東方供杯録   作:落着

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紅魔な日々に供する十杯目

 魔理沙が図書館から本を何冊か借り受けて戻ってくると、魔理沙と霊夢は帰っていく。

 咲夜を通じ、レミリアから一泊する様に勧められていたが、二人とも拒否し帰路についた。

 涼介はもうしばらくフランドールの様子を見たいために、館に残ることにした。

 帰り際に外まで見送りに出たついでにそう伝えたら霊夢に、お賽銭は? と聞かれる。

 お賽銭は、店が開いている時だけで頼むよ、とお願いすると仕方ないわねと許してもらえた。

 

「あ、お元気みたいですね」

 

 涼介が館の玄関から空へと飛んでいく二人を見上げていると、前方から声がかかる。

 視線をやると、この館に来たときに出会った門番の少女だ。

 中華服の様な全体的に淡い緑色の服に星の模様の入った帽子をかぶり、長身で赤い長髪をした気の良いお姉さんの様な風体をしている。

 その彼女が格子状の門の向こうから手を振って自分の存在をアピールしている。最初に出会った時の様な作られた朗らかさは感じない。自然とその空気感に惹かれ足が進む。

 

「えぇ、おかげさまで。帰りもお願いできそうです」

「あはは、だから言ったじゃないですか。お任せくださいって」

 

 調子がいいなと涼介は思わないでもないが、仕方ないなぁと思わせ許してしまうのは目の前の少女が持つ柔和な雰囲気のなせる技だろうか。

 彼女からも妖力を感じるから妖怪なのは涼介にも分かるが、ここまで危機感を感じない妖怪も珍しいと思った。

 

「最近咲夜さんの様子が少し変だったのですが、先ほど異変の終結を知らせに来てくれた時にはもう以前の様に。違いますね、異変を起こす前よりもずっと生き生きとしていました。あなたのおかげですかね?」

「さぁ、どうでしょうか。いろいろと肩の荷が下りたのかもしれませんね」

 

 面と向かって改めて言われた涼介は少しだけ気恥ずかしくてとぼけてしまう。しかし、彼女の表情はニヤニヤと微笑ましい物でも見るかのようだ。居心地が悪いと感じ、つい言葉が口をつく。

 

「いじめっ子みたいな顔していますよ」

「あはは、ごめんなさい。実は咲夜さんから聞いているのですよ。初めてお友達が出来たって」

「人が悪いですね」

「妖怪ですから」

「なるほど、納得ですね」

「ですです。私こう見えてとっても悪い妖怪ですよ?」

 

 自然と笑いが零れる。そういえばと、彼女の名前を知らないことを涼介は思い出す。

 

「そういえば自己紹介もせずにすみません。白木涼介と申します、しばらくこちらで厄介になりますのでお見知りおきを」

「畏まりました。私は紅美鈴、美鈴で大丈夫ですよ、珈琲屋さん」

 

 咲夜はいったい何をどれだけ報告しているのだろうかと、涼介は不安が頭をよぎる。

 

「美鈴さん、異変の終結報告と友達が出来た以外にも何か聞きましたか?」

 

 美鈴は何も答えない。ただ楽しげに浮かべられた笑みがさらに深まっていく。

 

 

 

 

 人の悪い柔和な妖怪、美鈴に翻弄されて涼介は逃げ帰る様に館に戻る。ひとまず、休もうと考えたがそこで休む部屋がないことに気が付く。

 仕方ないと、大図書館に足を向ける。パチュリーは飲食も睡眠も不要な魔法使いという妖怪だ。

 ならば、このまま夜明けまでそこにお邪魔しようと考えをまとめる。最悪大図書館の隅でも貸してもらえば眠ることも可能だろう。

 それと彼女には今回世話になりっぱなしだ、お礼の一つでも改めて言わないといけない。廊下ではあちこちで妖精メイドが遊んでいる。

 これは、中々に咲夜が大変そうだなと思う。そして、しばらく歩くと大図書館にたどり着く。

 

「パチュリーお邪魔するよ」

 

 大図書館の少し奥に存在する机と椅子が並べられている空間に本の主は座していた。

 

「あら、いらっしゃい。どうかしたかしら」

「いや、なに寝る場所がなくてね」

「あぁ、それなら今咲夜を呼んで用意をさせるわ」

 

 パチュリーはそういうとそばに控える小悪魔に指示を出そうとする。

 その申し出は大変ありがたいが、まだ本題のお礼が言えていないから少しだけ待ってもらいたいと涼介は思い行動に移す。

 時間がほしいことを示すために、指示を出すパチュリーに軽く手を振り拒否を示す。

 それに対し、特に何を言うでなく、小悪魔に待機を支持する。本当に、よく気の利く魔女だと感心する。

 

「すまないね、せっかくの好意を」

「構わないわ、何か話があるのでしょう」

「話というほど大仰なことではないさ。ただ、パチュリーに改まってお礼を言っていないと思ってね」

「そんなことを気にしていたの?どちらかと言えばこちらが迷惑をかけたのだし、必要ないわよ。それに、私はただ必要と考えたことを行ったまでよ。あの時貴方を助けることで紅魔館が抱えている問題を一番スムーズに解決できた。貴方に協力することで恩が売れた。異変を起こし、幻想郷の一員として加わる。それであるなら外部に友好的な人物がいるのは、この先何かで役に立つ事もあるでしょうしね。だから、必要だと判断して助けたのよ。お礼なんていらないから、恩義を感じてちょうだい」

 

 パチュリーはそっけなくそういうが、隣で小悪魔がその姿をにまにまして見ているのに気が付いているのだろうかと涼介は疑問が浮かぶ。

 

「それでも助けられたことには変わらないさ。だから、本当にありがとうパチュリー。恩義もたっぷり感じているよ」

 

 そう言い、涼介は笑みを浮かべる。それを見たパチュリーは一瞬きょとんとした後苦笑いを漏らす。隣に侍る小悪魔が笑顔を返してくれる。

 

「貴方、利用されやすそうね」

「それが誰かの助けになるなら構わないさ」

「難儀な性格ね」

「君に言われたくないな。お節介で親切な魔女さん」

 

 涼介の言葉に対してやれやれとパチュリーはかぶりを振る。

 

「お節介で親切だなんて心外ね。せっかくだから魔女らしく対価でも要求しようかしら」

「何なりと」

 

 パチュリーには涼介のその余裕が少しだけ気に入らない。パチュリーはむっとし、むきゅという可愛らしい唸り声をあげる。そして、意趣返しを思いつき綺麗な笑顔がその顔に刻まれる。

 

「それじゃあ遠慮なく。私これから徹夜で本を読むのよ。だから珈琲をお願いできるかしら。悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘いそんな素敵な珈琲を」

 

 あぁ、どうやら少し調子に乗りすぎたらしいと涼介は自覚する。パチュリーが述べた言葉は、昔の偉人が残した理想の珈琲を形容するものだ。

 昨今でも素晴らしい珈琲を褒める際に使われることがある言葉。涼介は持てる限りで淹れる最高の一杯で満足いただけるだろうかと不安がよぎる。

 不安を胸に小悪魔にお湯を頼み、涼介は今できる最高のエスプレッソを入れる準備を始める。

 

 

 

 

 

 涼介の淹れた一杯に対してのパチュリーの評価は、単位は出そうねという懐かしい物であった。落第は免れたようであるが、まだまだ精進の余地がある。

 小悪魔の呼んできた咲夜に案内され、涼介にあてがわれる客室へと案内される。どことなく前を歩く彼女の足取りは弾んでいるのは涼介の思い込みではないのだろう。

 

「咲夜さん、生き生きしていますね」

「へっ?」

 

 咲夜の足取りが少しだけ乱れる。すぐに持ち直すが、動揺したことは隠しきれない。

 

「そ、そうですか?」

「そうですね。それに、門番の美鈴さんも同じことを言っていましたよ」

「え、え?美鈴ですか?」

「はい。先ほど霊夢たちを見送った時に会いまして色々言われました」

「は、え、い、色々ですか?具体的には?」

 

 歩みが止まり、咲夜が振り返って顔を見合わせる。何を吹き込まれているか分からずに、焦っているのであろう咲夜はとても可愛らしい。

 このまま困らせて反応を見るのもいいがあまりやりすぎるのもよくないだろうと思い、これ以上の意地悪はやめておこうと決める。

 他の館の住民に苛められたからと言って彼女に仕返しするのはいささか自分の器が小さいと言う物だと涼介は思う。

 

「冗談ですよ。美鈴さんは意地悪くニヤニヤ笑って匂わせるだけで、咲夜さんから何を聞いたか教えてくれませんでしたよ。散々からかわれて逃げてきました」

 

 そう言い涼介が肩を竦め、ニヤリと笑ってみせるとからかわれたと咲夜は察した。口をパクパクとして唖然とする。

 よく見れば顔色は普通だが、耳が少し赤くなっていることに涼介は気が付く。

 

「咲夜さん、耳真っ赤ですよ?」

「もう、知りません!!」

 

 そういうと咲夜はスタスタと速足で歩き始めてしまう。耳を赤くして驚いている咲夜がいじらしく、やめるつもりでいたのについ言葉が口を出てしまった事を涼介は反省する。

 彼女の足取りには先ほどまではあった涼介への気遣いがなく、怒りを表すようにタンッ、タンッと足音を立て強い足取りでどんどんと先に行ってしまう。

 そんな彼女において行かれないように、駆け足で動きだし彼女にすがる様に謝罪をする。そんな追いかけっこが涼介の泊まる客室につくまで続くのであった。

 

 

 

 

 客室の内装を軽く咲夜に説明され部屋の紹介が終わる。

 

「先ほどはすみませんでした、あまりに咲夜さんが素直で可愛らしかったのでついつい」

 

 そういって涼介は苦笑いをしてみせる。咲夜はこれ見よがしに大きくため息をついて見せる。

 

「またそうやって……はぁ。反省していますか?」

「しています、しています。今後は控えます」

「やめないと言わない当たり反省はしているみたいですけど、それの程は薄そうですね」

「まぁ、友達ならではのやり取りと言うものだね」

「友達ならでは、ですか。ふふ、いいですね。それでは私も涼介さんのダメな所を見つけたらからかっちゃいますね」

 

 そう砕けた言葉で笑う咲夜はとても美しかった。

 足掻いてよかったと涼介は本当にそう思う。

 あの時廊下で見た彼女が思い出される。

 泣きさけび、悔悟につぶされ、壊れそうだった彼女の姿が脳裏をよぎる。

 

「ん?どうされました、涼介さん」

 

 思い出された記憶に一瞬顔をしかめた涼介のその表情を咲夜はとらえ、彼女は心配そうな様子で涼介の顔を覗き込んでくる。

 息がかかるほど近くに二人の顔がある。突然現れた彼女の顔が涼介の眼前の光景をうめる。とっさの出来事に涼介は脳の処理が止まる。

 

 

――咲夜さん、睫毛も銀髪なんですね

 

 

 そんな馬鹿な事を反射的に涼介は考えながらも咲夜の顔を見つめ続ける。瞳は蒼色で、海の様にどこまでも吸い込まれそうなほど深く澄んでいる。

 僅かに開かれた血色の良い薄く小ぶりな唇がかもし出す得も言われぬ色気。それら全てに魅了されクラリと来る。

 

「さ、咲夜さん!顔、顔が近いです!!」

 

 涼介は慌てて咲夜から後退り離れる。彼は自らのうちに生まれた欲情の種火を能力で鎮火する。きっと、自分の顔は赤いだろうと容易に察する。

 そのことが気恥ずかしくて片手で口元を隠すように覆う。彼女は涼介が初めての友達と言っていた。そしてこの館には男性の姿が見えなかった。

 だから異性との距離感が近く、警戒心が薄いのだ。涼介は咲夜の無防備さに対し心臓に悪すぎると言わざるを得ない。

 

「急に慌ててどうしたのですか?それに真っ赤ですよ?」

 

 無防備が過ぎるだろうと咄嗟に涼介は叫びたくなる。でもそれを説明するには男の欲望のアレやコレを説明しないといけないのだ。

 これは無理だと狼狽する。パチュリーに相談しておこう。彼女ならきっと良しなに取り計らってくれるだろう。そのことを説明する涼介の羞恥心と引き換えに。

 

「いえ、全然大丈夫です。なんでも、なんでもないんです。あの、ほんと、お気になさらず」

 

 逃げるようにじりじりと後退り、涼介は言葉を捲し立てる。咲夜はその様子の根本的な理由にまでは思い至らないが、先ほどの行動が原因だと察した。

 今までのお礼をするように、悪魔的なほど綺麗な笑顔を浮かべ涼介ににじり寄っていく。

 

「涼介さん、お顔が真っ赤ですよ。大丈夫ですか?お熱、測りましょうか?」

 

 彼女は楽しげに涼介を追い詰めるように距離を詰めていく。フランドール以外にも情操教育が足りない奴がいるぞと絶叫しそうになる言葉を呑み込む。

 それとも、これが天然の怖さとでもいうだろうかと涼介は戦慄する。そして明日、真っ先にパチュリーに問題の提起と改善の要求をしなければと決意を固める。

 だがそれは明日の話。今は迫りくる脅威(てんねん)から逃げ切ることが先決だと涼介は思考を明日の事から目の前の事態へ向ける。

 

「咲夜さん、ほんと大丈夫ですから!にじり寄ってこなくて大丈夫です!!」

「いえいえ、お熱があったら大変です。さぁさぁ、その真っ赤なお顔を良く見せてください。こわくない、こわくないですよー♪」

 

 そして狭い部屋を舞台に、ドタバタと鬼ごっこの様に、友達と無邪気に遊ぶ様に、二つの影が駆け回る。

 追いかけっこの結末については、時を止める能力を咲夜が使えるということを提示して結論の明言は避けておく。涼介の名誉のためにも。

 

 

 

 

 

 明け方前からお昼ごろまで惰眠をむさぼり、涼介は目を覚ます。眠る前に運動をした成果か、不本意ながらとてもよく眠れた、不本意ながらと釈然としない胸中に整理をつける。

 その後、昼食を咲夜と二人で食べる。涼介が起きたらすでにメイド服で働いている彼女はいつ休んでいるのだろうかと、心配して聞いてみるが、しっかりと休んでいると言っていたので大丈夫だろうと結論付ける。

 食後、まだレミリア達は眠っているとのことで、フランドールも特に暴れるようなこともなかったので、また彼女たちが目を覚ました時に話を出来るように咲夜に伝言を頼む。

 仕事に戻る咲夜と別れ、大図書館へと向かうおり、廊下の窓から美鈴が花壇の世話をしている姿が見え足をとめた。ついでとばかりに、美鈴と軽く談笑をする。

 どこで見ていたのか、昨日の追いかけっこの事を把握されていた。内容までは分からないが楽しそうに追いかけっこしていましたね、と言われ涼介の頬がひきつる。

 どうしてと問えば、彼女は気を使う程度の能力で、人に宿る気を追うことで何となくの場所と人がわかるそうだ。それで、見覚えのある気が追いかけっこをしていたということらしい。

 旗色が悪くなったので、話を切り上げ大図書館へと向かう足を再開する。にやつく美鈴に見送られ。

 

 今日も今日とて本を読んでいたパチュリーに挨拶をして、眠る前にした決意を実行に移す。

 涼介の話を聞いたパチュリーが笑いすぎて喘息の発作を引き起こす事態があったが、彼女は快く引き受けてくれた。

 冗談交じりにいまだ収まらない笑いを含んだ声で、落書きといい、私を窒息死させようとするのはやめてくれると小言を言われる。

 落書きの件は確かにタイミングが悪かったが、今回の件については自分に落ち度はないと涼介は主張したい。

 だが、釈然としないものを感じるが、これで反論してパチュリーの気を損ねまだしばらく苦しみなさいとでも言われたら目も当てられないので不満を呑み込む。

 小悪魔、いい加減に笑いおさめろと、涼介はおなかを抱えて声をあげる小悪魔に恨めしげな視線を送る。

 館の者たちとゆったりと平和な時間を共有する。この、朗らかで、明るい空気が、この館の者たちに棘の様に刺さっていたフランドールの問題が解消されたことで流れているのなら、それは涼介にとって望外の喜びだ。

 そして時間が流れ、吸血鬼の姉妹が目をさまし、晩餐が始まる。

 

「やぁ、涼介。いい夜だな」

「そうですね、レミリアさん」

 

 寝起きから、血液入りのワインを飲むレミリアが機嫌よさげにグラスを揺らす。隣ではフランドールが血液入りのトマトジュースを飲んでいる。アルコールはまだ様子見だ。

 

「昨晩はどうでしたか?」

「幸せだったさ。言葉で言い表せないほど、な。多くの事を、様々な話をした。時間が足りず、つい朝日が昇り切ってしまうまで話し込んだよ」

「焦らなくても大丈夫ですよ。それこそ、今まで以上の、今までが短い間に思えるほどの先がありますよ」

「そう、だな。私たちの時間はここから新たに始まるんだ」

 

 そう言いレミリアはグラスを乾かす。その言葉に何か思うことがあるのか、お代わりを注ぐ咲夜が一瞬涼介をみてくすりとほほ笑む。

 その光景を視界に入れたレミリアは、おやと小さくこぼし、その後笑みを浮かべる。

 

「ふむ、お前なら構わんぞ」

 

 その言葉に涼介はやめてくれ、何が構わないのかは聞かないが、ここにはパチュリー、美鈴、小悪魔もいるのだと顔をしかめる。

 後で何を言われるのか想像するのも恐ろしい。首をかしげる天然の咲夜と、みんなでとる食事に夢中なフランドールだけが涼介の心の癒しだ。

 

「あぁ、まったく。ここは悪魔ばかりだな」

「当り前さ。ここは悪魔の巣窟、紅魔館なのだから」

 

 機嫌よさげなその様子が涼介にとって憎らしい。涼介のジトッとした視線さえ良い酒の肴とでもいうように、くつくつと笑いながらレミリアは杯を重ねる。

 

 

 

 食後、大図書館に移動し卓を囲む。せっかくということで涼介が珈琲とお茶請けとしてのクッキーを作り提供することになった。

 なんだかんだ言って、やっと出張営業らしいことをした気がするが涼介は気にしないことにする。

 

「さて、フランも随分と落ち着いたようだ、改めて感謝をする涼介」

 

 レミリアが、大図書館内で咲夜、美鈴、小悪魔と鬼ごっこをして走り回っているフランドールを遠くに見つめながら改めて感謝を口にする。

 地下室ではできなかった体を動かす遊びだ。涼介では相手にならないから、飛べる小悪魔と二人でやらすのもあれなので出来なかったのだ。

 

「彼女の今までの忍耐とがんばりのおかげですよ。私はきっかけを与えただけです」

「そのきっかけが大きいのさ。私たちではそれさえ叶わなかったからな」

 

 そのレミリアの声は少しだけ悔しそうだが、悲壮感はない。彼女は過去を悔いているが、前を、未来を見据えている。

 

「……では、その感謝、しかと受け取らせていただきます」

「はは、口調が固いな。もっとくだけた言葉で構わない。友人の様に接してくれ」

「わかりました。では、他の方と同じように」

「それでは、本題に入ろうか」

「そうですね」

 

 そう応え涼介は一口珈琲をあおる。それに対しレミリアが真剣な表情で告げてくる。

 

「涼介、お前咲夜とどこまで進んだのだ?」

「ごほっごほっ」

 

 予想外の出来事にむせ返る。予想外の所から水月を殴りこまれる様な威力だと涼介は咳き込む。

 

「れ、レミリアさん!!」

「あぁ、すまない。少し浮かれているみたいだ」

「まったく、冗談もほどほどにしてくださいよ」

「あながち全部冗談でもないさ。お前が咲夜と添い遂げたいというのなら紅魔館で雇ってやろう。考えておくといい。そうだな、フラン付きの執事長の立場でも用意しておくさ」

「……私は喫茶店をやめるつもりはありませんよ」

「今はそれでもいいさ。先の事は分からないものだ。運命を操れるこの私にさえね」

 

 そういうレミリアは楽しげに珈琲を口に運ぶ。パチュリーはその様子をやれやれとでも言いたげに眺めている。

 

「さて、そろそろ真面目にしなさいレミィ」

「あぁわかったよ、パチェ。さて、涼介よ。これからどうする?」

 

 やっと本題に入れそうなことに涼介は安堵する。

 

「そうですね。最終目標はスペルカード戦が出来るようになることですね」

「と、いうと?」

 

 レミリアが机の上で組まれた手の上に顔を置きながら涼介へと問う。

 

「これからの幻想郷はスペルカード戦が主流となります。それを使い異変を起こした貴方達もそれは承知していますね」

「あぁ、もともとそれを広めるためにこの異変を起こした所もあるさ」

「なるほど」

 

 紫はこれを見越して10年前に盟約を結んだのか、あの人の頭脳には恐れ入ると涼介は内心舌を巻く。

 

「それならなおの事スペルカード戦が出来るようにならないといけませんね。スペルカード戦とは美しさと思念をぶつける闘いです。そして、相手を殺してはいけない。だからこそスペルカード戦がマスターできれば外にも自由にだしてもいいのではないかと考えています」

「だからこその最終目標か、なるほど」

「だとうな目標設定ね」

 

 レミリアとパチュリーが納得を示してくれる。

 

「スペルカード戦はレミリアさんが教えてあげてください。そして、最終試験の相手として魔理沙と霊夢の二人と対戦してもらいます」

「それで暴走しなければ合格か」

「はい。それで練習相手をレミリアさんにお願いするのは、怪我をしても大丈夫だからという理由です。すみません、こんなことを頼んでしまって」

「問題ない。せっかくだから姉妹仲良く目一杯運動するさ。それにいつか来る姉妹喧嘩の予行にはぴったりだ」

「そういって頂けて安心です。フランはもう能力を使うことはほとんどないと思います。どうやら、彼女は自分の能力を忌避しているところがあるみたいですしね。だから、大きな危険はないかと」

「それを聞いて安心さ。さっそく今日から初めようか」

「練習場所は地下室で大丈夫かしら?あまり外で何度もどんちゃん騒ぐのもね」

「それがいいだろうな、パチェ」

「さて、話はこれでまとまりましたかね」

 

 乗り気な二人に涼介は安堵する。さて、これで話はまとまったと三人は行動を開始する。

 

「それでは、レミリアさん。お願いします」

「あぁ、私に任せてくれ。あの子のためにこんな大役をもらったのだ。演じきって見せよう」

 

 レミリアが立ち上がり堂々たる姿でそう応える。あぁ、きっと、フランはもう大丈夫だろう、その姿に涼介は確信する。

 そして最後の仕上げの大準備の幕が上がる。たった一人の女の子のために開かれる晴れ舞台はもう間もなく始まる。


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