おかしい。五千時程度に済ませるはずがトップレベルで長くなってしまっている。
人を誑かす者。
超常を操る者。
善を貶める者。
おおよそ全ての人間に忌み嫌われ、故にこれらはこう呼称される。
----悪魔。
いつの時代からか、彼らは常に人と共に存在し、その魔性の力で多くの人間を魅了してきた。
異端であると知りながら悪魔の力を求め、彼らと契約を交わした人間は歴史の影に必ず存在する。
悪魔あるところ。それは人類の変革の時であり、悪魔にとってもっとも都合よい時である。
変革の時。それは世界全てが転生する時。
転生の時。それには破格の激痛が伴う時。
激痛の時。それらが表すのは、生まれ変わるために流される膨大な血、血、血。
歴史の節目にこそ、必要不必要関わらず多くの血が流れた。概念の更新にこそ、強欲を肥やすための多くの悪逆が生まれた。
これを好まずとして何を悪魔と形容しよう。
人間の時代など、所詮は悪魔の苗床に過ぎない。
「----だからこそ、マスターには是非とも人理を救ってもらわねばなりません」
多目的広場。通称リラックスルームと呼ばれるここは、くつろぐのに十分な数のソファや机が置いてあるだけの休息の空間。
今はしんと冷え切った空気の中、ソファに腰かけてひとりそう零す金髪の青年。
目元はサングラスに隠されているが、剥き出しの口元には冷淡さを感じさせる笑みが張り付いている。
加えて仕立ての良い白のスーツと、伝説や神話に語られし古代の英霊にしては、やけに近代的な衣装が異質さを引き立てていた。
「おやぁ? これはこれは、誰かと思えば貴方様でしたか」
静謐に包まれた彼一人の空間に、素っ頓狂な声で介入者が現れる。
レンズ越しに瞳だけ滑らせ声の鳴る方へ視覚を向ける。そして、そこに映りこんだ奇怪な姿の人物に、笑顔の種類を柔らかなのものへと変えた。
「こんにちは、メフィストさん。珍しいですね、貴方が白昼堂々と通路を闊歩するなんて」
サーカス団のピエロをひどく歪ませたような姿をしたサーヴァント----メフィストフェレスは、今しがた悪戯が成功して喜ぶ子供のような純真なスマイルを浮かべていた。
「珍しいですか? そうですかね~。私ほど何の気兼ねもなくここを歩けるサーヴァントはいないと思いますよ? なぜかって、そりゃ私罪悪感ありませんから」
「また誰かをからかってきた帰り、ということですか?」
「ピンポンピンポンピンポーーン! 最近あのおチビ作家さんをからかうのが楽しくてしょうがないんです。その方曰く『お前の声を聴いていると無性に腹が立つ! アヒルが醜い時の白鳥の子を見ていた時の気分そのままだ!』だそうです。全くひどい、メッフィー泣いちゃう」
「号泣するならどうぞ、ハンカチあります。それにしても声真似上手ですね」
「あ、どうも」
言って、青年からハンカチを受け取るメフィスト。
今にも涙がこぼれそうなほどくしゃくしゃに顔を歪めていたメフィストは、受け取ったハンカチで気持ち良い音を出して鼻をかんだ。
「それで、アナタはここで何を? ウサギでも捕まえるトラップ仕掛けてました? マックスウェルさん」
複雑な笑顔でそれを見届けている青年に濡れたハンカチを返却し、うってかわって感傷など微塵も感じさせない溌剌とした笑みで青年----マックスウェルに尋ね返す。
「いえ、生物学は管轄外ですから。動物の思考回路を先読みとか、そんな非論理的なことできませんし」
自虐的に述べて、マックスウェルはメフィストが姿を見せた方角と反対側の通路を指さした。
「もうすぐマスターがレイシフト先から資源調達の任を終える頃です。
机の上に置かれている、手の付けられていない珈琲。
マックスウェルが多目的広場に居座ってから十分ほど経っているが、濃度の高い茶色の水面は今まさに淹れたとばかりに湯気を放ち、挽き立て豆の香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「フフ、フフフフ。それは
「それは貴方も同じことでは?」
「ところがどっこい、これでも私サーヴァント! どのサーヴァントよりもサーヴァントであると自負しております故。執事の真似事程度、生前で体験学習は済ませています」
「へぇ、それは意外ですね。その時仕えていた主人は----尋ねるまでもありませんね」
疑問の途中で愉快そうに口の端を釣り上げたメフィストを見て、マックスウェルは苦笑して嘆息する。
「でも否定はしませんよ、ええ。そういう行動は『賢い』と評されるのが常ですから。主人の信頼を勝ち取るのに、悪魔的に言わせれば手段もくそもありません」
「おや、メフィストさん。そういう言葉はよろしくないですよ?」
思わぬ注意を受け、不意を突かれたメフィストきょとんとした顔をする。
対してマックスウェルはカップの取っ手を掴み、ゆっくりと手で軽く回しながら微笑した。
「『賢い』という言葉。私は思うのです。この言葉にこそ、人間を人間たらしめるエッセンスが全て詰まっていると」
ゆったりとかき混ぜられる珈琲。徐々に落ち着いてきたはずの香りと湯気が、再び熱を入れられたかのように温かみのある白気を醸し出し始める。
「なぜなら、『賢い』ということはAとBの知能を比べている時に発言するもの。比較対象が何であれ、最終的に『賢い』の定義でランク付けするのは誰でしょう?」
鴉とイルカでは、イルカの方が賢いと言われている。
イルカとチンパンジーでは、チンパンジーの方が賢いと言われている。
この世の生命は大小あれど知能を有する。無論、知能が高いほど種して優秀であり、自然を生き抜くことに適している。
だが彼らはその生涯の中で、自身と他者のどちらが知能で勝っているかなどと考えることはない。
では、この知能指数を比較し、それを格付けしている裁定者は何者なのか。
「----そう、他ならぬ人間です」
鴉よりも、
イルカよりも、
チンパンジーよりも、
何者よりも知能で勝っていると自負している種族こそ、頼んだわけでもなく他者同士を比較して優劣を決めてしまう。
「すごいですよね。何かと何かを勝手に比較して、勝手にどっちが上かって決めつけてしまうんですから。そのくせ、『賢い』ランキングの最上位は自分たち人間だと信じて疑わない」
あの動物はなんと愚かなのだろう。その棒を使って餌を揺らせばとれるというのに。
あの動物はなんと愚かなのだろう。その台を持ってくれば餌に手が届くというのに。
あの動物はそれができない。自分たちはそれが思いつく。
自分達こそ最優の生命体である。
最優だからこそ、知識の更なる探求を開拓する権利がある。
「自分たちが一番上だということを絶対条件にして、世の中の智慧にあれこれ優劣を決めてるんです。それ----まるで神様みたいじゃないですか?」
何が違うだろうか。神の都合で人間の女が神の子を孕ませられるのと、より優れた種族を造るためにラットで交配実験を重ねる人間のと。
魔術の探求と称して他者の肉体を愚弄し、命を奪い、魂さえ穢すのと。
神は不条理で理不尽だ。しかし、それ以上に恩恵を世界にもたらす。
では人間が世界にもたらすのは----
「その過程で生まれたのが私、ひいては悪魔そのもの。強欲に知識を求め、より盤石なる絶対優位を保つため、人間より上位の存在がいるという概念を定義付けして我々をこの世に喚び込んだ。そして、その悪魔や神からでさえ智慧という権能を根刮ぎ奪い取ろうとしてくる」
ああ恐ろしい、と言葉とは裏腹にマックスウェルは愉しそうに唇を歪めていた。
彼の生まれた経緯、そして拒絶された経緯。
自分勝手に「私」という概念理論を定義しておきながら、「私」を否定するために多くの学士が理論を述べ、そして----。
だが、人間のその身勝手さこそ、悪魔として定義された彼が愛すべきものである。
「----良いのではないですか? 人間は私達を求め、私達も人間を求め。これまさに相思相愛! ああ、なんと素敵なラブストーリー! みんな幸せハッピーエンド、終幕まで3、2、1!」
バァン、と掌で何かが爆発するジェスチャーをとり、メフィストは嘲笑う。
メフィストとてそれは同じこと。人間が身勝手ということは、とっくの昔に承知している。
だから彼は人間に従う。その傲慢さが隙を見せた時、最高の絶望と堕落を肉体と魂に刻み付けるために。
それこそが愉悦の悪魔して、彼が求められているもの。
「そう考えると誠に皮肉な話ですね、彼らは。----いや、今の場合だと
「うふふふ、本当に可哀そうな話でございます。人間に求められてこそ悪魔。しかし
二人が脳裏に弾き出したのは、この壮大な異変の元凶。
七十億人を気付かれないまま殺し、人類が三千年積み上げてきた歴史すら奪い去った魔術の祖----魔術王。
その魔術王に使役される、合計七十二柱の魔神。
味方につき、敵につき。各特異点で魔神柱と双方に関わったからこそ、メフィストは彼らを笑う。
「
ケタケタと憐れむようにメフィストは笑い続ける。名だたる悪魔の中でも最上位の知名度と権能を有する
一つの悪魔として、一つの「個」として存在が許されないからこそ生じた「全能感」こそを彼は憐憫した。
故に、やはり
否、メフィスト以上に世界を、
そして人類を等しく憐憫する
「仕方のないことです。
「全くその通りでございます。メフィストクエスチョン問1、悪魔とは何か。実に簡単な問いかけです」
だらりと肩を垂らし、奇妙な体勢のまま脱力しながらメフィストは不気味に笑みを浮かべる。
「忠実であること。それが悪魔を悪魔たらしめる最も強力な楔に他ならないですからねェ」
続けてかっくりと壊れた人形のように首を傾け、仰々しくわざとらしい動作でメフィストは優雅に首を垂れる。
それは誰に向けての忠義の証か。
答えは、くつくつと顔を見せないまま何かを堪えるメフィストが明かしていく。
「ええ、ええ。
直後、弾けたように耳障りな大笑が通路を支配した。
オーバーアクションで大きくのけぞりながら壊れた笑い袋のように彼は奇笑をあげる。
ゲラゲラと甲高い雑音が響く。目頭を押さえ、舌が垂れるほどに爆笑する。
「ヒィーッヒッヒッヒッヒッヒッ! そう、私は私自身にとても忠実でございますー! 私がやりたいと思ったらすぐ従いますよ、はい。私に!」
のけぞった体勢から瞬時に上体を起こし、メフィストはマックスウェルの鼻先に急接近した。
サングラス越しに、彼は業務的な笑顔のまま眉一つ動かさない。気にせずメフィストは続ける。
「そして私がつまらないと思ったら----どうなっちゃうと思います? イヒッ」
奇怪な声できしりと歯を見せる。
問いかけの答えを暗示するかのように、メフィストはいつの間にか手にしていた鋏をこれ見よがしに見せつけた。
汚れも刃こぼれも、血の一つもない綺麗な両刃。
それだけに、ぎらりと反射する光がその清潔な刃の裏に潜む残忍さを、おくびも隠さずにあてつけてくるように見えた。
「さて、どうなるのでしょうね。どちらにせよ私には関係ない話。貴方は貴方で私は私、所詮はそういう仲でしょう」
あくまで冷ややかに。マックスウェルはそう返す。
すると、メフィストは途端につまらなそうに唇を尖らせて分かりやすく不貞くされた。
「えぇ~。そこはテンション上げてくのがノリじゃないですかあ? 人が頑張ってムードあげていくのに冷や水ぶっかけられるのはよくないと思います。あっ、私、人ではなく
「頑張らなくても常テンションそれじゃないですか。結局のところ、何が言いたかったんです?」
途端、待ってましたとばかりにメフィストが姿勢を正し、大袈裟に両手を広げて楽しそうに口を開いた。
本当に、心の底からその境遇を楽しんであげているかのように。
「つまるところ! わたくしは
「私の場合はデービルというよりはデーモンの類ですけども。あっ、心臓は落としませんのであしからず」
さてそろそろ、とマックスウェルは静かに立ち上がり、置いていたカップを片手にそのまま足を運ぶ。
当然のようにメフィストもそれに続き、二人は多目的広場を後にした。
二人は通路を肩を並べて歩いた。
マックスウェルは
「何もあなたまでついてこなくても」
「いやはや、別段理由はございません。なんとなく愉しそうな匂いがしたもので」
「それはなんと悪魔らしい理由で。私たちに限っては生粋の悪魔と呼んでいいのか分かりませんけど」
「何をおっしゃいますやら? 私もあなたも人間に望まれ、このつまらない世界に刺激を与えるために生まれた者同士。人間はいつだって求めるものなのです。そう、悪魔を! であるならば? 私達も紛れもなく『メフィストフェレス』で『マックスウェル』でございます」
「そうですね。ええ、確かにその通りだ。我々は常に望まれる。『存在するな』という拒絶と、『存在していてほしい』という懇願を同時に望まれる。そういう矛盾した存在が、歪められて悪魔を自称するのでしょう」
何気ない軽口を交わしながら、二人は通路を歩き続ける。
二人が目指すのはマスターのマイルーム。
マックスウェルの見立てでは、レイシフト先での資源調達を終えて、自室でゆっくりと休息をとっている頃だろう。
そこへねぎらいを兼ねて珈琲を差し入れに行く。と、ついでに来たメフィストは、面白おかしくマスターをからかい倒すつもりなのだろう。
「ところでマックスウェルさん。貴方様、此度の召喚ではどんな具合になってます?」
といって、懐から分厚い物理論の参考書を持ち出してケタケタと大笑する。
サングラスと浮ついた口元で固定したまま、マックスウェルは沈黙を貫く。
「う~ん。ならばならば、この場で確かめてみましょうか」
それを勢いよく振りかぶったところで、マックスウェルから即座に降参の白旗が上がった。
「わかった、わかりましたって。そうですよ、
「おっとそうでしたぁ~! メッフィーてばお茶目さん! どれどれ試しに一つ」
エイッと気の抜けた掛け声で、メフィストは振り上げた
思わず目をそむけたくなるような重みと重音が鳴る。実際その悼たまれない光景に、マックスウェルは姿勢を正したまま首だけ逸らしていた。
「グッヘェ! こりゃあいいですね~疲れた体にシャキッとトドメが刺されます! ああ衝撃で善と悪の私に別れてしまいそう!」
言動の割には愉快そうに早口でまくしたて、それでもやっぱり効いたのか地面に顔面から倒れ込むメフィスト。
だらしなく舌を垂らして白目を剥き、心なしか頭上にひよこなり星なりが回って見える。
言わんこっちゃない、とマックスウェルは心配して倒れ伏す彼に近寄った。
その瞬間----
「----それで。先程の言葉は、そういうことでよろしいのでしょうか?」
僅かにサングラスがずり落ちる。にったりと、まるで痛みが効いていないようにケロッとしたメフィストとばっちり目が合ってしまった。
元々サーヴァントの身である彼からすれば、何の神秘性も持たない
ひとえに彼のとち狂った、そして芝居がかった演技だからこそ、そういう風に見せられてしまった。
---- 一本取られましたか
マックスウェルは苦笑を浮かべ、サングラスを正してから彼の問いかけに同意を返した。
「ええ。その通りです。私は貴方の攻撃では倒されることはありません。ただ、
悠々と、なんてことのないように、彼は自らの弱点を易々と語った。
マックスウェルの悪魔。
それは一人の天才数学者が知識の果てに生み出した妄想の怪物。夢のような悪魔。
暖と冷を分けるのに必要なエネルギーがないとしたら----
そんな夢物語のような話から生まれ、しかし当時誰もが彼の存在を否定できず、逆説的に彼は存在することになってしまった。
しかし、1980年代に「マックスウェルの悪魔」と名付けられたこの法則は完全に「存在しない」と否定されてしまっている。2016年ともなれば、否定方法がその辺で販売されている物理の参考書に掲載されるくらい有名な話だ。
故に、「マックスウェルの悪魔」を否定できなかった1980年より前の英霊に、彼は決して滅ぼされることはない。
そして、「マックスウェルの悪魔」が否定されたそれ以降の英霊、ひいては彼のマスターや残存カルデア職員には素の能力ですら彼は劣るだろう。
「やっぱりあれですかね。ここがどこの時間軸とも切り離された隔絶空間だからでしょうか。私としても変な気分ですよ、誰かと会うたび『あ、こいつに勝てるな』とか『あっダメだこれ死んじゃう』とか沸き起こるのは」
彼の強さは彼が呼ばれた年代にて変貌する。
ならば、それらすべてが焼却されたカルデアではどうなるのか。
その答えは、相対する者によって不死性が変化するというものだった。
例えば12世紀そこらのリチャード一世が彼と遭遇した場合、彼の不死性は絶対のものとなり滅ぼされることはない。ただし殴られると痛いし斬られると血が出る。沖田さんが既に証明済みである。
反対に、彼の存在が否定された現代社会においては、彼は一般的な理系学生にすら及ばないだろう。その法則を否定される式を突き付けられるだけで問答無用で消滅してしまう。
人理の焼却された現状、カルデアの時間軸は「2016年」でもあり「それ以外」でもある。
よって、時代を遡るごとに不死性が絶対的なものとなるマックスウェルの悪魔は、自分を認識する者が「証明前」か「証明後」によって目まぐるしくパワーバランスが変動するという曖昧な存在と化していた。
「キッヒッヒヒヒヒ! ヒィーハハハハハハホホホホホホホヴォフォェッ!」
今日一番の爆笑が周囲にこだまする。
あまりに笑いすぎたのか、激しく咳き込んだメフィストは必死に胸を叩いて呼吸を落ち着かせようとした。
「ゲホッ、ゲホッ、ン、ンンッ! 面白い! 面白いですねえそれ! なんですかそれ、人によって死ぬか死なないか変わるって。なんとアンバランス! 理詰めが得意分野のあなた自身が非理論的で曖昧とは!」
一しきり笑い飛ばした後、次第に落ち着いてきたのか少しずつ笑い声が収まっていく。
それでも引き裂いた口元はこれ以上ない満面の笑みだった。
楽しそうに、実に楽しそうにメフィストは笑う、全てを笑い飛ばす。
「マックスウェルの悪魔。完全に否定された法則。究極なまでに論理的に拒絶された概念。それなのに、それが形となった悪魔が、『完全』を理想とされた法則とは真逆の『変化』し続けるサーヴァント! 学者マックスウェルが聞いたら驚天動地極まれり!」
だから面白い! とメフィストは一蹴する。
この変わり続ける世界を。悪魔さえ変えてしまう世界を。
その世界を支えていく人間を。その希望を、絶望さえも笑い飛ばす。
人理焼却に手を貸すのも、世界を救うなんて大それた思想の下ではない。
面白いから。
人理を使って何かを企てる者も、それを阻もうとする僅かな人間たちの足掻きも。
その結果で世界が終わったとしてもメフィストフェレスは悲観しない。
この世界が瓦解していくその最期の瞬間まで、メフィストフェレスは全てを笑い続けるだろう。
「それはそうとして、マックスウェルさん。いい加減それが何なのか教えてくださってもよろしいのでは~?」
ねっとりとした視線でメフィストが指し示すのは、マックスウェルがずっと片手に携えていたカップ。
中に注がれた珈琲は未だに湯気を上げている。
「これですか? 見ての通り、珈琲でございますが」
メフィストの笑みが深まる。
その先を、と言外に急かしていた。
「はいはい。----メフィストさん。貴方は我らがマスターのこと、お気に召してます?」
メフィストの表情は笑顔のまま。是とも否とも口には出さない。
それでも同じ無辜の悪魔同士。互いに伝わるものなどいくらでもある。
マックスウェルは返答を待たずに話を続ける。
「そうですか。そうでしょう。しかし悲しきかな、マスターは今を生きる人間。我々が関わろうとそうでなかろうと、いずれはその命を終える身。そのような逸材をこのまま失うのは実に惜しい」
「その心は?」
「----マスターには世継ぎをつくっていただかないと」
愉悦に満ちた両者の笑みが、三日月のように大きく吊り上がった。
「心ある善意の魔術師の方から、そんな感情を呼び起こす薬品をちょいと垂らしまして。ええ、ちょいとですよ。ホントホント」
「心ある善意の魔術師さんですかぁ。さぞかし善と悪の矛盾した思想を抱えている素晴らしい方なのでしょうね~」
----良かれと思って。
強力な速攻作用を持つその霊薬を生成した天才錬金術師は、後日ルーラー警察に尋問された際にそう証言した、と語られている。
「さて、そういうわけで早速向かいましょう。疲れたマスターには心地よい珈琲を飲んでリラックスしていただかなければ」
「そうですその通りぃ。善は急げと言いますし……おや、あれは----」
意気揚々と
その進行方向から、何者かが目にも止まらぬ速さで路道を疾走していた。
落ちかけた陽が照らす空のような艶やかな紫髪。
存在そのものが蠱惑的と言えるほどに瑞々しい肢体。最低限の箇所だけを隠した衣装。
そしてある一族の長が代々被ってきた、不気味な骸骨の白面。
「これは静謐の翁さん。どうされまし----」
アサシンのサーヴァントとしてカルデアに召喚された英霊、ハサン・サッバーハ。
歴代十九人の長が全てこの名を受け継いでおり、彼女は便宜上「静謐のハサン」と呼称されている。
全身を毒に浸し、髪の一本から分泌される体液までが致死量の猛毒。
そして何より、マスターラブ勢の強大な勢力の一員なのだが----
「◇#●★¥◎§@*>ッ?!」
その彼女が、言語にしがたい素っ頓狂な悲鳴を上げて疾駆していた。
否、その走りは疾駆ではなく逃走のそれだった。
「……どうかしたのでしょうか」
「惜しいですねえ。ボイスレコーダーとかあればいいもの録れたのですが」
戦場や敵地からの帰還でなら理解できるが、ここはカルデア。
多少なりとも危険性の高い英霊は滞在しているが、全身猛毒の彼女が全力で逃走する相手など果たしていただろうか。
だが、次いで進路から現れた二体の英霊に今度こそ二人は目を見開くことになる。
「何なんですか、あれは……! あんなの反則です! ちーとという奴です! 静謐さんはいつの間にかいなくなってしまいますし……!」
「くっ! 我ら二人をもってして撤退せざるを得ないとは……! この頼光、武士として一生の恥!」
清姫。
源頼光。
どちらもカルデアに召喚された英霊。竜に変身できる力と魔を払う力を振るう二人は、カルデアの中でも強力な戦闘能力を誇ることは間違いないだろう。
しかしこの両者の名は、先の静謐のハサンと合わせて別の意味でカルデア内に知れ渡っている。
通称『マイルームの寝床に勝手に入り込んでくる』トリオ。
命以外の別の物を奪われそう。
宇宙の根源的マイナス波動を感じる。というか匂いでマスターを探知する。
愛の力で溶岩の中を遊泳したという話はあまりにも有名。
そのような物の怪三人衆が退却しているのだ。
それはつまり、この先に彼女たちを退かせた張本人がいるということ。
「なぁんだか面白そうなことになっているようですねぇ~マックスウェルさん?」
「……嫌な予感しかしないのですが」
「----去れ、魔であることを強いられた者達」
室内の温度が、急激に冷えたような気がした。
いや、実際に待機中の温度が下がっていた。冷え切った山頂ではないかと思えるほど凍える気温に床や壁が僅かに霜を帯びた。
マックスウェルがあれだけ保温していた珈琲でさえ、水面から瞬時に凍り付き始めていたのだ。
「----ッ!」
姿も何もまだ見せていない。だが、二人は思わず首に手を伸ばしていた。
ともすればこの瞬間、自分の身体は既に首と永遠に分かたれていたのように錯覚したからだ。
「契約者は疲弊している。故に、契約者を守護することが我が使命哉」
がしゃり、と金属がこすれ合う重厚な音が鳴り響く。
電灯で照らされていたはずの通路の奥が、竜の潜む巨大な洞穴の最奥に続いているかと錯覚するほどに、圧倒的な重圧が周囲を覆いつくした。
そして次の瞬間、それは闇を纏って通路奥から顕現した。
「なれば、それに仇名す愚か者共には鉄槌を下さねばならぬ。されど命までは剥奪せん。晩鐘が汝らの名を指し示すその刻まで----」
死が、歩いてきていた。
そう形容するしかないほど、濃密な死が騎士という形をもって迫ってきていた。
コツンと響く足音は、自らの命が絶たれるまでのカウントダウンだろうか。
遠方から此方を見据える青白い双瞳は、吹けば掻き消えるような己のか細い命の灯だろうか。
死神と呼ぶにはあまりに猛々しく。剣士と呼ぶにはあまりに絶望的で。
少なくとも----悪魔程度の命なら容易く摘み取る
「----おやおや。おやおやおやおやおやおや。これ、ひょっとしてピンチなのではぁッ! マックスウェルさん、法則否定パラメーター的にはいかがです? 今、不死ってます?」
「あ~……。その、おそらく年代的には勝てますけど……。無理です、多分問答無用で斬られます」
「…………」
「…………」
「よぉし逃げましょ~う! イヒヒヒヒヒ!」
「撤退ーー! 総員撤退ーー!」
人も、神も、怪物も、悪魔も、そして暗殺者も。
等しくカルデアは----人類最後のマスターは受け入れる。
なぜなら、生前彼らが何を成し、何を犯していたとしても。
マスターにとっては、偉大なる先人たちに変わりはないのだから----。
尚、最近寝つきがよくなったとマスター本人は語っている。
---------------
クラス:キャスター
真名 :マックスウェルの悪魔
キャラクター紹介
とある数学者が根源を求め、その過程で生み出された妄想の悪魔。
全人類が求める「無限のエネルギー」という欲望を血肉として降誕した。
パラメーター
筋力:-
耐久:-
敏捷:-
魔力:-
幸運:-
宝具:EX
小見出しマテリアル
沖田や信長とは敵対した者同士。
されど今回はマスターを共とするので意外と協力的。
相手する英霊によって強さが極端に変わる性質上、古い英霊であるほど余裕をもって対応できて落ち着くらしい。心のゆとり重要。
ただし、稀代の数学者アルキメデスや全能の科学者ダ・ヴィンチちゃんなどは、時代の壁を越えて彼を滅ぼし得る可能性を持っている。特に星の開拓者スキル持ちのダ・ヴィンチちゃんとは相性最悪。
同じく数学者のバベッジとも関係は良好。そのうち蒸気と無限エネルギーを組み合わせた合体ロボでも造り上げるのではないだろうか。
----なんてことを割と真面目に考えていたりするので、アヴィケブロンにも協力を仰いでいる。
人に歪められた英霊大先輩アンリマユともそれなりに話す。主に悪戯とかそういう話だが。
マックスウェル「これが俺たちの!」
*スパロボ的カットイン*
バベッジ「無限の蒸気パワーだああああああああ!!」
アルキメデス「ええいまともな数学者はいないのか!?」
数学用語にデーモンという言葉があるらしいです。電子でいいから心臓置いてけ!