そしてその日からフランドールの最終特訓という名の日常と姉との弾幕ごっこが始まる。
「あははハハははハはははハハハははは!!!」
「ふははははははははは、いいぞフラン!!!」
果たしてこれは何度目の弾幕ごっこであったか。大図書館でのレミリア達との話し合いからはや三日が経過した。
弾幕ごっこの最中にフランドールが高ぶることもあるが、それでも我を忘れることはない。弾幕の威力の調整も、もはや失敗することはない。
「もう大丈夫そうですね」
「えぇ、あとはスペルを作るくらいかしら」
「そのようかと、パチュリー様」
大図書館にて地下室の様子を写す水晶を、涼介と、咲夜、パチュリーの三人が眺めながら話す。
今三人が飲んでいる物は咲夜の淹れた紅茶だ。ここ数日紅魔館では咲夜の淹れる紅茶と、涼介が入れる珈琲が住人達に供されている。
割合的にはやはり紅魔館のメイド長である咲夜の紅茶の割合が多い。
しかし、出張営業という形だけの名目とはいえそれで呼ばれた涼介が住人達に杯を供することもある。
「レミリアさんも最近すこぶる機嫌がいいみたいですね」
「まったく、元気すぎて困りものよ」
「そうですね。日中に外出するくらいですからね」
「えぇ、最近は生活のリズムも変化してきておられます」
「まぁ、その元気さが神社に向いているから、無茶振りされなくて私は楽でいいわ」
パチュリーがけだるさを滲ませそう呟く。咲夜はそれを聞くと主人の行いを否定するのは憚られるのか苦笑いを零すだけだ。
「この前霊夢がきて文句を言われたよ」
「涼介さん、押し付けるような真似をして申し訳ありません」
「構わないよ。自分から申し出たんだ。それに霊夢とは知らない仲ではないからね」
「それより黒白の方よ」
それを聞くと今度は涼介が苦笑いをする。
「あの子は元気だからね」
「元気すぎるわよ」
「もしよろしければ私が追い返しますが?」
「構わないわよ、咲夜。自分で蒔いた種だもの」
パチュリーはあの異変の日から、時折訪ねてくる魔理沙の相手をしている。あの日パチュリーはいつでもかかってこいと取れるような発言をしていた。
そして、魔理沙は本を借りに来る時にパチュリーに挑むのが定番と化してきている。弾幕ごっこでは魔理沙が勝ち越していると言える。
しかし、時折弾幕ごっこの代わりに行われる魔法戦とでもいうべき力の試し合いではパチュリーは負けなしだ。
まだ、パチュリーと魔理沙の間に存在する力の差は圧倒的だ。魔理沙の技量も確実に向上している。全くの門外漢である涼介の目から見てもそれは分かるほどに。
「かわいい弟子という所かな、パチュリー」
「別に、何も教えてないわ。あの子が勝手に学んでいるだけよ」
「ただ見るだけでも勉強になるということですよ」
パチュリーの声はそっけない。確かに、パチュリーが何かを魔理沙に教授することはない。
しかし、魔理沙は今までたった一人で親元を離れ魔法の森で学んでいたのだ。そこに偉大な先達が現れた。
そして、今まで手に入りにくかった魔法関連の書物。それらを得て魔理沙は目に見える成長をする。
魔理沙はもともと努力家だ。それらを助ける環境があるのだ、魔理沙が頑張らない理由は存在しないだろう。
「ですが涼介さんの腕前は中々上達しませんね」
「いやぁ、入れる茶葉の量。それに蒸らす時間の見極めが難しいですよ」
「要練習ですね」
「はーい、先生」
「はいは、伸ばさない」
「はい」
「よろしい」
「出来の悪そうな生徒ね、咲夜」
「不出来な子ほどかわいいですよ」
「よかったわね、涼介」
「出来のいい先生で感無量ですね」
ポンポンと軽快な会話が紡がれる。涼介はまだ咲夜から習い始めたばかりの紅茶の淹れ方を会話のだしにされる。
しかし、そこに負の感情はない。じゃれ合うような会話が生み出される。
「珈琲屋さん、これでいいですかぁ?」
「すみません、美鈴さん。お世話になってしまって」
そこに別の声が混ざる。美鈴が何かの入った袋を持って大図書館に入ってくる。それは涼介が美鈴に頼んだ珈琲豆だ。
紅魔館に来る際にリュックに入っていた豆もすでに使い果たし、フランも落ち着いたから一度店に取りに戻ると提案したところ美鈴が請け負ったのだ。
涼介が取りに行くには飛べないがゆえに時間がかかりすぎるからと。
「気にしないでください。自分で言いだしたことですし。それに、貴方が
「なんでそこで私を見るのかしら美鈴?」
「別に咲夜さんを見たわけではないですよ。水晶の先の妹様を見たんですよ。あれあれあれ、どうして自分だと思ったんですか?」
「美鈴……怒るわよ」
「わぁ、咲夜さん。ごめんなさい、お茶目な冗談じゃないですか」
「まったく、貴女はいつもそうやって」
そして美鈴に対して咲夜のお説教が始まる。紅魔館では見慣れた光景である。
「飽きもせずよくやるわね」
「喧嘩するほど仲がいいんだろうね」
「そうね、喧嘩が出来るというのは本当に仲の良さのバロメーターなのかもしれないわね」
そう呟くパチュリーの視線の先は水晶に向いている。そこには吸血鬼姉妹の喧嘩が映し出されている。
「この勝負は私の勝ちよ」
「あら、フラン駄目よ。ちゃんと勝敗ははっきり認識しないと。この勝負は私の勝ちよ」
「いいえ、お姉様の敗けよ!!」
「私の勝ちよ!!」
「私!!」「私よ!!」
しまいには互いの頬を引っ張り合い、それがエスカレートして取っ組み合いが始まる。
しかし、それも吸血鬼同士の本気の殴り合いではなく、互いに楽しんでいるような色が見え隠れする。
確かに、喧嘩できることは仲の良さのバロメーターとなりうるかもしれない。それを見ながら涼介はそう思う。
今まではこのような喧嘩をすることさえ出来なかったのだから。
「確かに、これはバロメーターと言えますね。仲良きことは美しきかな」
「まったく、美しいのはいいけれどもう少し程度の高い喧嘩をしてくれないかしら」
「いいじゃないか。でも、レミリアさんは妹さんといる時はなんというか見た目相応ですね」
「普段のレミィは夜の王らしい振る舞いを心がけているからね。でも実は意外と子供なのよ。」
「そうなのですか?」
「そうよ、そのうちあなたの前でもメッキが剥がれるわよ」
「それは心を開いたということでいいのかな」
「きっとそうよ」
「楽しみだな、それは」
水晶の向こう側でレミリアとフランドール、すぐ傍で咲夜と美鈴が奏でるそれぞれの喧騒が聞こえてくる。
涼介にとってその喧騒はひどく心地いい。その喧騒をBGMに涼介は紅茶の杯を重ねる。騒がしくも平和な時間が流れる。
ある日の日中、レミリアが咲夜を伴い霊夢の住いたる博麗神社へと出かけている。美鈴は門番として日差しの下でいつも通り職務に励んでいる。
パチュリーは魔法薬の実験で大図書館の奥に籠ってしまっている。必然的にその手伝いをする小悪魔もそこについて行っている。
そうなるとフランドールと涼介が余る。余った二人は初めて会った時の様に地下室で過ごしている。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「どうした、フラン?」
フランドールが地下室の床を転がるだらしない恰好をしている涼介を揺さぶる。
「何かしようよ」
「いいよ、何がしたい?」
そう言いながら涼介は体を起こす。目の前に将棋盤を持ち出したフランドールが見える。涼介の頬がひきつる。
当たり前だろう、ここ最近は負け越しているのだから。それも、一度は王以外を全てとられるという大惨事が起きた。
投了無しというルールをフランドールが提案し受けた結果王手をしてくれなかったのだ。
「将棋!!」
「いいけど今度は投了ありにしてくれよ」
「うん、もうそれは一回やったから満足した」
「まったく、フランは……はぁ」
涼介はため息をつく。そして思う。すでにフランドールもちゃんと紅魔館の一員だ。悪戯好きで他者をからかうのが大好きな悪魔の一員だ。
「フランはレミリアさんの妹だなぁ」
「ん? そうよ、私はお姉様の妹よ」
そういうフランドールの顔は満面の笑みだ。
ぱちり、ぱちりと駒を打つ音が響く。涼介の眉間にしわが寄る。徐々に押されている、と涼介は思う。
「ううん、フランは強いな」
ぱちり
「でも、パチュリーはもっと強かったわ」
ぱちり
「あぁ、彼女は頭を使うゲームは無類の強さを発揮するね」
「うん。お姉様はこういうの苦手みたい」
「そうなんだ。でも人生ゲームとかモノポリーは強かったよね」
ぱちり
「あれはずるよ」
ぱちり
「ずる?」
「そう。お姉様は運命を操る程度の能力を持っているの。だから運の要素の絡んだゲームでは勝つのは難しいの」
「それは、凄そうだけど今いちピンとこないね」
「お姉様自身でも全容を完璧に把握し切れてないって言っていたから具体的には説明しにくいなぁ」
ぱちり
「そうなんだ。でもそれで運ゲームが強いなら運勢とかも操れるのは確かなんだろうね」
ぱちり
悩む涼介にたいし、フランドールはすぐさま返しの手を打つ。
「だからずるいのよ」
「なるほど。そういえばもうスペルは出来たのかい?」
「うん! まだまだ作りたいけど一先ずスペルカード戦が出来るだけのスペルは作ったよ」
「どんな名前のスペルを作ったの?」
「えっとね、禁弾・過去を刻む時計に禁忌・カゴメカゴメ、禁忌・恋の迷路に他にも禁忌・クランベリートラップでしょ。まだもう少しあるけどもうちょっと弾幕を練りたいの」
ぱちり
「いくつかはレミリアさんとの練習で見たことあるのもあるね。でも知らないのもあるな」
ぱちり
「見てみる、お兄ちゃん?」
「んー、そうだねぇ。すごく魅力的な提案だけどせっかくだから実際に使っているところを見学させてもらうよ。誰かとの闘いで使われてこそのスペルだからね。きっと、声を失うほど綺麗なんだろうね……」
「……魂が震えるほど、綺麗な弾幕を見せてあげる」
「フラン?」
涼介は不利な盤面を睨みつける様に見つめている。だから、涼介はフランドールの表情が見えていない。
ただ、聞こえてくる声に今までの無邪気さが感じられなかった。それを訝しみ、涼介が顔を盤面から上げフランドールに視線を向ける。
フランドールの瞳は涼介をとらえていた。それはどうしようもないくらい真剣さを帯びている。
「お兄ちゃんが、解き放ったモノが何かを魅せてあげる。それは破壊を撒き散らす化け物じゃない。美しさと思念を持った
「わかったよ。私が助けた君を、幻想の世界を舞う君を私に見せておくれ、フラン」
「うん!!」
「さて、フラン。その
「それはダメだよお兄ちゃん。待ったは無し」
ふむ、ならばこれは投了した方がいいのかもしれない。涼介は盤面を見てそう思う。
そして時は熟す。フランドールの旅立ちの時だ。のちに紅霧異変と呼ばれるそれの関係者しか知らない、隠された最後の舞台の幕が上がる。
舞台の出演者は、
この舞台をもって本当の意味で異変の終結となるだろう。
「さぁ、役者はそろった」
「後は見守るだけね」
図書館でパチュリーと涼介が水晶を前に地下室の様子を眺めている。ここに居るのは二人だけだ。
霊夢を呼び出すためにレミリアと咲夜、小悪魔が神社へと出かけている。そして、館の周りに雨を降らせる。
吸血鬼のレミリアが紅魔館へと帰れなくなる、それを解決するために仕方なく霊夢がやってくる。
そして魔理沙には今日のこの時間を以前した約束の日として伝えてある。美鈴は案内係として、二人をフランドールの待つ地下室へと案内する役目だ。
「あぁ、そうだ。レミィ達の所にも小悪魔を通して中継しないと」
「そうですね。じゃないと力ずくで突破してきそうですからね。自力で戻れるとなったら霊夢が帰ってしまいますし」
「こんな手の込んだこと、面倒ね」
「霊夢の勘はちょっと超常じみたところがあるからね。多少手間をかけないと。パチュリーお願いするよ」
「任されたわ。それに、この位の手間で物事がスムーズに進むのなら惜しむ方が面倒よ」
「確かにそうだね」
机の上に用意された別の水晶が淡く光る。対となる小悪魔の持っている水晶に映像を飛ばし始めた。
「準備完了ね」
「ぴったりだね。今役者たちが舞台に上がったよ」
遠見の水晶に浮かぶ地下室の景色に、霊夢と魔理沙が現れた。二対一の変則マッチになるけれどフランドールが申し出たことだ。
二対一でも、スペルカード戦をしっかりと演じきって見せるといっていた。頼もしい限りじゃないか、涼介はその時のフランの顔を思い浮かべ、笑いを漏らす。
「はじまるわよ」
「見守ろうか」
「えぇ」
「頑張れ、フラン」
涼介の応援は水晶越しで届くことはないだろう。だけど、想いはきっと届いているはずだ。地下室でふわりと宙にフランドールが浮き上がる。
それに対し、魔理沙は勢いよく、霊夢はどこかけだるげに空へと舞う。三者三様に四枚のスペルを掲げる。最後の試験が、彼女の晴れ舞台がはじまる。
「さっさと雨を止めてくれないかしら。このまま吸血鬼に居座られたんじゃ、妖怪神社って呼ばれるじゃない」
「まぁ、いいじゃないか霊夢。遅かれ早かれさ」
「魔理沙、どういう意味よ」
「そのままの意味だぜ」
「ねぇ、貴女達随分余裕そうね」
フランドールから魔力が漏れる。それは威圧する様に声高な魔力だ。
眼前の者に平伏す様に、周りの者たちに誰が上位者かを示す様にその魔力は雄弁だ。
だが、霊夢も魔理沙も屈することなく立ち向かう。
「痺れそうだぜ」
「疲れそうね」
「一緒に遊んでくれるかしら?」
「お賽銭を入れてくれるなら考えないこともないわ」「へへっ、それじゃあいくら出す?」
「コインいっこ」
「それじゃあ、割に合わないわね」「一個じゃ、人命も買えないぜ」
「貴女達が、コンティニュー出来ないのさ!!」
フランドールのその声と共に弾幕がばら撒かれる。全方位に小型の楕円型の弾幕が放たれ、魔理沙と霊夢を襲う。
魔理沙と霊夢はそれぞれが互いの邪魔にならない様に空を駆ける。弾幕ごっこが始まる。
「ち、やっぱり妹だぜ。姉に似てえげつない」
魔理沙が悪態をつき弾幕の隙間を飛翔する。霊夢はふわりといつもの様に余裕が見える回避をする。このままでは拉致があかない、フランドールはそう思ったのかカードをかざす。
「禁弾・スターボウブレイク!」
宣言と共にカードが弾け光を纏う。フランドールが地下の天井付近まで高度を上げる。止まった弾幕に霊夢と魔理沙は警戒を示しフランドールを見上げる。
色とりどりの弾幕が天井を覆うように現れる。数多生まれたその小型弾幕は一度ふわりと上昇すると、重力にとらわれたかのように落下を始める。
それは雨の様に、いやまるで流星群の様だ。落下する弾幕はそれぞれが違う速度で落下する。
最初に現れた弾幕が途中まで落下すると、さらに追加と言うように新たな流星が補充される。
霊夢は危なげなく回避を続けるが、魔理沙はすでに精一杯だ。カードを掲げ思念を込めた叫びを上げる。
「恋符・ノンディレクショナルレーザー!」
光を纏う魔理沙から五つのレーザーと小型、中型のサイズの星形弾幕が無数に放たれる。それらがフランドールの弾幕と激突する。
いくつかの星形弾幕がフランドールの弾幕にぶつかる。一つ一つは魔理沙の弾幕の方が弱いのだろうが、いくつかぶつかるとフランドールの弾幕が消されていく。
さらにレーザーがフランドールの弾幕の軌道をずらす。そうして生まれた隙間に霊夢が切り込む。
「パチュリーあれって」
「知らないわよ」
「……そうかい」
見覚えのあるレーザー弾幕。涼介はパチュリーに問い掛けるがパチュリーの反応は素っ気ない。
しかし、涼介は彼女の口角が僅かに上がっているのを察知する。それ故に、深くは問わない。そして視線を水晶に戻す。
「星は私の十八番だぜ!魔符・ミルキーウェイ!」「夢符・封魔陣」
霊夢と魔理沙がスペルを叫ぶ。二人の弾幕が、地下室を埋め尽くす。今度はフランドールが逃げ回る。二人がそれを追いたてるように宙を舞いフランドールを追い詰める。
「せっかくのデビュー戦だが、このまま押し切らせてもらうぜ!」
「勝たせてもらうわよ!!」
「まだだ!まだ、全部魅せてない!!もっともっと私を魅せるんだ!!!」
フランが叫びカードを掲げる。カードが弾け光を纏う。
「禁忌・フォーオブアカインド」
次の瞬間、フランドールの姿がぶれたと思うと二つに分かれる。
分身をしたと思うのもつかの間に、その二つがさらに二つに分身する。
そこで変化が終わる。四人に分身したフランドールが散開する。
「うっそ、在りかよそんなの!?」
「少なくとも無しではないんじゃないかしら!」
「今度は二対一じゃなくて、二対四よ!!」
二人のスペルに四人のフランドールが真っ向から立ち向かう。スペルとは美しさと思念をぶつけ合うものだ。
そして思念とは心に思うこと、つまりは心であるともいえる。そして、それはスペルの形にも反映される。
スターボウブレイクとは地下室にずっと封じ込められていた故に、夜空にあこがれていたからではないのか。
フォーオブアカインドとは、一人きりでいることに耐えきれず、自分の中に別の自分を作ったことがあるのではないか。
もしくは、自分でもいいから他の誰かにいて欲しかった彼女の心が形になったのではないか、と。そう思うと視線をそらしてしまう。
「最後まで見なさい、涼介。貴方は頼まれたのでしょう」
「……そうだね。ちゃんと見てないと」
涼介が視線を戻すと互いのスペルがブレイクしたのかフランドールが一人に戻っていた。そしてフランドールが次のカードを掲げている。
「次のはちょっと難しいわよ。しっかり耐えてね」
「あぁ、もう勘弁してほしいわね」
「何言ってんだ、楽しくなってきたところじゃないか」
カードが輝く。
「秘弾・そして誰もいなくなるか?」
カードが弾け光を纏う。そして、今度はフランドールの体がうっすらと透け始める。そして、霧の様に体が広がり、姿が消える。
「おいおい、これじゃあ狙えないぜ」
「あの子……さっき、しっかり耐えてねって言ったわよね」
「あぁ、そうだな。だが、何に耐えればいいんだ?」
消えたフランドールを警戒し、魔理沙と霊夢が背中合わせで周囲を警戒する。フランドールが消え、弾幕さえも存在しない地下室の空間。
そしてそれが生まれる。青白い霧の塊の様な物。それがゆっくりと二人に向けて動き出す。通った軌跡には無数の青色弾幕が生まれ、二人を追い詰めるようにゆっくりと動く。
それは低速であるために二人は余裕をもって回避できる。しかし、青白い霧がいくつも生まれ次第に二人を追い詰め始める。
真綿で首を絞めるようにゆっくりとゆっくりと空間を狭めていく。魔理沙と霊夢の体が触れるほど追いつめられる。
追い詰められた二人がスペルを発動するためにカードを取り出す。しかし、青白い霧が消え弾幕のパターンが変化する。
「今度はなんなんだぜ」
「おなか一杯になりそうね」
部屋の壁をうめるように、赤い弾幕が現れる。それは膨らんだ風船がしぼむ様に部屋の中心に向かって収束する。
次は青が、その次は緑が、黄色が、白が、そしてまた赤が次々と壁際に現れ、それが中心へ向けて収束する。それらが何度も何度も繰り返される。
「夢符・二重結界」「彗星・ブレイジングスター」
二人のカードが弾けて集う。光を纏う二人はそれぞれのスペルでフランドールの弾幕をしのいでいく。
霊夢は結界を、魔理沙は力を身に纏い流れ星の様に弾幕を踏み潰し、空を駆け廻る。
そしてスペルブレイクされたフランドールは、霧が集まる様にして、体が現れる。
フランドールのその顔はスペルが乗り切られたのにうれしげだ。
「このまま押し切るぜ」
「そうね」
霊夢と魔理沙のスペルはまだまだ続いている。二人がフランドールに襲い掛かる。涼介は今のフランドールのスペルが忘れられない。
そして誰もいなくなるのか? というスペルだった。そしてそれはいうなれば一方的に攻撃するような、耐久スペルとでも言うものだろう。
一方的な破壊を突き付けて誰もいなくなるのではという彼女の今までを暗示しているように感じられる。しかし、それを破られた彼女はうれしげだ。
いや、きっとフランドールはうれしいのだろう。いなくならない者がいる。それが彼女にとってうれしいのだろう。
「次で最後のスペルだよ。今回は四枚だからラストスペル。しっかり最後まで魅せてあげる」
迫りくる霊夢と魔理沙に対し、フランドールはカードを掲げる。光輝きはじけ飛ぶ。最後の光をフランドールが纏う。涼介は一瞬フランと瞳があった気がした。
「QED・495年の波紋!!」
弾幕が、生まれる。それは水面に石を投げ込んだように波紋が生まれるように、フランドールから、周囲の空間から、球体状に放射された弾幕が広がる。
波紋がゆったりと生まれ広がる。初めはゆっくりと、少しだけ生まれる波紋だ。それ少しずつ増えて激しくなっていく。
「初めは空虚」
波紋はまばらだ。
「パチュリー?」
「レミィがフランに会いにいく。美鈴が紅魔館に現れる」
少しだけ波紋の数が増えてくる。しかし、まだ少ない。
「それは……」
「私が加わり、小悪魔が召喚された」
「過去の出来事か」
「そう。そして咲夜が拾われる」
まだ、波紋は多いとは言えず霊夢と魔理沙は余裕が見える。
「……」
「そして、貴方がやってきた」
波紋が増える。至る所で波紋が生まれ世界を彩る。
「外に出て、レミィと和解し、咲夜に、美鈴に、小悪魔とも正しく絆を紡いだ」
もう、霊夢と魔理沙の姿は波紋の弾幕に呑まれもう見えない。
「QEDとはラテン語のQuod Erat Demonstrandumの頭文字を取ったモノよ。意味は示されるべき事であったという意味よ。推理小説では、証明終了を表す用語としても使用されることがあるわ」
「じゃあこれが」
「貴方に見せたかったものでしょうね。貴方に見て欲しかったものよ」
「これが、私に見せたかった
きっと、その波紋はこれからもどんどんとふえ激しく、そして美しくなるだろう。今でさえとても美しい。しかし、その美しさはまだまだ成長途中だ。そのことがうれしくなる。そのことがさらに目に見える弾幕を美しく見せる。
「あぁ、本当に魂が震える様だよ、フラン。本当に美しい弾幕だ」
涼介の瞳から一筋涙がこぼれ出る。パチュリーは何ももう言わない。その表情は穏やかに涼介と水晶の向こうのフランを見ている。
そして、フランのスペルが、弾幕が終わる。波紋の向こう側からたくさんの弾幕が掠ったのか、服の破れが目立つ霊夢と魔理沙が現れる。
けれど、それでも二人は自力で飛んでいる。しっかりと耐えきっている。二人の勝ちだ。フランが魔力を収める。
「終わりね」
「いいや、始まりさ」
「…そうね」
「きっと美しいのだろうな」「きっと楽しいでしょうね」
笑い声が大図書館に響く。水晶はもう何も映していない。勝った二人と、負けたフランは何を今話しているのだろうか。知っているのは彼女たちだけだろう。フランドールが絆を紡ぎ始める。
「それでどうして家でやるのかしら」
お酒の入った杯を片手に霊夢が悪態をつく。夜の博麗神社で行われる宴会。紅魔館の住民たちが、霊夢が、魔理沙がいる。
チルノに大妖精、宵闇の妖怪に、どこで話を聞きつけたのか烏天狗に、太陽の畑の花妖怪。
時折里で人形劇をしている人形師、悪戯好きな光の三妖精、そのほか見知らぬ妖精たちが沢山神社の境内で大騒ぎをしている。
「ここでやるのが一番いいからじゃないからかな?」
「いい迷惑よ」
「まぁ、そういわずに」
そういって霊夢の乾いた杯に涼介が酒を注ぐ。霊夢はそしてまた杯を傾ける。
「あーあ、お酒飲んだことないなら飲みに来なさい何て言うんじゃなかったわ」
弾幕ごっこの後に、フランドールがお酒を飲んだことを無いという話をしていたらしい。
そこで、霊夢と魔理沙が飲んだことがないなんてもったいない。今度うちに来なさいよ、お酒位出してあげるわよ。と、言ったらしい。
それを聞いたレミリアが、それならみんなで行きましょうといい、紅魔館の面々で乗り込んだ。その騒ぎに惹かれ続々と他の妖怪が集まり、大宴会へと移行した。
「まぁまぁ。片付けは私や咲夜も手伝うよ」
「当り前よ。というか、場所を貸しているのだから手伝いなさいよ」
「任せてくれ。でも、追い返さないでくれてありがとうね」
「追い返すのも面倒なのよ。それが理由で弾幕ごっこを挑まれたらたまったものじゃない。それならこうやってただ酒に預からせてもらうわ」
視線の先でお酒を飲みはしゃぐフランドールと心配そうなレミリアを見守りながら霊夢と涼介は杯を重ねる。
「次もこうしないか?」
「どういうこと?」
涼介の具体的な内容の明示が無い提案に霊夢が首を傾げる。涼介は目の前の光景を見渡し、杯を煽った後、言葉を紡ぐ。
「もし、また異変が起きたらさ、異変の首謀者たちや知り合いを呼んでこうやって宴会をしないか?争いの禍根を酒で流し、みんなで騒がないか?」
「ええぇ」
嫌そうな霊夢の声が聞こえる。
「また、ただ酒飲み放題だよ。異変を起こした首謀者にお酒を用意させてさ。みんなでどんちゃん騒いで。宴会をもって異変の終結といこうじゃないか」
「どうせダメって言ってもまたお酒もって押しかけてきそうね」
「みんな自由な幻想郷らしいじゃないか」
「バカばっかり」
「その方が楽しいさ」
「筆頭バカに言われてもね」
「手厳しいな」
「嫌なら反省して学習しなさい」
そんななんでもない会話が続く。飲む相手の組み合わせが変わり、話し相手がかわり、誰かが酔った勢いで弾幕ごっこを始める。
それを肴に杯を重ねる。誰もかれもが笑いあい、平和な宴会が続く。人と妖怪が並んで酒を飲む。そんな奇跡の様な時間は続く。