東方供杯録   作:落着

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ぶつかる想いと追憶に供する二三杯目

 対峙する涼介たちと霊夢たちがにらみ合う。白玉楼の門の前で両者が並び合い視線をぶつけた。魔理沙は目に見えて動揺を示しているが、霊夢には大きな変化は見られない。そんな二人を涼介は感情の薄い瞳で眺めながら肩に持たれて倒れる咲夜の頭を撫でつけている。

 

「亡霊って、異変の協力者ってなんなんだよ。分かる様に言えよ、涼介!!」

 

 魔理沙が怒鳴り声をあげる。妖夢と幽々子を警戒し、近づきはしないが、もし二人がいなければ涼介の胸倉を掴みかかっていた。それぐらい、魔理沙は気炎を吐いている。しかし、涼介はその勢いを受けてもまるで気にした様子を見せない。

 

「分かる様にって言うけど、何が分からないんだい?異変の協力者って言うのは春を奪う側の、この二人に協力しているっていう言葉以上の意味は無いよ」

 

 涼介はそう言って笑顔さえ浮かべ魔理沙に応える。その手ごたえのなさで逆に魔理沙の勢いがそがれた。今度は霊夢がけだるげに頭を掻きながら涼介に問う。

 

「亡霊って言うけど、なんとなく違う気がするんだけどどうなの涼介さん?」

「ん?君は分かるのか、すごいな。そうだね、私は確かに亡霊と名乗ったけれど本当は生霊なんだよ」

「生霊ならまだ生きているのね。それで体はどうしたの?」

「私も体を探しているんだよ。私も知らないけど、どうやら事情があるらしくて生前の記憶が何もないんだ」

「だから亡霊と?」

「そうだよ。根源的には生霊らしいけど性質的には亡霊なんだよ、今の私は。だから私は君たちの事もこの子の事も何も知らないのさ」

「……お前らか?」

 

 帽子のつばで表情を隠した魔理沙が、ひどく押し殺した声で幽々子と妖夢の二人に問い掛ける。幽々子はふふふ、と笑いを漏らし、妖夢は反応を見せない。

 

「お前らが涼介から体を奪って記憶を消したのか!?」

「うーん、確かに体から魂を抜いたのは私だけれど、記憶は別の人よぉ。体もその人が持っているのよ」

 

 幽々子は柳に風を体現するがごとく、軽い調子で返答をした。まるで相手にされていないその態度に、涼介に削がれた魔理沙の怒りに再び拍車をかける。思わず飛び出しそうに足が出るが、霊夢の腕が制止する。

 

「そう、それで私たちがアンタ等をぶっ飛ばせば返ってくるのかしら?」

「そうねぇ、異変が終われば元に戻すって私も聞いているわぁ。貴女達が勝っても、敗けても元通りよ。だから安心して敗けても大丈夫よ。春も返すし、涼介さんも返すわよ?」

「うーん、別に私はこのままでもいいんだけどなぁ」

 

 幽々子の返答に涼介が不満げな声をあげる。その内容に魔理沙は首をかしげる。

 

「なんで、涼介が戻るのを嫌がるんだよ」

「別に今の状態に不便は感じないし、このままの方が楽そうだなぁって思うのだよね」

「な、なに言ってんだよ。店はどうすんだよ。それにフランや咲夜、慧音に霖之助、他のみんなだってお前に帰ってきてほしいと思っているぞ」

「でも、私はその人たちの事を知らないし。ほら、死ぬのが遅いか早いかの違いじゃないかな」

「魔理沙、あの亡霊に話しても無駄よ。亡霊は生前の記憶全てを忘れているわ。だからあれは形だけ同じ別物よ。説得に意味は無いわ」

「霊夢……」

「私たちが知っているのは、あの亡霊が捨てた物を積み重ねていた涼介さんよ。あれはただの抜け殻。体を取り戻してさっさと元に戻すわよ」

「魂をくるむ霊体の私を抜け殻というか、面白いね。普通は体の方が抜け殻になるのではないかな?」

「黙りなさい、亡霊。涼介さんの姿でそれ以上話さないでいいわ」

「ううむ、どうも怒らせてしまったようだ。そういえばリリカと言う子も以前怒らせてしまったなぁ」

 

 涼介が頭を掻いて苦笑する。その涼介に妖夢が話しかける。

 

「涼介さん、そろそろ」

「そうだね、長々話していても仕方ないね。じゃあ、私は屋敷から見学しているよ。頑張ってね、妖夢。ゆゆさんも楽しんでください」

 

 涼介はそういうと意識のない咲夜を姫抱きする。

 

「あぁ、そうだ。妖夢、この子も春を持っているのかな?」

「はい、スカートのポケットに入っているようです」

「ん、了解」

 

 涼介はそういうと霊夢達に背を向け屋敷へ向かって歩き出す。反射的に魔理沙は足が出るが、すぐさま自制する。自らの目の間に立ちふさがる二人を睨む。

 

「さぁ、さっさとやろうぜ。どこかの馬鹿の所為で予定が詰まっているんだ」

「そうなの?貴女達もせっかくだからお花見に参加するといいわよ。もうすぐあの桜が咲くのよ」

 

 幽々子が塀の上から頭を出す、巨大な桜の木を示す。他の桜は全て咲いているのにその巨大な一本だけ蕾だけで花をつけていない。霊夢はその桜を見たとき寒気を感じる。咲かしてはいけないと勘が警告してくる。

 

「残念ね、あれは咲かないわ。私が咲かせない」

 

 霊夢の体から霊気が立ち上る。うっすらと白い湯気の様な物が霊夢の体から出ているのが見て取れる。魔理沙も霊夢に合わせるように魔力を練る。魔理沙の体の表面を対流する様に魔力が動く。二人の臨戦態勢を見て、幽々子と妖夢も霊力を発する。

 

「じゃあ妖夢はあっちの黒白をお願いね。私はこっちの巫女の相手をするわ」

「かしこまりました、幽々子様」

 

 幽々子の命令に妖夢が頭を下げ拝命する。下げた頭をあげると、視線を魔理沙に送り顔を右に振ってついて来いと示すと、その場を離れるように飛んでいく。

 

「けっ、かっこつけやがって。霊夢、敗けんなよ」

「誰に言っているのよ、魔理沙こそ油断して敗けるんじゃないわよ。まぁ、敗けてもその後、私がぶっ飛ばすからいいけど」

「はっ、敗けた霊夢を私が慰めてやるぜ」

「勝手に言ってなさい」

「にっしっし。それじゃ霊夢、あとでな」

「はいはい、またあとでね」

 

 魔理沙が妖夢の態度に毒づいてから、霊夢に告げる。互いが互いに遠慮のない軽口をたたき合う。いつものやり取りに、魔理沙の肩から力が抜ける。いつもの快活な笑顔を浮かべると魔理沙は妖夢を追ってその場を離れる。

 

「優しいのね。怒りで力んでいた彼女のガス抜きをしてあげるなんて」

「勝手に抜けたのよ、私は何もしてないわ」

「ふふ、そう。そういう関係っていいわね」

「まともな感性はありそうね」

「うれしいこと言ってくれるわね。一緒にお花見させてあげるわ。私の感性が綺麗な花をつけるといっているわよ」

「それはごめんね。春と一緒にあのお馬鹿さんも返してもらうわ」

「残念ね。それと私、結構涼介さんのこと気に入っているのよ。ここに置いてもいいと思うくらいに」

「死後の就職先が決まって喜ぶでしょうね、涼介さん。でも、まだ就職するには早いわね」

「しっかり予約しておかないと誰かに持ってかれてしまいそうね、ふふ」

 

 和やかな声色で二人は話を続ける。しかし、その身を纏う霊力は張りつめている。漏れ出た二人の霊力がぶつかりバチバチと空中で弾ける。霊夢がカードを六枚取り出す。それに応えるように幽々子も構える。バチバチとなる中で一際大きな音がバチリッ!と弾け、打ち合わせでもしていたかのように二人が同時に距離を取る。

 

「花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」

「花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」

 

 弾幕ごっこ(奪われたモノの争奪戦)が桜の花びら舞う冥界の空で今始まる。

 

 

 

 

「貴女が持ってきたなけなしの春があれば西行妖が満開になる最後の一押しかしらね」

 

 腰に差す刀を抜きながら妖夢が追い付いてきた魔理沙に告げる。箒に跨る魔理沙がかっこを着けて帽子のつばを指ではじく。

 

「折角集めた春を渡すつもりなどあるわけも無いぜってまぁ、アリスに貰ったもんだけどな」

「そうだ、貴女は何のために戦うの?」

「ん、なんだよ藪から棒に」

 

 妖夢の唐突な質問に魔理沙は首をかしげる。

 

「私なりに斬れば解るという言葉の意味を考えているのよ」

「よくわからんが戦う理由ね。そりゃあ異変を解決するためさ」

「それなら、貴女が春をくれれば明日にも……いえ、西行妖が咲けばすぐに春を返すわよ。それなら、貴女の戦う理由はなくならないかしら」

「えっと、なんだ?お前、闘いたくないのか?」

「違うわ。涼介さんが言っていたの、相手の闘う理由を知れば相手の人となりが分かると、だから知りたかったのよ」

「あんな抜け殻でもいい事言うんだな」

 

 魔理沙のその言葉に妖夢が僅かに眉をひそめる。

 

「私の友人を抜け殻なんて言わないでください、不快です」

 

 妖夢の言葉に魔理沙が目をぱちくりとさせ驚きを表す。

 

「……はは、あははははは。なんだ、記憶が無くなっておイタが過ぎると思っていたけど根っこの部分は涼介のままなんだなぁ」

 

 魔理沙は嬉しくなる。どこでも誰とでも仲良くなろうとする涼介の根っこの部分が変わっていなかった事実に対して魔理沙は思わず笑いが洩れる。

 

「そうだな。私の戦う理由教えてやるよ」

「…なんですか」

「迷子になって冥界まで来て、記憶もどっかで置き忘れてきちまう馬鹿な友人を叩き起こす為さ。私があのバカを起こして、今度は私が説教してやらにゃあな」

 

 魔理沙はそういうと笑顔を浮かべ、屋敷の庭からこちらを見る涼介に視線を向ける。呑気に手を振る涼介を見て危機感のなさに記憶が無くても変わらないこともあるのだなと魔理沙は思う。

 

「そうですか。貴女は友の為に戦うのですね」

「あぁ、そうだぜ。そういうお前は何のために戦うんだ?」

「私は、幽々子様の願いの為に」

「主体性のない奴だな」

「それと、友人との約束を果たすために」

「くく、二人とも涼介が理由か。相変わらずモテるなぁ」

「そうなのですか?」

「あぁ、いつか刺されるって有名だぜ」

 

 魔理沙のその発言に妖夢の顔が曇る。妖夢は涼介を一度斬った時の事を思い出す。魔理沙はその顔に疑問が浮かび首をかしげる。

 

「まぁいいさ。私たちも始めようぜ」

 

 魔理沙がすでに遠くの空で始めている霊夢達の方に一度視線を向ける。霊夢と幽々子の霊弾が空中で激しくぶつかり合っている。妖夢がそれに応えるように抜いた刀を構え、叫ぶ。

 

「妖怪が鍛えた楼観剣に斬れぬものなど、殆ど無い!!」

「辛気臭い馬鹿を返して貰うぜ、半人半霊!!」

 

 弾幕ごっこ(友が為の闘い)が桜の花びら舞う冥界の空で今始まる。

 

 

 

 

 

 

 白玉楼の縁側に咲夜を寝かせ、ポケットから春の入った瓶を涼介は取り出す。瓶のふたを開け中の春の欠片を取り出し、風に流す。春の欠片は吸い寄せられて西行妖へと飛び、幹にあたると中に溶けこみ消えてゆく。一度西行妖が脈打つが、蕾は花開かない。

 

「うん?すぐに消化できないのかな」

 

 咲かない桜を一瞥し、残念そうな表情をした後視線を上空の弾幕ごっこに向ける。

 

「まぁ、それならのんびりと見学させてもらおうかな」

 

 涼介はそういうと咲夜の眠る白玉楼の縁側までむかい腰を下ろし、空を眺める。上空で霊夢と幽々子が、魔理沙と妖夢がそれぞれ思念をぶつけ合っている。

 

「綺麗だな……」

 

 そう零す、涼介の瞳から涙が一筋流れ落ちる。空を彩る数多の弾幕を見つめている

 涼介は、一瞬波紋を象る様な弾幕が脳裏をよぎる。

 

「……今のは?…………考えても理解できないことは気にしない……誰の言葉だったのかな」

 

 涼介は虚ろさの中に時折、何か意思を宿す瞳で只々空を眺める。

 

「もうすぐ、どんな結果にせよ結末がでる、か。長かったのか短かったのか……」

 

 涼介は自分にある二十日足らずの記憶を思い出す。

 

 

 

 

「うぅ……はぁ……」

 

 軽い呻き声と吐息が漏れ涼介の意識が覚醒する。

 

「お目覚めでしょうか、白木様?」

 

 女性の声がかかる。その声に呼ばれるように完全に目が覚める。起き上がり、涼介が周囲を見ると和室に敷かれた布団の上で自分は寝ていたようだと自覚する。そして、部屋には周囲に白玉の様な物を浮かべ、白髪の短髪で緑色の服を着た妖夢が一人でおり、涼介を見ている。

 

「お加減はどうでしょうか、とお聞きするのもおかしいですね」

「えっと、ここは」

「それよりご自分の事で何か覚えられておりますか?」

 

 質問されて涼介は初めて気が付く。何もわからない。どうしてここに居るのかは当たり前で自分の名前さえもわからない。

 

「あぁ、やはり聞いていたとおり、何も覚えておられないのですね」

「それはどういう……」

 

 突然の出来事に動揺し涼介の言葉が続かない。

 

「ご説明いたします。貴方様のお名前は白木涼介様と言います。白木様は今亡霊となられており、生前……と言っていいのかは迷う所ですが、そのことに関する記憶を全て失っております」

「亡霊……と言うことはつまり私は死んだのですね。覚えていないので実感もないですが」

 

 涼介はそういって自身の手を持ち上げ見てみる。よく目を凝らせばわずかに透けているのが解る。体に重さを感じない、不思議な心地だと涼介は感じた。生前の記憶が無いせいか清々しい気持ちさえする。

 

「いえ、白木様の体は生きておられます。ただ……酷い怪我をしておりましてその治療のために白木様の魂を亡霊と言う形で抜き出しております。ですので、実際には生霊と言うのが正しいのでしょうが、処置の関係で性質的には亡霊に近く亡霊と言うのが正しいと思いそのように説明させていただきました。亡霊とは亡き霊、つまり生前さえ亡くしてしまった霊のことでございます」

「はぁ、何故体を治すのに魂を抜き出す必要があるのですか?」

 

 正座をして、こちらをまっすぐ見つめる妖夢に涼介は問い掛ける。

 

「白木様の能力が強く関係されているそうです。白木様の能力が傷を治すために肉体を活性化させようとしても、拒否する様に不活性化させてしまうそうで、そのままではとても治療にならないと聞いております。ゆえに、能力の根源となっている魂を抜き出し、肉体とのつながりを限りなく希薄にするために記憶を一時奪い亡霊に近しい状態となっております」

 

「私の能力……」

 

 涼介にはそういわれ、自分にその能力がある事に気が付く。自然と使い方が解る。軽く手を振ると、周囲の温度が急激に低下し、脇に置かれていた桶の水が、浸けてある額に置くためのものであったであろう布ごと凍りつく。妖夢が息をのむ音に我に返り、能力の使用を止める。

 

「今のは?」

「あぁ、周囲の温度を落しました。確かにこれなら肉体を不活性にして治療を邪魔しそうですね。そうなると、生前の私は傷が出来るとさぞ苦労したのでしょうね」

 

 顔がこわばる妖夢に少し申し訳ない気持ちになり苦笑いしながらそう零す。

 

「そのようなことは無かったようです。人間の方は肉体がある状態と魂だけの状態では能力との距離が違い行使できる力にも差があるそうです。それに加え、生前の白木様は能力を嫌い拒絶しており、無意識に抑圧していたために今よりもずっと弱い能力であったようです」

「それならなぜ、なおの事治せたのではないでしょうか?」

「白木様がきっと死にたいもしくは死のうとされていたからだと考えられます。白木様は怪我を負われた直後に安堵されたように笑われておりました。だからこそ、そのまま生から解放されようとし能力が抑制から外れ強く働いたのだと思われます。ですが、治療者はそれでは困る様で白木様の意思を無視した形となりますがこのような状況となっております」

「そうか……この解放されたような心地はその所為なのかもしれないな。その治療者の方と会えるかな?」

「死なれるおつもりなのですか?」

「生前の自分がそう思っているのならその方がいいのではないでしょうか」

「それは……いいえそれはできません。その方はここにはいらっしゃいません。そしてどこにいるのかさえ私どもは把握しておりません」

「連絡くらいはできないかな?」

「白木様の能力が心にも影響を及ぼすことを相手の方もご存知ですので呼出には応じられないかと思います」

「あぁ、なるほど。治療する気分を落そうかと思ったけどダメそうですね」

 

 なんて事の無い様に死のうとする目の前の人物に妖夢は理解できない恐怖と気持ち悪さ、そして不思議と何故か安心感を覚える。

 

「困ったなぁ」

「肉体の治療が終わるまで、ここ冥界にある白玉楼に滞在していただきます。ここは霊たちの住まう土地ですので、一番最適かと。それに私が原因ですので」

「原因?」

「はい。私は魂魄妖夢、ここ白玉楼で庭師兼剣術指南役として働いております。そして私が白木様に瀕死の怪我を負わせた張本人です。誠に申し訳ありません。言い訳は致しません。誠に勝手ではありますが、今はやる事がございます。ですので、それが済み次第いか様にも罰はお受けいたします」

 

 妖夢は名乗り正座の姿勢のまま手をつき頭を下げ土下座の姿勢になる。

 

「やはりそうでしたか」

「っ!ご存知でしたか!?」

 

 土下座から頭は上げないが、その姿勢のまま驚愕の声を上がる。

 

「何となく。怪我をした直後の表情を知っていましたし、どことなく貴女は私に負い目があるようでしたからね。ほら、怪我をしたという時も言いづらそうでしたからね」

「………………」

 

 穏やかに笑顔さえ浮かべて涼介は言うが、頭を下げている妖夢にはそれを察することはできない。そして妖夢からの返答はない。

 

「はぁ…頭をあげてください。何とも思っていませんから。どういう経緯があったにせよ生前の記憶が無い私からすれば貴女に思う事は無いです。それに生前の私だって死のうと思えるくらいなら貴女に恨みは無いのでしょう。だから頭をあげてくださいませんか?」

「いえ、それでは」

 

 頭を下げたままかぶりを振る妖夢に涼介は居心地の悪さを感じる。話した事に嘘偽りはなく、年頃の少女に土下座されている今の状況の方が涼介としてはきまりが悪い。だから妖夢に近づき、その場でしゃがむ。妖夢は近づく涼介の気配に身を固くした。

 

「うーん……それでは、罰を言い渡します。貴女は私の友人として私がここで滞在する間、この件について引きずらない、対等に接する、仕事を与える……あとはえっと、私に色々なことを教える。以上の罰を申し付けます。だから、土下座は禁止です」

 

 涼介はそういうと妖夢の方に手を当て固くなっている体を落ちつけ起こす。悪いと思うが妖夢が安心できるように能力を少しずつ働かせる。持ち上がる妖夢と涼介の顔が近くで見合う。妖夢の顔が近くに現れた涼介の顔に気恥ずかしさを感じているのか僅かに紅潮し瞳が大きく見開かれる。

 

「じゃあ、今から開始ですね。友達だから妖夢でいいかな?私の事は涼介で、様付けも敬語も禁止だね。私も妖夢にはなるべく使わないようにするから」

「え、その、あの、白木様?」

「妖夢ダメじゃないか様付けは。悪いと思っているなら罰は受けないと。あ、でも引きずらないなら罪悪感を覚えて罰を受ける必要もないのか。ふふ、これは矛盾だね。まぁ、そこは考えることの出来る思考があるんだ柔軟に対応しないと。ね、妖夢」

「柔、軟ですか?」

「そう柔軟にさ。だって、言葉なんて複雑で曖昧にして膨大に有る物に全て完璧に筋を通すことは出来ないさ。直喩に暗喩、たとえに嘘、そういったものまであるのだよ、言葉には。なら誰かに向ける言葉も、自分に向けられた言葉も、自分でしっかりと考えて理解しないとね。表面だけでは真意は解らないさ」

「真意、ですか……」

「そうだね、妖夢は見た感じ真面目そうだからしっかりと伝えた方がいいのかな?たとえば私の話だとだね、私は何も思う所は無いから妖夢は気にしなくていい。でも妖夢はそれを気にするだろうから罰と言う名目で友人と言う立場にして、謝罪やそれに類する行動をさせないようにしたんだ。でもそれだけだと気になるかなと思って、色々教えるというのを付け足したんだよ。私の役に立つという行動をすれば罪悪感も減るだろうと思ってね」

「先ほどの罰の話にそのような本音が?」

「そう。でも言わないと解らないかもしれないけど、考えれば察することは出来たかもしれない。普段のその人や、その時の雰囲気なんかも考える材料になるんじゃないかな?だから、相手を理解することは大事なのだろうね。相手を知るほど、相手の気持ちに近づける。私はそう思うよ」

「相手を理解、ですか」

「うん、そうすれば今は形からの友達だけど妖夢ともちゃんとした友達になれると私は思っているしね」

 

 涼介はそう言って笑う。妖夢は涼介の捲し立てた内容を理解しようとしているのか言われた内容を、真意…友達…などとぽつぽつと呟きながら思案顔をする。

 

「では、それなら、白木様は、斬れば解るという剣術の師匠の言葉の意味が解りますか?ただ相手を斬る、それは違うということを私は知りました。私は貴方を斬り、そして、それでは間違いだと気が付きました……でも、だったら、師匠の、祖父の真意が私にはわかりません…それを最後に消えてしまった祖父の心が私には解らないんです……」

 

 妖夢は胸に手を当て心の内を叫ぶ。妖夢にとって大事なことをまだ知り合っていくらも経たない相手に打ち明けるとは少し、能力が強すぎたかと涼介は思うが、それは顔に出さずに妖夢に応える。

 

「妖夢、様付け。あと、それは私にも解らないよ。その状況や君の祖父の人となりを知らないからね」

「そう、ですか……そうですよね……」

 

 妖夢の気落ちした声が室内に溶ける。

 

「でも解釈は考えられる」

「解釈ですか?」

「斬れば解る。君の祖父は剣士だったのかな?」

「は、はい。私など、まだまだ足元にも及ばないような素晴らしい剣士でした」

「そっか、良い師匠だったのだね。そうだね、なら……たとえば斬る、つまり相手と斬り合うそれを相手と闘う事と考えてみる。相手と闘う事とはつまり互いに譲れない、退けない状況だね」

 

 涼介はそう妖夢に問いかけ、妖夢は肯定を示す様にコクリと頷く。それを確認すると涼介は話を続ける。

 

「それは何かを得る為かもしれない、それは誰かを守る為かかもしれない。その理由が解れば相手の人となりを察することが出来る。この人は名誉を欲する人。この人は弱い人を守ろうとする人。この人は他者をしたげようとする人。理由が解れば相手が解る。斬れば解る、こういう解釈は出来ないかな?」

「なるほど」

 

 妖夢の言葉に納得の色が浮かぶ。

 

「もしかしたら君の祖父は斬るということが戦う事だったのかもしれないね。ほら、戦国時代の武士は刀を抜くのは戦う時だからね。君の祖父は剣士、ならそういう心構えがあってもおかしくはない。まぁ、全部想像だから祖父を実際に知る妖夢が色々考える方がいいと思うよ」

「……はい、しっかりと考えてみます。祖父からもらったこの言葉を」

 

 妖夢の顔に笑顔が浮かぶ。愁いのない綺麗な笑顔が。涼介はほっとした心地で妖夢を眺めている。そこに、外から別の声が聞こえてくる。

 

「うふふ、仲良くなれたみたいですね」

 

 声と共に襖があき、水色の和装の少女が現れる。生気を感じないその様子に涼介は自分と同じ幽霊だと察する。

 

「幽々子様、聞かれていらしたのですか?」

「そうよ~、お客様の人となりは屋敷の主としてちゃんと知っておかないとね。それに妖夢の事だから罰として何でもしますって言っちゃいそうなのですもの。まぁ実際に言っていたのだけれど、年頃の男性に女の子がそういうこと言っちゃだめよ~」

「え、ダメなのですか?でも、それくらいの事をしましたし」

 

 首をかしげる妖夢を見て、涼介は妖夢と幽々子の間で意思の疎通に食い違いがある事を察する。そして、幽々子が楽しげに笑っていることから、察しているのに教えないのだなとも同時に知る。

 

「屋敷の主と言うことは貴女が私を滞在させてくださっていたのですね。感謝申し上げます。私、ご存知かと思いますが白木涼介と言う名前だそうです」

「あら、これはご丁寧にありがとうございます。私、西行寺幽々子と申します。気軽にゆゆちゃんって呼んでください」

「わかりました、ゆゆちゃん」

「ふふふ、これは手馴れていらっしゃいますね」

「いえ、まだ何の記憶も経験もないまっさらな霊でございます」

「あぁ、そうだったわね。それなら三つ子の魂とは亡霊になっても変わらないのですね」

「それでは全てを忘れ生まれたてと言ってもいい今から三年以内なら更正できそうですね」

 

 そして幽々子と涼介は笑い声をあげる。

 

「なるほど、それは一理あるわね。なら、三年は滞在してもらおうかしら」

「体に戻されないのならいつまでも」

「ふふふ、生前はさぞ女性をお口説きになっていそうね。妖夢に手を出すなら私に話を通してくださいね」

「幽々子様!」

 

 妖夢が顔を赤らめ幽々子に苦言を呈する。

 

「その時は是非」

「白木様!!」

「「妖夢、様付け」」

「う、うぅぅぅぅぅ……」

 

 幽々子と涼介の声が重なる。顔を見合わせると幽々子が笑いふりふりと手を振る。どうやら本当に話を全部聞いていたようだと涼介は察する。室内には言葉が出てこない妖夢の唸り声が響くばかりだ。


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