東方供杯録   作:落着

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失せモノの行方に供する二一杯目

 

 

「嘘、まだ戻ってきていないの?」

 

 桃源亭の入り口の前で咲夜は驚愕の声を漏らす。そこには外出を示す張り紙が一つ。『春を探してまいります』と涼介の文字で書かれている。前回見たのはもう半月ほど前ではないだろうか、と咲夜は思い出す。今は五月の初旬、まだ冬は終わっていない。行方不明という言葉が咲夜の頭に思い浮かべられる。咲夜の手が涼介から送られたイヤーマフラーに無意識に伸びる。

 

「涼介さん、涼介さん!」

 

 宙に浮くと二階部分の窓へ近づき声をかける。返事はない。そのまま家を回るように一周するも何も手がかりは得られない。

 

「紅魔館のメイドか」

 

 声がかかる。振り返ると里の寺子屋で見かける教師がいた。

 

「貴女は、確か寺子屋の半獣……」

「その言い方は出来ればやめてほしいな。慧音で構わないよ」

「私は紅魔館でメイド長をしております十六夜咲夜と申します」

 

 咲夜はひとまず形式的に名乗り返し、頭を下げる。

 

「それで、貴女はなぜここに?」

「涼介が帰ってきていないかと思ってな。かれこれもう二十日近く戻ってきていないようでな。それに」

 

 慧音が言いにくそうに口を濁す。

 

「それに、どうされたんですか?」

「うむ……そうだな、君は涼介の友人だ。知るべきであるのかもしれないな。十日ほど前に里の外に涼介の所にいた白狼が意識もなく倒れていた」

「白狼というと、ハルですか?」

「あぁ、そうだ。酷い傷を負っていてな。幸い傷口に対して出血量が少ないようで命に問題は無いようであったのだが。如何せん傷を負ってから手当をせずに時間がたっていたようでだいぶ体力を失っていたみたいで今も目を覚ましていない」

「ハルだけだったのですか、涼介さんは!?」

「いや、涼介の姿はなかった。ただ……涼介のものと思われる血の付いたリュックをハルが里の所まで引きずってきていたようでな、それだけだ。雪の降る夜と言うこともあってどこから来たのかもわからん」

 

 咲夜の顔色が悪くなる。

 

「何を考えたのか分かる。確かに楽観はできないが最悪でもないと思っている。ハルがわざわざリュックを里まで運び危機を知らせたのだ。ならば理由は知らないがまだどこかで生きているのではないかと私は考えている。それに彼の事だ、そう簡単には死にそうにないだろう」

 

 慧音が少しだけ弱弱しいが笑ってみせる。きっと、慧音自身も不安があるのだろう。だからこそ大丈夫と自分に言い聞かせているところがある。咲夜はそう思うがその心遣いは純粋にうれしい。それに、と咲夜は考える。涼介が地下へと消え死んだと思っていた。それなのに、涼介は数日後、別れた時と同じ姿を見せてくれた。だから、自分に言い聞かせるように言葉にする。

 

「そうですね。涼介さんなら、きっと、いつもの元気な姿をすぐに見せてくれますよね」

「そうだな、だが二十日は長すぎる」

 

 慧音の声にもわずかに覇気が戻る。呆れを含んだされど信頼も感じられる声で文句を零す。

 

「そうですね、さすがに涼介さんも、今年の春ものんびりしすぎです。こちらから探しに行ってあげないといけないですね」

 

 そうだ、今度はただ待つなんて真似はしない探しに行くのだと咲夜は決める。幸い涼介は春を探していなくなった。ならば、そこに関連はあるのだろう。異変の解決は人間の仕事、ならば怠惰な巫女に代わって私がしても問題ないと咲夜は結論付ける。

 

 

――きっと、お嬢様もお許し下さるだろう

 

 

「確かに探しに行くくらいしないとあの馬鹿者は迷子になっているかもしれんな」

「そうですね、いつもふらふらと幻想郷をあっちこっちしていますからね。今自分がどこにいるのかわからないのかもしれませんね」

 

 だからこそ、悪い想像を振り払うように少女二人は冗談めかして涼介への不満を漏らす。

 

「確かにな。それに涼介はちゃんと春を見つけたらしい、欠片だがな」

 

 慧音はそういうと、手元の袋から瓶に対し半分ほどの桜の花びらが入った物を取りだす。

 

「それは、桜の花びらですか?」

「いや、そう見えるがこれは春を結晶化した物らしい。涼介のリュックに入っていた」

「じゃあ、本当に異変と関わりが」

「案外以前みたいに、爆心地でのんびりしているのかもしれんな」

 

 紅霧異変を思いだし慧音は今度こそ本心から呆れの声が出る。実際言っていて本当にありそうだとも思っている。

 

「私も探しに行きたいが、里を空けるわけにもいかん。君は探しに行くのだろう? ならこれを持って行ってくれ手がかりになるだろう。元々涼介が戻っていたら詳しく聞くつもりで持ち歩いていたが、帰ってくる気配がない。なら、探しに行く人に預けた方が都合もいいと思う」

 

 慧音はそういうと瓶を咲夜に渡す。それに咲夜はうなずくと空へと舞う。

 

「見つけてお説教してきますね」

「私の分も残しておいてくれ」

「それはその時の私に言っていただかないと」

「なるほどな」

「それと最後に、ハルはどのような怪我を?」

「刀傷だ。中々の腕前の様だな、用心しておくといい」

「そう、でも用心は必要ないかと。きっとその刃は私に届かないのだから」

 

 咲夜は紅魔館に向けて飛び立つ。その顔には強い意志が宿っていた。

 

 

 

 

 紅魔館にたどり着いた咲夜は防寒具を外した後、主人であるレミリアに事情を話し、少しの間紅魔館を空けることを許してほしいと願い出る。それを聞いたレミリアはクスクスと面白そうに笑みをこぼす。

 

「相変わらず、面白い友人だ。ふふふ、まったく楽しませてくれる」

「それでは、よろしいのでしょうかお嬢様?」

「あぁ、構わん……が少し待て」

「はぁ、かしこまりました」

 

 そして、しばしの間待つと部屋にはパチュリーが入ってくる。青い球体に白い星の絵が描かれた物が二つ。それがパチュリーの回りを浮いている。

 

「パチュリー様それは以前言われていた」

「そうよ、あなたが外で弾幕ごっこをするときナイフを拾うのも持っていくのも大変でしょうと話をしたでしょ。それを解決するものよ。レミィがそれを今日この時間に持ってこいと言うから何事かと思ったけど、なるほどね」

「お嬢様?」

「なに、視えていただけさ。パチェ説明してくれないか、それの働きを」

 

 レミリアの口元が蠱惑的に歪む。パチュリーはそれに対しため息を漏らす。

 

「まったく、自由気ままね」

「当り前さ、私は運命にさえ縛られない」

「そう」

 

 パチュリーは素っ気なく興味がなさそうに返すと咲夜に向き直る。そしてパチュリーの背後に浮かんでいた球が咲夜の周りでふわふわと浮き出す。

 

「この中は貴女が能力で屋敷を広げているように広がっているのは知っているわよね」

「はい、それは存じております。私がパチュリー様に頼まれ行いましたので」

「ん、そうね。それで今は中には大量のナイフが入っているわ。そしていつでも取り出せる」

「これで、もち運びは問題なさそうですね」

「えぇ、それと中のナイフとこの球体にも術を施しているの」

「どのような術なのでしょうか?」

「ある程度まで距離がナイフと離れると、この中に戻るそういう術よ」

「なるほど、随分とかゆいところに手が届く仕様ですね」

「当り前よ、誰の作品と思っているの」

「申し訳ありません、パチュリー様」

「咲夜そうではないさ、パチェは照れているだけさ」

「レミィ?」

「怖い怖い、そう睨むな。親切な魔女殿」

「涼介みたいなこと言わないでちょうだい」

「くっくっく、アイツも随分と紅魔館(ココ)に馴染んだものだな。さて、咲夜よ。我らが友人を助けてこい。迎えもないと帰れない馬鹿者をな」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 レミリアの命令に咲夜は腰を折り応える。その形式ばったやり取りをパチュリーは呆れた面持ちで眺めている。咲夜が折った腰をただすと外へと向かおうと扉へと向き直るがその背にレミリアが声をかける。

 

「そうだ、咲夜忘れ物がある。少しこちらに来い」

 

 再びレミリアに咲夜が向き直ると手招きをしていた。咲夜が近づくと、しゃがむ様に手で示される。咲夜が命じられるままにその場で立膝の姿勢で固まると、レミリアが咲夜の目の前で片手の指で何かを引くように何度か動かす。レミリアの指が動くたびに咲夜の目に何か糸の様な物が映った気がした。

 

「お嬢様、今のは?」

「何、ちょっとした気遣いさ。自分で動けない者の背中を押す、ちょっとしたな。ふふ、ふはははは」

 

 レミリアはそういってまた楽しげに笑う。

 

「さあ、私の可愛い可愛い従者よ。愁いはもうない命令を遂行しろ」

 

 咲夜はうなずくと部屋から出ていく。部屋にはレミリアとパチュリーが残る。

 

「レミィ最後のは運命を?」

「何、ちょっとしたことさ。それに運命は複雑だ。大きな出来事ほど望んだ結果にするには大変だ。なにせ複雑に絡まっているからな、サイコロの出目とは違うさ」

 

 レミリアの目は何か違う物を見ているのか虚空を揺れ動いている。

 

「はぁぁ……サイコロの出目を変える行為はやめなさい」

「断る。私は負けるのが嫌いな性分でな」

「妹様が文句を言っていたわよ。アイツ、そういう所が小さいって」

「な、なに!?フランがそんなことを……あぁ、何てことだ」

 

 パチュリーのその言葉にレミリアがテーブルに大仰な動作で顔を伏せる。

 

「アイツと呼ぶほど怒っているのかいやしかしそう言ってもらえるほど遠慮がないのか?私が小さい?そんな馬鹿なだがそう見えているという事かならばサイコロやルーレットの出目をかえるのをやめて敗北を受け入れろというのかどうするどうするレミリア・スカーレット考えるのだ考え」

「あぁ、これは長そうね」

 

 レミリアの独白は続く。パチュリーは元に戻らない友人を放置して図書館へと戻っていく。咲夜が向かい、レミリアが手を加えた。ならばあの間の抜けた友人は大丈夫だろう、とパチュリーは憂いなくそう思う。だから、戻ってきたときの茶飲み話と説教の言葉でも考えながら待っていようと図書館で座して待つ。

 

 

 

 

 咲夜は紅魔館を飛び立ち考える。異変の解決とはいえ手がかりは涼介が持っていたのであろう春の入っている瓶のみ。さてどうしたものかと咲夜は頭を悩ませる。とりあえず霊夢を炊き付けるのがいいのかもしれないと考える。

 

「なんだかんだと言って異変解決の専門家で実績もある事だしね」

 

 そうしようと咲夜は決めると霧の湖の上を飛び博麗神社へと針路をとる。しかし、襲いくる冷気を咲夜は察知する。高度を急上昇させる。咲夜のいた場所を氷弾が過ぎ去っていく。

 

「あら、また氷精?今は急いでいるのよ。遊びなら後にしてくれる?」

「あんた、ちったぁ驚きなさいよ!目の前に強敵がいるのよ!?」

「えっと、どこにいるのかしら?貴女知っている?」

「アタイよ、アタイ!!」

「面白い冗談ね?」

「もう怒ったわ!!四枚!!」

「はぁ、時間がもったいないわ」

 

 イヤーマフラーをとなりに浮く青球内の空間にしまう。咲夜とチルノがカードをそれぞれ四枚構える。そして、氷とナイフが空を彩る。

 

「はぁ、悪いけどすぐに終わらせてもらうわよ」

 

 氷を避け、牽制のナイフを投げ目くらましとして、咲夜は時間を止めて背後に回る。カードを構え時間を動かす。カードが輝き弾け飛ぶ。

 

「幻符・殺人ドール!!」

 

 咲夜の体が光を纏う。左右の青球の星の絵が開き、穴が開く。青球は中から大量のナイフをこれでもかと吐き出す。そのナイフが一つの群体の様に咲夜の周りをうねるように一度渦巻く。

 

「あ、いつの間に」

 

 チルノが咲夜のスペル宣言の声で気が付き背後を見るがすでに咲夜の周りにはうねる様にうごめくナイフが舞っている。とっさにチルノはカードを取り出し、構えたカードが輝く。

 

「遅い!!!」

 

 その叫びと共にナイフがチルノに殺到する。カードが弾けるが光がチルノに届く前にナイフがチルノを呑み込む。湖の表面を覆う氷にナイフが根本まで刺さり、ヒビが生まれる。そして、ナイフがすべて刺さりきる前に氷割れ、氷上に穴が開く。

 

「私相手に時間を稼ごうなんて何の意味もないのにね」

 

 ナイフがすべて通りすぎるとぼろぼろになったチルノが現れる。服はもちろん、皮膚もその氷でできた羽にも切り傷や突き刺さったりしている。飛行はひどく不安定だ。とっさに氷で身を守ったのかもしれないがナイフにはもともと霊力が込めてある。とっさに張った氷ごときで防げるものではない。

 

「ぐぅうぅ」

 

 痛みを我慢しているのか、負けたことが悔しいのかチルノは涙を我慢しながら咲夜を睨みつける。その瞳は薄らと濡れている。

 

「今日は運が悪かったわね。急いでいるのよ、お嬢様の命令で春を取り返しに行かないといけないの」

 

 さすがにその姿に少しだけ心が痛み、言い訳する様に咲夜は言う。

 

「ふん、春ならバリバリが探しに行ったもん。まだだけど、あんたより早くバリバリが取り戻してくれるんだから!!」

 

 チルノは負け惜しみで咄嗟にそう叫ぶ。その言葉に咲夜が笑みを浮かべる。その唇が言葉を刻む。みつけた、と音もなく。

 

「そうなの、貴女涼介さんがどこに行ったか知っている?」

 

 咲夜は時を止めチルノの目の前に移動すると、その泣き出すのを我慢している顔の顎に手を当て持ち上げる。チルノは咲夜に顎をくいっとされて驚いているのか目が瞬いている。

 

「あ、あのチルノちゃんを苛めないでください!!」

 

 咲夜の手が弾かれる。咲夜とチルノの間に大妖精が一瞬で現れる。それはまるで転移したように前兆がなかった。咲夜はそれに動揺を見せない。大妖精が原理は知らないが空間を飛ぶように移動することを知っているからだ。

 

「苛めてないわよ。涼介さんがどこいるか知らないって聞いていただけよ。貴女、邪魔する?」

 

 時を止めナイフを手元に三本だし、ジャグリングをする。その姿に大妖精は顔を引きつらせ、チルノが庇うように大妖精をその背に回す。

 

「大ちゃんを苛めるな!!」

「だから、苛めてないわよ。質問しているだけよ。春を探しに行った涼介さんを知らないって?」

 

 咲夜はあくまでも淡々と機械的に質問する。その方が、威圧感が出て話をしてくれるだろうと考えて。

 

「バ、バリスタのお兄さんはレティさんに話を聞いていたので、レティさんなら何か知っているかもしれません!」

 

 大妖精が大声を上げる。

 

「そのレティって言うのは?」

「冬の妖怪さんです。たぶん雪女の一種だと思います。それに妖気で造った氷も渡していたから、もしかしたら今の場所も知っているかもしれないです!!これでいいですか!?」

「ありがと、妖精さん」

 

 大妖精に咲夜が視線を向けてお礼を言うと、チルノが牽制する様に間に入る。咲夜はそれにやれやれとため息をつきたくなるが、ぐっとこらえて最後に気になることを質問する。

 

「それで、そのレティと言う妖怪はどこにいるの?」

「それは」

 

 チルノが応えようと口を開くが、唐突に吹いた突風に遮られる。

 

「私のお話をされているようですが何か御用ですか?」

「レティ!!」「レティさん!?」

「貴女が……」

 

 視線の先に雪交じりの旋風にくるまれたレティが浮いている。レティが三人に近づいく様に旋風を消してゆったりと飛ぶ。

 

「あの、私レティさんの事を」

「いいのよ、それに自分で蒔いた種ですもの。この人とお話をしますのでチルノを休ませてあげたら?」

 

 レティがそういうと大妖精はチルノを抱えてこの場から離れていく。

 

「それで私に何か御用ですか?」

「貴女は今の涼介さんのいる場所を知っているそうね?」

「残念ながら存じません」

 

 レティが愉快気に笑う。

 

「さっきの妖精に聞いたわよ。妖気で造った物を渡したのではないの?」

「確かにお渡ししました。ですが、おイタをして壊されてしまいました」

「どういう意味かしら?」

「どういう意味だと思いますか?」

 

 レティは妖力を体から放ち咲夜を挑発する。しかし、咲夜はそれを鼻で笑うと切り返す。

 

「馬鹿にするのはやめなさい、取り繕ってはいるけど貴女ボロボロね」

「あぁ、ふふふ。ばれてしまいましたか」

「どうして弱っているのかは知らないけど、そんな状態で相手が出来るとは思いあがらないことね。容赦はしないわよ」

「あの人といい、貴女といいとっても素敵ね。氷像にして大切にしまっておきたいくらいですわ、うふふふふふ」

 

 レティが悩ましげな吐息を漏らす。その表情は妙なまでに艶っぽく体を身悶えさせる。

 

「気色の悪い事を言わないでちょうだい。ただでさえ寒いというのに」

「あらあら、ごめんなさいね。つい楽しくなってしまって」

 

 レティがペロリと唇を舐める。直後レティの髪の毛が数本宙を舞い、頬が僅かに切れる。

 

「これでも私気が立っているの、確かめてみる?」

 

 咲夜がナイフをもてあそび、小首をかしげる。レティはそれに対し、流れる頬の血を指で拭いそれを舐めとるとまた笑いを漏らす。咲夜がナイフを振りかぶると、降参とでもいう用に両手をあげる。

 

「ごめんなさいね、気になる子にはつい意地悪しちゃうの、うふふ。話してあげるわよ」

「初めからそう言いなさい」

「それで何を聞きたいのですか?今の場所は知りませんよ」

「そうね……まず彼にしたおイタって言うのは何かしら?」

「あれは素敵でしたわぁ……彼がどうしてだとでも言うように、レティと私の名前を呟く声はゾクゾクしました。出来ることならその場でその顔を見ていたかった。きっとその姿で留めてしまいたくなるくらいのそそる表情でしたのでしょうね、あはぁぁぁ……」

 

 その時の事を思い出しているのか顔が紅潮する。吐き出される吐息は先ほどの比でない程に艶を含んでいる。瞳が情欲に潤んでいる。しかし、その熱は咲夜の声で唐突に冷まされる。

 

「感想は良いから内容を言いなさい」

「あぁ…せっかくいい気持でしたのに…………はぁ端的に言えば、彼が異変の黒幕か実行犯と対峙した時に渡したオモチャを通して相手を攻撃して威嚇したの、きっと相手の子は彼を敵意のある妖怪だと思ったでしょうねぇ。彼はスペルを持たないからカードを提示して弾幕戦へと切り替えることもできない」

 

 咲夜の表情がゆがむ。

 

「だから、古き時代の様に真剣勝負になったのではないかしら……ふふ、渡したオモチャもその相手の子に壊されちゃったようですから、オモチャごと攻撃されちゃったのでしょうね」

 

 

――殺す!!!

 

 

 咲夜がナイフを構えレティにせまる。

 

「黒幕の居場所を知っていますよ?」

 

 ナイフがレティの首で止まる。僅かに食い込み皮膚を斬り、血がにじみナイフの上をつぅっと伝いナイフの先から垂れる。レティは身じろぎ一つしない。その顔を愉悦に歪め至近距離の咲夜の顔を見つめる。

 

「あぁ、良い顔ぉ……あの人はもしかして恋人でしたか?うふふ、つがいの氷像なんてステキね」

 

 レティの吐息が咲夜に当たり周囲に溶ける。

 

「言え!!」

「怖いわぁ、言ったら殺されてしまいそうね」

 

 暗に教えるから引けと言われ咲夜の眉間に青筋が浮かぶ。体に力がこもり、ナイフがさらに少しだけ食い込む。

 

「言わなければ殺す」

「いいの?どこか分からなくなってしまいますよ?そこに彼もいるのに」

 

 咲夜の表情に動揺が浮かぶ。咲夜は涼介が死んでいると確信している訳ではない。だが、可能性は限りなく低いと思っていた。少なくとも目の前の妖怪が渡した力の欠片を破壊するほどの持ち主に本気で攻撃されているのだ。霊力の乏しい涼介では勝ち目どうこう以前に逃げることさえ叶わないだろう。そして、血の付いたリュックの話を今朝、慧音に聞いている。その話が脳内で繋がり、彼が欠片ごと斬られたのだろうと想像した。想像してしまった。だから、頭に血が上り、ナイフを突きつけているのだ。

 

「な、何を、適当を!!」

 

 それなのに目の前の妖怪の言葉が咲夜の頭を混乱させる。咲夜は涼介に生きていてほしいと願っている。しかし、現実に目の前にある情報がその可能性は限りなく低いと訴えてくる。それでも、心は、感情は、そんなことは無い涼介さんは生きている、と叫ぶのだ。理性と感情が乖離した混乱の中、怒りに任せた行動さえ目の前の妖怪の言葉に踊らされる。

 

「彼はきっとそこにいるといいましたの。私、かなり可能性は高いと思っていますよ」

 

 弄ばれていることに対する悔しさがこみ上げる。あと少しナイフを引けばレティを殺せるというのに咲夜の体は動かない。その事実が咲夜にはたまらなく悔しいのだ。目の前の妖怪の言葉に縋ってしまっている自分が心底から許せないのだ。咲夜の表情が悔しさと怒り、そして混乱からぐしゃぐしゃに歪む。

 

「ふふふ、では聞いてくれるようですのでナイフは退けますね」

 

 レティはそういうと腕をあげ首元のナイフへと近づける。

 

「う、動くな!首を刎ねるわよ!!」

「いいえ、刎ねないわ。貴女にはできない」

 

 ナイフをつかまれ奪われる。レティがそれをつかみ妖力を込め凍らせる。氷に覆われたナイフをレティはその場で捨てる。レティが首筋の傷をなぞると指が通った後からそれが消える。

 

「ほら出来なかったでしょう?」

「…私は時間を止められる、逃げようとしても無駄よ。逃げれば殺す」

 

 咲夜はレティから距離を開け宣言する。そして自分を落ち着ける様に深呼吸をし、表面上は平静にもどる。

 

「ふふ、そうそれは怖いわね」

「さっさと話しなさい」

「そうね、まずはどうして私が弱っているかを話そうかしら?」

「それがどう黒幕と関係するのよ」

「黒幕とは関係ないわ。これは彼が黒幕の所にいると思う理由よ」

 

 咲夜が息を小さく飲む。その表情には縋る様な色が浮かび、レティはそれを確認すると口元の笑みを深める。雲が出てきて辺りが薄暗くなる。ちらちらと雪が降りはじめる。

 

「私を襲ったのは八雲の式よ」

「八雲の式?なぜ?」

「あの子八雲と関係が深いみたいね。式に師事して式の式()に弟弟子認定されているみたいね」

「そこまでに関係が……」

 

 涼介の知らなかった面に咲夜は驚きを隠せない。雪が少し強くなる。

 

「それで彼にあげたオモチャが壊れた後に襲撃されましてね、ふふふ散々狐火で焼かれてしまいましたわ。今が冬でなかったら確実に消し炭でした、冬の今でも二十日近く経つのにまだ完全に回復しない時点でだいぶ怒らせてしまったみたいですね」

「それでそれがどうしたの?黒幕は八雲とでも言うつもり?」

「いいえ、違いますよ。今の話は彼が八雲にとって無視できない存在と言う話の裏付けですわ。彼は春を探すうえで式の式の住いであるマヨヒガへと迷い込みましたわ。それも不自然な吹雪に見舞われ迷うというおまけつきでしたね」

「八雲がわざとそこへいざなったと?」

「私はそのように考えています。なぜなら、そこで彼は八雲の式からの預かりものを式の式から受け取りました。私は、それを受け取るために彼はそこへ呼ばれたのだと思っています」

「何を受け取ったの?」

「貴女の持つ春」

 

 咲夜はメイド服のポケットに入っている慧音から受け取った瓶に服の上から触れる。雪の結晶が大きくなったのか視界にちらつく白の割合が増える。

 

「そしてそれを調べさせ、瓶にされた封について教えるために森の魔女の所へいざなったのです」

「魔理沙のこと?」

「人形師の方よ。封は春の気配を瓶の外に出さないだけの簡素な物です。一度でも開ければ解けてしまうような弱い弱い封。そして、その帰り道で弱った春告精に彼を出会わせました。弱った春告精を助けるために彼は瓶の封を開けざるを得なかった。封を開けさせ春の気配が犯人に伝わる様にそこでなりました」

「じゃあ、そこで?」

「それはもう少し後ですね。犯人はそれに気が付けば彼の所に勝手に行く、八雲は後それを待つだけだったのでしょうね。彼は対話系統にも影響を与える強い能力を持っているようでしたからそこまで行けば、黒幕の所まで連れて行ってもらえるとそう読んでいたのでしょうね。彼はその後霧の湖に向かいました。気配を伴い幻想郷を歩き回れば相手が気づいてくれると思っていたのでしょう、人気のないところを歩いていましたね」

「霧の湖……そんな近くまで来ていたのなら」

 

 咲夜は思ってしまう。その時に彼が紅魔館に来てくれていれば、助けになったのにと。でも、同時に思ってしまう。彼は誰かを巻き込むようなことをしない人だとも思ってしまう。雪はかなり強くなっている。

 

「そこで彼は騒霊に出会い、冥界で花見があることを知りました」

「冥界で花見?」

「そう、冥界でお花見があるそうよ。春はそこに集まっているのではないかしら」

「黒幕は冥界にいるのね」

 

 咲夜が体に霊力を込めいきわたらせる。かなり吹雪いてきた雪でレティを見失わない様に咲夜は睨みつける。

 

「私はそう思っています。そこで騒霊と別れ彼は犯人に襲撃されました。八雲の誤算は私が手を出したおイタ。そのせいで彼は犯人と対話をする機会を失い襲われました。その後、八雲の式が私を襲撃しても完全に殺さなかったことから彼は一命を取り留めたのではないかと私は判断をしています。だからこそ彼は冥界にいると思っています。最後で表に引きずり出されたのですから、八雲にはこそこそと彼を誘導する必要はなくなり当初の予定通りに彼を冥界に置いているこれが私の知る話全てとそこから判断される予測になります。ご満足いただけましたか?」

 

 レティは手を後ろで組むと小首をかしげる。涼介にしたのと同じような笑顔を浮かべて。

 

「そう、最後になぜ貴女は手を出したの?」

「だって、対話をするなんて面白いことを言うんですもの。邪魔されたらどうするのか興味があったのです。結果はダメでしたから残念でしたね。それでも彼には失望はしていませんよ、だって彼はその場でもずっと相手と話そうとしていましたから」

 

 レティの顔が愉悦に歪む。その言葉を引き金に咲夜が時を止め近づきナイフを振りかぶる。ナイフが当たる瞬間に時間を動かす。レティは咲夜の動きに反応しない。ナイフが、レティに突き刺さる。咲夜が抵抗を感じることなくナイフはレティの首を刎ね飛ばす。しかし、レティの首が、体が崩れて雪に混ざっていく。

 

『メイドさん、お話できて大変楽しい時間でした』

 

 辺りの空間から声が響く。

 

「どこだ!?」

『お話したことに嘘は無いのでご安心ください、彼はきっと冥界にいますよ』

「答えろぉ!!」

『話している最中に、雪に紛れて本体は逃がしていました。ですので探しても無駄ですよ。貴女が見ていたのは雪と妖力で出来た偽物。それでは素敵でかわいいメイドさん、またいつかお会いしましょうね。あぁ、あの凍らせたナイフ、記念にいただきますね』

 

 辺りの雪が急速に止んでいく。レティの妖気はもう感じられない。咲夜は逃げられた事を痛感する。

 

「くそ……くそ、くそ」

 

 苛立ちが、怒りが、友人に害を及ぼした妖怪を逃がした情けなさが、弄ばれた悔しさが咲夜の中に強く渦巻く。

 

「くそがぁぁぁああぁぁ!!」

 

 咲夜の絶叫が寒気の強い空の下で木霊した。


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