暗い、暗い一室。
とある監獄の中にあるその部屋には、8メートルを越す巨大な怪物と、怪物に比べれば豆粒のように小さいプレイヤー達が死闘を繰り広げていた。
「くぅっ!」
「……んっ!」
「ぐふふふふ!まだです。まだ耐えられますよぉぉぉ!」
「……」
「にゃはは〜」
「バニラちゃん、もう一段ギア上げるよー!」
骸骨模様のバラクラバを被った男《スカル》のSCAR-Lが5.56x45mm NATO弾を弾き出し、それらは怪物ーーー《看守長》の顔に、それも約7割強の確率で左右どちらかの不気味な眼球に突き刺さっていく。
ベテランfpsプレイヤーの熟練したエイム力は的がデカくて助かるとでも言いたげに全身から力を抜き、《看守長》の攻撃に備えつつヘッドショットを連続して当てていく。
続いてバニーガールのようなウサギの付け耳とチェック柄のマフラーで顔の半分を隠す黒髪の少女《グレムリン》は両手に保持したMK11 mod0を撃ちながら器用にストレージを操作して手榴弾やクレイモア、他地雷などを巨大の進路方向や動きを予測して設置、更に味方が危険だと思ったならば支援行動に移るなど、ちょこまかと動きつつ安定したサポート支援を行なっている。
対して一見無謀とも言える特攻をかますのは牛の姿形を象ったプロテクターを見に纏う小太りの男、名は《牛カルビ》。
彼はその手に持った片手用のアックスで巨大の足を切りつけ、更に片手で握ったショットガンを撃ち込んで近距離による大ダメージを着実に与えているが、敵に最も近い距離に立ち回りをしているため、自慢のプロテクターは傷だらけになっている。
だがしかし、それすらも誇りであると言わんばかりに真っ向から立ち向かう姿は他のプレイヤー達に「クレイジーだ」と思われていることに彼は気付いていない。
そしてそんな彼の背後で寡黙なガッチリマッチョの《池尻》がRPD軽機関銃を乱射する。
通好みの軽機関銃から吐き出される7.62x39弾は元々の反動もあってかあまり射撃精度はよろしくない。
が、RPD軽機関銃はそれを想定して反動抑制用の二脚のバイポッドが標準装備されているのだが、今回池尻は反動安定のバイポッドを使わず、こまめに足を動かし、自身の筋力値で強引にRPD軽機関銃の《看守長》の巨体に照準を合わせていく。
まるでじゃじゃ馬の手綱を握っているような池尻はニッ、と微笑みながら視線はそのまま《看守長》へ固定している。
容姿が瓜二つの《チョコ》と《バニラ》のコンビは《看守長》の股の下を潜ったりと、存分に敵をおちょくっている。
どうも《看守長》を絶叫系アトラクションか何かと勘違いしている。
そしてスカルはそれを見て(これが若さか……)などと考えているが、スカルの中の人は今年で21、バリバリの大学生であった。
「それに、しても、全然、死にそうにないぞ!こいつ」
「ぐふっ、私のお牛さんアーマーレベルの固さですかぁ!なるほどなるほど」
「………右に寄せて。クレイモアで動きを止める」
インカムからボソボソとグレムリンの声、彼らはさっと身を翻して《看守長》を誘導し、見事怪物の片足が爆発と共に粉微塵に吹っ飛ぶ。
「クフォクフォクフォクフォクフォクフォ」
「再生……死ぬのか、こいつ」
だがしかし、見る見るうちに《看守長》の足が再生、怪物は再生した足でもって床を踏みしめ、新品の足の状態を確かめている。
「……ボク思うんだ。これ、勝ちそうになくない?…それにボク、そろそろ眠くなっちゃった……かも」
「バニラちゃんも疲れたにゃー!」
「……確かに、これではジリ貧か」
むしろ徐々に押され気味だ。
しかしここで幸運男の《アリーヤ》からメッセージが、内容は《看守長》の倒し方について。
それによると、《看守長》の設定は監獄を装っている裏で囚人を実験台にしていた研究施設の所長が囚人の反乱で死亡、その時に死亡した怨霊達が集まって監獄を超巨大モンスター《クリスタルプリズン》に変質したわけで、クリスタルプリズンを破壊するには監獄内部に巣食う悪霊どもを消滅させなければならないのだとか。
「悪霊の親玉は全部で6。その中で倒しているのは《死神》、《マーダーキメラ》。まだ倒せていないのが《看守長》、《処刑人》、《殺人鬼》、《狂った研究者》だ。《狂った研究者》はあいつらが始末するらしい。俺たちは《看守長》だ。どうやらこいつは囚人を殺すのが好きな残虐性のくせして臆病者の小心者。自分の心臓を後生大事にこの部屋のどこかに隠していたらしい」
暴れる《看守長》から距離を取りつつ周囲を見やる。
机、棚、タンス、観葉植物、額縁、ライトスタンド、シャンデリア、ベット。
順当に考えればこれらのどれかに《看守長》の心臓が隠されていて、それを破壊することで《看守長》は消滅する。
しかし悠長に探そうとしても《看守長》が暴れていて手がつけられない。
ならばどうするか。
答えは簡単ーーー、
「プラズマグレネードで全て吹き飛ばせ」
それぞれが手にしたプラズマグレネードが部屋の至る所に放られる。
時間は3秒、投げたら即撤退!
そそくさと獄長室を逃げ出すと扉の先から眩い光と爆発と爆風と悲鳴が。
再度部屋を除くと、そこにはプラズマグレネードの威力でぐっちゃぐちゃに破壊された部屋と悲壮感漂うようにポリゴン片と消えていく元部屋の主人の姿だった。
「………《なりきり看守たんコス》……ふふっ」
「チョコちゃん。元気出すにゃん」
「ぐふふふ。着てみてはいかがですか?案外似合っているかもしれませんよ?ぐふふ」
「………!!もー!いやだー!!なんでボクだけこんな痛いコスプレセット拾わなきゃならないのー!?全くもって意味不明〜!」
プラズマグレネードを放り投げた場所がたまたま《看守長》の心臓を隠した場所だったのだろう。
見事ラストアタック賞に輝いたチョコが拾ったドロップ品は、《なりきり看守たんコス》であり、女物の看守……というか是非女王様と呼ばせてください、と卑しい豚どもが喜びそうな服装だった。
こんなの趣味じゃないってー……でもアリーヤ好きそうかもにゃー、アリーヤはああ見えてドMと見たにゃー……などとじゃれ合っているバニラチョコを尻目にスカルがアリーヤと連絡を取る。
「アリーヤ達に《看守長》討伐完了のメッセージは送っといた。俺たちはこのまま下に降りて《処刑人》と《殺人鬼》を狙うぞ」
スカルの号令に他四人のプレイヤーが追従する。
クリスタルプリズンとの戦いも、残る4体の準ボスモンスターを倒して終わりだろう。
しかし気を緩めるつもりはない、と一行は階段を降りていった。
そしてそこで見たのは、
「なにこれ」
「さあ?わかんにゃい」
「……」
「………仲間割れ?」
「それはそれは、好都合だ」
包丁両手に高笑いをあげる2メートル大の囚人服の男と、2メートルほどのハルバードを振りかぶる170程の身長をしたいかつい形相の男だったーーーーー。