十八杯目には、書籍『東方香霖堂』1~5話の内容に関するネタバレが含まれます。
十八杯目は涼介と霖之助が駄弁っているだけで、伏線などないため飛ばされても問題はありません。
『東方香霖堂』を読まれたことがある方は、無理に詰め込んでいるな、ふふ。とでも笑ってみてくださるとうれしいです。
読んだことのない方で、買われる予定のある方は『東方香霖堂』を先に読まれるのをお勧めいたします。
また、読んだ事の無い方でも読める様には書いたつもりですのでお楽しみください。
もし、『東方香霖堂』に興味を持たれましたら書店に寄った際にでもお手に取ってみてください。
内容も大変面白く、挿絵も可愛らしいのでおススメいたします。
では、ご本家様の販促も終わったところで長々と失礼いたしました。
それでは、お読みいただける方は十八杯目をお楽しみください。
いつものように張り紙一つ
『香霖堂に行ってきます』
雪の降り積もる三月の終わり頃、涼介は以前紅魔館を訪れた時のように寒い寒いと手に白い息を当てながら里の外れの雪道を歩いている。隣を歩くハルはそんな寒さなど露知らずと言いたげに軽い足取りをしている。
「あぁ、やっと見えてきた。もう少し便の良いところに建ててくれよ」
里の中と外の境界に位置する自分の店のことを棚に上げて涼介は文句を漏らす。その漏らした言葉はあたり一面の新雪に吸収されて相手に届くことはないだろう。
「相変わらずのゴミ屋敷ぶりだな」
店の前まで着いた涼介がある種の感嘆の混じる声で呟やく。視線の先には店先にこれでもかとガラクタ(店主は商品と言い張る)を並べた一軒の店がある。
「おーい、霖之助久しぶりに顔を見に来たぞ」
涼介がそう声をかけ扉を開けようとすると、開かない。おかしいと感じる。涼介は知っているのだ。ここの店主がパチュリーよりも外出をしないという事実を知っている。時折、無縁塚まで落とし物を拾いに行くがそれは天気の良い日で、こんなに雪の積もった日に外出をするわけがない。だからこそ声をあげ、扉を叩く。
「霖之助、霖之助!いるのだろう!とうとう商品を売るどころか店を開ける気さえなくしたのか!おーい、霖之助!!」
扉を揺らすとどうやら鍵がかかっているわけではなさそうだ。扉の向こうに何かでふさがっているのか、建て付けが悪いのかはわからないが涼介は開けられない。
「あぁ、もうそうバンバンと叩くなよ、涼介。今建て付けが悪いんだよ」
扉が店の中からゆっくりと開く。ギィギィと軋む音から察するに相当建て付けが悪いのだろう。中から白髪のメガネをかけた、涼介より頭半分ほど背の高い二十歳前後に見える男性が出てくる。
「ん、なんだ。そうならそうと早く言ってくれよ霖之助」
「君が言う前に戸を強く叩いたのじゃないか。全く君も幻想郷に毒されてきたね」
霖之助と呼ばれた男性は呆れ顔を浮かべ涼介を見る。
「毒されたのじゃないさ、馴染んだのさ」
「嫌な馴染み方をするね、どうせならもっと品行方正な感じで馴染んでくれよ」
「馴染むなら馴染むで、そういう下地がないと。ありそうな場所、知っているのか霖之助?」
「あー……うん……無理を言ってすまなかったね、涼介」
涼介の質問に思い当たる場所を思案するもすぐに謝罪の言葉が出る。
「そこは頑張って欲しかったのだがなぁ」
「さすがに私もないものはあると言えないよ」
その言葉に涼介も苦笑いが漏れる。対する霖之助は店の中に戻ってカウンターの中にあるいつもの席に腰掛け、何でもないようにさらに言葉を重ねる。
「相変わらず、霖之助は落ち着き切っているなぁ」
「君のおかげさ」
「私がいてもいなくても変わらないじゃないか」
「君が居ない時をどうやって知るっていうのだい?」
「魔理沙や霊夢からさ。最近は咲夜さんからも耳にするね」
その言葉に霖之助は酷く顔をしかめる。涼介はその反応におや、と首をかしげる。涼介の知る霖之助は、顔は顰めてもそこまでしかめることもそうはないだろう。
――あぁ、何かあったのだな
「涼介、そんな目で僕を見るのはやめてくれ。ため息が出そうになる」
「出せば良いじゃないか。話くらい聞くぞ」
「どうせ聞くだけだろう?」
「聞くだけでも中々貴重じゃないか?」
思い当たる節があるのか霖之助は、涼介のその言葉に思わずといった態で頷く。
「ほら見たことか。貴重だぞ、私みたいに静かに話を聞くようなのも」
「聞きはするけど、静かには聞かないだろうによく言うよ」
「霖之助に負けないように日々精進しているからね」
「まったく、面倒なのに目をつけられたものだよ」
「はっはっは。はじめの頃に散々言いくるめられたからね」
「ほどほどにしておくべきだったかな」
「きっと変わらなかったさ」
「処置なしだな、君も」
「お互い様だよ」
涼介も店に入り近くにある箱型のテレビの上に腰掛ける。ハルは野外でその辺りの散歩に向かう。霖之助は先ほどまで読んでいたのであろう本に手を伸ばす。涼介はそれを見て客が来ているのに相変わらずの商売気のなさだ、と笑う。何を読んでいるのだろうと、涼介が霖之助の手元に視線をやると見覚えのある、見覚えのない本であった。
「霖之助、その本『非ノイマン型計算機の未来』の十四巻じゃないかとうとう拾ったのか、やったじゃないか」
涼介の祝福に霖之助の顔は晴れない。それどころかむしろ曇っている。
「あぁ、これかい?霊夢が拾ってきたんだ」
その言葉で涼介は妙な納得を覚える。
「なんだ、ツケでも精算させられたのか?」
「一部はね。でもそこじゃないのさ、問題は」
霖之助はそういうと読んでいた本をたたみ脇からもう二冊本を出しカウンターの上に重ねる。そして気だるげに座り直し体を背もたれに預ける。
「どうしたんだい、霖之助。随分と物憂げじゃないか?」
「霊夢のおかげでこの通り十三.十四.十五と足りなかった最後の三巻を手に入れられたんだよ」
霖之助はそのようにこぼすと重ねられた本にその手を乗せる。涼介がその三冊を見ると確かに十三.十四.十五と題名の下に印字されている。
「なおさら良かったんじゃないのか?歯抜けがなくなってすっきりしたろう」
「うん、その点は僕も満足だよ。代価に扉を壊されなければね」
「あー、どうして本を拾ってきただけなのに扉が壊れるのかは知らないけれど災難だったな」
「本当にその通りさ」
霖之助が深いため息をつく。その姿に涼介はこれ以上思い出させるのは止めておこうと思う。詳細はまた後日霊夢にでも聞けばわかるだろうと。それにあの子の事だ、拾ったのではなくその辺の妖怪から掻っ払って、取り返しに来た妖怪と一悶着あったのかも知れないとも同時に思う。だから、話題を変えるきっかけを作るべく口を開く。
「終わってしまったことは仕方ないさ。今は手元にある本の事を喜ぼうじゃないか」
「全くもってその通りだね」
霖之助も、もともと引きずるつもりはなく一種のポーズだったのだろう、すぐにいつも通りに戻り返答する。
「それで?それは読み終わったら売りに出すのかい?小鈴ちゃんあたりなら喜んで買ってくれそうだけど」
里にある貸本屋の店番の少女を思い出しながら涼介は霖之助に問いかける。
「いや、これは売り物じゃないよ。コレクションさ」
「相変わらず商売人とは思えないやる気のなさだな」
「何を言う。僕ほど勤労意欲に満ち溢れた店主もそうはいないさ」
「店を開けているだけでは働いているとは言えないぞ。物を売ってこその道具屋だろうに」
涼介のやれやれとでも言いたげな様子に霖之助が少しだけムッとした様子を見せる。
「君みたいにしょっちゅう不在で店を休む店主に言われるのは心外だな」
「まったく言いがかりはよしてくれよ。第一、店から出ない君がどうしてそんなことを言えるんだよ」
「霊夢が文句を言っていたさ。お昼を食べに行ったのにまた今日も休みだったとね」
霖之助の話は聞かないが、霖之助に話を聞かせているのであろう霊夢が想像でき今度は涼介が顔をしかめる。その表情を見た霖之助は、ほら見たことか、と言いたげに笑みを浮かべる。涼介の対抗心がその表情に煽られる。
「確かに私はよく店を開けるが、常連もいて繁盛させてもらっているよ。君のところと違ってね」
「そうなのかい?霊夢はタダでご飯が食べられて作る手間も一食減って楽だわとこぼしていたよ。商品はちゃんと売ってこその商売人だろう?」
先ほどの涼介の理屈を持ち出してくる霖之助の顔が憎たらしく見える。だからこそ、涼介は反論する。
「霊夢には今まで散々助けてもらったツケを払っているだけさ。何もお金だけで売るわけじゃないさ。ツケをつけられ慣れている霖之助は理解していると思っていたから、みなまで言うまでもないと思っていたよ」
「まったく言うじゃないか、涼介。僕だってツケ以外でも買い物をしてくれる顧客くらいいるさ」
「へぇ、そいつは意外だね。最近はどんなものが売れたのだい?」
「つい最近も売れたさ。ティーカップ、が…………」
その涼介の言葉に霖之助はとっさに口を開くも、すぐに閉じて口をもごもごとさせる。
「霖之助、そこで止めるなよ。普通に気になるじゃないか」
「いや何、手品師に担がれたのを思い出してね」
「要領を得ない答えだな」
「いや何、紅魔館のメイドに二つで一組のカップを売ろうとしたのだけれど一組のうち片方が魔理沙に割られていてね。気がつかずに薦めてしまったのさ。それで中に『すまん』と書かれた紙が入っていてね。頭を抱えたのさ」
「ほうほう、それでそれで」
中々に同情に値する話だとは涼介も思うが、好奇心に惹かれ話を促す。
「だけど、意外にその割れたカップでも良いのではないかと悩み出されてね。その辺りの詳しい話は省くが彼女の主人が関係していてさ。まぁ、結局その主人と霊夢が店に来て割れたカップではなく普通のカップにしてくれという話でまとまったのだよ」
先日、レミリアに湯飲みを割られたと霊夢がこぼしていたのを涼介は思い出す。レミリアが湯飲みを割り、咲夜に補填用のカップを買いに行かせたのだろうと涼介は思うが、何故それで割れたカップで良いのかどうかを悩む咲夜には疑問が残る。その辺りもまた次に会った時の茶飲み話にしようと決め霖之助の話の続きを待つ。
「そしたら、そのメイド。ならこれはゴミねみたいなことを言って、まだ割れてないカップも入っているその箱をひっくり返したのさ。とっさの出来事に唖然として落ちるカップを眺めていたらいつの間にかメイドの手の上にはひっくり返される前の箱と、割れてないカップがあってね。結局何がなんだか解らないうちにそれを売ったのさ」
「なるほどね、時間を止められて担がれたのか。大方すり替えられたのだろう?私も遊びだけどリバーシやチェスで時々やられるよ」
涼介はそこまで聞いて話が読めたのか納得を示す。
「あぁ、わかるかい。その当時は自論に従って、考えても理解できないことは気にしない事にしたのだけどね、その後魔理沙に教えてもらったのさ。ちゃんと代価はもらっているから構わないのだけどね、鑑定書と一緒に」
「鑑定書?」
涼介は霖之助の言葉に首をかしげる。
「そう、鑑定書さ。そこの箱を開けてみればわかるさ」
霖之助はそういうと室内に積んである数多あるガラクタの一角を指差す。その場所に積んである一つの箱を涼介は手に取り開ける。中には割れたカップが一つと簡潔な内容が書かれた二枚の紙が入っている。涼介にはどちらも見覚えのある文字だ。『すまん』と魔理沙の文字で書かれた紙と、『ごめんね』と書かれた咲夜の文字だ。
「さしずめ種も仕掛けもありました、と証明する手品師の鑑定書と言ったところかな」
「その通り、一杯食わされたよ」
「カップを持って行かれただけに?」
「全然うまくないぞ、涼介」
「ごめんごめん、そう冷たい目で見ないでくれ。お茶目な冗談じゃないか」
そう言ってわるびれなく謝る涼介に霖之助は大きくため息をつくと、ふと視界の端にある物を捉えニヤリと笑う。
「まったく、その軽い口を直さないと誰かに刺されるぞ」
「それを霖之助の口から聞くとは思わなかったぞ」
霖之助はこれ見よがしにカウンターの内側から『文々。新聞』を取りだしカウンターに置く。
「なんでも、女性用のイヤーマフラーを里で探していたそうじゃないか?」
「はっ、え?そんなことまで書いてあるのかそれ!?」
「最終的には人形師に特注したことまで書いてあるぞ、涼介」
「ネタが無いからと人の私生活を……文めぇ……覚えていろよ」
俯き、怨嗟の声を上げる涼介に流石の霖之助も悪いと思ったのかフォローするように声をかける。
「それだけ幻想郷の住人に興味と親しみを持たれているのさ。終わってしまったことは仕方ないさ、今はそう思って前向きに考えようじゃ無いか?」
涼介の発言を引用して霖之助は励ましをする。
「君の所の戸と、この風評は規模が違うがね。ふふ、ふふふふ」
虚ろに笑う涼介に今度こそ霖之助の頬が引きつる。
「まぁ、天狗の新聞だ。間に受けるような里の人間はほとんどいないさ、安心すると良い」
「はぁぁぁぁぁぁ。そうだな、いつまでも文句を言っていても仕方ない。退治依頼を出しておくよ」
長いため息の後の涼介の清々しい笑顔と発言に霖之助は文の冥福を祈る。
「で、結局なんの話をしていたんだっけ、霖之助?」
「あぁ、それかい。もともとはどっちが店主としてちゃん」
霖之助の言葉が最後まで紡がれる前に建て付けの悪い戸がバンッと音を立てて開く。ドタドタと音を立てて霊夢と魔理沙が入ってくる。その小さな体で大きな鳥を捕まえた姿を二人に見せる。その姿に涼介も霖之助も固まる。
「もう、涼介さん勝手に店を空けないでよ。でも、まぁまだここでよかったわ」
「そうだな、ちょうど良いぜ。香霖、台所借りるぜ」
「おいおい、魔理沙に霊夢それはなんだい?」
先に我に帰った霖之助が問いかける。
「朱鷺だぜ。私が捕まえたんだ。鍋にして食べよう。たくさんの調理道具と料理人がここには揃えてあるからな」
調理器具で霖之助の店を、料理人で涼介を魔理沙は示す。その言葉に涼介は我に返る。そして、涼介と霖之助は同時にため息をつき顔を見合わせる。
「霖之助、思い出したよ。何を話していたか」
「あぁそうかい。答え合わせをするか」
「「どんぐりの背比べ」」
同時に苦笑いが漏れる。
「少女二人に良いように振り回される。これでは商売人として私も霖之助も半人前だな」
「違いない」
「涼介さんも霖之助さんも何二人でこそこそして笑っているのよ」
「そうだぜ、早く鍋にしてくれよ」
その二人の催促に、半人前の店主二人は朱鷺を受け取り台所に向かう。その後ろ姿は長身の二人にしてはやけに小さく見えた、とのちに霊夢と魔理沙は語ったという。