東方供杯録   作:落着

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お悩み相談に供する三十杯目

 積もりに積もった雪も、もうだいぶ前には見ることが出来なくなった。暖かな陽気の中、楽しげに妖精たちが空を舞う。視界の端でそれらを見ながら、今日も今日とて門番にいそしむ美鈴に挨拶をする。

 

「こんにちは、美鈴さん」

「はい、こんにちは珈琲屋さん」

「もうすっかりその名前が定着していますね」

「ふふ、涼介さんが来ると差し入れに珈琲とお菓子が来ますからね」

「確かにその通りですね。では、今日のおやつは楽しみにしていてくださいね」

「おぉ?珍しいですね、涼介さんがそういう事を言うのは」

「あれ、そうですか?」

 

 涼介はそう言ってとぼけてみせる。今日は以前に咲夜が漏らしていた苺の処分の手伝いに来ている。自分で作った苺がおやつで出てくるのならば美鈴も嬉しかろうと思いついつい言葉が涼介の口をついてしまう。けれども、せっかくだから出す時までは内緒にしようとそれ以上説明することなく笑みを浮かべる。

 

「あ、悪そうな笑顔をしていますね」

「紅魔館のお客としてはふさわしいかと思いますよ」

「むむ、言う様になりましたね」

「いつも美鈴さんにはしてやられていますからね」

「涼介さんは落ち着いて見せているのに隙だらけですからね」

「さすが武術の達人」

「それなら涼介さんは話術の達人さんですかね」

「そう在れたらいいのですが、幻想郷の皆さんは誰もかれ弁が立ちますから」

 

 涼介の顔に苦笑いが浮かぶ。思い返されるのは幽香やアリス、紫やパチュリー、そして目の前の美鈴もその一人だ。今の所、涼介は眼前の門番に勝てた覚えがない。妹紅に言わせれば不利な話題で闘うからだ、と言われそうだと内心で苦笑する。

 

「どうやら私も弁が立つ一人に数えられていそうですね」

 

 涼介の視線から美鈴が察し良く気が付く。こういう良く気の付くところが美鈴の手ごわさの要因の一つなのだろうと涼介は察する。これが気を使う程度の能力かなどと馬鹿なことを考えながら涼介は口を開く。

 

「えぇ、いつも門前払いで勝負の土俵まで立てていないですからね」

「これが悪魔の門を守る私の実力ですよ、ふふん」

「胸を張っても可愛いだけですよ」

「まったく相変わらず軽いお口ですね」

 

 美鈴がメッとでもするように上体を乗り出し、指で涼介の額を軽くつつく。傍目から見れば何気ない、ともすれば微笑ましい光景。しかし、涼介は内心で舌を巻く。

 

 

――完全に意識の隙を取られている

 

 

 ただのじゃれ合いと言えばそれまでだが、最近真面目に藍や妖夢から自衛のための稽古を始めたからこそ気が付く。額を突かれるまでまるで気が付かなかった。藍に言われた絶対に勝てないという言葉を改めて実感する。

 

「これは失敬」

 

 突かれた額を反射的に抑え、咄嗟に短い言葉が出る。

 

「ふふふ。最近体を鍛え始めたみたいですが、まだまだですね」

「これは先が長そうだ」

「どちらが、ですか?」

 

 美鈴の顔に浮かぶのは無邪気な笑顔。

 

「どちらもです」

「要努力ですね」

「がんばります」

「では、恒例の言葉による門前払いをしてからお客様を中へと案内いたしましょう」

 

 美鈴がいつもの様に口元に笑みを作る。紅魔館の住人特有のいじめっ子の様なその笑顔に涼介の顔がひきつる。心当たりが明確に浮かぶ。

 

「これから入るのに門前払いはやめましょうよ」

「門の高さを知る為ですよ。いつか突破してくれると信じていますね」

「あぁ、もう好きにして下さい」

 

 美鈴が涼介の白旗にクスクスと笑みをこぼし、その蠱惑的に歪められた口を開く。

 

「それでは、こほん……涼介さんは咲夜さんのおでこにチューしたそうですね」

 

 先ほどのおでこへのタッチは、涼介の咲夜への行いを揶揄した美鈴の悪戯心であった。美鈴が楽しげに視線を先ほど突いたおでこに向けていることから涼介はそのように察する。そこに来ての美鈴の追い打ちに涼介はせめてもの抵抗と口を開く。しかし、その声は弱弱しく覇気がない。

 

「あぁもうなんで少し幼い表現なんですか?」

「それはもちろん……」

「もちろん?」

「これからの成長に期待してです」

 

 美鈴の回答に涼介はとうとう天を仰いでしまう。

 

 

――あぁ、一体この館の主人といい、目の前の門番といい一体何を望んでいるのだろう

 

 

 答えは誰からも帰ってこない。迎えに来た小悪魔に連れられ涼介は満足した美鈴に見送られる。

 

 

 

 

「お兄ちゃん、今日はなんかもうすでに疲れているみたいけどどうしたの?」

 

 背中にフランドールを張り付け、涼介は台所を目指しながら紅魔館の廊下を歩く。

 

「美鈴さんにいつもの様に苛められてね」

「お兄ちゃんっていつも美鈴にやり込められているよね」

「何がいけないんだろうか?」

「たぶん日ごろの行いだと思うよ」

「……どうしてだい?」

 

 フランドールの無邪気ながらも心を抉る言葉に涼介は落ち込みながらも聞き返す。

 

「美鈴はそういう切り口が好きなんだよね。気で気配とか人の動きも詳しく探れるみたいだから用心しないと。それにお兄ちゃん良く新聞に載っているし」

「あの天狗の筆をいつか折っておかないとなぁ」

「ふふ、今回の異変でも大変だったみたいね。お兄ちゃんの事は前の時みたいにぼかしてあったけど咲夜から聞いたよー」

「もう、何を話しているのかを聞くのも怖いなぁ」

「それは後ろ暗い所があるからだよ」

「もう記憶が無かった時の私は別人だと思う事にしよう。そうしよう」

「お兄ちゃんが忘れても、みんなが話題にするから意味ないと思うなぁ」

「まさにその通り」

 

 涼介のため息が廊下に消える。二人でダラダラと話しているとようやく目的地の台所へとたどり着く。二人して中に入ると咲夜が苺の入った籠を片手に待っている。

 

「遊びに来たよ、紅茶の御嬢さん」

「お待ちしておりました、珈琲の君」

 

 今日も今日とてじゃれ合う様な挨拶をする。

 

「お招きに預かりお邪魔させてもらったよ、咲夜さん」

「今日は妹様もご一緒なのですね、涼介さん」

「うん、さっき小悪魔に案内されているお兄ちゃんに会って、案内を変わって貰ったの」

「小悪魔はパチュリーの所に戻ったね。おやつ楽しみにしています、だそうです」

「美味しい物を作らないとですね」

「味見は私にお任せ!!」

「んー……せっかくだから今日はフランも一緒に作らないかい?」

「涼介さん?」

「三人で作るのもきっと楽しいよ」

 

 涼介はそう言って笑いかける。実際、フランドールに色々体験してもらおうという考えもあるが、涼介自身が僅かながら気まずさを覚えている所もある。そのために出た提案だ。

 

「どうする?フランが決めていいよ」

「んー」

 

 首を横に向け、間近にあるフランドールを見ながら問い掛ける。フランドールは涼介の目を探る様に覗き込みながら考える。涼介はその様子に心の中を見透かされている気がする。しばらく悩むフランドールと涼介が見つめ合う。不意にフランドールが視線を外し、咲夜へと向ける。

 

「うん、いいよ。私やりたい」

「よろしいのですか?食事の用意などは私どもの仕事ですが」

「だからだよ。咲夜が普段どうやってご飯を作っているとか知りたいの。それに色々やってみないと何が好きで嫌いか分からないままだもん。私は自分の世界をもっと広げたいの」

 

 フランドールの背中の羽がパタパタと揺れる。フランドールのまっすぐな言葉に涼介と咲夜は笑みがこぼれる。知らない間にフランドールもまた一段と成長しているようだと涼介は嬉しくなる。そして、自分も負けない様に変わっていかないといけないと思わされる。

 

「それじゃあ、新しい体験を始めようか」

 

 涼介が台所の中へと足を進める。フランドールの人生初の料理体験が始まる。

 

 

 

 

「え?え?こんなに砂糖入れて大丈夫なの、お兄ちゃん!?」

「これで大丈夫なのですよ、妹様」

「血糖値がすごそう」

「どこでそんな言葉を覚えてきたんだい、フラン?」

「パチュリーが言ってたよ」

「沸騰してきましたね、涼介さん」

「はい、レモン汁です」

「ありがとうございます。これから三十分ですね。はい、経ちました」

「咲夜さん、やっぱりその使い方便利ですね」

「咲夜は即席で年代物のワインも作れるのよ」

「はぁ、うらやましいなぁ」

「あ、もう冷めたので瓶に詰めちゃいましょう」

 

 

 

「なんで粉なのに網でふるうの?」

「小さな塊やだまをなくして、粉自体にも空気を含ませるためだよ」

「そうするとふんわりと焼き上がるのですよ、妹様」

「ふうん、手間がかかっているんだね」

「食べてくれる人に美味しく食べて貰うためのひと手間だよ」

「食べてくれる人……」

「そうだよ。相手がいるからこういうひと手間も楽しい時間になるんだよ。フランは誰に食べて貰いたい?」

「……お姉さま」

「では、一緒にお嬢様も驚く物を作りましょう」

「……うん」

「あ、咲夜さん」

「バターなら常温に戻してありますよ」

「さすがですね」

「そこはかとない疎外感……」

「ん?どうかしたフラン?」

「なんでもなーい」

 

 

 

「せっかくですからクロテッドクリームも作りましょうか、涼介さん」

「そうですね、どうせなら作ってしまいましょうか」

「どんなものなの?」

「バターみたいなものかな?たいした工程は無いから、さっくりと終わらせましょう」

「それでは、まず約八十度で生クリームを八時間温めました」

「咲夜の説明が終わる前に作業が終わっている……」

「室温になったこちらを八時間低温で保存します。涼介さん」

「はいはいっと、温度を落したよ」

「八時間経過させました」

「ん、いい出来ですね。さすが咲夜さん」

「涼介さんの温度調整も完ぺきでしたよ」

「もう、私いなくても良かったんじゃないかなぁ……」

 

 

 わいわいと賑やかに三人で料理を作った。たくさんある苺をジャムにする時に、入れた砂糖の量にフランドールが驚きに声を上げた。小麦をふるう事の意味に素朴な疑問を抱いた。誰かの為に何かを作る楽しさを学んだ。咲夜と涼介の息の合った手際にフランドールが思わず哀愁を感じさせる声で感想をこぼす。

 

「完成ですね」

「ねぇねぇ、味見していい?」

「そうだね。まずはスコーンだけで食べてみようかな」

 

 焼きたてのイングリッシュスコーンを涼介が一つ手に取る。小さな円筒形の形をしたイギリス発祥の洋菓子。フランドールと咲夜も涼介につられて一つを手に取る。手で焼きたてのスコーンを割ると、焼いた麦の香りがふんわりと香る。焼きたてのパンの様な食欲をそそる香りが三人の鼻をくすぐる。

 

「わぁ、良い匂い」

「しっかり中まで焼けていますね」

「外側はさっくり、中はしっとり…うん、問題なさそうだね。それじゃあ、いただきます」

「「いただきます」」

 

 咲夜とフランドールの声がそろう。割ったスコーンを一口齧れば口の中で仄かに麦とバターの味が広がる。味を付けるようなものは入れていない為シンプルで素朴な味わい。口の中でほろほろと崩れる食感に涼介は思わず笑みを浮かべる。

 

「ううん、うん?」

「いい出来ですね、咲夜さん」

「そうですね」

「味が全然しないよ?」

「ふふ、これはこれでいいんだよ」

 

 味の薄いスコーンにフランドールが首をかしげる。フランドールの様子に涼介はついつい笑みを深めてしまう。咲夜も涼介と同じようにフランドールの様子に微笑ましい気持ちになる。

 

「これはね、ジャムやクロテッドクリームを付けて食べるからもともと味をほとんどつけていないんだよ」

「そうですね。いつも作っているスコーンはチョコやはちみつなどを入れて味を付けていますからね。今回の様なプレーンな物は作りませんね」

 

 フランドールの視線が二人の説明で、ジャムとクロテッドクリームの入った瓶へと向けられる。ジッと二種類のスプレッド(塗り物)を見た後、何かを期待する様に視線を涼介たちに向ける。期待に満ちた視線で、羽を忙しなく動かしながら見上げてくるフランドールの愛らしさに思わず、涼介の表情に笑み浮かぶ。

 

「味見をするなら、ジャムとクリームも試さないとね」

 

 フランドールに向かって涼介は茶目っ気を出してウィンクする。フランドールは涼介の言動にぱぁぁっと顔を輝かせる。スコーンにスプレッドを塗る為のスプレッダーをフランドールは片手に持つとまずはジャムだけをスコーンに塗り食べ始める。

 

「んんん、甘くて……美味しいぃ」

 

 涼介は咲夜に視線を送り、咲夜も涼介の視線に気が付き視線を返す。涼介がカップを傾ける仕草をしてみせる。咲夜は涼介のパントマイムを見ると、考えるように人差し指を顎に当ててしばしの間制止する。咲夜の中で考えがまとまり言葉になる。

 

「久しぶりに腕前を見てあげましょう」

「畏まりました、先生」

 

 咲夜の態度も普段通りで自分の気にしすぎだったかもしれないと内心で笑みを浮かべ、涼介はパクパクとスコーンを食べ進めるフランドール後目にお湯を沸かし始める。先生に腕前を見てもらう為の自分たち用の紅茶と館の住民用の珈琲を準備する。

 

 

――さてさて、こちらは合格点が貰えるだろうか

 

 

 涼介が今日一番の真剣な眼差しで茶葉を見つめる。

 

 

 

 

 紅茶の準備が完了する。丁度その時、小悪魔が現れてレミリアが涼介だけを呼んでいるとのことで、三人で作ったお菓子と淹れたての紅茶を手に涼介はレミリアの元へと向かう。大図書館に向かうフランドールが感想をあとで教えてほしいと言っていたので、のちほど大図書館に向かわないといけないなと思いながら足を進める。咲夜はおやつをもって美鈴や妖精メイドたちに配りに向かう。屋根が突き出て庇となっているバルコニーにレミリアは待っていた。

 

「吸血鬼のレミリアさんが日の出ている時間にバルコニーにいると心配になりますね」

「くく、相変わらず普通の反応だな。紅魔館では珍しいぞ」

「普通の喫茶店店主ですから」

「それはそれは、ふふ。それでは店主殿、私に一席用意してくれないか?」

「畏まりました、きっと本日の一席は素晴らしいものとなりますよ」

「ほぅ」

 

 レミリアの視線が楽しげに細められる。涼介には珍しい、断言した自信のある物言いに好奇心を刺激される。

 

「それでは、本日のメニューは?」

「紅茶とスコーンでございます」

「ふむ?」

 

 特に目立った点のないメニューにレミリアが首をかしげる。涼介はレミリアの狙い通りの反応に満足げな笑みを浮かべる。レミリアの前に紅茶とスコーン、二つのスプレッドが並べられる。

 

「それでは種明かしは実食中にといたしましょう。謎解きはお好きですか、お嬢様?」

「退屈が紛れることは大歓迎さ。それではいただくとしようか、涼介も座るといい」

「それではご一緒させていただきます」

 

 涼介も席に着くと茶会が始まる。一部をつぶさずに作ったジャムは果実としての元の形を残している苺がある。とろりとしたジャムで苺がコーティングされ、日の光を受けた表面がキラキラと煌めく。それはまるで、フランドールの羽に着いた宝石を連想させる。もとよりそれを意識して果肉をつぶさずに入れているので、涼介はそれを確認すると満足げに笑みを浮かべジャムをスコーンに乗せる。

 

「果肉の形が意外としっかり残っているな」

「フランの羽の飾りみたいで綺麗でしょう?」

「なるほど、それを意識してのことか」

「はい、そのせいで塗るというより乗せるという感じになってしまいましたがこれはこれで良い物ですよ」

「ふむ、確かに。食べた時に果汁が口の中で広がって中々に味わい深いな」

 

 甘酸っぱい苺と砂糖の甘みで作られたジャムと味の薄いスコーンを一緒に食べるとバランスが整い、適度な甘さが口の中で広がる。スコーンのさっくりとした外側の食感と、ジャムにふれてしっとりとした内側、そして苺のみずみずしい食感が噛むたびに口を楽しませる。紅茶を飲めば口内の甘さを流し、もう一つと次のスコーンへと手がついついと伸びてしまう。味を変えたくなれば、バターの様に濃厚なクロステッドクリームを加えることで新たな味わいを楽しめる。スコーンに舌鼓を打ちながら涼介が口を開く。

 

「それではお嬢様、謎は解けましたか?」

「ふむ、さてはて」

 

 涼介に問いを投げかけられ、食べる手をレミリアは止め自らの指を一舐めする。ペロリと、指先を舐める様が見かけの容姿に似合わず妖艶さを感じさせるのは妖怪のなせる技なのかと涼介は、レミリアの様子を眺めながら考える。

 

「ふむ、ジャムの見かけの事でもあるまいし……普段とは少し様子が違うようだが、味は変わらず美味なままだ……わからんな」

「それでは答え合わせといきましょうか。食べ終わる前にするのがよろしいかと思いますので」

「ほう、食べ終わる前とわざわざ前置きするとは答えを聞くことでこれら(スコーンとスプレッド)の見方が変わるのか……作り手?」

 

 レミリアの呟きに涼介が笑みを浮かべる。レミリアはそれを見て察する。自分が喜ぶ、素晴らしいと断言できる作り手がいると思い当たる。

 

「まさか、フランが?」

「はい、本日は一緒に作りました。どうですか?答えを聞くといっそう素晴らしく見えてきませんか?」

 

 レミリアは瞳を閉じ、目の前の幸せをかみしめる。フランドールの、妹の手作り料理を食べる機会があるなど想像だにしなかったと幸せが浮かぶ。目の前の友人に出会ってから、運命を見通す自分が何度も驚かされていると愉快さが浮かぶ。自身の胸の中で生まれた幸福感をかみしめる。瞳を開けて、涼介を見る。

 

「私は良い友人を持ったな」

「そう面と向かって言われると照れますね」

「ふふ、それは良い事だ。素直に喜ばれるよりずっといい」

「まったく、ここの住人は相変わらずですね」

「いいや、変わっているさ。くくくく」

 

 レミリアの言葉に涼介が首をかしげる。変わっているのだ。紅魔館は紅霧異変以来、それ以前よりずっと素晴らしい場所へと変わっている、そして今なお変わりつづけている。異変前より、昨日より、ずっとずっと素晴らしい今へと変わりつづけている。レミリアはそのことを自覚すると愉快気に笑いを漏らす。さて、今は妹の手料理を楽しみながら本題に入ろうと話題を変える。

 

「さて、謎の答えも分かりより楽しい一席とする前に本題へ入ろうか」

「あぁ、私だけを呼んだのはそれが関係しているのですね」

「あぁ、少し悩みがあって相談しようと思って、な」

「私にですか?パチュリーの方が知見も多く私よりよほど適任かと思いますが」

「これは紅魔館の者にできない相談なのだ」

 

 レミリアが真剣な表情で涼介に語りかける。レミリアの思いつめた表情に涼介が背筋を伸ばす。しかし、紅魔館の者達に話せない内容とはなんだろうかと不安な感情が胸をよぎる。

 

「涼介……」

「はい」

「フランが……」

「フランが?」

「アイツ、そういう所が小さいと不満を言ったそうなんだ」

 

 まるでこの世の終わりという様な顔と表情でレミリアが告げる。涼介はレミリアの表情と告げられた内容の落差に思考が一瞬停止する。すぐさま、思考が再開するが浮かぶ内容はあぁ、レミリアさんもとうとう聞いたかという事であった。二人で遊ぶ機会も多い涼介はずっと前にフランドールが漏らした不満を聞いているのだ。

 

「フランに、フランに嫌われたかもしれん」

「あぁ、っと……レミリアさん?」

「私は、私はどうすればいいのだろうか?」

 

 神に救いを求めるような縋るレミリアの視線に涼介は頭痛を覚える。

 

「いや、普通にゲームすればいいのでは?」

「それでは姉の矜持が保てんではないか」

「あぁ、確かにレミリアさんの盤上遊戯の腕前だとフラン相手は厳しいですよね」

「言うではないか、涼介だって似たようなものだろう」

「私は負けても気にしませんから」

「まったく根性のない」

「張る見栄が無いだけですよ」

「男ならもっと気概をみせろ」

「幻想の少女達が逞しすぎるんですよ」

 

 涼介が笑いを漏らして述べれば、レミリアも苦笑する。

 

「まったく、我が友人ながら嘆かわしいな」

「これから要精進しますよ」

「くく、どうだかわからんものだ」

「それよりフランの話では?」

「あぁ、そうだそうだ。それでどうすればいいだろうか、わざと負けるのは無しだぞ」

「うーん……そうですねぇ」

 

 涼介はレミリアのトンチの様な相談事に頭をひねる。上手い事落としどころを見つけられないものかと思考を巡らせる。そして、一つの考えが浮かぶ。根本的な解決にはならないが、もともと根本的な解決をするにはレミリアが能力を使わないという選択肢だけなのだが本人が拒否している時点でそこは諦めた。だから、とりあえずの先延ばし案を提示する。

 

「それではこう考えましょう」

「話を聞こう」

「フランの反抗期を楽しみましょう」

「……ん?」

「今までそういった反抗もなかったでしょう?これもフランの成長の過程だと思い楽しみましょう。初めての反抗期、中々可愛い物ではありませんか」

「ふむ…たしかに、そう考えれば…可愛くみえるが……」

「まだ、何か不安が?」

「そのまま反抗期が過ぎても嫌われたままになったら……私は生きていけないぞ!!」

 

 レミリアの様子に涼介は思わず笑みが浮かぶ。随分と気安い仲に成れたものだとうれしくなる。初めて会った時のことなどもう遠い昔の様だと涼介は思う。クスクスと小さく笑い声を漏らす涼介にレミリアが不満げに眉を寄せる。

 

「涼介、私は真剣に悩んでいるのだぞ」

「あはは、大丈夫ですよ」

「根拠がない慰めは――」

「フランが言っていましたよ」

 

 レミリアの言葉を遮り、涼介が告げる。

 

「今日、これらを作っている時にフランに誰に食べて貰いたいと聞いたらお姉様と答えていたんです。だから嫌うなどありませんよ」

 

 レミリアの目が見開かれ、口元がにやけだす。

 

「それだけ気安く、二人の距離が近づいたのですよ」

「ふふ、そうかそうかそうだったのか。まったく涼介も人が悪いな。そんな隠し味を取っておくなど」

「でも素晴らしい味わいでしたでしょう?」

「宣言通り素晴らしい一席だった」

「それは良かった」

 

 レミリアが手元のスコーンとスプレッドに視線を落とし、優しく微笑む。レミリアの目は目の前の料理を通してフランドールの姿を見つめる。

 

「これで愁いは無くなりましたか?」

「そうだな、と言いたいがあともう一つだけあるぞ」

「今度なんでしょうか?」

「今度は涼介にも関係のある話さ」

 

 レミリアの言葉に涼介が眉を寄せる。美鈴にも門でからかわれたのだから美鈴の主であるレミリアが知らないはずはないのだ。だから、またからかわれるのかとついつい渋い顔をしてしまう。

 

「そう顔をしかめるな。確かに涼介が想像している話だが、少し真面目な話でもある」

「そうですか、お咎めならば幾らでもお受けします。記憶が無いときとはいえそれで許されていい話でもないでしょう」

「まったく、相変わらずの愚直さだな。そう責める話でもないが、そうだな。涼介、お前は咲夜の事をどう思っている?」

 

 レミリアが先ほどのフランドールの時とはまた違う真剣な表情で聞いてくる。レミリアの表情には見定めるような色合いが見て取れる。だから、涼介は真面目にはぐらかす事無く応える。

 

「私は、咲夜さんの事を得難い友人だと思っています」

「異性としては見ていないか?」

「そうですね……まったくと言えば嘘となりますが、恋愛の対象としてはとらえておりません。彼女は私と比べると若すぎる」

 

 咲夜の正確な年齢を涼介は知らないが、見た目から十代半ばだと予想している。二十四になる自分とは離れすぎていると、外の世界の価値観を持つ涼介は考える。無論、里の中でそのくらいの歳の差をした夫婦を見かけ幻想郷では普通に起こり得ることだとも知ってはいるが、これは個人の考え方の問題だ。だからこそ涼介はレミリアに恋愛の対象になりえないと伝える。

 

「ふむ」

 

 レミリアは涼介の答えを聞くと指でテーブルをトントンと叩きながら少しだけ言葉をためて口を開く。

 

「ではまずお前の勘違いを正そう」

「勘違いですか?」

「そう、勘違いだ。咲夜とお前の歳はそう離れておらん」

「それは……さすがに」

「咲夜が時を止める力を持っているのを知っているな?」

「はい、そのことは存じていますが……まさか?」

「そうだ、咲夜はただの人間と比べると老化が遅い。人間より寿命が長いのだ」

 

 涼介は言葉を失う。驚きで止まりそうになる思考を動かし、浮かんだ疑問をぶつける。

 

「それにしては、少し初心すぎませんか?」

「あぁ……それは生い立ちと私たちの責任だな」

「というと?」

「咲夜は、今よりずっと幼い時に私が拾い育てたのだ。そして、咲夜の世界はこの紅魔館の中だけだった。だからそう言ったことに疎いし、私もそれでいいと思っていたが……まぁ、私も色々とあって考え方が変わったのだ」

 

 レミリアはそういうと苦笑いをしてみせる。以前は人間など咲夜を除けば皆ゴミだと思っていた為に咲夜を誰かと契らせるつもりなどなかった。だからこそ、そういった方面の知識も経験も学ばせなかった。だが、霊夢や涼介と会って考えが変わったのだ。自分が認める様な者になら咲夜を一緒にしても良いと思う様に変わった。

 

「なるほど、だから咲夜さんはああいったバランスなのですね」

「どういったバランスかは知らんがまぁそうだ。能力を持つと色々と影響があるのだ」

「それは、最近友人から聞きました。能力は益だけでなく害をもたらすこともあると」

「まぁ、咲夜のものは一概に害とは言えんがな。能力にはそういった側面もあれば持ち主を勝手に守ろうとする側面もある」

「守る、ですか?」

「あぁ、そうだ守るのだ。例えば咲夜の場合だと寿命を延ばす事であり、私であればフランが私を破壊する未来を避けさせていた。まだ能力を使いこなせないうちであればそう言った働き方をするのだ。無論、お前もそうだったぞ」

「私もですか?」

 

 涼介には心当たりがなく首をかしげる。

 

「今は制御できているが、以前のお前は周囲の人物から自分への敵対的または悪意的な感情の多寡を落していた。覚えがないか?」

 

 言われて納得する。涼介は外にいるときからずっと周囲の人間に安心感を与えていたのだから。

 

「その顔は自覚できたな。そういう事が能力にはあるのだ。意思があるとは思わんが、入れ物を無意識に自己防衛させようとでもしているのだろうよ。まぁ、今はそんな話ではなくてだな、咲夜のことだ」

「いえ、事情は理解しましたがそれですぐにはいそうですかと、変わるわけではありませんよ」

「当然だな。とりあえず知っておけと言うはなしだ。咲夜も憎からずお前の事は思っているみたいだしな」

「だから、時々くっつけようとするようなからかいをしていたのですか?」

「あぁ、あれは遊び半分だ。今は以前より強くお前に、と言うかお前を咲夜とくっつけたいと思っている」

「どうして強くなっているんですか?」

 

 レミリアの言葉に涼介が少しだけ疲れた声を出す。

 

「それが原因だよ」

「これですか?」

 

 レミリアがそれと言って涼介の周りに浮く人魂を指す。しかし、涼介は原因を示唆されても理由が分からず聞き返す。

 

「半人半霊と言うのは種族ではなく、体質らしいな」

「はい、そのように聞いています。霊魂が一部体外に出る特異体質を指すようです」

「そう、種族的には人間でありながらも寿命がただの人間よりもよほど長いと聞く」

「妖夢の祖父の話を聞くに千年近くは生きられるそうですね」

「しかしお前は今、人と変わらない寿命だな?」

「はい、私も人魂が洩れ出ることで半人半霊と同じ体質となりました。しかし、きっかけに問題がありその分でプラスマイナス零と言ったところですね。むろん、霊の割合が増えればその限りではないでしょうが」

「そこなのだよ、涼介」

「……私に霊の割合を増やせと?」

「そう結論を()くな。私としては咲夜と同じ長さの寿命を持てる人間で、私の認めたお前だから咲夜とお前を契らせたいと考えている。しかし、結局は当人同士の問題なのだから、私が言うのは所詮冗談の域を出ないだろう」

「それでは何故私に今の話を」

「咲夜を子供ではなく一人の女として見るようにしたかったのだ。結果、お前が振られようと咲夜が振られようとそれは当人同士の問題ではあるが……出発地点に立てんのでは咲夜が不憫でな。咲夜の主であり、親であり、家族である私のお節介さ。それともし(未来)で恋仲に成った時に、寿命の問題で悩まないように先に愁いを失くしておいたのさ」

 

 レミリアの話に涼介は一つ疑問が浮かびどうしても我慢が出来ず言葉にする。

 

「それは寿命の近い他の妖怪とかではだめなのでしょうか?咲夜さんが嫌とかいう話ではなく、レミリアさんは寿命の同じ人間と、半人半霊の種族が人間であることを念押ししていました。人間であることが重要なのですか?」

「妖怪と人間などが愛し合うべきではない」

「……なぜですか?」

「悲恋しか生まれんからだ。いくら咲夜の寿命が長くとも妖怪からすればそれでさえ短すぎる。寿命の違いという物は致命的だと私は考える。だから同じ寿命を手に入れられて、私も認めるお前に咲夜を託したいと思ってお節介をしているのだ」

 

 レミリアの様子に、言葉に、声に、表情に、レミリアの全てから咲夜への愛情を感じる。涼介は思わず視線を逸らし、遠くに流れる雲を見ながらぽつりとつぶやく。

 

「……悪魔って、なんだったんでしょうね」

「十分悪魔ではないか」

「どこがですか」

「お前はこれから頭を悩ませ続けるのだから、くくくく」

 

 言われて気が付く。すでに様々なことを悩み始めていることに。だから恨みがしげな声が涼介から漏れ出る。

 

「この悪魔め……」

「お前のぞんざいな口調というのも味があって良い物だな」

 

 涼介の怨嗟さえ楽しいと笑いを漏らし、食欲のなくなってしまった涼介の分までレミリアはペロリと平らげてしまう。レミリアのその様子に、案外フランドールの料理を独り占めしたいが為にわざわざこのタイミングで話しをしたのではないのだろうかと涼介は現実逃避を始める始末だ。茶会が終わり、レミリアが去り際に額へのキスについてはパチュリーがうまく諭してくれたから気にするなと言った事が涼介にとっての唯一の救いだろう。思い出した様に付け加えられた、パチュリーが以前言われていたことを忘れていたから礼は不要だと言っていたとの伝言が無ければもっと心が晴れやかであった事であろう。咲夜との鬼ごっこの後にパチュリーに笑われた意味はなかったようだと涼介はため息をつき、レミリアは笑い声を残して去っていった。

 

「あぁ、もう私にどうしろと言うんだ」

 

 空へと向ける愚痴に答える声は無い。

 

 

 

 紅魔館の住人と様々な遊戯をしながら一晩を明かし、翌朝涼介は帰路に着こうと門に立つ。見送りが図られた様に咲夜だけである事に当主への文句は尽きないが、それを今言っても仕方ないために涼介はそれを胸の内にしまう。

 

「それでは紅茶の御嬢さん、また会いましょう」

「はい、珈琲の君。お気をつけてください」

 

 いつものやり取りをすれば自然と肩の力が抜けたことに涼介は気が付く。

 

 

――色々言われたけれど結局はなる様にしかならないのだ、それなら気にしていても仕方ない

 

 

 そう考えると自然と笑みが浮かび、心が軽くなる。

 

「涼介さん?」

 

 考えを巡らせて動きを見せない涼介に咲夜が首をかしげる。

 

「あぁ大丈夫ですよ、咲夜さん。ただなる様になるしかない、ただ今を精一杯生きればいいと思っただけです」

「はぁ?」

「これからの事なんてわかりません。だから今はこれでいいんです」

「ふふ、なんの話かよくわかりませんがスッキリされた様子で安心しました」

「そうですか?」

「えぇ、昨晩お嬢様たちと一緒に皆で遊んでいた時の涼介さんはどこか上の空で悩んでいるようでしたので。ですが、今は憑きものが落ちたようですよ」

「案外、能力で本当に落としたのかもしれませんよ。憑き物を」

「あら、それでしたら私の友人に憑いた悪い物を退治しませんと。涼介さんは弱いですからね」

「ははは、ひどいなぁ。私だって前よりかは強くなっているんですよ?」

「まだまだですよ」

「これは行動で示すしかありませんね」

「期待しています」

「えぇ、任せてください」

「軽いですよ、信用できないです」

「これは手厳しいなぁ」

「日ごろの行いがいかに大切か、という事です」

「フランにも同じ様なことを言われましたね」

「ほら、気を付けないとだめですよ?」

 

 仲良く二人で言葉を交わす。とても心地よく笑顔が絶えない言葉のやり取り。涼介はこのままずっと話していたいとも思うが、咲夜にも自分にも仕事があると会話を終わらせ今度こそ本当に別れを告げる。

 

「それではまた、今度はお店でお待ちしていますね」

「はい、また遊びに寄りますね」

 

 手を振って涼介は紅魔館から離れていく。咲夜は涼介の姿が見えなくなるまで門に立ちその背を見送りつづける。

 

「私は……涼介さんの事をどう思っているんでしょうね……」

 

 聞こえるはずのない涼介の背中に咲夜が言葉を投げる。少しだけ熱を持った気がする額に手を当て考える。

 

「ただなる様になる……先の事は分からない……本当にそうですね」

 

 深呼吸を一つして意識を切り替える。紅魔館のメイド長へと、いつもの自分へと戻り咲夜も館へと消えていく。もう辺りは暑さが増してきて、夏が近い事を教えてくれる。幻想の空で白い霧が広がる。


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