東方供杯録   作:落着

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春を訪ねて雪原世界
春探索に供する一九杯目


 いつもの様に張り紙一つ

『本日所用により臨時休業』

 

 四月半ばに入ったのにまだ幻想郷は雪に覆われている。涼介は三月の終わりあたりから違和感を覚えていた。幻想郷の冬は二度目だが、三月も終わりに近づけば雪解けが始まっていてもおかしくはない。涼介はそのことを店に訪れる里の客にも確認していた。だからこそ霖之助の顔を見るついでに何か知らないかと聞きに行ったのだが、鍋をしていてすっかり忘れていたのに気が付いたのは自宅に帰ってからだ。

 

「もうそろそろ来るかなぁ」

 

 店の裏口に出て待ち人の到着を待つ。また、聞きに行くのも億劫だし知っているとも限らないと涼介は思い直した。だから、身近で知っていそうな人物に相談したところ詳しそうな人を連れてきてくれるとのことなので寒空の下その人物たちを待っている。

 

「おーい、バリバリのおっさん!!」

「チ、チルノちゃん、バリスタのお兄さんだよ」

「あの人がお話の人なのね」

 

 体を震わせ待っている涼介に声がかかる。氷の羽をもつ氷精のチルノ、大ちゃんと呼ばれる大妖精。そして見知らぬ白いターバンの様な物を頭に巻き、同じく白いマフラーにゆったりとした青い服を着たおっとりとした雰囲気の女性がふわりと目の前に舞い降りる。その瞬間ただでさえ寒い気温がさらに下がり、涼介は背筋を震わせる。

 

「やぁ、チルノに大ちゃんこんにちは。そちらの方は初めまして、本日はお招きに応じていただきありがとうございます。私は、この桃源亭の店主をしております白木涼介と申します、どうぞ涼介とお呼びください」

 

 涼介はそういうとチルノ達の連れの女性に挨拶をする。

 

「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。私はレティ・ホワイトロック。レティで構いませんわ。冬の妖怪ですの」

 

 そういって、レティは片手を体の横に来るように肩の高さまで上げる。すると、それに合わせて何もない空中に雪が生まれ舞う。その幻想的な光景に涼介が視線を奪われるも、すぐに終わる。見ればレティは手を下している。

 

「とりあえず中に入りませんか?凍えてしまいますよ。ね」

 

 レティが笑顔で手を後ろで組み体を斜めに傾け提案してくる。そして、涼介は彼女たちが現れてから急激に冷え込んで、手足の感覚がなくなっていたことに今気が付く。

 

「ありがとうございます、そうですね、私の能力だと熱を落ち着けて冷ませても、温められないですからね。ご提案ありがとうございます」

「あら、あなたも物を冷やすような能力があるのですね」

「冷やすこともできる、というのが正しいのでしょう。紫さんが言うには私の能力は落とし止めるものだと言っていましたし」

「ふぅん…あの隙間と関わりがあるのね」

「はい、少しだけですけどね」

 

 レティといつもの仲の良い掛け合いをしている妖精二人を店内に案内する。カウンターに三人が掛け、その前に涼介が立つ。チルノにはアイスココアを、レティにはアイスコーヒーを供する。大妖精と自分にはホットココアを用意する。そして、昨日のうちに用意しておいた生チョコを一緒に出す。

 

「チルノそれを飲んだらまた、飲み物用と冷蔵用の氷をお願いするよ。大ちゃんチルノの事お願いするよ。私はレティさんと話をしているからね、何かあれば遠慮なく声をかけてね」

「アタイに任せれば最強よ。完璧な氷を出してあげるわ!でも、これ食べてからね」

「バリスタさんありがとうございます。また氷を入れる箱ごと凍らせない様に注意しておきます」

「はは、お願いするね大ちゃん。また表面を砕くのは大変だからね」

「はい」

 

 妖精二人にそう言って涼介は飲食物に舌鼓をうっているレティに向き直る。

 

「お待たせいたしました」

「構わないですよ、それに食べ物も美味しいですし」

「そう言っていただけると用意したかいがありました。それで本日お呼びした理由なのですが」

「聞いていますよ、あの子から。中々要領を得られませんでしたけれど」

 

 件の氷精に二人は視線を送り苦笑いをこぼす。

 

「お願いするときに大ちゃんがいれば違ったのでしょうがね」

「あの子は妖精にしては少し賢すぎますけれどね」

「そうですか?どのくらいが普通なのかに疎くて」

「別に知っていることで得があるわけではありませんから知らなくとも問題はないかと」

「そうですね」

「それで、本題ですけれど。冬について知りたいとのことでしたね」

「はい。今年の冬が長すぎると感じまして何かを知っているのでしたらお教えいただけないかと思いまして」

「それを知ってどうするの?貴方が何か出来る様にはとても見えないわ」

 

 レティはそういうと、そのふわふわとした優しげな雰囲気に何処かうすら寒くなるような冷たさを醸し出す。涼介は頬を撫でるわずかな冷気を感じる。

 

「もし、何か原因があるのであれば話し合おうかと思いまして」

「話し合う?この幻想郷で?」

 

 レティは予想のしていなかった答えに首をかしげる。

 

「はい。私の能力は心を落ち着けることが出来ます。ですから、争わずに対話で何とか出来る様でしたらどうにかしたいと思いまして。それにそろそろ桜が恋しいですしね」

「なるほど、室内で温かくて居心地が外より悪いはずなのにホッとするのはそのせいなのですね」

「あぁ、すみません。火を止めますね」

「比較論の話で、絶対値的には過ごしやすいのでこのままで構いませんわ」

「あぁ、お気を遣わせてしまいすみません」

「お気になさらすに。それで冬の長い原因でしたわね。教えてあげますわ」

「いいんですか?」

「えぇ、どうなるのか興味がわきまして」

「興味ですか?」

「そう、個人的な興味が」

 

 レティにジッと見つめられ少しだけ涼介は居心地の悪さを感じる。

 

「ふふ、ではまず勘違いを訂正いたしますね。これは冬が長いのではありません」

「冬が長くない?ですが現に」

「いいえ、結果として冬が長くなっているのであって原因は違います」

 

 涼介の言葉を遮り、レティが続けさらに重ねる。

 

「誰かが春を集めています。だから春が来ないのです。その結果として冬が長引いています」

「春をあつめる?そんなことが可能なのですか?」

「現に起きているので可能なのでしょう。能力によるものなのか、術によるものなのかは解りかねますが」

 

 レティはそういうと肩を竦め飲み物を口に運ぶ。

 

「春を集めて何をしようとしているのでしょうか?」

「さぁ、それは分かりません。冬を長くしたいのか、お花見をしたいのか、はたまた暇つぶしなのか、黒幕の方にお聞きしなければ真意は分からないかと」

「そうですね。聞かないと解らないなら聞くしかないですね」

「私からも一つ質問をしてもよろしいですか?」

「えぇ、一つと言わずいくつでも構いませんよ。お願いしているのはこちらですからね」

「ありがとうございます。それでは、どうして貴方はこの異変とも言える事態にかかわろうとするのですか。飛ぶことも戦うこともできない脆弱な貴方(人間)であるのに」

 

 レティの声に嘲るような響きはなく只々不思議に思っているのが伝わる。

 

「この能力で誰かの、幻想の助けになるのであるならば私は首を突っ込みます」

「何故?」

 

 その答えでは不十分だとレティが追及をする。

 

「贖罪だから。それしか私にはないから。だから私は紫さんに幻想郷(ここ)へ連れてきてもらったから」

「貴方、いいわね。とっても…………」

「今なん」

 

 レティの呟きが小さすぎて涼介には聞き取れなかった。聞き返そうとするもその時は訪れなかった。

 

「バリバリ!!終わったわよ、アタイに感謝するのね」

「あら、じゃあこれでお開きですね。飲み物とお菓子美味しかったですわ。頑張ってくださいね、応援していますわ」

 

 そういうとレティはさっさと外へと出て行ってしまう。

 

「それじゃあまた足りなくなったら青い布ね!!」

「あ、ああ。そうだね。また足りなくなったら青い布を掲げておくね」

 

 チルノにそう言って妖精の二人も外へと見送る。そこにはすでにレティが浮いて待っていた。

 

「涼介さん、ありがとうございました。お菓子甘くておいしかったです」

 

 さっさと飛び立つチルノとは違い、大妖精はお礼を言って飛び立つ。三人が飛び去る直前レティが涼介を振り返り小さな結晶の様な物を投げてくる。

 

「とりあえず花びらを探してみるのをお勧めしますわね、涼介さん。それは餞別です」

 

 そして返答を聞く間もなくレティは離れていく。涼介はレティから受け取った物をみる。直径二㎝ほどの雪の結晶のように見える。ひんやりと冷たいが溶けることはないようだ。

 

 

 

 

 いつもの様に張り紙一つ

『春を探してまいります』

 

 その後すぐに出かける用意をして、リュックを背負う。レティからもらった結晶は紐を通して首からかける。ハルに嫌そうにされるが奪われることはなかったので涼介は自分に何か直接害のある様な物ではないと判断する。置いていこうとしてもついてくるハルに涼介が折れる形で、一人と一匹は出かける。

 

「さて、春を探しに行こうか」

 

 ハルがわぅと吠えて応える。

 

「まぁでもどこに行けばいいのかわからないのだけどね。とりあえず春を探すのか。その辺の森でも歩いてみようか。花か何か見つかるかもしれないしね」

 

 とりあえず当てどもなく歩こうということで、二人は天狗の縄張りに入らない様に妖怪の山近辺の森へ向かう。

 

「まったくハルは家で待っていればよかったのに」

 

 涼介の言葉にハルが尻尾でピシとたたき不満を表す。

 

「危ないかもしれないよ」

 

 今度は二度叩かれる。だいぶご不満らしいと涼介は感じる。

 

「私はいつもなんだかんだと何とかなっているから心配はいらないよ」

 

 涼介のその言葉にぐるぅぅぅ、と鳴く。それはまるで人の溜息の様に聞こえる。思わず器用なことだと涼介から笑いが漏れる。

 

「それにしても寒さを感じないね。これのおかげかな」

 

 そういって懐からレティにもらった結晶を取り出す。触れる肌はひんやり冷たいが周囲の気温は過ごしやすくなっているように感じる。涼介にとってはまだ寒さを感じる気温ではあるが、とても雪が降り積もっている気温には感じられない。

 

「貴方も物を冷やすような能力が、と言っていたから彼女もそういうことが出来るのかもしれないね。でも、寒さを緩和できるのはうらやましいなぁ」

 

 レティの結晶を褒めたせいかハルの尻尾が不満げに振れている。

 

「温度が低い状態は分子の運動も低下しているからね。温度を下げるなら同じように分子の運動を落してしまえばそれで済むのだけどね。不活性には出来るけど活性は出来ないってかゆいところに手が届かないよね、私の能力は」

 

 ハルはそれに応えずに雪道をサクサク先に進んでいく。

 

「これは失敗したかなぁ。能力の文句何て持ってない側からすれば嫌味だよなぁ」

 

 自分でフォローしても嫌味にしかならないだろうと涼介は思うと、ハルの機嫌が落ち着くまでついていくしかないだろうと進める足を速める。そのまま二人はしばらくの間当てどもなくさ迷い歩く。雪も降り出し、視界が悪くなる。

 

「これは困るなぁ。レティのおかげで寒くないのが救いだなぁ」

 

 ゴーグルを出し、目を保護する様につけながらも歩く。

 

「でも、もうここがどこかは分からないんだけどね。凍死はしないけど遭難はしてしまったね」

 

 危機感を感じないぼやきをしながら涼介は進む。そして、吹雪く白い視界の中に小さな建物が見えた気がした。

 

「あっちに何かあるみたいだね、行ってみよう」

 

 誰かしら居ればここがどの辺りか聞けるだろう、と呑気なことを考えながら涼介とハルは進む。少し近づいたおかげで、吹雪によって白く染まる世界に建物の輪郭がはっきりと浮かぶ。小さな廃屋の様に見える。それに涼介は小さな落胆を感じる。

 

「うーん、誰か住んでいそうには見えないね。でも、吹雪がやむか弱まるまでも間はしのげそうだね」

 

 その涼介の言葉にハルは答えようとするが、次の瞬間には毛を、尻尾を逆立てて涼介の前に飛び出し低く吠える。妖怪が近くにいると涼介は判断する。一緒に出掛けている時に店に来たことがない、つまり嗅ぎ覚えない妖怪が近づくとハルはこのような反応を示すからだ。

 

「ここに迷い込んだら最後!」

 

 上から声がして、涼介たちの目の前に小さな影が降り立つ。そして涼介はその声に聞き覚えがある。懐かしいと笑みさえ零れるほどだ。その小柄な陰に近づく。ハルの横を通るとき問題無いというように、毛で逆立つ背中を軽くなでる。

 

「やぁ、橙。随分久しぶりだね」

「あれ、涼介じゃない。こんなところで何やってるの?て、ここに居るってことは迷子になったのね」

「そうそう、迷子だよ。と言うことはここがマヨヒガなのか」

「うん、ここが私の住処のマヨヒガだよ。で涼介は迷うほどに何をしているの?」

「春を探しているのだよ」

「ふーん、異変に首突っ込んでるんだ」

「あぁ、これはやはり異変なのだね。でも確かに幻想郷中の春を奪うのは異変だね」

 

 八雲の式の式が異変と言ったのだからこれは確定だろうと涼介は思う。そして涼介の言葉に橙が驚きを示す。

 

「春を奪っている事、知ってるんだ!中々やるわね、涼介。姉弟子として鼻が高いわ」

 

 藍に能力の指導を受けている際、橙にも手伝いや一緒に修行をさせられたことがあり、まだまだ精神的に幼さの残るこの妖獣に弟弟子認定を受けている。涼介にとってもそれはこそばゆいが自身も藍を師匠の様に慕っているのでそれを認めてもらえたようでうれしさが勝る。

 

「橙も何か知っているのかい?」

「うん、色々と知ってるわ」

 

 そういって自慢げに胸を張る姿はどこか微笑ましさを感じる。

 

「それは教えてもらえるのかな?」

「え、あ、うんとね……あーだめ、かな?うん、ダメ」

 

 思い出す様に頭をひねり考え、得た結論は拒否であった。

 

「どうしてか聞いても?」

「藍様がダメって言っていたから」

「そうかい。それはダメだね」

 

 師匠が言うなら仕方ないと涼介は諦める。

 

「それは誰に対してもなのかな」

「うん、誰にも言っちゃいけないんだ。あ、でも涼介が来たら渡す様に言われていた物があったのを忘れていたわ」

 

 橙はそういうと廃屋、改め自身の住処であるマヨヒガへ案内してくれる。中は意外と綺麗で隙間風などもない。橙が大事に管理していることがうかがえる。部屋に置かれている箪笥から缶ジュース程度の大きさの瓶を取り出す。中はピンク色で染まっている。

 

「はいこれ、春だよ」

「え、桜じゃないの?」

 

 渡され、中身を見ると桜の花びらがぎっしりと詰まっている。橙に春と言われよく見てみると、たしかに普通の花びらでない事がわかった。

 

「うっすらと光ってる?」

「そう。これは春を固めたもの。これだけじゃ桜の一本も咲はしないけど確かにこれは春だよ」

「じゃあ、奪われた春と言うのはこれなのか」

「うん。もっと大量の、とつくけれどね」

 

 橙は良くできましたと言うようにうんうんと頷きを見せる。しかし、涼介には疑問が残る。

 

「これを藍さんが私に渡すように言ったんだよね、どうしてか分かるかな?」

 

 そのことである。なぜ、話せないのに原因の一つともなっている春を渡すのか、それが涼介にはわからない。

 

「それは私には解らな……じゃなくて、内緒よ内緒!」

 

 隠し事のできない姉弟子の姿に微笑ましくも思いながらも涼介は考える。藍は自分に何かを期待しているのだろうと、涼介は考える。それに以前、紫から働いてもらう時は早く訪れそう、とも伝えられていた。このことなのだろうとあたりをつける。それであるのなら、無理に聞くことはせずに、紫の掌の上で踊るのが正解なのだろうと思い追及はしない。

 

「そっか、内緒なら仕方ないね」

「仕方ない仕方ない。本当は私も教えてあげたいんだけどね、内緒なのだから教えられないの」

「ふふ、でも春はしっかりと受け取ったよ。でもどうしようか」

「なにが?」

「どうやってここから帰ろうかと思ってね」

「それなら大丈夫。扉を抜ければ貴方の知っているどこかに出るはずよ」

「そうなのかい」

「そうよ、紫様の能力を借り、藍様が術を組んであるのだから完璧よ」

 

 その言葉に涼介は安心する。紫の能力と言う物は分からないが、少なくとも見知った場所に出られるのだろうから。

 

「さぁ、話は終わりよ。涼介行った行った。風も雪も止んだみたいだしね」

 

 外の風も雪もすでに止んでいた。そのことに作為的な物を感じる所ではあるが踊ると決めているのだ、躊躇することは何もないと涼介は腰をあげる。

 

「そうだね、やることをやらないとね」

「そうよ、しっかりやりなさい。藍様の弟子で、私の弟弟子なのだから自信を持ちなさい」

「そうだね、二人の顔に泥は濡れないね」

 

 そして涼介とハルは扉をくぐる。気が付くとそこは橙の住処の外ではなく、見覚えのある一軒の家の前であった。

 

「ここは…アリスの家か」

 

 魔法の森の魔女であり、人形師であり、そして友人であるアリス・マーガトロイド邸その目の前であった。


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