東方供杯録   作:落着

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後始末とお花見に供する二六杯目

「へっくしゅ!!」

 眼下にはまだ雪が積もっている地面の見える空に魔理沙のくしゃみが響く。魔理沙の少し後方には青球を一つ浮かべる咲夜と、陰陽玉を二つ浮かべた霊夢が並んで飛んでいる。

「あー、もう寒い。異変は解決したのに涼介のせいでとんだお使いになっちまったぜ」

「はいはい、ボヤかないの。涼介さんのことがなくても何かしら異変の裏で糸を引いていたみたいなのだから、どちらにせよ懲らしめないと」

「知ってるけどさー、ボヤくくらい許してくれよ」

「ボヤいたって暖かくはならないのよ」

小火(ぼや)でも起こせば……」

「こんな寒空で何を燃やすっていうのよ……」

 魔理沙のくだらない冗談に咲夜がやれやれと言いたげにかぶりふる。

「それにしてもおとなしいじゃないか、霊夢?」

 白玉楼を飛び立ってからずっとおとなしい様子の霊夢に魔理沙が話を振る。

「寒いから黙っているだけよ」

 それに対応する霊夢の態度はどこか冷たい。魔理沙が隣を飛ぶ咲夜に目配せをする。

「何か気になることでもあるの?」

 咲夜が霊夢に近づくように距離を詰めて問いかける。後ろ向きで飛びながら咲夜は霊夢の顔を覗き込む。そのまま無言でじっと見つめてくる咲夜に対し無言を通そうとするも、一切視線をそらそうとしない咲夜に対して霊夢は一度ため息をつき話し始める。

「……博麗の巫女がむざむざと目の前で人間を攫われるなんてね」

――助けてもらったのになにもできなかった

――涼介さんの異常にも最初に気づいていた

――なのに、それなのに、私は何もできなかった

 漏れ出るのは愚痴だ。本心では不甲斐ない自分を責めるも口をつくのは強がるように、本心を隠し自分の責務を言い訳にする。咲夜は霊夢の言葉に対し少し怪訝な表情を浮かべるも口を開く。

「それを言うなら私もよ。時間を止める間もなかったわ。何がすべての時間は私の物なのかしら、滑稽よね」

 霊夢は咲夜の言葉に苦笑いを浮かべる。以前紅霧異変で咲夜とあった時、貴女の時間は私の物と言われたのを思い出したのだ。そして、深く聞かずに吐いた言葉を受け取ってくれる咲夜の気遣いに霊夢は少しだけ感謝をする。

「なんだなんだ、まったく暗くなりやがって。反省会をするにはまだ早いぜ。私だっていろいろ思う所もあるし、悔しい思いもあるさ。けどな、これから妖怪の賢者なんていう肩書きのある大妖怪と戦うんだ。気持ちが後ろを向いていちゃ勝てるものも勝てないぜ」

 魔理沙も二人に並ぶように少しだけ速度を落とし、口を開く。そりゃ、私だってと小さな声でぶつぶつと反省や後悔したい内容を呟く。そのぼやきを途中でやめ二人に顔を向ける。

「それに、どうせ反省会するなら涼介も混ぜないと二度手間だぜ。アイツが一番反省することが有るんだからな」

 魔理沙が明るい声で言って笑ってみせる。霊夢は魔理沙の言葉と笑顔に背中を押され思考を切り替える。後悔の感情から自分の感情を浮かし、客観視させる。決意を言葉にして表す。

「助けてくれたお礼と、たくさんの反省をして貰わないとね」

 気合を示すかのように陰陽玉がくるくると自転を始める。魔理沙はそれを確認すると咲夜にウィンクを飛ばす。咲夜はそれに対し同じように片目を瞑り返答とする。二人の視線の間を横切る様に霊夢が進む。

「はいはい、心配お掛けいたしましたありがとうございます。ほら、さっさと行くわよ」

「おぉ!?霊夢が素直にお礼を言うなんて」

 魔理沙が咲夜に視線を向ける。

「これは明日、きっと雨ね」

 咲夜が言葉を引き継ぎ続ける。

「あんらたねぇ……」

 霊夢の口元がひくつき、声が怒りに震える。魔理沙たち二人は逃げるように霊夢をスーッと抜いて先に行く。

「おっ、咲夜。そろそろじゃないか?」

「あの半霊が言っていたマヨヒガって確かこの辺りよね、魔理沙」

 白々しくこちらに一瞥もせずに話を進める二人の後ろ姿に霊夢は言葉を続けようとするも、それは言葉になる前に大きな白いため息となって空へと溶ける。なんだかんだと二人のおかげでガス抜きできたのも確かなのでここは我慢しようと霊夢に思わせる。切り替えるために頭をフリフリと左右にふって、二人に追いつく。

「えーと……あぁ、あったあった。あのボロ屋じゃない?」

 雪で白く染まって探し物のしにくい風景の中、勘を頼りに霊夢が周囲を見渡す。目的の場所らしいボロい見た目をした小屋を見つける。

「さっすが霊夢だぜ」

「ほんと、どういう勘をしているのかしら」

「ほら、いくわよ」

 霊夢が先導する様に二人の前を飛ぶ。魔理沙と咲夜も遅れないように霊夢の後を追う。目的の建物の近づくと、進行方向の空に隙間が開く。それは涼介を呑み込んだ、桜の根元で見た隙間だ。一瞬しか見ることが出来なかったが、それは三人の記憶に強く焼き付いている。爬虫類の瞳孔の様な縦長の裂け目で両端には赤いリボンがついている。裂け目の向こう側には無数の瞳がびっしりと背景の様に浮かんでいる。

「趣味が悪いぜ」

「あら、そんなつれない事言うなんてさびしいわ……ふぁぁ」

 三人の目の前ではなく斜め上から声がかかる。視線を向けると紫色の道士服を着て日傘を差した紫が隙間を椅子代わりにして座り三人を見下ろしている。どこか眠たげな雰囲気をしており、あくびを零す。

「眠そうなところ悪いけれど貴女に聞きたいことが有るの?」

「貴女、悪魔の所のメイドね。何かしら?」

「貴女の所の式が連れて行った人がどこにいるか知らないかしら?」

 作った笑みを浮かべ、咲夜と紫が言葉を交わす。

「それなら私じゃなくて本人に聞いたらどうかしら?」

「その本人はどこにいるのかしら?」

「前にいるじゃない」

 紫はそう言って先ほどの前方を指さす。そこには青い道士服を着た九つの尾をもつ金髪の女性が浮かんでいる。

「藍、貴女に聞きたいことがあるんですって」

 紫が九尾の女性に藍と声をかける。藍は左右の手を反対側の服の袖に入れたまま紫に向かい軽く礼をして霊夢達に向き直る。

「紫様に代わり、話をお聞きしよう」

 いかにも真面目で、堅物を思わせるような声で藍が応対する。霊夢達は目配せしあい、魔理沙が前に出る。

「涼介はどこにいる?」

「ふむ、涼介なら心配はいらない」

「そういう事じゃなくてな?」

「無事なら問題無かろう」

「いや、だからな!!」

「ふふ、もう藍が失敗するからこんなことになるのよ」

 要領を得ない藍の回答に魔理沙が声を張り上げようとするも紫が遮り茶々を入れる。

「失敗?」

 魔理沙が反射的に聞き返す。

「そう失敗よ。でもまぁ無事に西行妖の封印もかけ直せたみたいだから及第点かしら」

「申し訳ありません、紫様。精進致します」

「説明してと言えば話をしてもらえるのかしら?」

 霊夢が紫にそう問いかける。紫は霊夢の声に反応し視線を向け、扇子で目元より下を隠す。扇子の奥で喜悦の表情を浮かべ霊夢を見つめる。

「そうねぇ……叩き起こされて気分が悪かったのだけれど、少し気分がよくなったから話してあげるわ」

「へぇ、寝起きが悪いのね」

「そうなの、冬は冬眠しているのよ」

「いいわね」

「一緒に寝てあげましょうか?」

「嫌」

「つれないわね」

「無駄口は良いから説明しなさい」

 紫はその言葉を聞くと扇子をぱちりと閉じる。座った隙間の裂け目に落ちるように体を後ろに倒し、隙間に飲まれるように姿を消す。目の前から姿を消す紫に霊夢達が虚を突かれていると、藍のいた辺りから再び紫の声が聞こえる。

「上を向いたままだと首がつかれてしまうでしょう?」

 藍の隣に先ほどと同じように隙間の上に座る紫の姿がある。隣に浮かぶ藍は少しだけあきれ顔をしている。

「さて、どこから話そうかしら?」

「冬の妖怪から貴女達が涼介さんを誘導していたと聞いたのだけれど?」

「そうよ。元々彼は西行妖にもう一度封印をかけ直す為に幻想郷に招いたのだもの」

 想定もしていない回答に質問した咲夜の思考が一瞬止まる。

「まぁ、保険の一つの様なつもりであって、あそこまで働いてくれるとは思ってもみなかったのだけれどね」

 紫はそういってクスクスと笑いを漏らす。

「何故そんなことを?」

「もともと西行妖の封印が弱まっていて、さらに幽々子も興味を持ち始めてしまっていたからね。いつか封印を解こうとしてしまうと解っていたのよ。それで、私が出てもいいのだけれど冬の間は冬眠しているから難しいのよね。幽々子の事だから私が眠る冬を狙って行動を起こすでしょうから。だから、博麗の巫女にお願いすることにしたの。でも、絶対はこの世にはないから保険は多いほうがいいでしょう?」

 紫は霊夢にどこかじっとりとした視線を向けてそう口にする。

「私が不甲斐ないと言いたいの?」

「そんなことは無いわ、霊夢」

 名乗りを上げていないのに名前を知られていることに霊夢は気味の悪さを覚え、眉をしかめる。けれども、先ほどの神出鬼没さや、自身が幻想郷の要の博麗神社の巫女であるため知られていても不思議ではないので口にはしない。

「でもね、たまたま外で見つけた愉快な人間が使えそうだったからね。恩を売って招いたのよ」

「そんな事の為に――」

「そんな事なんて言わないで欲しいわね。友人の幽々子を守る為に万全を期したかっただけよ。それに、彼にも感謝されているわよ。招いてくれてありがとう、とね。まぁそうなる様に誘導したところもあったけれどね」

 にこにこと綺麗な笑顔に何処か見下したような声色、咲夜と魔理沙が眉をひそめる。

「それで、その狐がした失敗ってのは?」

「そこのメイドも知っていると思うけれど冬の妖怪のちょっかい出しを見逃してしまったのよ。元々、計画は全部練ってあって藍に任せて眠っていたから見逃してしまったわ」

「面目次第もございません」

 となりにいる藍が紫に向けて腰を折り、深く頭を下げる。

「構わないわよ。怒った貴女っていう珍しいものも見られたし、あとおかげで彼のさらなる価値も見いだせたしね」

「彼は貴女の玩具ではないのよ」

 咲夜から怒りを示す様にわずかに霊気が漏れ出る。

「あらあら、お友達がたくさんできたみたいで彼も幸せね」

「あなた……」

「でも、何もしなくとも彼は首を突っ込むわよ」

 確信がある紫の物言いに咲夜の勢いがそがれる。

「どうしてそんなことが言い切れるんだ?いや、まぁ分からんでもないんだがな」

 魔理沙が苦笑い交じりで問い掛ける。

「彼、外の世界で一人の妖怪の周りから恐れを奪って衰弱死させているのよ」

「はぇ?」

 思いもよらない切り口からの話に魔理沙から呆けた声が出る。咲夜はその言葉に以前彼が言っていた、大切な人を殺している、といった内容を思い出す。霊夢が先を促す様に言葉を紡ぐ。

「それがどう関係するのよ?」

「意図したものではないとはいえひどくショックを受けたようでね。だからこそ彼は幻想の存在を、この郷の役に立てることなら悩むことなく首を突っ込むわよ。代償行為の様な物なのでしょう、可愛いわよね」

「面倒なのに目を付けられているわね、涼介さんも」

「私は彼のそういう所、好きよ。だって、経緯はどうあれ幻想郷を愛してくれているのだもの」

 紫の言葉に歓喜の色がにじむ。自分の宝物を褒められた子供の様な純粋な歓喜がそこには込められている。紫に胡乱な視線を向ける霊夢はため息を吐き、話を変える。

「それで、結局涼介さんは今どうしているの?」

「身体に戻して冥界の白玉楼に送ったわ」

「は、え?無駄骨なのかよ」

 魔理沙が脱力したように肩を落とす。

「霊体が割れていたけど?」

「それはちょっと大変だったわね。まぁ、どうなったかは見ればわかるから説明は省くわね」

「元通りにすると言っていたみたいだけれど?」

「ほとんど元通りよ」

 霊夢は質問を重ねるも、真面目に応える気がないと分かるとため息を吐く。

「なら、ここにはもう用はないわね」

 霊夢がそう言って背を向ける。魔理沙が問答無用で妖怪をぶっ飛ばさないなんて珍しいと視線を向ける。霊夢は涼介の無事の確認を優先しようと、ここでの争いを一先ず避けようと考える。自らの勘から、紫の言葉に嘘が無いと判断しているため、相手の言葉を疑うこともしない。背を向け戻ろうとする霊夢の姿に魔理沙も咲夜も困惑するが、無理に引き止め争う理由もないためそれに従おうと紫たちに背を向ける。

「あらあら、用が済んだらポイ何て寂しいわぁ」

「勝手に言ってなさい」

 霊夢が振り返ることなく言葉を返す。

「私、神隠しの主犯と呼ばれることもあるのよ?」

 霊夢達の背後から妖力が威圧する様にほとばしる。反射的に三人が振り返って身構える。視線の先では紫と藍、そしていつの間に現れたのか橙も並び、妖力を練っている。紫の表情には堪えきれない歓喜が溢れ出ている。

「せっかくだから遊んでいきなさい。じゃないと、ね?」

「お前達に稽古をつけてやろう」

「今日は憑きたてほやほやだから万全よ」

 三者三様に言葉を紡ぐ。霊夢達が互いに視線を見合わせ、力強く頷く。霊夢達からも霊力が、魔力が沸き立つ。

「いい機会だから、一度コテンパンに懲らしめてあげる」

「悪さをすれば退治される、これが道理だぜ」

「ここで釘を刺しておかないと、涼介さんにまたちょっかいを出しそうね」

 霊夢が御幣に霊力を通し、魔理沙が八卦炉に魔力を通し、咲夜がナイフに霊力を通す。全員が全員、カードを四枚取り出し構える。弾幕ごっこ(最後の後始末)が幻想の空で始まる。その戦いで発生した閃光や爆音は遠く離れた人里まで届くほどだったという。

 大量に散った花びらが積もる白玉楼。幽々子の寝室にて眠る幽々子の隣で妖夢は静かに座っている。西行妖から取り戻した後から一度も目覚めることなく幽々子は眠っている。内包されている霊気も安定しているため、強い焦燥感はないものの心配は尽きず妖夢は幽々子が目覚めるのをじっと待っている。自らの知りうる情報である、紫の式の式である橙の居場所を伝えた霊夢達もとっくの昔にたどり着いているころだろうと妖夢は思考めぐらす。

「涼介さんは大丈夫なのでしょうか?」

 心配が声をなって漏れ出る。涼介の事も心配ではあるが、幽々子のそばも離れられない。結果として霊夢達に涼介の事を任せてしまったが、それでよかったのかと悩みは尽きない。そう悩む妖夢の耳に石がじゃりじゃりと踏みしめられる音が聞こえる。

「……誰でしょうか?霊夢達にしては中途半端すぎるような?」

 霊夢達であれば、たどり着いてから少しして引き返したにしては遅すぎるし、争うことになったのであれば早いと妖夢は感じる。そして、さらに気が付く。足跡が一つ分であることに。

「誰だろう?」

 立ち上がり、襖をあけ石庭を見る。妖夢の息が止まる。空いた襖に反応したのか涼介が視線をこちらに向けている。二人の視線がぶつかる。涼介は笑みを深め、妖夢は驚愕に目を見開く。そして妖夢はある事に気が付く。涼介の近くに見覚えのあるものがある事に気が付く。

「涼介さん、それって?」

「あぁ、これかい?お揃いだね、妖夢」

 涼介はそれを、半霊、と言うにはいささか小さいこぶし大の人魂を体の前で上に向けて広げた掌の上へと移動させる。口を開け固まる妖夢に微笑みかけ言葉を続ける。

「半分ではないから半霊ではないけどね。言うなれば一割霊って言うのかな?うーん、語呂が悪いな。九割人間一割幽霊で大体人間、って感じだね」

「なんで……」

「漏れ出てしまった部分をまとめた物だよ」

 涼介が妖夢の立つ縁側の下までたどり着く。

「……ごめん、なさい」

「謝る事は何もないよ…むしろ、少しうれしいくらいだよ」

 涼介の発言に妖夢は首をかしげる。涼介の声が本当にうれしそうだから、慰めじゃないと分かるから余計に混乱する。

「だって、なんだか幻想の一員になったみたいじゃないか」

 そういってはにかむ様に涼介は笑う。

「それに、悪い事もないしね。能力も以前よりずっと強く使えるからさ」

 そう言って涼介は人魂を腕の周りでくるくると回して見せる。

「妖夢に教えてもらう事がまた増えてしまったね。霊と人間のハーフの先輩としてご指導ご鞭撻お願いいたします、師匠。私はクォーターよりなお割合が少ないけどね」

 妖夢は涼介の様子に、心が軽くなる。そして同時にしょうがない人だなぁと呆れと支えてあげたいという献身の感情が浮かぶ。

「私の稽古は厳しいですからね?」

「お手柔らかにお願いします」

 涼介が苦笑いを浮かべて言う。その表情に妖夢はクスクスと笑いを漏らす。そして、二人で縁側に並んで座り、幽々子の目覚めを待ちながらのんびりと過ごす。二人の間の会話が途切れることは無い。涼介が人里近くで店を開いている話、妖夢の得意な料理の話、一緒に住んでいるハルの話、幽々子にされて一番怖かった怪談の話。次々と二人の間で話題が生まれる。

「ゆゆさんも酷いね」

「本当ですよ。いまだに夜のお墓とかには一人で行きたくありません」

「半分幽霊なのに大変だね」

「涼介さんも一割は幽霊なのですから、そんなこと言ったらもう怖がれませんよ?」

 妖夢の返しになるほどと涼介は納得させられてしまう。自分ももう幽霊を怖がるとそうやって言われる存在なのだと改めて認識する。二人の視線の先の石庭の中空に線が現れ、隙間が開く。その先から霊夢、魔理沙、咲夜、紫、藍、橙の六人が出てくる。皆一様にボロボロであるけれど、表情から察するに霊夢達が勝ったようだ。

「おかえり、みんな」

 涼介のあまりに普段通りの様子に一瞬固まる三人に声をかける。三人とも涼介の周りを浮く人魂に気が付く。視線の動きで涼介もそれを察する。

「これ、なかなかかわいいよね。九割人間一割幽霊で、大体人間になったようだよ、私は」

 あまりにも気にした様子のないあっけらかんとした涼介に三人が同時に大きなため息を吐く。

「ね、見れば解ると言ったでしょ?」

 紫がその様子をクスクスと笑う。

「うるさい、紫」

「もう、八つ当たりは良くないわよ霊夢」

「だいぶ仲良くなったみたいだね、紫さん」

「ふふ、わざわざ冬眠から起きたかいがあったわ」

「で、紫。問題ないのよね、この状態は」

「えぇ、ちゃんと安定しているから問題は無いわ。そこの半人半霊っていうお手本も知っていたからね」

「そ、ならいいわ」

「では……涼介さん」

 霊夢が涼介の状態についての最終確認をし、問題のない事を再確認する。それが終わると、咲夜が涼介に呼びかける。自然と涼介の背筋が伸びる。慧音が見れば、その様子は怒られる前の子供の様な雰囲気だと言うことだろう。

 

「涼介さん?」「なんだか随分と」「いいご身分だったみたいね」

 

 咲夜、魔理沙、霊夢の順に言葉を発する。涼介の表情が少しだけひきつる。

「あぁ、っと……まぁ、結果良ければすべてよしと言うじゃないか」

 言い訳が涼介の口をついて出る。今の状況ではそれは悪手であり、言ってしまった後に涼介もそれを自覚する。ついつい、軽口が出る癖をこの時ほど治そうと強く思ったことは無い。魔理沙の身体がユラリと揺れたと思うと、タックルを喰らう。

「ごふ!」

「確保ー!!」

 涼介の鳩尾に魔理沙に肩が突き刺さる。そのまま涼介は縁側の上に押し倒され魔理沙に馬乗りされる。これでもう行方不明にはならないぜと、魔理沙が涼介の上で言葉を漏らす。

 霊夢と咲夜も履き物を脱ぎ縁側に上がる。霊夢が涼介の頬をつねり、咲夜が説教を始める。涼介は隣に座っていた妖夢に視線を向けるも、一瞬目が合った後に首を横に振られる。その後妖夢は、紫の所に近づき話し始める。普段は生者のいない白玉楼の庭先が喧騒で包まれる。

「ふふふふ」

 笑い声が部屋の中から聞こえる。妖夢が話の途中であるが、首が勢いよくそちらを向く。部屋の中から幽々子が立ち上がり姿を見せる。

「死人も起き出す喧騒ね」

 消える前と何一つ変わらないその姿に妖夢の涙腺が緩む。零れ落ちそうになる涙をぬぐい、幽々子に近づく。

「もう、お寝坊さんですね。幽々子様は」

「あら、もうそんな時間かしら」

「みなさんお待ちだったんですよ」

 妖夢はそう言い、この場にいる他の七名を示す。

「悪い事をしちゃったわね」

「でも、ちゃんと起きてくれたので仕方がないですけれど許してあげます」

「ふふふ、ありがとう、妖夢。それと悪いけれどお腹が空いてしまったわ」

 いつものように呑気に言う幽々子の姿に妖夢はしょうがないなぁと嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「仕方ありませんね。すぐにお作りしますからお待ちください」

 妖夢はそう言い、台所に向かおうとする。

「妖夢、ちょっとまって」

 その背を涼介が呼び止める。

「なんでしょうか、涼介さん?」

「料理は私が作るよ」

 涼介はそう言って、まだ不満げな表情を浮かべる少女たちを押しのけ立ち上がる。

「いえ、しかし」

 提案に妖夢は惹かれる。幽々子のそばにもう少しいたい事と、幽々子のお願いを天秤にかけ妖夢は悩む。

「たまには違う人の料理も良い物だよ。ね、ゆゆさん」

「そうねぇ、涼介さんの料理も食べてみたいわね」

「それじゃあ決まりだね。はい、妖夢はここでゆゆさんと待っていてね」

「え、あ、ちょっと、涼介さん押さないでくださいよ」

 反論は許さないとでもいう様に、妖夢の背中を押して部屋へと押し込む。抗議の声を妖夢は上げるが抵抗はひどく弱弱しい。その力の弱さに本心が透けている。

「あ、妖夢。火打石とかどこにあるのかな?」

「えっと、火打石はありません。霊力を使ってつけていますので。やはり、私が作ってきます」

 妖夢はがそう言って再び台所に向かおうとする。そうはさせないと涼介は妖夢を抑え、魔理沙に声をかける。

「霧雨魔法店の店主さんに依頼があるんだけど今から依頼を受けてくれるかい?」

「まったく、私を火打石代わりに使おうだなんて仕方のない奴だな涼介は」

 魔理沙は、にししと言葉とは裏腹に笑みを浮かべると靴を脱ぎ縁側の下に置く。

 

「依頼料は味見の権利でどうかな?」

「ここはおまけしておいてやるぜ」

「それなら、私もお手伝いしますね」

 咲夜がそう言って説教の為に涼介が倒れていた横で正座していた体勢から立ち上がる。

「お、ならちょうどいいから霊夢もこいよ。このまま台所で反省会としゃれ込もうぜ」

「そうね、それなら今みたいに涼介さんも逃げられないものね」

 霊夢もそう言って立ち上がる。涼介は二人のやりとりに苦笑する。しかし、自分が悪いのだから仕方ないと理解する。

「あんたらの分も用意してあげるから、その代り用意が出来るまでの間で返せる分だけの春を返してきなさい」

「人使いが荒くてゆかりん泣いちゃいそう」

「馬鹿なこと言っているとご飯の代わりに陰陽玉喰らわせるわよ」

「ふふ、それは怖いわね。仕方がないから春を返してこようかしら。藍、橙」

「はっ、畏まりました」「はい、紫様」

 紫の命に二人は素早く応じると冥界の過剰な春を集め始める。

「それじゃあ、またあとでね」

 紫はそういうと隙間を開き中へと潜り込み姿を消す。

「と言うわけで、妖夢。ゆゆさんの相手をお願いね」

「あら、まるで私が病人みたいな扱いね」

 楽しげに冗談めかせて幽々子が口をはさむ。

「気を失って目が覚めたばかりなんだから似たようなものだよ」

「うーん、それもそうね」

 幽々子は何故自分が気を失ったかを聞くことなく、部屋に戻り妖夢の隣に座りこむ。

「それじゃあ、できたら声をかけるね。時間がかかると思うからゆっくり待っていておくれ」

 妖夢は感謝を示すために頭を下げる。幽々子は了解を示してフリフリと穏やかに手を振る。涼介たちも台所に向かい、この場には妖夢と幽々子の二人だけが残った。急にみんながいなくなり少しだけ落ちる沈黙。少しの間逡巡し妖夢は幽々子へ意を決して口を開く。

「幽々子様、お願いがございます」

「なにかしら?妖夢が改まってお願いするなんて珍しいわね」

「冥界と幻想郷の間の結界なのですがこのまま貼り直さずにおくことはできないでしょうか?」

 妖夢のお願いに、幽々子はわずかに目を細める。

「それはなぜかしら?」

「えっと、それは……あの」

――外に興味を持てば、幽々子様の西行妖への興味を失くせるかとおもって

 本音を伝えることは妖夢とって憚れる。それで理由を聞かれても、今の妖夢にはまだ幽々子に、桜の下にあるものについて話す勇気はない。まだ、今の自分ではもしもの時、幽々子を止めることが出来ない。だから、もし話すとしても、幽々子様が道を間違えたら止められるくらい心も体も強くなければと考えている。だからこそ、妖夢は初めて主人に本心を隠す。

「ほら、涼介さんとせっかくお友達になれましたし。幽々子様知っていますか?涼介さんお店でお菓子やお料理を出しているそうですよ?そのうち一緒にいきませんか?それに人里にも面白いところが沢山あるみたいですし、他にもえっと……」

 妖夢がつらつらと他の理由をあげていく。それらの理由だって嘘ではないが、そこまで強い動機となりえないのを自覚しているだけに声が自信のないものとなる。

「妖夢も知っていると思うけれど、冥界の管理は閻魔から依頼されている仕事なのよ?まぁ、別段何かあるわけではないから仕事と言うのもアレかもしれないけれど」

 妖夢の中で一番の障害となっている事柄が幽々子の口から語られる。冥界と西行妖の管理、それが閻魔から依頼されている仕事である。

「はい、それでもです。結界を治さないことで起きる問題は、霊の脱走です。それは私が責任を持って脱走した際はつかまえてきます。ですからどうか、ご一考ください」

 正座の姿勢から頭を下げて誠心誠意願い出る。幽々子は何も言わずわずかに沈黙が訪れる。そして、沈黙は唐突な幽々子の笑い声で途切れる。妖夢はどうしたのかと不思議に思い頭をあげる。

「ふふふふ、構わないわよ。というか私も紫にそうお願いしようかなって思っていたのよ」

 幽々子の返答に妖夢がぱぁっと顔を明るくさせ、顔を上げる。

「それでは!?」

「これからにぎやかになるわね。出て行った霊の回収は任せるわよ。頼りにしているからね、妖夢?」

「はい!この魂魄妖夢にお任せください」

 バッと勢いよく再び頭を下げる。そこまでしなくても良いが、にやけた顔を幽々子に見られたくなくて妖夢は頭を下げ、表情を隠す。頼りにしている、その一言がどれほどうれしいことだろうか、顔のゆるみを自制できない。幽々子は特にその行動を気にすることなく、言葉を重ねる。

「それじゃあ、早い所紫にお願いしないとね」

「それでしたら問題ありません。幽々子様が眠りに落ちている間に紫様にお話してあります」

 その言葉に幽々子は目を丸くする。

「私がダメだと言っていたらどうするつもりだったのかしら?」

 ちょっとした好奇心が少し意地悪な疑問をぶつけさせる。

「許可を得られるまで、言葉を重ねるつもりでした」

 その言葉になぜか幽々子は妖夢の祖父を思い出す。そういえば、頑固おやじな所があったなと、幽々子の口元がほころぶ。

「そう」

 一体いつ、こんなに成長したのだろうか、見逃すなんてもったいない事をしてしまったわと幽々子は内心で残念がる。それに、問題の提起とそれの対処、紫への根回しの手際と言い以前では考えられないことだと幽々子は考える。

 

「でも、これはこれで」

「幽々子様?」

 

 ついついうれしくなり声に出てしまう。ずっと見守って成長の様を見るのもいいけれど、ふと目を離した後に成長した姿を見せてくれるのもこれはこれで良い物ね、と内心で思う。

 

「でも、やっぱりちょっと悔しいわね」

「ふぁ、ゆゆほはま!?」

 

 しかし、残念さも同時にある為、妖夢の頬をつまんで不満を表す。突然頬を幽々子につままれ妖夢は驚きの声をあげる。幽々子がそれに応えることなくむにむにと手を動かす。

 

「むむ、これがやわらか妖夢ね」

「しはいはふー!!」

 

 違うと妖夢は言うも幽々子にはどこ吹く風だ。強引に幽々子の手を弾くことも妖夢には憚られ、手が空中をあわあわと彷徨う。料理が出来て声がかかるまで、二人は存分に絆を確かめ合う。その後、九人で食卓を囲みわいわいとにぎやかな時間が過ぎる。

 

 

 

 

「めでたしめでたし、で終わりのはずが……どうしてウチ(博麗神社)で宴会をやっているかしらね、涼介さん?」

「ん?それはほら異変が終わったから区切りと禍根をお酒で流さないと」

「昨日の冥界での食事会で区切りもついたし、禍根も流せたんじゃないの?」

「はははは」

「笑ってごまかさない」

 

 夜の博麗神社で人妖混じっての大宴会。魔理沙の持っていた濃い春で博麗神社の周りには春が訪れている。遠くを見ればまだ雪が積もっており、近くでは桜が満開に花をつけている。月も雲に隠れることなく顔を出しており、月夜の雪桜はとても風情がある。その景色の中に多くの妖怪や妖精、里の一部の人間などの姿が見える。みな一様に笑顔で酒を酌み交わし、春の訪れを祝っている。目をさまし、元気になっていたハルもすでにお酒に飲まれ、神社の軒の下で体を丸め眠っている。

 

「まぁまぁ、良いじゃないか。みんなで春を楽しもう」

 

 涼介はそう言って、霊夢の杯に酒を注ぐ。霊夢も酒を注がれれば口元に笑みを浮かべる。

 

「まったく、これじゃあ妖怪神社じゃない…はぁ」

 

 ため息を一つ付き、杯を煽る。一気に杯を乾かす霊夢に涼介は苦笑いを浮かべ、空いた杯に新たに酒を注ぐ。まだ、中身の入った酒瓶を探すために近くをうろうろしていた魔理沙が霊夢のその言葉に反応する。

 

「いまさら何言っているんだ?もう、とっくに妖怪神社じゃないか?」

 

 魔理沙のきょとんとした表情と声に霊夢の額に青筋が浮かぶ。顔もすでに赤らんでいることから、だいぶ酔いが回って沸点が低くなっているようだ。

 

「いい度胸ね、魔理沙。上がりなさい、落としてあげるわ」

「は、良いぜ相手をしてやるぜ」

 

 応える魔理沙も赤らんでかなり酔っているようだ。酔っぱらい二人が空へと上がり弾幕ごっこを始める。桜舞う夜空の弾幕の光景に、人妖達は良い酒の肴だと、やんややんやと声援をとばす。

 

「これは霊夢の敗けかな?」

 

 酒を片手に涼介がこぼす。酔いと怒りで前のめりの攻めをする霊夢。霊夢はどちらかと言えば超常的な勘を用いた回避主体の闘い方をする。今の霊夢にはその長所が見られない。勢いをぶつけ合う闘いなら魔理沙に分があるだろうとの判断だ。他のとこまで移動するのが億劫だと涼介は元気な空飛ぶ少女達を眺めながら一人杯を重ねる。

 

 

 

「ふふ、霊夢も元気ねぇ」

 

 紫が御座の敷かれた境内の一角で空を眺めて呟く。周りには藍や橙はおらず、今は一人で花見を楽しんでいる。

 

「おやおや、そこにいるのは要介護の隙間じゃないか」

「あら、貴女は蝙蝠の赤ちゃんじゃない」

 

 レミリアがグラス片手に姿を現す。言葉とは裏腹に、レミリアは自分からここに来たようだ。

 

「歳の所為か、人形遊びが随分と下手になったみたいじゃないか?」

 

 此度の異変での暗躍の失敗についてレミリアが揶揄する。その言葉に、紫が一瞬眉をひそめる。扇子を開き口元を隠し、胡散臭げに小さく笑いを漏らす。

 

「ふふ、そんなことを言いにわざわざ来るなんて話し相手がいないのかしら?」

「いやなに、感謝の言葉でももらおうかと思ってね」

 

 レミリアの表情が優越感に染まる。紫も思い当たる節があり、隠した顔が僅かに歪む。しかし、ちょうど良いと思っていたことを口にする。

 

「そう……でも意外ね」

「ん?何がだ?」

「貴女が自ら手助けするなんてね。正直意外だわ」

「ふん、そんな事か。人間の中にも見られる者はいる、それだけの話だ」

「霊夢やあのメイド以外にも?」

「あぁ、そうだ。霊夢の全てに対する平等さも、咲夜の有能さも素晴らしい。だが、あの魔理沙のひたむきさや、涼介の実直さ…いやあれは愚直かな?まぁそれも美徳だ」

「……悪魔がそんなことをほめるなんて」

 

 紫は心の底から驚愕する。これが十年前幻想郷を支配しようと殴りこんできた、傲慢さが服を着ていたような悪魔と同一の存在と思えなかったのだ。

 

「くっくっく、驚くのも無理はない。私だって自分で驚いているさ。しかし、私たち妖怪だってきっかけがあれば変わるものさ。長く生きるがゆえに変化を起こしにくくともな」

 

 レミリアの言葉には含蓄が含まれている。視線は霊夢と涼介を見つめる。自身を打ち倒す人間。妹を救った人間。どちらも彼女にとっては無視しえぬ存在であり、友人とも呼べるだろう。霊夢に関しては反論の言葉が本人から出そうなところではあるが。

 

「そう……そう、なのね」

 

 紫も視線を涼介に向ける。元々保険として利用するためだけに呼んだ、たいして興味のない人材であった。しかし、彼は花の妖怪を始めとした様々な人外と友誼を結び、目の間の悪魔さえ認め、この幻想の地に根を下ろした。さらには、以前の紅霧異変では悪魔の妹を矯正し、此度の異変でも西行妖を押さえつけた。この功績は、この結果は、ただの偶然で済ませて良い物ではない。

 

 

――認めなければならないわね

 

 

 彼は、涼介は幻想の住人足る資格がある。紫はそう考える。彼はただの駒で無く、自身の愛する幻想郷の一員なのだと認識する。自然と口元に笑みが浮かぶ。

 

「ようこそ幻想郷へ」

 

 無意識に離れた場所で空を見上げる涼介へ向けて言葉が出る。

 

「なんだ、そんな小さな声で。近くで言ってやればいいのに」

 

 クスクスと愉快気な笑いをレミリアがこぼす。

 

「これでいいのよ」

 

 無意識の呟きを聞かれ、それも相手が相手ゆえに苦い思いが広がる。

 

「くく、恥ずかしがっているとは似合わないな。可愛い所もあるじゃないか?」

 

 追い打ちをかけるように図星を突かれる。紫は今度こそぐうの音も出ない。今回の失敗と、今のやり取りの流れの所為で旗色が悪いと紫は冷静に分析する。しかし、ここで逃げるのは業腹であるため、さてこの悪魔をどう遣り込めた物かと、酔いでわずかに回転の鈍い頭で思案を巡らせる。他に誰も寄り付かない、表面上は平和な一席(言葉の殴り合い)が境内の片隅で始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、文?この洞穴であっているのかな?」

「えぇ、ここで間違いありません。椛が確認しているので間違いなく、ここがレティ・ホワイトロックの住処ですよ」

「へぇ、ここが……」

 

 まだ雪の残る妖怪の山の山中にある洞穴の前で涼介と文は並んで立っている。

 

「で、いきなりどうしてレティさんの居場所を探して連れて行ってほしいなんて言い出したんですか?」

 

 博麗神社での宴会の序盤に涼介は文にレティの居場所を見つけて連れて行ってほしいとお願いしていた。

 

「それは、後で異変の話とまとめてするよ」

「あぁ、もう焦らしますね…その身体の周りに漂っている人魂についても全然説明してくれないし……」

 

 文がいじけたような声をだし、足元の雪を軽く蹴る。涼介は文のその幼い仕草に笑みをこぼす。

 

「それも後で全部話すよ。お店で美味しい一杯を出しながらね」

「ふふ、仕方ないですねぇ。大人な私はそれで我慢してあげましょう」

 

 羽をパタパタと動かして機嫌よさげ文が胸を張る。

 

「ありがとうね、文」

「はいはい、それでは待っていますから早く終わらせてきてくださいよ」

「そうだね、あんまり文を待たせるのも悪いからね」

 

 涼介はそういうと洞穴へと一人入っていく。中はひんやりとしており、外とは比べものにならないくらい寒い。涼介はもっと厚着をしてくるのだったなと少しだけ後悔しながら奥へと進む。

 

「誰かしら?人のねぐらに入ってくるなんて、礼儀がなっていませんね?」

 

 聞き覚えのあるレティの声が奥からひびいてくる。

 

「レティさんかな?お久しぶりです、涼介です」

「あら、バリスタさん?」

 

 暗い洞窟に、妖力弾が生まれその灯りで互いの姿が確認できるようになる。心底理解できないといった表情をレティは浮かべている。

 

「何をしにいらしたのかしら?」

「誤解が生まれてしまったみたいだからね……話し合いにきたのさ」

 

 涼介の予想外の回答にレティは呆けた様子を見せる。復讐に来たと言われた方がよほど普通だし、納得できる。

 

「メイドの女の子からお話は聞かなかったのでしょうか?」

「すべて聞いているさ」

「貴方……馬鹿なのかしら?」

 

 涼介の返答にレティは自分が侮られていると感じる。だからこそ妖力を発し、威圧しようとする。レティから妖力が僅かに漏れでるが、次の瞬間には妖力が急速にしぼんでいく。灯りにしていた妖力弾も消え、あたりに暗さが戻る。ジッと何かをする音がして、涼介がリュックから取り出したろうそくにマッチで火をともす。

 

「話し合うために、君の力を落させてもらったよ」

「こんなことが出来たの?」

「使い方を覚えたのさ」

 

 この力を使えば復讐も容易ではないのかとレティは考えるも、涼介の穏やかな雰囲気に毒気を抜かれる。そして、本当に彼が話し合いに来たのだと察する。

 

「うふふ、貴方は馬鹿なのですね」

 

 レティが楽しげに笑みをこぼす。

 

「そうだね。でも前よりは賢くなっているつもりさ」

「程度がしれてしまいそうね」

「はは、そうかもしれないね」

 

 会話が途切れる。お互いに真剣な眼差しで相手を見据える。

 

「話し合いをしよう、レティ」

「……それが貴方の信念なのね」

「そうだよ。でも、今はどうしても駄目なら闘うことも仕方ないとも思っているよ」

「ちょっとだけ賢くなりましたわね」

「それで、答えは?」

 

 レティの口元に笑みが浮かぶ。

 

「――、――――」

 

 

 

 

 後日、雪の結晶の形をした首飾りを付けてハルに謝っている涼介の姿が桃源亭で確認されたという。目撃した客によると、最終的にはハルが折れて和解をしていたとのことであった。


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