東方供杯録   作:落着

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見つめた先は過去の世界
恋の話に供する三一杯目


 カウンター席から少しだけ身を乗り出しながら、少女が涼介に語りかける。

 

「涼介さん、また今日も神社で宴会するみたいですよ。お父さんが、お酒が売れると喜んでいました」

「またなのかい?これで三回目じゃなかったかな?」

「そうですね、最初の一回が六日前で、三日前に二回目、今日で三回目ですね」

「はぁぁ、今年は春が短かったからそのせいなのかな?」

「さぁ、どうなのでしょうね?」

 

 里で懇意にしている酒屋の主人の娘である綾香と涼介が桃源亭で話をしている。出てくる話題は神社での宴会だ。一回目と二回目の時も魔理沙に誘われはしたが、気が乗らず、神社も遠いので涼介は断っていた。

 

「また何かの異変とかなのでしょうか?」

「お酒をみんなで集まって飲む異変かい?それは素敵だな」

「涼介さんザルですもんね」

「酒精を自分の中から落として出しているだけだよ」

「能力でしたっけ?いいなぁ」

「ははは、そうだねぇ」

 

 綾香のうらやむ声に涼介は分からない程度に気のない返事をする。能力も一長一短だと知った。人とは違う寿命を持ってしまう咲夜、誰にもソロの演奏を聴いてもらえなかったルナサ、持つ者の贅沢と言われるだろうが良い事ばかりでもないのだ。

 

「あっ、そろそろ帰らないと」

「そうだね、親方に怒られてしまうよ」

「もっとお話ししていたかったなぁ」

「可愛い売り子の綾香ちゃんがいないと親方も困ってしまうよ」

「ふふ、可愛いだなんて嬉しいなぁ」

「はい、後で食べられるようにと、親方たちに土産のクッキーだよ」

「わぁ、ありがとうございます……あれ、でも私――」

「これはサービス、日ごろの心づけさ。綾香ちゃんは良く店に来てくれるし、親方も私の我が儘なんかを聞いてくれたからね」

「お父さん、しかめ面していましたけど本当は喜んでいたんですよ。夜に落酒飲みながら嬉しそうに話していました」

「それは良かった。じゃあ、親方にもまた無くなったら作りに行きますと伝えておいておくれ」

「はい、任せてください。きっとすぐに呼ばれますよ」

「幻想郷のみんなはお酒が好きだよね」

 

 涼介のその言葉で綾香は笑みをこぼすと小さく手を振り帰路へとつく。カランカランと鈴が鳴り、扉が閉じる。綾香の使っていた食器類を下げ洗い始める。他の客も綾香の様に仕事に戻ってしまい、店はピークを過ぎている。このまま後は気が向いた空飛ぶ少女たちが来るのを待つだけと涼介は気長に待つ。

 

「あぁ、そうだ。せっかくだから起きているか声をかけてみようかな」

 

 涼介はそう言葉を漏らすと首にかけているレティの結晶の力を落している能力を解く。僅かにひんやりとする妖力が結晶から感じられるようになる。

 

「レティ?レティ、起きているかな?」

『どうかされましたか?』

 

 涼介の視線の先の空中に氷文字が現れる。涼介はレティの氷文字を確認すると笑みを浮かべる。

 

「起きている様なら話し相手になって貰おうかなと思ってね」

『相変わらず呑気な性質は変わらないようですね』

「嫌だったかい?」

『構いませんわ。それに私も暇を持て余していましたので』

「それは良かった。もうそろそろ夏も本格的に始まるから、レティも外に出られなくて刺激が少ないよね」

『最近暑くて暑くて大変です。チルノを保冷剤代わりで抱き枕にしてしまいたい位ですね』

「それは……大ちゃんが寂しさで爆発しそうだなぁ」

 

 チルノを取られた大妖精が一人寂しげに落ち込んでいる様子がありありと思い浮かべられ涼介に苦笑が浮かぶ。

 

『私は外にも出られず時間も有り余っているのに、貴方が声を聞かせてくれないので一人寂しく氷像を眺めているのですよ』

「それは私も知っている人かい?」

 

 レティのいう氷像とは過去に凍らされた人達のことである。その人達にも色々と歴史があるらしく、以前の話し合いの際、涼介もこうやって保存したいと説明と共に何体か見せてもらった。もう死んでしまっている人たちで魂も閻魔の所に行った後の抜け殻の肉体である為、手を合わせるだけにとどめた彼らの中の誰かなのだろうかと、レティに疑問を投げかける。

 

『この子は貴方には見せていない子ね』

「どんな人だったの?」

『そうねぇ……貴方みたいな人だったわ』

「私みたい?」

『そう、貴方に似ている所のある人間だったのよ』

「どんな人だったんだい?」

 

 レティの儚さを感じさせる細く薄い文字に涼介は興味を引かれる。氷の厚さや透明度で感情を表現するレティの感性にはいつも舌をまく。

 

『この子はね、今からずっとむか――』

 

 

――カランカラン

 

 

 扉の鈴が鳴り、視線が文字を形作っている最中のレティの氷文字から来客へ向く。扉には買い物袋を抱えた妖夢がおり、驚愕をあらわにしている。

 

「冬妖怪!!」

 

 妖夢がレティの妖気を感じ取り、霊気を発する。

 

『あら、半人前の剣士さんですね』

 

 レティの氷文字が先ほどの作りかけの文字列から変化して妖夢を挑発し、周囲に漏れ出る妖気が増す。からかう様なレティと真剣な様子の妖夢を見比べ、涼介はそういえば妖夢にレティと和解したことも、氷の結晶の話もしていないことに気がつく。というか、異変後の宴会から結界を修復しない事への対応やら、幽霊の脱走ブームなどで妖夢が忙しく話せていないのだ。

 

「また、涼介さんにちょっかいを出しているのですか!?」

『あら、私がどうしようと私の勝手ではないかしら、貴女に関係あるの?』

「涼介さんは私の友人です!害するのならば許しません!!」

『あら、あらあらあら。貴女もメイドの御嬢さんとはまた違っていいわね、氷像に興味はないかしら?』

「このぉっ!!」

 

 妖夢が買い物袋をおろし、腰に差す剣に手を伸ばす。さすがにまずいと涼介は思い、声を上げる。

 

「妖夢、落ち着いて!レティもあまりからかうものではないよ。悪戯がすぎるね」

 

 涼介が能力を広げ、妖夢の霊気を落とし、レティの氷文字を作る以外の妖気も落とす。涼介のレティにかける呆れを含んだ気安い声の調子に妖夢が目を白黒させる。

 

「え、涼介さん?どういう……」

「あぁ、ごめんね妖夢。説明していなかったよね。座りなよ、何か飲みながら話そう」

「あ、はい」

『それなら私はひと眠りいたしますね。また()()()()でお話をしましょうね』

 

 レティは二人きりを殊の外強調するような文字を作ると眠りに落ちるのか、浮かんでいる氷の文字がサラサラと端から崩れていく。文字がすべて消えると、レティの妖気もあたりから感じられなくなる。

 

「涼介さん、一体どういう事なのですか?」

「まぁまぁ、ひとまず何か飲み物でもどうかな?妖夢にはまだ私の淹れる珈琲は飲んでもらった事がないからね」

「え、っと……それでは」

 

 妖夢はそう言って釈然としないものを感じながら涼介に勧められお品書きに目を通す。妖夢の様子に涼介は相変わらず妖夢は生真面目だと笑みを深める。妖夢は妖夢で、先ほどの混乱がまだ抜けきらず、さらには見知らぬ飲み物に目が滑り視線がお品書きを行ったり来たりする。

 

「その、あの、涼介さんのお勧めで」

「ふふ、畏まりましたお客様。ちょっと待っていてね、妖夢」

 

 涼介は少しだけ何を出そうかと頭をひねるも、視界の端に入った物で妖夢に供する一杯を決める。

 

 

――喜んでくれるだろうか?

――不満そうな顔をしながらも美味しく飲んでくれそうだな

 

 

 などと考えながら深めの焙煎豆をミルで挽き、温かいブラックコーヒーを淹れる。そしてそれを妖夢の前に提供する。

 

「あ、ありがとうございます。シンプルな珈琲ですか?」

「妖夢少し待って、これで完成ではないんだよ」

 

 涼介はそう言って、足元の棚方お茶請けで出すお菓子を取り出す。白くてふわふわしたお菓子、マシュマロを取り出すとそれを五つ妖夢の目の前のカップに落とす。

 

「はい、妖夢。マシュマロコーヒーだよ。妖夢にピッタリだね」

 

 涼介は笑みを浮かべて妖夢に告げる。妖夢と自分の周りに浮かぶ人魂をマシュマロに見立てた一品。妖夢はそのことに気が付くと少しだけ不満そうに口をとがらせる。

 

「私の半霊はマシュマロじゃありません……」

「知っているさ、だから半霊珈琲とは言わなかったじゃないか」

 

 妖夢は涼介の様子に諦めたように肩を竦めると視線を目の前のカップに落とす。温かい珈琲に浮かんでいるマシュマロがしゅわしゅわと小さく音を立てながら溶けている。黒い水面に白が広がっていく。その光景が少しだけ楽しく見えるから不思議だと妖夢は思う。なんだかんだと言って、目の前の友人の気心知れた遠慮の無い対応が、適当なものではなく自分になぞらえた一品を出してくれることが、たまらなく妖夢にとっては嬉しい。

 

「まったく、仕方ないのでこれで許してあげましょう」

「うれしそうな顔でそんな風に言われても説得力がないよ、妖夢」

「もう、本当に涼介さんは困った人です」

 

 妖夢は口元の笑みを隠す様にカップを口に運ぶ。溶けたマシュマロの甘みと、まだマシュマロの溶けていない珈琲の苦味が口の中で混ざり、爽やかな甘みとなって広がる。溶けたマシュマロのホイップクリームの様な口当たりも飲んでいて楽しめる。カップから口を離せば、先ほどとはまた違う理由で笑みが浮かぶ。涼介が妖夢を見てクスクスと笑いを漏らす。

 

「今度は何がそんなに面白いんですか?」

 

 微笑ましい物を見て笑うというより面白い物を見て笑っている様な涼介の様子に妖夢が疑問の声を上げる。涼介は綺麗なお手拭を妖夢に差し出しながら口を開く。

 

「妖夢、お髭が付いているよ?」

 

 妖夢が涼介の言葉で上唇に溶けたマシュマロの感触が僅かに有る事に気が付くと、顔にさっと赤みがさす。差し出されたおしぼりで口元を拭い、そのままそれで口元を隠したまま声を上げる。

 

「涼介さんは亡霊じゃなくなっても幽々子様みたいに悪戯好きです!亡霊かどうか何て関係ないじゃないですか!!」

 

 涼介の笑い声と妖夢の怒った声が店の中に響く。楽しげな喧騒が店の外に漏れ出るほどの互いに遠慮のない空間が作られる。その後、妖夢は涼介に渡されたスプーンでマシュマロをしっかりと溶かし込みカプチーノ風にして珈琲を飲み進めていく。

 

 

 

 

「もう、本当にもうです」

「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ、妖夢」

「本当に反省しているんですか?」

「しているよ、でも美味しかったでしょう?」

「それは……そうですけど」

「また、頼んでね」

「やっぱり反省していないじゃないですか!」

「今度は最初から混ぜれば大丈夫だと解ったじゃないか」

「もう、お稽古を再開した時に酷いですからね」

「お手柔らかに」

「知りません!!」

 

 また稽古に時間を割いてくれると当たり前の様に言う妖夢に涼介は嬉しさがこみ上げる。忙しいのに、自分の為に時間を作ってくれる妖夢の気遣いが心地いい。

 

「心配してくれてありがとうね、妖夢」

「っ!ずるいですよ……急にしおらしくなるなんて……」

「はは、ごめんね。それとさっきも私の為にありがとう」

「そうです、それです。冬妖怪の気配がしましたけどなんだったんですか?」

「これさ」

 

 涼介はそう言って、服の下にあるレティの氷結晶を妖夢に見せる。

 

「それはあの時の?私が壊したはずでは……」

「異変の後にレティと話し合いをしてきてね、また貰ったのさ」

 

 妖夢がレティの作った結晶に驚愕し目を見開く。思い出されるのは未熟な自分の蛮行だ。苦々しい思いが妖夢の口を重くする。涼介は妖夢の様子を察し言葉を重ねる。

 

「気にしないでと言っても妖夢は気にしてしまうのだろうね。でも、こう言うのは悪い気がするけど私は斬られて良かったと思うんだ」

「涼介さん?」

「私はあの時、周りからみて完全に死んでいた。霊となり記憶が無くなったからこそ、死んで成仏した様に周囲から私の存在が失われていたと思う。だからこそ、自分が死んでしまえばどれだけ周りを傷つけるか、どれだけ大切に思ってくれていたか知ることが出来たんだ。そこまでされないと解らない私は本当に馬鹿なのだろうね」

 

 妖夢は涼介の話を静かに聞く。

 

「私はさ、幻想郷に店を構え、根を下ろしたつもりでいたんだ。でも、どこかで地に足がついていなかったんだろうね。けれど、私は妖夢のおかげで学ぶ機会を得られたんだ。だから感謝こそすれ恨んでなどいないよ」

「私も……私も、あの出来事で多くの事を学びました。祖父の言葉を考えるようになりました。あの出来事は私を大きく成長させてくれました」

「じゃあ、あれは良い出会いだったね。忘れられないインパクトもあったしね」

 

 涼介は最後の言葉は軽い調子で言ってみせる。妖夢も心に引っかかっていた物の整理が少しだけつき笑みを浮かべる。忙しさを理由に心の底にしまいこんでいたわだかまりから目を逸らし、来店を避けていたのだ。これからは、もういつでも店にこれそうだと妖夢は思う。

 

「そうですね。それぐらいのインパクトのある出会い方でもしていないと、涼介さんから忘れられてしまいそうですからね」

「ひどいなぁ、そんなことはないよ」

「だって、涼介さんの周りにはたくさんの人がいますから、私なんて埋もれてしまいます」

「妖夢も十分印象的だよ」

「もう、その笑顔だけで理由は聞きたくありません」

「残念」

 

 互いに軽く笑いを漏らす。

 

「それでは、その氷の結晶についてお聞きしましょう。師匠として見逃せません」

「はてさて、お許しが出るように頑張らないとなぁ」

 

 

 

 

「なるほど、それでしたら害と言うか敵対的なことは無いのですね」

「そうだね、死後に死体を渡すとは約束していないけれど死ねば能力も途切れて死体の場所も分かるから回収に来るのではないのかなぁ」

「呑気ですね……」

「ほら、死ねばただの肉だから」

「達観しすぎだと思いますよ、涼介さんは」

「霊の存在を知り、さらには一度なってしまったからね。肉体がただの器であり、霊に本質の魂があると思えてしまうんだ」

「普通はそういう風に考えないと思うのですが」

 

 妖夢の顔に苦笑いが浮かぶ。別に、困っている訳でも、涼介の考えを苦々しく思っている訳ではない。ただ、涼介らしいと、仕方ない人だという思いが妖夢に苦笑させる。

 

「外から幻想郷にきて、里から離れた場所に店を開くくらいだから少しくらい周りとは違うさ」

「そういえばそうでしたね……涼介さんが幻想郷に来たきっかけはなんだったんですか?普通に迷い込んでしまったのですか?」

 

 ふと頭に浮かんだ疑問が妖夢の口をつく。

 

「そうだねぇ……」

 

 涼介が考え込む様に言葉をためる。妖夢は涼介の答えを静かに待つ。自然と涼介の口が開く。以前は話そうと思えなかった話が自然と口をつく。

 

「私は外の世界で一人の妖怪に出会ったんだよ」

「外の世界でですか?」

「そう。その子が妖怪なのを知ったのは幻想郷に来る前に、紫さんに誘われた時教えてもらったんだよ」

「その妖怪の方はどこにいらっしゃるんですか?」

「死んでしまったよ」

「……どうしてですか?」

「私の能力が外の世界でその子の周りにあった恐怖を奪ってしまってね、衰弱死させてしまった。今思うと、妖怪から身を守ろうとする能力の自己防衛だったのかもしれないね」

「そう、ですか。どんな関係だったのですか?」

「私とその子、最初は仲が悪くてね。私の能力に本能的に危機感を覚えていたのだろう。だけど、私は敵意を抱かれることが初めてで興味を持ってしまったんだよ。だから惹かれてしまった」

「妖怪に惹かれた?」

「そうだよ。私は彼女に恋をした。何度も何度もすげなく振られたけど、最終的には私の粘り勝ちさ。能力で時間をかけて籠絡しただけかもしれないけどね」

 

 寂しげに最後に言葉を涼介が呟く。その言葉に返す言葉を妖夢は見つけることが出来ず、それより前の言葉への返答をする。

 

「涼介さんが追いかけ続ける姿が想像できないですね。いつも自然体で、熱くなることは無さそうなのに」

「私も意外だったよ。でも実は私は熱いハートをしていたらしい」

 

 涼介と妖夢は、涼介のその言葉にクスリと笑みを同時にこぼす。

 

「そんなこんなで恋人に成れたのだけれど、彼女は一年くらいすると弱り果てて寝た状態から起き上がる事も出来なくなってしまった。最後は私の腕の中で溶けるように消えてしまった」

「それは……」

「レミリアさんにも言われたんだ。妖怪と人間の恋は悲恋しか生まれないと。存在の違いはそんなにもどうしようもないものなのだろうか……」

「私は、私もそう思います」

「レミリアさんの様にかい?」

「はい」

 

 妖夢が何か確信を持った強い瞳で涼介を見据える。

 

「それはどうしてかな、妖夢?」

「私の祖父は私と同じ体質でした。しかし、祖母は普通の人間だったそうです」

「寿命が違いすぎるね」

「はい。父が生まれたあとしばらくすると自分だけゆっくりと歳をとる事が祖父には耐え切れず、仕送りだけをし、家族を白玉楼からだしました。それでも時折顔を見に行っていたそうです。しかし、祖母が死ぬと祖父は、私は死んだものと思えと独り立ちした父に告げると連絡を絶ったそうです」

「それはどうしてだろうね」

「自分より絶対先に死ぬであろう息子夫婦や孫に耐えられなかったのだろうと幽々子様が言っていました」

「祖父ではなく、ゆゆさんから聞いたのかい?」

「祖父は口下手だったみたいです。私がなまじ祖父の少ない言葉数でも、能力のおかげで剣術が上達してしまっていたので当時はそう思ってはいなかったのです。けれど、祖父の残した言葉を考えるために幽々子様に祖父の話を聞いていると、ただ口下手な人だったのだと思う様になりました」

「妖夢も頑張っているんだね」

「はい、人となりが解れば見えてくることも変わってくる。涼介さんの言うとおりですね」

 

 妖夢の混じりけのない笑顔を眩しく感じる。ここにも、どんどんと前に踏み出している人がいる。涼介は自分も置いて行かれない様に頑張らないといけないと背中を押される心地を感じる。

 

「それでですね、私は思ったんです。祖父の抱く孤独は、死別したあとは、つらい物であったのであろうと。だから吸血鬼の言うことも分かるんです」

「そっか」

「私は晩年に生まれた子供で、生まれてすぐに半人半霊だと解り祖父に預けられました。父も、すぐに祖父を頼ったようです。寿命が違いすぎて一緒には生きられないと、泣きながら私を祖父に託したと聞いています。祖父の心境は複雑だったと思います。家族が、孫が出来た歓喜。しかし、息子からその娘を取り上げてしまった後悔。そういった物が混ざってしまったのだと思います。だからこそ、私との距離を測りかねてしまった。そして、私と祖父の互いへの思い込みが生まれました」

「思い込み?」

「祖父は私に、少ない言葉でもなんでも察して、言葉の真意をくみ取ってくれると。私は祖父の言葉がすべて正しいと、含みなどないと思っていました。だから、そのすれ違いが祖父の出奔につながったのだと思います。自分の死期をさとり、全てを私に伝えられたと祖父に思わせてしまい去らせてしまったのです」

 

 妖夢が自分の至らなさに視線を落とし、膝の上で手を握りこむ。子供だったから、知らなかったからと言ってしまえばそれまでだが、もっと出来ることが有ったのではないのかと思ってしまう。過去はどうしようもないけれど、それでも考えてしまう事はやめられない。そして、妖夢は似たような気持ちを涼介がその妖怪に抱いているのだろうと思い至る。自分が出会わなければその妖怪は死ななかったと涼介が考えていることに思い至る。似ている自分たちに少しだけ心が軽くなる。同じように足掻いている人がいることに一人じゃないと少しだけ強くなれた気がした。だから、顔をあげて言葉を紡ぐ、届いてほしいと言葉にする。

 

「話が少しそれてしまいましたね。それで、何がいいたいのかと言うとですね。種族や寿命の違いは簡単には超えられないという事だと思います。だから、私も吸血鬼の様に思いました。ですが、私がまだまだ知らないだけかもしれないですけれど、吸血鬼が言う様に悲恋だけだとは限らないかもしれません。もちろん難しいと思いますよ。それでも、私との出会いの様にいつかその妖怪の方との出会いが良い物だったと思えるようになるといいですね、涼介さん」

 

 妖夢が綺麗な笑顔で涼介を見つめて言葉を発する。涼介は妖夢の笑顔を眩しい物でも見るように少しだけ目を細める。

 

「ありがとう、妖夢」

「私も祖父の話を誰かにしたかったのでお相子ですよ。頑張りましょうね、お互いに」

 

 妖夢の言葉に自分の後悔を見透かされていたことに涼介は気が付く。しかし、それが嫌ではない。

 

「そうだね。一緒に悩もうか、妖夢」

「はい」

 

 二人の顔に笑みが刻まれ、向かい合う。

 

「でも、そうなると妖夢はお婿さん探しが大変そうだね」

 

 涼介が何気なく言葉を漏らす。妖夢の顔が赤く染まる。思い返されるのは幽々子から祖父の話をされた後に言われた言葉。

 

 

――妖夢、涼介さんとかお婿さんにどうかしら?仲もいいし、寿命も近くなれるから心配もないし

 

 

 思い出したら途端に意識してきてしまう。幽々子との話も後も真っ赤になり散々からかわれたことが思い出され赤みに拍車がかかる。確かに気心知れていて、遠慮する事もなく本音を話すことができ信頼できる友人だ。涼介の遠慮の無さは、初めのうちに遠慮の一切ない亡霊の涼介と触れ合っていたことに起因したもので、それが今でも引き継がれているのであろう。それでも、互いに遠慮がないのは本当である。自分に非がある出会いだっていい出会いであったと本心から笑って包み込んでくれるような包容力も、一緒にいると安心できる所も、からかいながらも自分の事を気にかけてくれる所も妖夢は好ましいと思っている。弱いのに無茶をする所も、危機感無く冬妖怪とまた会いに行く所も、心配だし不安になるけれど、それだって好意があるからこそだ。妖夢の意識が思考に呑まれて停止する。

 

「妖夢、大丈夫?顔真っ赤だよ」

 

 頬にひんやりと何かが触れる感覚がして、意識が再び今へと戻る。周囲の状況を意識が認識すると、涼介の手が妖夢の頬を挟む様に添えられている。真剣な眼差しで心配そうにのぞきこんでくる涼介の様子に妖夢の混乱が加速する。

 

「あ、いや、だい、大丈夫です」

「いやそれでも様子が――」

「本当に!本当に何でもありません!!」

「でも体温が低いはずの半人半霊なのにすごく熱いよ?」

 

 霊体が出ている分だけ死に近しいため妖夢や涼介は一般の人間と比べるとひんやりしている。妖夢と涼介であれば、涼介の方が温かいはずなのに今は妖夢の方が温かい。妖夢は涼介に指摘されると心臓がドキリと跳ねる。顔に手を添えられているために顔を逸らすこともできず、ますます顔に熱が集まる。

 

「わ、私!宴会の買い出し中に寄ったので!!失礼します!!!」

 

 ばっと立ち上がり買い物袋を抱える。懐から財布を取り出し確認することなく中の貨幣を掴むと叩きつける様に机に置く。

 

「あ、ちょっとよう――」

「すいません!長居しすぎました、失礼します!!」

 

 つかつかと歩いてあっという間に扉を開ける。カランカランと鈴が鳴り、妖夢が外へと出ていく。

 

「あぁ、もう!また来てね、妖夢!!」

 

 涼介は止められないと察すると、ひとまず一言だけでも届けたいと扉が閉まるまでの僅かな間に言葉を発する。カランカランと扉が閉まり、妖夢の姿が見えなくなる。

 

「おつりはまた今度でいいか」

 

 涼介は妖夢の変化の理由が分からず、ぼやきを一つこぼしながら頭を掻く。おつりの分の代価を紙袋に入れ、妖夢と名前を書いておく。

 

「やはり年頃の娘さんに結婚の話はまずいのかもしれないな。あの反応を見るにゆゆさんに何かしら、からかわれた後の可能性もあるし……いや、からかわれた後なのだろうな。妖夢には悪い事をしてしまったな」

 

 遠からず近からずな答えが出るも、それを正す者がこの場にいないことは良い事であったのか、悪い事であったのかそれは神にも悪魔にも分からない。

 

 

 

 

「あぁ、もう!また来てね、妖夢!!」

 

 扉を出た妖夢の背後で涼介の声がした後、扉がカランカランと鈴を鳴らして閉じられる。また来てね、と言われ自然と口元が緩んでしまう自分を妖夢は自覚する。さらに妖夢は幽々子が消えた桜舞う冥界での出来事を思い出す。あの時、涼介は妖夢を見守り、背中を押してくれた。立ち止まってしまった自分に寄り添い、悩みを断ち切って前に進ませてくれた。店に来なかったのは冷静になった涼介に斬ったことで距離を置かれるのが怖かったのだと明確に自覚する。妖夢は自分が涼介の事を強く意識している事に気が付く。

 

 

――あぁ、私……涼介さんに少しだけ惹かれ始めているのかもしれないなぁ

 

 

 暑さで火照る熱を冷まそうと、荷物を持って空へと飛び立つ。顔に手を当てて心配そうにのぞきこんでくる涼介を思い返すと火照りと共に笑顔が浮かぶ。のほほんと呑気にしながら意外と察しが良いのに、何故自分が赤くなっていたのか全く察していない涼介に妖夢はついつい文句を言いたくなる。でも、とある考えが妖夢の中に思い浮かぶ。

 

 

――もしかしたらまだ涼介さんは、外の妖怪に心を奪われているのかもしれない

 

 

 そう考えると手強そうだと感じてしまう。まだまだ、涼介に対する思いは友愛の方が強く、恋までは到っていないと妖夢は思っている。時間はまだあるのだと、ゆっくり自分の歩幅で進もうと静かに思う。空で一度桃源亭を振り返る。

 

「あぁ……忘れていた」

 

 視界の遠くに神社へ向かう人影を見つけて妖夢が言葉を漏らす。

 

「でも今日は……今更戻れない、よね」

 

 幹事の魔理沙に涼介を誘ってくるように頼まれていたのだが、入店直後から色々在り過ぎてすっかり忘れてしまっていた。今更戻るのはさすがに気が引けてしまい、妖夢は言い訳を口にする。

 

「涼介さんは欠席する、今日は来ない……うん、魔理沙にはそう伝えればいいか。もう二回欠席しているのだし大丈夫……大丈夫よ、妖夢」

 

 生真面目な妖夢は自分に言い聞かせるように言葉を発する。視線の先の店にいるであろう涼介にちょっとだけ不満が洩れる。

 

「涼介さんの所為ですからね」

 

 プイッと踵を返すと神社へと向かって今度こそ飛び立つ。次の宴会があれば涼介は来るだろうかと、先に思いをはせながら妖夢は桃源亭を離れていく。次の宴会は三日後となり涼介はまた参加しないが、そのことはまだ今の妖夢には知りようがない。


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