東方供杯録   作:落着

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秋の味覚と人形師に供する一五杯目

 差し込む朝日のまぶしさに眠気を払われ、起床する。ここ最近は随分と寝やすくなった。残暑も過ぎ去り秋も深まってきた。外を見やると紅葉に染まる木々が視界に飛び込んでくる。

 

「うん、炊き込み御飯が食べたいなぁ」

 

 我ながら風情が無いものだと、苦笑する。

 それはともかくとして今日は臨時休業とし、キノコ狩りにでも行こう。

 思い立ったが吉日とばかりにリュックを背負い出かける。ハルはいつものごとくお留守番。

 

 いつもの様に張り紙一つ

『キノコを探してまいります』

 

 

 

 

 魔法の森でのキノコ狩りの前に、迷いの竹林で竹の子を一つ掘りかえす。すれ違った妹紅に朝の挨拶を一つして、意気揚々と森へと舵をとる。森に入る前に香霖堂で購入したガスマスクを被り準備は万端と、涼介は気合を入れる。

 

「いざゆかん、キノコ狩りへ」

 

 珍しく気分が高揚しているところもあるが気にする事なく森へと入る。キノコを入れる袋と魔理沙著の食べられるキノコのメモを片手にキノコ狩りを始める。

 

 

 

「うーん、やっぱり見分けるのが中々難しいなぁ。大人しく里で買ったほうが良かったかもしれないな。でも、またこういうのも風情があるというか何というか」

 

 食べられるキノコ自体は見つけられているがいかんせん、見つけた割合的に対し食べられないものが圧倒している。その結果により感じられる徒労感からか、ついつい不満が口をつく。

 

「次回は魔理沙に頼んで案内してもらいながら探す事にしようかな」

 

 確か彼女は霧雨魔法店なる、何でも屋もやっていたはずだと思い出す。相場はわからないがそこまで高額にはならないだろうと涼介は皮算用を始める。次回のキノコ狩りへ向けて改善点を考えながら草むらを漁っていると涼介の背後より声がかかる。

 

「そこの不審者、私の家の近くで何をしているの?」

 

 剣呑な声色で問いかけられる。涼介が振り返るとそこには見知った顔があった。時折店に訪れる人形師のお嬢さんであった。サラサラとした金髪から覗く碧眼が宿す光は剣呑だ。

 

「あぁ、すまない。せっかくの秋だったからキノコ狩りをしていたんだ」

「そんなマスクまでして?」

 

 言われてみればと涼介は気が付く。ガスマスクをした人物が家の近くの茂みを漁っていたらさぞ怖い事だろう。外の世界なら事案発生だ。

 

「いや面目ない、この森の瘴気に耐えられるマスクを香霖堂でお願いしたらこれしかなかったんだよ」

 

 そう言いながら息を止め少しの間だけマスクを外し、再びつける。

 

「やぁ、アリス。こんなところで奇遇だね」

「あら、バリスタさんだったのね。それで何故こんなところで一人でキノコ狩りをしているの?」

「いやー、今朝方急に秋の味覚が食べたくなって。妖怪の山のほうが近いのだが、昨年秋の味覚狩りに山を散策していましたら天狗の皆様方に追い出されてしまいましてね。それで今年はこちらにお邪魔しようかなと考えた次第です」

「なるほど、確かにあの山の住人は排他的だもの。災難だったわね」

「知らずに人の住処に入ってしまった私の過失だね。そしてそれはまた、今回も然り。すぐにここから離れるよ」

「構わないわよ。それにもう暗くなるから一人で出歩くには危ないわ。近くにあの白狼ちゃんもいないみたいだし、うちに寄って行きなさい」

「このような時間に女性の家に厄介になるのは心苦しいものが」

「ここで見捨てて、あなたの珈琲が飲めなくなるのは避けたいのよ。だから、ここは私のわがままを聞いてくれるかしら?」

 

 誠にカッコいい女性じゃないか、自分に男性としての自信がなくなりそうなほどに、と涼介は思う。そして、幻想の魔女たちは親切な所は共通しているとも。

 

「それなら、白雪姫よろしく、白馬の王子様の御招きにあずかろうかな」

「珈琲を出すバリスタたる貴方が、覚めない眠りのお姫様だなんて面白い例えね」

 

 そう切り返すとアリスは見惚れるような笑みを一つ。涼介は自分のジョークセンスはやはり皆無のようだ、これでは笑われてしまっていると内心で嘆く。だが、笑われるだけでこの微笑みが見られるのならばそれはそれで良いのかもしれないと思い直す。そんな事を真面目に考えるのだから男という生き物はやはり愚かなのだろう。

 

 

 

 

 トントントンと食材を切る小気味良く軽快な音が室内に響く。アリスは、不審者容疑のあった涼介を追い払うために止めていたのであろう作業を再開している。一宿の恩という事で、夕飯の準備をさせて欲しいと涼介が頼みその用意をさせてもらいながら、視界の端のアリスへと視線をやる。その表情は真剣そのもので変化がなく、まさに人形の様な整った容姿も相まって美しい自動人形の様だ。そこには、吸い込まれる様な魔性を感じる。

 

 

――ほら、流し目でこちらを見ているあの瞳も、睫毛も長く綺麗な碧い宝石の様な、ん?こちらを見ている?

 

 

「そんなにジッと見られると、作業がしにくいのだけど。というか、貴方の手も止まっているわよ」

「これは失敬、仕事のできるカッコいい女性についつい見惚れてしまっていたよ」

 

 言葉で謝罪をすると涼介は作業を再開する。隣で調理の手伝いをしてくれている、上海と蓬莱が腰に手を当ててまったくもう、と言いたげなふるまいをする。本日のメニューは拾った筍とキノコを使った炊き込み御飯がメインだ。銀杏や栗も幾つか拾えたので茶碗蒸しや金団を作るのもいいかもしれないと考え、上海達にも涼介は仕事を割り振る。

 

「いつか本当に誰かに刺されそうね」

「これはまた、心外な評価だな」

「そうかしら?一般的な評価のつもりよ。みんなもさぞそう思っているわよ、きっと」

「みんなっていうのに心当たりが見当たらないね」

「里の若い子や寺子屋の半獣に、悪魔のメイド、それに太陽の畑の花妖怪、あぁ九尾の狐もそう思っていそうね。他のお客さんも大なり小なりそう思っていると思うわ」

「うちの店の常連さんみんなか。それは怖いな」

「原因は貴方のその軽い口なのは明白なのだけれどね」

「思ったままを言っているだけだよ」

「だからこそ、よ」

 

 しばしの沈黙に、包丁の音と時折彼女が布を裁断する音が混じる。

 

「貴方の近くにいると安心する上に、そんな風に言葉を重ねられちゃうとね。里の普通の子なんてコロッといってしまうのじゃないかしら。それに貴方垢ぬけているし」

「安心するのは能力に起因するものだろうし、垢ぬけて見えるのは外から来たからそう見えるのだろうね」

「難儀なことね」

「自業自得、というものだろうね」

 

 涼介は内省する。確かに自業自得だ。そういう作用があることは薄々わかっていたのに直さなかったのだから。いや、染み付いた性格故に直せなかった、が正しいのかもしれないがと考える。

 

「今の表情は素敵だったわよ」

 

 涼介の百面相がお気に召したらしい。やはり、幻想郷の少女たちはちょっといじめっ子が多いみたいだと涼介は再認識する。

 

「勘弁してくれ」

「考えておくわ」

 

 それは本当に考えておくだけなのだろうなと涼介は思う。あながち外れていないのだろう、その予想は。

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした。すごく美味しかったわ」

「お粗末様でした。そう言ってもらえると嬉しいものだね」

 

 食後の緑茶を飲みながらアリスが涼介に視線を向けて賞賛を送る。

 

「美味しい料理が作れるのに何故お店で出さないのかしら?」

 

 料理は出しているはずだと、涼介は首をかしげるがアリスの疑問に気が付いた。涼介が店で出している料理は軽食で今回の様にしっかりと時間をかけて作る様な物はない。

 

「もともとは外の世界では今みたいなお店じゃなくて、普通に料理人だったからね」

 

 疑問に対する直接的な答えでないためか、アリスがより深まった疑問に首をかしげる。むしろ、直接的な答えではないからというより、料理人だったのなら何故、幻想郷でも料理人にならなかったのかという所だろうか。

 

「でも、ここで作るには勝手がいろいろ違うからね。薪での火力調節とか。ずっと里で料理人をしてきた人と張り合うには大変かなって思ってさ」

「だから軽食とお菓子、それに飲み物を出す喫茶店にしたのかしら?」

「そうだね。それにほら珈琲って幻想郷で出している店を見なかったから競争相手がいないなら、既存の権益を侵さないしいいかなって思ったのもあるね」

 

 その答えにもどこか釈然とした様子のないアリスが言葉をさらに重ねる。

 

「本当にそれだけなの?それなら洋菓子店でも良いのではないかしら?貴方のお店で出るお菓子すごく美味しいもの。わざわざ珈琲の為に花妖怪に豆を作ってもらわなくても同じ様に繁盛していたと思うわよ」

 

 アリスの言うことは的を射ている。洋菓子店も里には多くはなかったし、材料はわざわざ珈琲みたいに特注でオーダーするまで行かなくても形にはできた。でも、と涼介は答えを返す。

 

「珈琲はさ、あの娘が好きだった物なんだ。私はあの娘の珈琲を嬉しそうに両手で持って飲んでいる姿が好きだった。だから…こっちに来て何かしようと思った時に自然と喫茶店をやりたいなって思えたのだろうね。珈琲についてはもともと趣味程度だったからこっちに来てから今でもずっと勉強中だけどね」

 

 涼介はなんとなく誰かにあの娘のことを話したい気分だった。あの店のルーツを知っている人を増やしたかった。そんな思いがつい形となって口から漏れ出た。しかし、同時に自分勝手ながら多くの事を語りたくもなくて、言葉を飲み込む様なつもりで湯飲みのお茶を煽る。そして視線を空になった手元の湯飲みに下げ、手持ち無沙汰な指で湯飲みのふちを撫で付ける。アリスはその様子に少しだけ瞳を細める。

 

「そう」

 

 小さく呟いたアリスはそれ以上この話題を追求する気はないのかお茶を口へと運ぶ。ありがたい、と涼介としてもそんな面持ちだ。この話題を自分から出しておいてなんだがこのあたりで止めておきたい。そういう機微を察するアリスはやはりカッコいい女性だと改めて涼介は思い知らされる。そして、こんな話をしたせいか無性に誰かと自分の入れた珈琲を飲みたいと湧き上がる衝動に涼介は気が付く。そろそろ夜も更け眠る時間が来る頃なのに珈琲は不味かろうと涼介はその思いをぐっと我慢する。勝手に愚痴を話して、それを途中で止めた。それなのに、さらに付き合って欲しいと言えるほど涼介は自分の面の皮は厚くはないと自制する。

 アリスは作業を再開するのか席を立つと空になった湯飲みをふよふよと室内に浮かんでいる人形の一体に渡す。渡された人形は湯呑をシンクへと運ぶと洗い物を開始する。料理の手伝いをしてもらっている時にも思ったがすこぶる便利な人形達だ涼介は感心する。我が家にも一体欲しいくらいだ。そんなことを考えながら洗い物をしている人形を見ている涼介にアリスから声がかかる。

 

「これから徹夜で作業をすることになりそうなの。だから、一杯いただけないかしら?」

 

 ティーカップを傾ける仕草をし、アリスは言う。理知的で美しい彼女がパントマイムをしながら微笑む。どこか、クールな雰囲気な彼女に似つかわしくないそんな剽軽な仕草であるのにそれさえも似合ってしまう。そんな様子についつい笑みがこぼれてしまう。

 

――あぁ、やはり彼女はカッコいい

 

 アリス自身が本当に珈琲を飲みたいだけか、涼介の内心を察してお願いしているだけか、本当の所は涼介には分からない。だけど、そんなことはどうでもいいのだろう。大切なことは目の前で珈琲を求める友人がいる、ただそれだけなのだ。だからこそ涼介は笑顔を浮かべこう応える。

 

「かしこまりました。最高の一杯を貴女の為に」

 

 その後、浮かれてしまい、少し多めに豆を挽いてしまった涼介のせいで一人一杯では終わらず、アリスと涼介は杯を重ねることとなった。申し訳なさそうにする涼介と、やれやれと呆れ気味だがそれに付き合い杯を乾かすアリス。二人だけの夜の茶会はまだまだ続きそうだ。

 

 

 

 

 次の日の朝、魔法使いゆえに睡眠の必要がない、元気なアリスに連れられて店まで戻る。途中で慧音に出会い、また一人で秋の味覚拾いなることをしていたことがアリスの口から語られお説教をいただく。アリスという同行者のおかげで、長時間の説教は免れたが去り際慧音に、残りはまた後日と言われ涼介は顔ひきつらせる。アリスはその様子をクスクスと笑っているだけで助けることはついぞしなかった。少々のトラブルも有りはしたが無事里のはずれの店までたどり着く。

 

「アリス、店まで送ってもらって本当に世話になるよ」

「いいのよ。一晩中話し相手に付き合って貰ったのだもの」

 

 少しだけアリスのその言葉が素っ気なく聞こえる。涼介に気を使わせないためにあえてそう言っているのだろう。涼介はこの気の利く友人がそういう人柄をしているのを知っている。

 

「それはどうだろうな。私としては私が付き合ってもらっていた気分だよ。作業の邪魔をしていたのだしね」

「あら、馬鹿にしないでよ。誰かと話すくらいで私の作業効率は落ちないわ。それにたまには誰かと話しながらの作業というのも新しい刺激になるから大歓迎だわ」

「そういってもらえると助かるよ」

「だから、また尋ねることがあればしっかり材料は持ってくることね」

 

 アリスは彼女には珍しい悪戯っぽく笑顔でそういう。その子供の様に幼く見える表情が普段大人びて見える彼女とギャップがありドキリと胸が跳ねる。涼介は胸の高鳴りを隠すように咄嗟に言葉を紡ぐ。

 

「また夜通し相手をして貰えるようにたっぷりと準備をしていくよ」

「ふふ、その発言をあのブン屋に聞かれでもしたらまた大変そうね」

 

 アリスのその言葉に涼介は自身の発言を思い返し、顔を引きつらせると周囲を見渡し文の姿がない事に安堵する。

 

「いつか本当に誰かに刺されそうね」

 

 昨日の会話が思い出されるアリスの一言。今の会話の流れではとても心外な評価だと返せそうもないと涼介は思う。しかし、一矢報いたく口を開く。

 

「……その時は君にお願いしようかな」

「なら、がんばって男を磨きなさい」

 

 返ってくるのは厳しい評価。だが、彼女のその明け透けのない態度がひどく心地いい。幻想郷に来てよかったと改めて涼介は思う。

 

「精進するさ」

「あら、こわい」

 

 気兼ねなく笑顔の絶えないやり取りを終えアリスは帰っていく。その姿を見送りながら涼介は独りごちる。

 

「幻想の魔女たちはみんなかっこいいなぁ」

 

 その声は秋の空へと溶けてゆく。


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