東方供杯録   作:落着

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届かぬ想いに供する二二杯目

 絶叫し、わずかながらも怒りを発散した咲夜は、レティを探しても見つけることはできないだろうと判断し博麗神社へと向かう。幻想の守護者である霊夢であれば冥界の場所に心当たりがあるかもしれないと思い向かっている。

「大丈夫、アイツの話が本当なら涼介さんは無事よ。だから落ち着きなさい、咲夜」

 高ぶった気持ちを落ち着けるために言い聞かせる。

「こんな時に涼介さんがいれば落ち着くのに」

 などとくだらないことを言いながら、気分を落ち着ける。自分は冷静だと、そう言い聞かせる。それの効果が出たのかそれとも単に時間がたったことで落ち着いたのかわからないが咲夜の心にも余裕が生まれた。何の気もなく周囲を見渡すとまた雪がちらついているる。レティを思い出して思わず舌打ちしそうになる衝動を抑えこむ。

「早いところ春が来ないかしら」

 ちらつく雪が近くを舞う。思わず手を伸ばし掴む。手の平を開きそれを見ると違和感を覚える。冷たくない、とそしてよく見るとそれは本当にうっすらとだが桃色をしている。

「これは、春?違う、かなり薄い色だけど桜の花びらだわ」

 咲夜が空を見上げる。目を凝らせば雪に交じって桜の花びらが舞っている。

「こんな上空でなぜ?上に何かあるの?」

 咲夜は進路を変更し、雲を突き抜ける。雲の上に出ると、見覚えのある影を二つ見つける。霊夢と魔理沙だ。二人して並んで飛んでいる。咲夜はそれに追いつくために速度を上げてとなりに並ぶ。

「霊夢に魔理沙、こんなところで何しているのよ?」

「ん、咲夜じゃないかこんなところで何してるんだよ?」

「質問に質問で返さないでよ、迷子のお迎えと異変の解決よ」

「なんだ、咲夜も同じか」

「同じってことは貴女達二人もそうなの?」

「おう、私はアリスから話を聞いてな。ほらこれ預かってきたんだ」

 魔理沙はそういうとポケットから数枚の桜の花びらを取り出す。咲夜の持っている瓶に入っている春と同じものだ。

「これが春らしいな。なんでも、アリスの話だとうまく偽装されていたらしいが、かなり濃い春らしい。普通の春と見分けがつかない様に術で隠されていたらしいな。だから春告精が二十日ももったんだと思うぜ、なぁ霊夢」

「何よ、知らないわよ。そんな事私は」

「なんだよぉ、付き合い悪いなぁ。何でも涼介に春を分けてもらった春告精が春を探しに行った涼介が戻ってこないから助けてほしいって霊夢の所に行ったらしいぜ」

「もういい迷惑よ、こんな寒いのに」

「もう五月だぜ、霊夢。いい加減雪は見飽きたんだぜ。異変なのに寒いからってじっとしているのは良くないぞ霊夢」

「だから、今こうしていここにいるでしょ。はぁもうどこの誰よこんな迷惑な異変を起こして絶対に赦さないから」

 霊夢はそういうと怒りをあらわに、文句をぶつぶつと口から零す。魔理沙はそれを隣で聞いて意地悪く笑う。

「あいつ、ああ言うけど涼介の事心配しているんだぜ。春告精にどうしてもっと早く来なかったのかって怒鳴ったらしいからな。寒くて店に行かなかったことももしかしたら気にしているのかもな」

「勝手なこと言わないでよ。誰があんな馬鹿のことを心配するか」

「霊夢、素直じゃないのは不健康だぜ」

「こんなところにいる方が不健康よ。あぁ、もう早くこたつに入りたい」

「ふ、ふふふふ、あははははははははは」

 咲夜はその二人のやりとりについ耐え切れずに吹き出してしまう。笑われたと思ったらしい霊夢が目じりを釣り上げて睨んでくる。

「何笑っているのよ、咲夜?」

「あはは、別に馬鹿にしている訳じゃないわよ。ただ、なんというかホッとしちゃってね。ここに来るまで色々あったのよ」

「何よその色々って」

「異変が終わったら宴会で話してあげるわよ」

「なんで宴会することが決定事項なのよ、許可してないわよ」

「でも涼介さんはやる気満々だったわよ、禍根はお酒で流そうって」

「見つけたら文句言ってやる」

 霊夢はそういうと咲夜から視線を外し前方に見える大きな扉の形をした結界を睨みつける。その先にいるとでも言いたげなその仕草が咲夜には心地よくそして心強かった。

「大きな結界ね」

「あぁ、いかにもって感じだぜ」

「上空なのにだいぶ暖かくなってきたわね」

 咲夜がそういって防寒着を青球にしまう。それに目ざとく魔理沙が反応する。

「あ、それアリスが作ったイヤーマフラーだな」

「え?ああ、そうよ。涼介さんにもらったの」

「涼介がアリスに頼むときどんなやり取りがあったか知っているか?」

「ううん、知らないわよ」

「そうかそうか、なら特別に教えてやろう」

「そういうことするのよくないわよ、魔理沙」

「別にいいじゃないの、咲夜?それに涼介さんには進行形で迷惑かけられているのだし話題の一つや二ついいじゃない」

「お、分かっているな霊夢。何でも、アリスへ依頼に行った時にアリスがこう言ったんだよ。貴方、女性への贈り物を友人の女性に頼む何て中々のプレイボーイねってさ。そしてら涼介の奴こう返したらしいぜ。確かにそれも考えて人里のお店を全部回ったけどさ、咲夜さんに似合いそうなものがなかったんだよ、それでその点を我慢して自分がそんなに似合わないと思う物を送るのは違うと思うんだ、咲夜さんは喜んでくれると思うけど防寒具ならつけている時間も長くなるだろうからね、どうせなら可愛いくて似合う物がいいじゃないかってさ」

 魔理沙の話とそれを楽しげに聞く霊夢に咲夜は肩身の狭い思いがする。そして、魔理沙の話はまだ続く。

「それでさらにこう続くんだ。そう考えた時に特注が思い浮かんだんだけどさ、知り合いで一番腕がよくて信頼できるのがアリスだから頼みに来たんだ、それにアリスなら伝えたもの以上のものができそうだしね、ダメかな?だとよ。これじゃあ、咲夜用のプレゼント頼みながらアリスを口説いているようなもんじゃないか。まったく、たいしたプレイボーイっぷりだぜ。香霖にも見習ってほしいもんだ」

「咲夜、耳赤いわよ」

「うるさい、霊夢」

「まぁ、アリスも春の解明が終わって涼介の所に行ったのに、家にいなかった事でかなりご立腹でな。大人しく家に帰るとか言っていたのはなんだったのかしらって文句を言っていてさ。さっきの内容天狗に言ってくるって私に異変を任せて出かけちまったよ」

 魔理沙はそういうとやれやれだぜ、といい首を振る。それに対して咲夜が、内心でやれやれはこっちよと思うも口には出さない。どうせ、今から魔理沙に言っても記事にはなるのだろうと諦めの心境だ。止めるには今からアリスの所まで行かないといけないが、ここまで来て帰るという選択肢はない。自分に関することが記事になるのはいただけないが全部涼介の所に厄介ごとは行くだろうと咲夜は自分に言い聞かせ未練を断つ。

「はぁ、もういいわ。好きに言ってなさい。それよりお客さんよ」

「みたいだな、こんなところにいるなんて異変の関係者しかありえないぜ」

「関係なんてどうでもいいわよ、とりあえず視界に入るならぶっ飛ばす」

「どうして私こんなのを頼ろうとしていたのかしら?」

 咲夜が霊夢の単純思考にため息をつきながら前方を再度確認する。楽器を周囲に浮かべる少女が三人扉の結界の前に浮かんでいた。

 

「貴女達が異変の解決に来た人間ね。貴女達の持つ春を置いていきなさい」

 

 三人の少女の一人、赤いベストにキュロットを着た少女リリカが他の二人より前に出て咲夜達に告げる。

 

「いきなりで威勢が良いぜ」

「春を欲しがるってことはビンゴね」

 

 魔理沙と霊夢がそれに応えて相手を見据える。

 

「春を寄越しなさい!!」

 

 リリカが急速に魔力を高め臨戦態勢を取った。

 

「うげ、問答無用かよ」

「リリカ、少し落ち着きなさい……貴女、冥界から戻ってから様子が、はぁぁ……メルランお願い……」

「ちょっとちょっと、ルナサ途中で面倒くさくなって話すのやめないでよ〜。でもでもリリカちゃん本当に様子おかしいよ?どうしたの何かあったの?」

「別に……なんでも無い」

 

 リリカが飛び出そうとする直前にリリカの連れであろう二人から制止が入る。黒いベストに黒の巻きスカートをして帽子に赤い三日月の飾りをつけたルナサという少女と、ピンクのベストとフレアスカートに青い太陽の飾りをつけたメルランという少女がリリカを止める。

 

「なんでも無いなら、喧嘩を売らない…つかれるだけ、はぁ」

「そうだよ、そうだよ!最後の桜が花開くまで確かにここで待機は暇だけど春を集めるのは別に私たちの仕事じゃ無いし!私たちは桜が咲いたら演奏会をすることだよ!!」

「う、うぅぅ……でも!」

「リリカ、事情を話しなさい。じゃないと助けてあげられない」

 

 ルナサの言葉にリリカが俯向く。

 

「言いづらいこと?」

「……うん、私の個人的な事情だもん」

 

 その言葉の後にさらにリリカが顔を上げてルナサとメルランに言う。

 

「だから、私一人でやる」

 

 リリカは再び咲夜達を見ると臨戦態勢に戻る。

 

「なんだなんだ、仲間割れか?」

「さぁ、もめているみたいだけどあの赤い子はやる気みたいね」

「それじゃ、誰がやるの?」

 

 霊夢の言葉に三人が顔を見合わせる。咲夜達が誰かを選ぶ前にまだ事態は変化する。リリカの隣に他の二人が並ぶのだ。

 

「え、なんで?」

「別に……あと最後の桜が花開けば花見が始まる。なら、私達が春を持っていって花見を始めれば良い。良い加減そろそろ演奏会をしたいだけよ。雪だと音を吸われて満足に演奏できないし」

「なんだかんだと妹の面倒を見るのが姉というものなのですよ。だから、これはルナサちゃんのテレ隠しなのですです!ふっふっふ、ツンデレさんめ」

「うるさい、メルラン。……騒ぐわよ?」

「うひゃあー、おこおこですか?静かにしてまーす!!」

 

 リリカはそんなルナサとメルランの様子に瞳がわずかに潤む。溢れる前にその雫を拭い、咲夜達を睨みつける。そして、自らの姉二人に聞こえるように言葉に出す。

 

「私の友達のために春がいるの。だからお願い助けてお姉ちゃん」

「ん、良いわよ」

「やっと素直さんになりましたね。お姉さんに任せなさい。それにリリカちゃんが不安定だと、私達の躁鬱の調律も崩れっぱなしですからね〜」

「あぁ、もう騒がしい」

「騒霊だけに?」

 

 メルランの軽口にルナサが鋭い視線を返す。メルランはそんな視線もどこ吹く風と楽しげにその場をクルクルと回っていたが。その様子に霊夢がため息をつく。

 

「どうやら結局やるみたいね」

「私たちが勝ったら春をもらう!」

「私たちが勝ったら通してもらう!」

「三対三か、何枚でやるんだ?」

「……はぁぁ……十二枚」

 

 ルナサがそう言うと姉妹はそれぞれ四枚ずつのカードを取り出す。

 

「なるほど」

 

 咲夜たちも各々四枚のカードを掲げる。

 

「最大被弾回数は……はぁ……各々別個で管理する…ゆえに、一人スペルと同じ、四回まで…」

 

 ルナサがそう言い変則的な弾幕ごっこが始まる。

 

「つまりはいつも通りってことだな!!」

 

 魔理沙が魔力を湧き上がらせて最大速度で飛翔し、霊夢が霊力を体にみなぎらせふわりと舞い、咲夜が霊力を湧き立たせ時を止め動きやすい位置に移動する。ルナサは周囲にヴァイオリンを浮かせながらゆったりと漂い、メルランは同じようにトランペットを浮かせ自らはまわり時に浮き上がったありと不規則に飛び、キーボードを従えたリリカがカードを構え咲夜たちに突っ込んでいく。

 

「リリカいきなり何してるの!?」

 

 ルナサが驚愕に大きな声をあげる。しかし、リリカの突撃は止まらない。まっすぐ咲夜目がけて突っ込んでくる。カードが輝き弾け、リリカが光を纏う。

 

「鍵霊・ベーゼンドルファー神奏!!」

 

 弾幕がリリカを中心に生まれる。黄色の楔形弾幕がリリカを包み込み、リリカの周囲で数回丸を描いて動き周囲に拡散していく。さらにその直後赤い弾幕が同じように生まれ円を描き黄色とは違う空間を埋めながら拡散する。

 

「っ!どうして私に突っ込んでくるのよ!!」

「お前から一番強い春の気配がする!!」

 

 咲夜が叫びリリカが吠える。赤の楔が拡散すると、今度はまた黄色の楔型弾幕が舞い、今度は青の楔形弾幕が生まれる。青い楔型弾幕も円を描き、咲夜の逃げる空間をつぶしながら迫りくる。黄、赤、黄、青、黄、赤……それらが繰り返し発生し、逃走する咲夜を追い詰める。逃げる咲夜をリリカが追い弾幕の発生地点が移ろいゆき、空には数多の弾幕が逃げ場を狭めながら飛び交う。リリカの猛烈な勢いに押されて多数の弾幕が咲夜に掠る。

 

「くぅ、いい、加減にしなさい!!」

 

 弾幕の一つが咲夜の頬を掠め、咲夜は舌打ちを一つし、カードを掲げ咲夜が怒鳴る。光が弾け咲夜を包む。リリカは昨夜の変化にまるで怯まず、さらに距離を詰めようとしていた。リリカの手には次のカードが握られている。

 

「幻符・インディスクリミネイト」

 

 迫りくるリリカの三色の弾幕に対抗するため咲夜の周りに多量のナイフが展開される。霊力を帯び青と赤、二種類の光を纏うナイフが咲夜の全周囲を薙ぎ払い飛び出していく。

 

「そんなに、突っ込んでくる、ならばっ!ハリネズミになりなさい!!!」

 

 リリカがカードを掲げる。一つ目のスペルが終わると同時にカードが輝き、光が弾ける。突っ込む勢いは衰えず、多数のナイフがリリカに掠り、光を纏うまでの僅かな時間でその内の一本が右の太腿に突き刺さる。

 

「ぐぅつぅぅ!!」

 

 歯を食いしばりリリカは悲鳴を耐え、光を纏うと思念を叫ぶ。

 

「騒符・リリカ・ソロ!ライブゥ!!」

 

 リリカの前方、咲夜に向かって大量の楔形の弾幕が生まれ、咲夜に迫る。咲夜とリリカの一枚目は全周囲に弾幕がでるばら撒き型。そして今リリカが使ったスペルは収束型。咲夜の出すナイフではリリカの出す楔型弾幕の物量に勝てず、じりじりとその勢いに押される。さらに、咲夜のスペルを食い破り、リリカのスペルが咲夜へ迫る。

 

「あぁ、もう!ほんとになんなのよ!!」

 

 咲夜は踵を返し回避に回る。時折青球からナイフをだし、いくつかの弾幕を打ち落とすが数が数だけに苦戦している。めまぐるしく視界が変わる中、不意に霊夢たちが視界に入る。

 

「あいつらぁぁ」

 

 リリカと咲夜のいきなり始まった激戦に、霊夢と魔理沙、そしてルナサとメルランもこちらを見学していた。

 

「ちょ、なんで私だけこん、いっつぅぅ!!」

 

 視線を霊夢たちにとられた際にできた死角からリリカの弾幕が咲夜の腹部を打ち付ける。たまらず時間を止めその場を離れる。痛む腹に霊力を送り、痛みを和らげる。そして、咲夜はリリカを見る。

 

「どうして泣きそうな顔をしているのよ……」

 

 今にも泣きだしそうな悲痛な顔で咲夜のいた場所を睨んでいる。咲夜はそれに流されまいと首を振る。

 

「私にはやらないといけないことがある。迎えに行かないといけない人がいる。だから、貴女が何を背負っているのか知らないけれど敗けてあげられないの、ごめんね」

 

 止まった時の中で独り、自らに再度認識させるように言葉にする。リリカの背後に移動し時を動かす。

 

「え……ど、どこだ、どこに消えた!!」

 

 リリカは視線を前方側の左右にめぐらす。咲夜は自らを探すリリカに背後からナイフを投げつけた。

 

「悪いけど、私も敗けられないのよ」

 

 そう声をかけたのはわずかな良心の呵責なのか、それとも清々堂々戦おうとした結果なのかは咲夜にも解らなかった。咲夜の声に反応してリリカが振り返る。しかし、ナイフはすでに目前で咄嗟に体をひねるも右の二の腕に二本突き刺さる。

 

「いったぁぁ……瞬間移動なんて汚くない?」

 

 リリカの痛みをこらえる声が食いしばった歯の隙間から漏れでた。すぐさま距離を取り、咲夜に不平をぶつける。

 

「自分の能力の使用は禁止されてないわ。それでスペルを作ろうと、その場で使用しようと、ね。直接的にゲームを成り立たせなくする以外は自由なはずよ」

 

 咲夜はすでに三回被弾させ、疲弊し、冷静さを欠くリリカに向かって応える。侮っている訳ではない。手負いの、そして追い詰められた獣ほど恐ろしいと咲夜は知っているのだ。

 

「そう、なら私も」

 

 リリカが手を振ると、彼女の周りを浮くキーボードがひとりでに演奏を始める。音が空へと広がっていく。咲夜はそれを訝しげに見ているが不意に視界がぶれる。

 

「あ、れ?」

「ふふ、視界がぶれるでしょ? 私、これでも音を操る騒霊(ポルターガイスト)なのよ」

 

 リリカは楽しげに笑い弾幕を放つ。リリカの声は音に惑わされる咲夜にはうまく聞きとる事は出来ないが、この音が原因だと判断する。すぐさま、耳を塞ぐ。しかし、視界のブレは治らない。

 

「ただ塞ぐだけじゃ意味はない、よッ!!」

 

 リリカが再び距離を詰め、楔型弾幕を放つ。視界がぶれて弾幕が定まらない咲夜では、弾幕の隙間を縫い避けることはできない。だからこそ、リリカから離れながら後方へ飛翔する。追うリリカに、逃げる咲夜。逃げきれない弾幕が咲夜の服や肌を掠める。

 

「ただの音じゃないなら、これでどうかしら」

 

 咲夜は耳を塞ぐ手に霊力を込める。徐々に視界が戻ってくる。防げると、咲夜は確認するが手が塞がり反撃の手立てがない。

 

「あぁ、気が付いたみたいね。でも、手が塞がっているわよ?」

 

 弾幕の間を通って避け始める咲夜に、リリカは気が付くが手の塞がる咲夜を笑う。耳を塞いでいる咲夜にその声を聴くことはできないが、その表情で内容を察する。

 

「さっきの泣き顔の方が可愛らしかったわよ」

「な、何を!!もういい、春を残してここで堕ちろ!!!」

 

 リリカがカードを掲げる。カードが輝き、光が弾ける。光を纏うリリカはこれでとどめという様にさけぶ。

 

「冥鍵・ファツィオーリ冥奏」

 

 咲夜の飛ぶ空間を埋めようとするがごとく、楔形弾幕がリリカを中心に生まれるばら撒き型の弾幕だ。それはうねりのある軌道で空を駆け抜ける。

 

「そうね、手が塞がるなら別のもので塞げばいいわね」

 

 咲夜は青球からイヤーマフラーを取り出し、ナイフに流す様に霊力を通す。さらに念を押すため、音の振動が通らないようにイヤーマフラーの時を止める。咲夜の世界から音が消えた。

 

「これで終わりよ」

 

 咲夜がカードを掲げた。カードが輝き、光が弾ける。咲夜はリリカの弾幕に突っ込み突撃する。それは、この戦いが始まった時のリリカの姿を彷彿とさせる。咲夜が弾幕と触れる直前に光を纏い、思念を叫んだ。

 

「幻符・殺人ドール」

 

 青球から多数のナイフが吐き出され、咲夜の周りを巡って一周する。それは、咲夜がチルノとの勝負でも使った収束型のスペル。ばら撒きによって薄くなっている弾幕の層を、ナイフを纏う咲夜がぶち抜く。

 

「私の、勝ちだ!!」

 

 怒鳴るような勢いの咲夜の宣言に呼応して咲夜を取り巻き、リリカの弾幕の層をぶち破ったナイフ群がリリカに殺到する。思いもよらぬ咲夜の反撃にリリカは反応することが出来ず、咲夜のスペルに呑まれていった。

 

「あ、ぐぅぅ……まだ、だ、まだ、戦える……春を、春を手に入れるんだ……私が、助ける……」

 

 ナイフが過ぎ去るとボロボロになったキーボードを盾にしたリリカが現れる。とっさにキーボードを盾にしたのだろうが、その盾さえもぶち抜いたナイフに体は切り刻まれ、さらに刺さっているナイフが増えている。直撃回数四回オーバーでルールに則ればリリカは負けだ。だが、リリカの瞳から闘志は消えない。ぎらぎらとした熱を帯びる視線が咲夜を睨みつける。弾幕が一時止まったその場に二人以外の声が割って入る。

 

「リリカ、ちょっと冷静になりなさい。今の貴女本当に危ういわ、何が貴女をそこまで駆り立てるの?」

 

 ルナサが咲夜とリリカの間に入り互いの視線を遮る。咲夜はこちらに背を向けるルナサに戦闘の意思がない事を悟り、視線を周囲に向けると霊夢と魔理沙そしてなぜか並んでいるメルランがおいでおいでと手を動かしているのを確認する。僅かに覚える頭痛に目をそむけながらイヤーマフラーを念のため青球にしまい、そちらに近づく。そして、リリカはその咲夜に気が付くことなくルナサと話し出す。

 

「お姉ちゃん……だって、だって私があの時演奏なんてしてなければ、あの人は襲われなかった。私が引き留めなければあの後で半人半霊なんかには襲われなかった」

 

 ボロボロのリリカがルナサの服をつかみ縋り付きながら訴える。

 

「それは可能性の話。襲われなかったじゃない、襲われなかったかもしれない、よ」

「そうだとしてもそう言うことじゃいの……」

 

 リリカは聞き分けのない子供がイヤイヤとするように頭を振りルナサの服を手放す。

 

「あの人は……私の友達は、あの時誰にも届かないはずの私の(想い)を聴いてくれた!私の(想い)に共感して涙をながしてくれたんだ!その事がすごく嬉しかった……すごく暖かかった、一人じゃないとそう思えたんだ!短い時間しか話さなかったけど、それでもあの人は確かに私の大事な友達なんだ!」

「だから、そんなに必死になるの?」

 

 幼子に聞くように優しい声でリリカに問い掛け、そのボロボロになってしまった肩にルナサは手を置く。

 

「そう、そうよ!春が、春があればあの亡霊と取引できる、そう思ったんだ……あいつは、あの亡霊はこんなになるまで春を集めている、なら春があればあの人を取り返せるかもしれない」

「だから、そんなにも春が欲しかったのね」

「そう、だから私が、私が春を手に入れてあの人を取り返すんだ!だからお姉ちゃんは邪魔しないで」

 

 リリカは肩を掴むルナサの手を、体を振って振りほどく。ルナサはリリカのその様子に大きくため息をつく。

 

「事情はなんとなく解ったわ、だけどもうお終いよ。私たちの貴女の敗け、春は諦めなさい」

「お姉ちゃん!?」

 

 ルナサのその言葉にリリカが信じられないと自らの姉を見る。

 

「これ以上は貴女が無理よ、聞き分けなさい。私たちはその友達よりあなたの方が大事なの。いきなりの剣幕に驚いて、私たちはただ見ていただけだけど、これ以上あなたが傷つくようなことには手を貸せない」

「……じゃあ、お姉ちゃん達はやめたら良い、私は勝手にやる」

 

 リリカのその言葉にルナサは頭痛を抑えるように頭を押さえ、ためいきをひとつこぼす。

 

「リリカ」

「これ以上なによ、おね」

 

 リリカの言葉はそれ以上発されない。ルナサが自らの周りを浮くヴァイオリンを握り、リリカの顔めがけて振り切ったからだ。ヴァイオリンで頭を殴られたリリカはそれで意識がなくなったのか体が落下を始めるが、その後ろの襟をヴァイオリンを肩に担いだルナサが掴む。

 

「……おい、なにが起こってるんだ霊夢?」

「私に聞かないでよ、ねぇ咲夜?」

「いや、私も知らないけど。というか随分いいご身分だったみたいね」

 

 ルナサがリリカを止め、闘いを中断し話し出したのを、距離をあけて見ていた三人が目を丸くする。そして咲夜が他の二人にじろりと視線を向けるも、二人に気にした様子はまるでない。咲夜がそれにため息を吐くと、同じく三人の近くにいたメルランが陽気に言い放つ。

 

「あちゃー、ダメだったかぁ」

「なにがダメだったのよ」

 

 あちゃーと言いながら頭をかくメルランに霊夢が聞く。

 

「ほら、リリカちゃん様子がおかしかったし無茶していたから姉さんがどうしたか聞いて止めてくるって言うからさ、任せたんだけどね。姉さんって物静かに見えて短気だから黙らせた、みたいな?」

「いや、私に聞くなよ、お前の姉だろ」

「うんうん、私のお姉さんだよん。ふっふっふ、よくぞ見抜いたぞ黒白!!」

「おーい、そこのバイオレンスシスター、こっちも回収してくれ!」

 

 魔理沙がメルランを指さし、ルナサに叫ぶ。それに気が付いたルナサが咲夜達をしばらくじっと見た後、ため息をつき近づいてくる。

 

「妹たちがご迷惑を……私たちの負けでいいのでどうぞお先に」

「それは良いけど、その子大丈夫なの?」

「大丈夫ではないです。だから、貴女達にはこの先の亡霊を退治しておいてほしいです。そうすれば私たちも、はぁぁ……」

「あと一息だよルナサ!どうしてそこであきらめるの?大丈夫息を吸ってしっかり話そう!大丈夫出来る出来る自分を信じてきっとできると言い聞かせてほらほらほら息を吸うのだ」

 

 メルランがハイテンションで捲し立てる。それに対してルナサの目つきに剣呑さが宿る。

 

「メルラン少し静かにして」

「どうしてどうして?今私躁入って楽しい所なんだ無理無理下げらんないだってこんなに楽しいのだものどうしてそれが下げられようか?いや下げられないうっはー反語だねこれは」

 

 さらにメルランが捲し立てる。それを目の前で見ている咲夜たちはすでに、ついていけないと諦め顔だ。それに対してルナサが大きく息を長く吸う。

 

「すぅぅぅぅぅぅぅぅ」

「あああ、やばやばですこれはごめんごめんルナサちゃん許して可愛い妹のお茶目なジョークじゃないですかお姉様落ちつ」

 

 捲し立てながら謝るメルランに息を吸うのをやめたルナサが大声を叫ぶ時のように大きく口を開けた。直後、パンッと空気が弾ける大きな音が一つしてメルランが意識を失いリリカと同じようにルナサにつかまれる。投げ出されたヴァイオリンはルナサの周囲でぷかぷか浮き始める。

 

「あ、どうぞ……先にいっていいですよ」

 

 今気づきましたとでも言いたげに咲夜たちを視界に入れるとルナサがそういう。

 

「いやいやいや。今そいつに何したのよ、アンタ?」

「大声を聞かせ、能力と合わせ意識を落しました」

「空気が爆ぜた音しかしなかったぜ」

「超高周波でしたし、指向性もあるので貴女達には聞こえない。爆ぜた音は私が一気に空気をと言うか声を出したからその吐き出す速度が音速を超えたせいで周りの空気が爆ぜたの。あと、私は音に鬱を込められる。適度なら気分を落して落ち着けるだけど、過剰なら……はぁぁ」

「あぁ、意識が落ちるのね」

 

 咲夜が意識無くうなだれるメルランを見てそう言う。

 

「気持ちを落ち着けるなんてお前涼介と似たようなこと出来るんだな」

「はぁぁ……ん?その様な方が他にも?」

「あぁ、いるぜ。たぶんそいつもこの先にいるんじゃないかな、たぶんだけどな」

「あぁ、ふむ、そういうこともあるのか、なるほど」

「何一人で納得しているのよ」

「こちらの事情だ。さぁ早く行け、もう話すのも面倒」

 

 となりに浮くヴァイオリンがさっさと行けと言いたげに器用に振られる。咲夜たちは釈然としない物を感じるが話しかけても返答をしなくなったルナサを置いて先に進む。結界は見た目ほど強固ではなく、霊夢が破壊した。

 

 

 

 

 咲夜たちが結界を超えるとそこはかなり温かく、桜の花が至る所で咲いていた。その事実に魔理沙が、うらやましいぜと文句を着けながら一行は目の前に広がる終わりの見えない階段の上を飛んでいく。そしてしばらく飛んでいくと、昔の武家屋敷のような出で立ちの建物が見えてきた。その門の所で男が一人風で舞い落ちた桜の花びらを箒で集めている。他の人影は見当たらない。

 

「おい、あれ涼介じゃないか?」

 

 魔理沙が男を指さしそう聞いてくる。霊夢も咲夜も目を凝らしてみると、その男は服装こそ和装で涼介との普段着と異なっているが、見える顔は涼介本人だ。

 

「確かに、涼介さんだわ。呑気なものね」

 

 霊夢が呆れたようにつぶやく。咲夜の思考が正常に働き始める。普段と変わらず穏やかな様子で桜を吐いてこちらに気が付きもしないその間の抜けた様子に笑みさえ零れる。だから、散々苦労して心配させられたのだから驚かせてやろうと思い、時間を止めて涼介の前に移動して、待ちきれずすぐに時間を動かす。

 

「え……え、あ」

 

 涼介がいきなり前に現れた咲夜に驚いているのか目をぱちぱちさせて、言葉に詰まる。だから、咲夜から声をかける。

 

「ふふ、涼介さん全く探しましたよ?春を探しに何処まで出かけているのですか?」

 

 咲夜が堪えきれないとばかりにその顔に笑みを浮かべ笑いを漏らし涼介に語りかける。その声に涼介もやっと目の前の光景を認識したのか言葉を返してくる。

 

「なるほど、私をさがして冥界まで遥々来てくださったのですね。ありがとうございます」

 

 涼介はそういうと咲夜に近づき目の前まで移動すると、咲夜の頬を撫でようと右手を挙げる。咲夜は不意に近づき手を伸ばす涼介にドキリとする。紅霧異変の廊下での出来事以降に一度も涼介から咲夜に直接触れようとしたことは無かったのだ。だから、わずかな高鳴りと同時に違和感を覚える。そして気が付く。いつもと同じ穏やかで安心する笑みを浮かべる涼介の顔が、肌が僅かに透けている。

 

「りょ、りょう、すけさん?ゆう、れいなの?」

 

 信じたくないと咲夜の声が絞り出される。その声に涼介の笑顔の種類が変わる。それはどこか少しだけ寂しげな、少しだけ残念そうな、そんな笑みだ。

 

「ごめんね、御嬢さん」

 

 涼介がそういうと同時に唖然とし固まる咲夜の頬に涼介の手が触れる。そして、咲夜の体から力が抜けカクンと崩れ落ちそうになり、涼介が近づき肩で咲夜の体を支える。

 

「どう、して」

「今はお休み」

 

 涼介のその声を聴き咲夜の意識は眠るように落ちていく。

 

「おい、涼介。これはどういうつもりだ!」

 

 上空で咲夜と涼介のやり取りを見ていた魔理沙が、降りてきて涼介の前に降り立つ。魔理沙と霊夢からは二人の会話は聞こえていなかった。二人が解るのは涼介が咲夜に触れた瞬間咲夜が気絶したように倒れた事だけだ。

 

「どうって……こういうことだよ」

 

 その声に応じるように、門が開き、緑色の服に刀を二本差した白髪の少女と、水色の和服に桃色の髪をした女性が現れる。

 

「紹介するよ、異変の解決人さん。こちら、この白玉楼の庭師兼剣術指南役の半分人間、半分幽霊の半人半霊という種族の魂魄妖夢」

 

 涼介が白髪の少女を示すと、妖夢はお辞儀をする。

 

「それでこちらは、この白玉楼の主で異変を起こした張本人の亡霊、西行寺幽々子さん」

 

 桃色の髪の女性がそれに合わせお辞儀をする。

 

「それで、最後に私だね。私はこの白玉楼の客人で異変の協力者」

 

 異変の協力者と言う言葉に霊夢と魔理沙の息をのむ音が聞こえる。その反応に涼介は楽しげな笑みを浮かべ、言葉を続けた。

 

「亡霊、白木涼介。歓迎するよ最後の春を運びし客人方よ」


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