東方供杯録   作:落着

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満月の夜に供する一四杯目

 いつものように張り紙一つ

『今宵は満月につき、閉店!!』

 

 朝のうちに珈琲を淹れた水筒を三つ用意する。一つは上白沢さんへ。一つは竹林の近くに住む不死の少女へ。一つは満月の下の君へ。用意ができたらそれらをいつものリュックに詰めて外へと出かける。まだ、日差しは高い。

 

 

 

 

 

 

 

「先生ー、上白沢先生ー。いつものお届け物です」

 

 涼介が寺子屋の横に併設されている平屋の戸を叩きながら尋ね人の名前を呼ぶ。少しすると中からとたとたと軽快で少し早足気味な足音が聞こえてくる。ガラガラと音を立てて戸が開く。

 

「あぁ、涼介かよく来たな。少し上がっていくといい」

「はい、お世話になります」

 

 慧音の案内に従い涼介は奥へと通される。

 

「毎月毎月すまないな」

「構いませんよ、いつもお世話になっているのは私の方です。それに他にも用事があるので一人や二人分くらい変わらないですよ」

「そう言ってもらえると少しは気が楽になるな」

 

 通された今は数多くの書物や巻物が奥から出されたのか並んでいる。

 

「散らかっていてすまないね」

「いつも一緒じゃないですか」

 

 涼介がそう言うと慧音の顔に苦笑いが浮かぶ。

 

「それではいつも私が散らかしているみたいじゃないか?」

「私が来るときはいつも散らかっているのでどう表現しようと変わりないかと」

 

 涼介は慧音の部屋が散らかっている理由を正確に把握している。慧音は半妖で半分が白沢という妖怪だ。月に一度満月の晩に力をまし、歴史の編纂をしている。だから、夜中にスムーズに作業をするため日中から準備を行っている。その結果部屋の中が物で溢れかえってしまうのだ。

 

「まったく、そんなことじゃ女性と付き合うとき苦労するぞ」

「いつも誰彼構わず口説くのをやめるようにと怒られてしまったので改めようかと思いまして」

「君の口は減らないな」

「えぇ、たった一つの大事な口なので」

「はっはっはっ、妹紅に頼んで焼いてもらいたいな」

「調子に乗りすぎました」

 

 涼介が頭を下げで謝罪をする。慧音がその頭にコツンと軽くゲンコツを落とし、顔を上げた涼介と笑いあう。

 

「相変わらず元気そうで安心したよ」

「どうしたんですかまたそんなことを改めて言うなんて。時折店に来て確認してくれているじゃないですか」

 

 涼介が朗らかに笑みをこぼしながら慧音にそう言う。そこには生真面目な慧音に対しての感謝の念も込められている。

 

「君は三日も目を離せばそのあたりで死んでいそうだからな」

 

 真面目くさった顔でそう零す慧音に涼介は苦笑いをするばかりだ。

 

「去年の夏ごろに仕事を探すと言って出ていけば、太陽の畑の花妖怪の所に出向く。秋になったら、秋の味覚拾いに行くといい、妖怪の山の近くで腕の肉を噛み千切られて白狼の妖獣を拾ってくる。冬には冬で、幻想郷の冬を舐めていましたと言いながら、防寒具が足りないと家で凍えている。そして極めつけは先日の異変の最中はその爆心地でずっと過ごしていたと言うじゃないか。君は自分が己の身を守るのも危ういただの人間だということをきちんと正しく理解するべきなのだ」

 

 慧音がつらつらと涼介の過去の悪行を語る。聞かされる涼介にとっては耳の痛い話だ。それに慧音が本心から心配してくれているのがわかるからこそ、反論が難しい。さらに、もっとも命の危険があった異変の最中にしたフランとの人形ごっこについては話していない。その詳細を知るのは紅魔館の魔女と当事者だけだ。

 

「でも、毎回何とかかんとか生きて帰ってきていますし」

「そういうことを言っているのではない。もっと自分を大事にしてくれと言っているのだ。君といい、妹紅といいどうして自分の事も大事にしてくれないのだ」

「……難しい話ですよ」

 

 慧音の心配を含んだ暗い声に涼介は申し訳なくなるが、素直に聞き届けられないため苦笑いをするより他はない。

 

「君も妹紅と似たようなことを言うのだな」

 

 慧音の顔はなぜか泣いているように涼介は感じられる。その顔を見ていると涼介は胸が締め付けられる思いがする。

 

「たぶん含まれた意味はだいぶ違うと思いますけれどね。そろそろ行きます。妹紅の所にもよっていかないといけないので」

 

 涼介はそういうと立ち上がり荷物を持つ。逃げるような涼介の行動に慧音は深いため息を一つこぼすと同じように立ち上がる。

 

「そうか、妹紅にもよろしく言っておいてくれ」

「はい、先生のあり難いお説教も一緒に」

「それは君にも言っているのだがな」

「ほら、他の子に教えると理解が深まるというじゃないですか」

「君は出来が悪すぎてそれでは足りないよ」

「これはご迷惑を」

 

 そんなことを言い合いながら玄関へとたどり着く。靴を履き、扉を出た涼介は振り返り慧音に顔を向ける。

 

「でも、そうやって心配してもらえるのはうれしいものですよ。だから、上白沢さん。ありがとうございます」

 

 そういって涼介は腰を折り、頭を下げる。

 

「私がお節介でしている事だから礼なんていらないよ。それに改めてくれればそれでいい」

「ははは」

「笑ってごまかさない。本当に君は子供みたいなところがあるな。今日はもうくどくど言わないよ」

「夜の仕事がありますもんね」

「そうだな。珈琲はすごく助かっているよ。眠気はなくなるし、興奮した心も落ち着くから仕事がはかどる」

「それは重畳。それでは」

 

 涼介は最後のもう一度軽く頭を下げるとその場を後にした。その後ろ姿を見送る慧音の顔は少し寂しげであった。

 

 

 

 

 迷いの竹林と言われる場所の近くにそれはある。見た目は廃屋ともとれる古い木造の家。涼介はそこを訪れる。

 

「おーい、妹紅!いるんだろう?」

 

 涼介はたてつけの悪い戸を強めに叩く。家主は雨風しのげて住めればいいと大変にワイルドな性格をしているためか、叩いている戸はガタガタと揺れ外れそうだ。

 

「いるいる、だからそんなに強くたたくな、涼介。戸が外れるだろ」

「これを機に作り直すといい。手先、器用じゃないか」

「古い物にもそれならではの味があるんだ。これはこれでいいもんだよ」

「なら、叩かれて戸が外れるのも、それで壊れるのもまた味じゃないか?」

 

 そこでガタガタとつっかえながら戸が開く。

 

「味は味でも嫌いな味もあるんだよ。いらっしゃい、涼介」

「なるほど、それは一理あるな。お邪魔するよ、妹紅」

 

 戸の向こう側に妹紅と呼ばれた少女がいる。足につきそうなほど長い白髪と赤い瞳、白のワイシャツと赤いモンペをサスペンダーでつった服装をしている少女がいる。

 

「今日はいったいどうしたんだ」

「また忘れてる。今日は満月だよ」

「あぁ、アイツの所に行くのか」

「そういやそうな声と顔をするなよ。別に妹紅が合うわけじゃないじゃないか」

「話題が出るだけ嫌なのさ」

「相変わらず理由は知らないけど根は深そうだね」

「あぁ、1000年の怨恨さ」

 

 妹紅は部屋の中にさっさと一人で行くと居間にあがって座り込む。その様子に肩を竦め涼介も中へとお邪魔する。そしてリュックから妹紅の分の水筒を取り出し渡す。

 

「はい、これ」

「お、へへへ。悪いね」

 

 妹紅はそれを受け取ると嬉しそうに胡坐をして出来る足の間に水筒を挟む。

 

「構わないさ。これで今晩喧嘩しないでくれるならさ」

「一回喧嘩しないだけでこんなハイカラなものもらえるなら一晩くらい我慢するさ」

「ハイカラって…まぁ、たしかに幻想郷では手に入りにくいし、最近私が広めたからハイカラとも言えなくはない…のか?」

「なんでもいいさ。少なくとも私が若いころには周りにはなかったものだしさ」

「若い頃ってねぇ。そういう意味じゃないのは分かるけど体力の衰えが見えるおっさん手前の私としては中々聞き逃せないね」

「いいじゃないか、老いるってのも味があるよ」

「せいぜい噛みしめるさ」

「ま、私の分までお願いするよ」

 

 妹紅のその言葉に涼介が顔をしかめる。

 

「そうだね、老いることもできない君の分も堪能するよ」

「血液でも抜いて貧血にでもなれば雰囲気は味わえる物かな」

 

 そう真面目な顔をして真剣に悩む妹紅に頭痛がしてくる。そして、涼介は慧音に言いたくなる。慧音は私と妹紅を似たものというがまだ自虐まではしていない、と。

 

「妹紅そんな聞いているだけで痛そうな話はよしてくれ。上白沢さんに言いつけるぞ」

「なっ!!言いつけるのは汚いぞ。なんで、まだ実行もしてないのに怒られないといけないんだ!!」

 

 妹紅が珈琲の水筒を脇に置き片膝になって抗議してくる。

 

「さっき、上白沢さんの所に行ってきてね。妹紅に説教を預かってきたんだ。だから、さっきの発言を聞くと先生の説教は免れられないだろうね」

「おま、涼介。その説教だってどうせお前とセットだろ、この死にぞこない」

「ご名答。さすが付き合いが長いだけあって先生の思考をよくわかっていらっしゃる」

「たまに酒を飲んで文句と一緒に愚痴を聞くからな」

「文句が一緒な辺り君も大概だなぁ」

「私とセットで叱られるお前も大概だろ」

 

 そしてどちらともなく苦笑いが漏れる。

 

「で、涼介相変わらず死に損なってるいんだって?」

「その言い方はやめてくれよ。頑張って生きてるんだから」

「頑張っている奴はほいほい危険なことはしないもんだよ」

「耳が痛いな」

「耳が痛いのは自覚の証拠」

「年の功かね、手ごわいなぁ」

「不利な話題で戦うからさ。私は弁の立つ方じゃないさね」

「だろうね。見たらわかる」

「どういう意味なんだ」

「お好きにどうぞ」

「失礼な奴だな、涼介は」

「気安くていいだろ?」

「ま、たまにはいいさ」

 

 そして妹紅はふんふんと鼻歌を歌いながら水筒のコップを使い珈琲を飲む。

 

「んー、また酒と違うこのすっと目の覚めそうな感じがいいね」

「相変わらず、かなり濃い目のブラックが好きなんだな。私でも妹紅の飲むそれは苦すぎてたくさんはいらないよ」

「こういうとがったモノはさらにとがらせて飲むのも楽しいもんだな」

「そこまで刺激に飢えてないからなあ」

「刺激の多そうな人生だもんな、お前は」

 

 妹紅はそういうと新聞を一つ涼介に投げてよこす。そこには幽香の言っていた内容の新聞がある。顔がひきつるのが涼介は自覚できた。

 

「おい、なんでこれ今出した」

「お好きにどうぞ」

 

 涼介はお好きにと言われたのでそれを丸めてリュックにしまう。

 

「失礼な奴だな、妹紅は」

「気安くていいだろ?」

「今はおなか一杯」

 

 その答えに妹紅は笑い声をあげる。

 

「ご機嫌がいいようで大変うれしゅうございます」

 

 涼介の不満のその声は妹紅の笑い声にかき消される。

 

 

 

 

 

 

 その後夕暮れごろになると涼介は妹紅に別れをいい竹林へと入っていく。妹紅がいつもの様に竹林の妖精たちに目的地まで惑わせない様に言い含めてくれたおかげで目的地まで迷うことなく進むことが出来る。

 

「今日は私の方が」

「遅いわよ」

 

 目的地の竹林の中にぽっかりと竹の無いスペース。大きな岩がありその周囲に竹が生えておらずここだけ空が望める。そこに着物姿の女性がいつの間にか現れている。空いた穴から空を眺めて涼介に視線は寄越さない。そこには先ほどまで何もなかったはずだと、涼介は覚えている。しかし、涼介は原因を考えない。幻想郷では常識は通じないのだから。

 

「あぁ、また負けてしまったか。先月は来ることが出来なかったからせめて今回は早く来ようと思ったのだけれどダメだったみたいだ」

 

 涼介は過去に迷いの竹林で迷子になった際ここにたどりつき、目の前の彼女と会った。着物の様な服を着た高貴な雰囲気を醸し出す、黒の長髪をした少女。息をのむような美人とでも称されるのかその容姿は涼介が幻想郷でであった人々の中でも抜きん出ていると言える。迷子の出会いの時に色々と話をしていつしか満月の夜にはこの場所で、二人でお月見をしている。しかし、先月の満月は紅魔館でレミリアと霊夢の弾幕ごっこを見ていたので来ることが出来なかったのだ。

 

「別に約束をしている訳ではないからそんなこと気にしなくていいわ。私がここで満月を眺めていると貴方がここに来るだけよ」

 

 そう話す少女の態度は素っ気なく、視線はいまだにこちらを一度も見ない。

 

「暗黙の了解というやつだと思っていたよ。それにまだ夕暮れで月は出ていないよ、満月の君?」

 

 涼介は目の前の少女が輝夜という名だと知っている。しかし、それは名乗られたのではなく、妹紅が過去にポロリと何度か零したことがあるからだ。互いに名乗ったことは一度もない。だからこそ涼介は、彼女を満月の君、もしくは月下の姫と呼んでいる。名乗らないのには訳があるのだろうと辺りをつけて。

 

「あら、私がいつからここに居ようと貴方に関係ある?」

 

 ここに涼介が来て初めて輝夜の瞳が涼介をとらえる。

 

「いいや、ないよ。満月の君の好きな時好きな場所に」

「よろしい」

 

 涼介が、従者がするように腰を折りそういうと輝夜は満足げに頷く。輝夜は涼介のこういうふざけて行う恭しい態度を気に入っている。輝夜が昔の貴人が来ているような着物を着ているのもあるが、彼女の振る舞いが優雅で自然とそういった雰囲気を感じさせるという理由もあり、そういう態度を取ったところ反応が良かったのだ。それからはこうして時々、冗談交じりで行うことがある。

 

「少し早いですが茶の席のご用意をいたしましょうか、月下の姫君」

「そうね、たまには黄昏時のお茶というのも素敵かしら」

 

 輝夜が、ふんわりと笑う。その笑顔は魂が抜けそうなほど妖しく美しい。

 

 

 

 

 

 互いに何か熱心に話すことはなく、静かに空を見上げながら時折思い出したように話をする。そんな静かで居心地のいい空間。あたりはすっかりと暗くなり月がちょうど穴の真上に位置したころ、それを見上げたまま輝夜がまたぽつりと言葉を漏らす。

 

「今日……貴方に約束している訳ではないといったわよね」

「そうだね。それで私は暗黙の了解だと思っていたよと答えたね」

「貴方は本当に暗黙の了解だと思っていたの」

「会話の上での方便かな」

「そう」

「そうだよ」

 

 そしてまた輝夜は黙る。鈴虫の鳴く声が聞こえてくる。

 

「それがどうかしたのかい?」

「……それならあなたはどうしてここに来るの?満月の見えない雨の日も雪の日も?」

 

 雨の日や雪の日と言われ、涼介は心当たりがあった。こんなことももう十か月以上も続けている。機会は十回あったがそのすべてが晴れであったわけではない。雨の日もあった。雪の日もあった。涼介は傘を差しこの場で一刻ほど待ち、輝夜が現れないのを確認してから帰っている。雪の日の夜にそんなことをしていて高熱をだし死にかけて、慧音につい防寒具が足りなかったようだと嘘までついたのだから。

 

「さぁ、どうしてだろうね」

「貴方の事なのにわからないの?それとも私に懸想でもしちゃった?」

 

 輝夜がこちらを見て笑う。その瞳は鋭い光を宿しているが。涼介はその視線から瞳を逸らすと月を見上げる。しかし、その瞳は月ではない、昔の記憶を見つめている。

 

「初めて君を見た時に寂しそうだと思ったからかな?知り合いが時折見せた表情に似ていたんだ。今思えばあの顔はどこかもう戻れない遠い昔を見ていたんだと思う」

 

 それは遠い昔のまだ妖怪が外の世界でも人の世界に混ざっていた時代だったのだろうと涼介は想像する。涼介の答えに、輝夜が小さく息をのむ声がする。

 

「だからかな、ほっとけなかったんだ。そのまま一人にしてしまったら消えてしまいそうだったから」

 

 涼介は視線を輝夜に戻す。その顔に浮かぶ表情は泣き笑いのような情けないものだ。輝夜はその答えを、顔を見るとそっと瞳を閉じる、少しの合間鈴虫の鳴き声だけが響く。そしてゆっくりとまた瞳を開ける。

 

「そう。あともう雨と雪の日は来なくていいわよ。私もその日は来る気はないから」

「そうかい。でも、雨の日も雪の日の事も知っていたならその時に帰るように言ってくれればいいのに」

「あら、嫌よ。だってその時の貴方は知らない人だもの」

「それじゃあ心配してくれる今は?」

「難題の挑戦者候補かしら?」

「何だい、それは?そこは友達と言って欲しかったね」

「ふふ、変な所で韻を踏まないでよ」

 

 その日より少しだけ二人の距離が縮まった気がする。

 

 

 

 

 

 

 その日の朝、涼介は桃源亭に戻り、リュックの整理をしていると妹紅からもらった新聞がなくなっている事に気がついた。しかし、どこかで落とした記憶もなく、誰かが出した記憶もない。釈然としない物を感じるが、いくら探しても無い物は無いと割り切り諦める。その新聞は今よりだいぶ後に思いもよらないところから出てくることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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