想つかして消えちまった」

 

 涼介は話がよく見えず萃香にかける言葉が見つからない。萃香は涼介の様子に苦笑すると言葉を続ける。

 

「私ら鬼が強すぎて努力の方向がお前さんとは違って、嘘に変わっちまったのさ。酒盛りに呼んで毒を混ぜたり、迷い込んだ人間のふりをして寝首をかこうとしたりな。だから鬼は人間に愛想つかせて消えたんだ。人間みんながお前さんみたいだったらこうはならなかっただろうね」

 

 萃香は杯の水面に映る自分を静かに見つめた後、水面の自分の姿を隠す様に杯の中の酒を飲み干す。

 

「好いた相手が死んでしまった私と、好いた相手が変わって居なくなってしまった萃香さん達()は似ている所があるかもしれませんね。一緒にするなと言われてしまいそうですけどね、ははは」

 

 涼介は元気のない萃香を励ましたくて冗談めかし嘯くように言ってみせる。萃香も涼介の気遣いを察したのか杯に新たな酒を注ぐとニヤリと笑う。

 

「両想いだったお前と、片思いの私らを一緒にするんじゃないよ」

「こいつは失敬」

「まったく本当に飽きない人間だね」

 

 クツクツと萃香が笑う。

 

「それで地底に籠ってしまった萃香さんがどうして地上で宴会を起こす異変をしているんで?」

「どうしてだと思う?」

「今年は春が短くて宴会が少なかったからって理由ではないんでしょう?」

「実はそれもちょっとだけあるのさ」

「それは……何とも呑気な異変ですね」

「私もそう思うよ」

 

 涼介は萃香が話す気が無いのだと思い、これ以上追及することなく酒を飲む。明日は前回の宴会から三日目で最初の異変から十九日目の七回目の宴会が行われるはずだと涼介は考える。その時ならば萃香から一本取れる隙が生まれるだろうと涼介は考える。その隙をついてどう萃香を突破するか考えようと思考に耽ろうとする涼介の耳に萃香の声が聞こえる。

 

「今の幻想郷は騒がしい……変化が起きている。だから、こうやって宴会をして騒いでりゃ、喧騒に惹かれたアイツらも戻ってくるんじゃねかと思って宴会を起こしているのさ」

 

 萃香はそう言うと楽しげに喉を震わす。遠くを眺める萃香の視線は過去の世界か鬼が戻ってきた未来を夢想しているのかどちらだろうか、涼介にはわからない。その様子に今まで見たどんな時でも堂々としている萃香らしくないと思い言葉をかけようとするも涼介は口を噤む。

 

 

――過去を引きずっている私が言っていい事では無い

 

 

 涼介はそう思うと言葉を呑み込む為に酒を飲む。その後二人は萃香が拡散した自分が見た巫女たちの話をし、涼介は普段の彼女たちの話をするなど夜が明けるまで話は続いた。夜明けとともに涼介は軽く眠りにつき、夜に異変に、萃香に勝つために英気を養う。異変の終結は近い。

 

 

 

 

 日が落ち、夜がやってくる。神社の境内に人妖達が集い始める。人に亡霊、悪魔に魔女、天狗、花妖怪、妖精にとその様は混沌とした百鬼夜行の様にも見える。神社の屋根の上にいる涼介と萃香に気が付く者はいない。萃香が能力で自分たちに向かう注意を散らして見えても認識できなくしている。

 

「異変解決に動いている人間たちの姿が見えないね」

「萃香さん、ずっと見ていたんじゃないのですか?」

「最後位驚きが欲しくて今日の朝には見るのをやめちまったよ」

「へぇ、真相というか犯人が分かっているといいですね」

「私の隙をつくためにかい?」

 

 萃香が笑みを浮かべ涼介を見る。涼介は笑顔を浮かべるだけで何も答えない。萃香は涼介の様子にこれは楽しめそうだと笑みを深める。しばらく経てば集まった人妖達が宴会を始める。涼介と萃香もつられて酒を飲み始める。霊夢、魔理沙、咲夜、妖夢の姿はいまだ見えない。

 

「うぅん、これはまた三日後になりそうかねぇ」

「いや、たぶん今日で終わりだと思います」

「嫌に確信的じゃないか」

「私はあの娘たちを知っている、萃香さんは知らない。その違いですよ」

「なるほど、良い信頼だね」

「私は裏切ってしまったけどね」

「もっと強く成りな」

「そうですね……強く、強くなりたいなぁ……」

 

 涼介の羨望のこもった声に萃香が笑いを漏らす。視界の端に神社の境内に向かって飛んでくる人影が見える。近づけば霊夢達四人であることが分かる。霊夢達は神社の境内の上空に止まると身体を軽くほぐす様に動かすと言葉を発する。

 

「ほら、紫。さっさとしなさい」

「そうだぜ、スキマ。ここで逃げるとまた酷いぜ」

「追い詰めてまた同じことの繰り返しをする時間の浪費は願い下げね」

「さぁ、紫さん。観念してください」

 

 四人が空間に向けて話しかけると、スキマが現れボロボロの服を纏った紫が出てくる。服のあちこちが焦げ、解れ、切れている。明らかに四人がかりでボコボコにされたのだろうと解る跡が見て取れる。

 

「しくしく、こんな目に合うなんて悲しいわ霊夢」

「あの日にあんたが、涼介さんが店にいるように仕向けたことは割れてんのよ」

「私も霊夢も聞いているんだ。今更言い訳は見苦しいぜ」

「だから前日に言いに行ったのに、その日に二人も店に行くなんてついてないわ」

「どうでもいいからさっさとしなさい。時間がもったいないわ」

「紫さんもまた三日も追われ続けるのは勘弁願いたいのではないですか」

 

 涼介は会話の内容から紫がこの三日間ずっとあの四人から逃げていたのだと知る。萃香も人間四人の容赦のなさについつい苦笑いを漏らす。鬼みたいな勝手さに人間もやるもんだと感心する。紫は一度わざとらしくため息をつくと手に持つ扇子を涼介達に向けて構える。萃香の纏う気配が変わる。涼介が萃香を二人気絶させた後に見せた真面目な雰囲気となる。涼介も周囲の変わり始める雰囲気にいよいよ始まると、萃香の後方で杯を傾けながらその時を静かに待つ。紫が言葉を発する。

 

「しょうがないわね。ほら、あなた達にも見えるようにしてあげるから良く見なさい」

 

 紫が手に持った扇子を下に向かって空をなぞる様にゆったりとおろす。紫の背後に並ぶ様にいる四人の瞳が涼介と萃香をとらえる。

 

「あれ、どうした紫?というか、そいつら何?」

 

 萃香が惚けるように口を開く。涼介はひとまず自分の出る幕ではないと静かに杯を傾ける。

 

「紫、あのちっこいのが異変の犯人でいいのよね」

「まぁ、そうだろ。後ろにあのバカもいるし」

「と言うか涼介さん……呑気にお酒飲んでいるんですけど……」

「あの店の惨状を見た時の私と妖夢の心配を返してほしいわね」

「ほら、言ったじゃないか。賭けは私と霊夢の勝ちだぜ」

「もう私は下に降りて見ていていいかしら?」

「あぁ、もうあんたに用はないわ」

「霊夢ぅぅ」

「あぁ、もう引っ付くな」

 

 霊夢達の話から察するに涼介の安否で賭けが行われていたらしいと涼介は察する。信頼されているのか、呆れられているのか分からないなと涼介に苦笑が浮かぶ。

 

「おいおい、まさか完全無視喰らうとは思ってもみなかったよ」

「幻想の空飛ぶ少女達は私とは比べ物にならないくらい逞しいですよ」

「根性見せなよ、涼介」

「頑張っている途中ですよ」

「情けない」

「そこのアンタ。うちの神社で宴会起こすのやめなさい、迷惑よ!!」

「別の場所ならいいのかよ、霊夢……」

「私に迷惑が無いならいいわ」

「何故、霊夢が博麗の巫女をやっているのか、私時々本当に良くわからなくなる」

「何よ、妖夢。文句あるの?」

「ほらほら、霊夢も妖夢も喧嘩しないで」

「いえ、私は別に――」

「あぁ、もうじれったいさっさとやって異変を終わらそうぜ」

 

 魔理沙がそう言ってスペルカードを構える。

 

「さぁ、だれとやりたい。選びな!お勧めは無論私だぜ」

「はぁ、私がやるからあんたは引っ込んでなさいよ」

「いいえ、ここは私が。お嬢様も見ているので是非」

「私が涼介さんを助けます!!」

「いやいや、無視の次はモテモテだねぇ」

 

 魔理沙が快活にそう言って笑ってみせる。すると、相手を争う様に霊夢が、咲夜が、妖夢が名乗りでる。萃香が楽しそうに笑うと指を持ち上げくるくると回す。

 

「四人一辺に相手をしてやるよ」

 

 萃香の言葉と共に幻想郷中に薄く広がっていた妖力を帯びる妖霧が境内の上空に集まり始める。霧は四つに分かれ集まると、四人の萃香が現れる。

 

「「「「さぁ、やろうか」」」」

「これは面倒くさそうね」

「これ以上増えないよな。そうなったら面倒だぜ」

「六人以上には増やさないって約束してやるよ」

「五人目は誰と闘うのかしら?」

「早い者勝ちと言う事で構わないのではないですか?」

 

 萃香がこれ以上増やさないと宣言し、咲夜が配分に疑問を呈する。妖夢が刀を抜いてわかりやすい答えを出すと、他の三人も頷きを持って返答とする。

 

「それじゃあ五人目を倒した人が説教を出来るで良いわね」

「それでいいわ」

「問題ないぜ」

「私もそれで問題ない」

「いや、それ普通に問題あると思うのだけれど私だけだろうか」

「涼介さんの意見は聞いてない」「しおらしくしているといいぜ」

「反省がまだ足りないみたいですね」「幽々子様の冗談よりも性質が悪いです」

 

 涼介が苦言を呈するも四倍になって返ってくるためこれはもう諦めようと口を閉ざす。萃香はクツクツと喉を鳴らすと視線を空の少女達に向ける。それぞれが一人の萃香と対峙して、互いの邪魔にならない様に距離をあける。全員が空でカードを掲げる。

 

「そろそろ宴会開始の時間ね。涼介さんを返してもらうわ」

「真実は眼では見えない、耳では聞こえない、真実は斬って知るもの。貴女の真実見せてもらうわ」

「学ばない馬鹿への説教の前にお前を倒さないといけないようだな」

「妖怪退治は私の仕事。倒す事は出来て当然なのよ」

「「「「我が群隊は百鬼夜行、鬼の萃まる所に人間も妖怪も居れる物か試してみるといい!!」」」」

 

 宴会場の空に数多の弾幕が花開く。


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