英霊に昇華される英雄達にもそれそれ個人差というものがある。
英雄と称えられた人間ならば皆が高潔な精神、とは実際なかなかどうしてその通りにはならない。
サーヴァントの多くはその清い魂を宿す本物の英雄であることは確かだが、そうでない「人間らしい」英雄がいることもまた確か。
「ちぃ! 駄目だ駄目だクソほども駄目だ! これでは必要以上に読者へ『サイコレズ女』のイメージが付着してしまう! 善人気取りの読者の自己満な庇護欲を引き出させるには、この殺人鬼の少女にもっと『可哀そう』を付加させなければ。だがしかし、『実は殺人鬼の少女はただ生まれた母を求めていただけだった』なんていう他人の手垢まみれの展開にするなど虫唾が走る!」
「おいおいおいおい。どうすりゃここから分裂させた百の人格をまとめあげりゃいいんだ? ってかやっぱり百って多すぎだろ! ンなに役者がいたらストーリーにそぐわない行動する奴がボロボロ出てくるに決まってるじゃねえか! あー面倒臭ェ。無垢な幼女人格以外は殺し合って、それでも世間の厳しさに耐え切れずに幼女人格も自殺ってラストじゃダメか? ----論外。とりあえずマスターに美味いもんでも頼むか」
「----哀れ、男は愚鈍で悔恨に満ちた罪を清算することもできず、しかし一人の少女のためと空っぽの丘を再び登る----。ふうむ、この最後に観客は拍手を送るだろう。しかしそれは潤いのかけた義務的なもの。真に観客を男へ引き込ませるのには、このままではとても味気ない。『
サーヴァント各人にそれぞれ与えられるマイルーム。簡素の造りだが、一人用としては破格の広さを持つ一室。
今、その一室で三人の男たちが寄り集まって机に向かっていた。
床は投げ捨てられた原稿の海に沈み、各々が持参した資料や机が所狭しと設置された結果とんでもないすし詰め状態となってしまっているが、三人は露ほども気にしていない。
彼らの真名を知る者から見れば、乱雑に投げ捨てられた生原稿の一枚一枚が国宝級と評されてもおかしくないものなのに。
アンデルセン、シェイクスピア、そして----アレクサンドル・デュマ。
ただ単に、彼らが前時代の英雄達とはあまりに価値観が違うというだけである。
高潔な精神なぞくそくらえ。紙とペンより重い物は辛い。肉体労働----断固反対。
「あ? 男に用意する鎖なんて決まってんだろ。女だよ、女。それも過去の女に縛られてる時の男ほど、愚かでわかりやすいったらありゃしない」
「それはあれか? 生前に女共に溺れて猿のように過ごした経験からくるありがたいお言葉か? 脳みその使い方もわからない阿呆共のように女に手を出してはこっぴどい目に合わされたそうじゃないか。経験者は語るとはこのことだな、骨身に染みるね」
「ハッ、童貞こじらせたショタ親父が何か言ってるぜ! チェリーよりもおこちゃまなミルクボーイくん。そんなんだからてめえの作品の女はメルヘン混じったトんでる奴ばっかなんだよ! そのくせどいつもメンタル脆くてポックリ逝くところが実に生みの親譲りときた!」
「お静かに! 各々の作品風刺を語り合うことは結構。しかし、我々には猶予が残されていません。『
さて、そんな超々大物作家人たちが一室----具体的にはアンデルセンのマイルーム----にこぞって何故咆哮をあげていたか。
それは、デュマがカルデアに召喚されてからしばらく経った後のマスターの言動がきっかけだった。
『----作家人のサーヴァントの中で誰が一番人気なんだろう?』
変人・奇人・曲がり者ばかりが集う運命にある文化人サーヴァント。普段の言動からしてひねくれているので面倒だが、彼らには彼らなりのプライドというものがある。
自分の頭の中の妄想を文字に書き起こすばかりか、あまつさえそれを作品として世論に発表しているのだ。
当然その承認欲求は、常人のそれよりも遥かに強い。
そんな自己意識の高い彼らに競争をやらせた暁には----当然、強烈な皮肉やら風刺やら雑学やら入り混じった討論が三日三晩うんざりするほど続けられるわけである。
これではただの罵り合いにしかならないと思われたその時、ナーサリー・ライムの鶴の一声がそれを終わらせた。
『新しい物語を紡いで、マスターに読んでもらいましょう!』
この一言の結果、作家人サーヴァントによる頂上決戦の火蓋が切って落とされた。
その割にはアンデルセンの部屋に残り二人が突撃していたり互いの原稿がそこら中に散乱して覗き見放題だったりするが。
もっとも、自分の魂を削って造り上げる半身とも呼べる作品に、他者の魂を混ぜ込むような愚行をとることはないだろう。
尚、あまりに文学的で難解なテーマの物語だとマスターの頭がパンクしてしまうので、三人はそれぞれ『カルデアに滞在しているマスターと契約したサーヴァント』を主軸にした物語を執筆している。
選出方法はくじ引きだった。誰が題材になったかはそれぞれ黙秘とする。
「ふん。こちとら締め切り一日前にならないと本気を出さない主義だぞ。というよりも、貴様らなぜ俺の部屋に乗り込んでくる! それぞれ書斎があるだろバカ共!」
「来たくて来てるわけじゃねえよ。マスターには適当に強化した礼装でも押し付けてだらけてようとしてたのによ。突然聖女サマ二人が押し入ってきて、『何ですかこの部屋は! 食べもののゴミやら紙束やらが散らかりすぎです!』なんてほざいて俺を叩き出しやがったんだ!」
「それはそれは。聖女----特にフランスの方は輪をかけて頭が固く、融通の利かないわりに行動は単純力押し。田舎娘らしい脳筋ぶりにさぞ苦労されたことでしょう。ちなみに吾輩はアキレウス殿に質問を七回ほど問いかけたところキレさせてしまったので避難しております」
「よしわかった。やはり今すぐ出ていけ」
怪訝そうな表情でしっしっと退出を促すアンデルセン。対してデュマは紅と白で互い違いに染めた奇抜な歯をにったりと見せつけ、持ち込んだ資料の中から丁重に包装された紙袋を取り出した。
「ンなつれねえこというなよ。な? ほれ、『モンテ・クリスト伯』の原稿の続き持ってきたからよ」
「…………そんなもの持参したところで何が変わると思っているのか」
「ほう! それがかの有名な『モンテ・クリスト伯』の生原稿ですか! どれ、アンデルセンが興味ないと仰るならば吾輩めが----」
「おい、俺に提供される資料を横からかすめ取るつもりか。ええい、さっさとよこせ!」
ぬっと手を伸ばすシェイクスピアよりも早く、デュマからひったくるようにしてアンデルセンの小さな両腕が紙袋を抱え込む。
「ハハッ! 落ち着けよ、発情して求めてくる女みたいにせがむなって」
「言っておくが、俺は認めないからな! 確かにこれは作品として読者を沸かせる傑作には違いないが、娯楽のために書いた娯楽なんぞ『書きたいもの』とはまた別の類だ!」
「そういう割にはしかと握りしめるその手の可愛いことよ! おっといけね、ショタ親父の手に可愛いなんて言っちまったよ。やべえ口が腐っちまう! 俺の甘美な賞賛は楊貴妃やマリー・アントワネットみたいな愛でる女にしか向けちゃいけねえのに」
「なあに、口が腐っても脳と腕だけあれば我々作家は食っていけます。ところでデュマ、おひとつ質問してもよろしいですかな」
「おっ、どうした?」
歯ぎしりしながら執筆活動に戻ったアンデルセンを無視し、物語に使えそうなことを片っ端から原稿に書きなぐっていたデュマが答える。
好奇で口元の吊り上がったシェイクスピアは、にんまりとした顔のまま尋ねた。
「モンテ・クリスト伯----いえ
デュマの筆が、ピタリと止まった。
モンテ・クリスト伯。それは莫大な資産を有したイタリアの貴族。
だが、世間にはもう一つの真名と共に知れ渡っているだろう。
無実の罪で捕らわれ、脱獄不可能の要塞と知られる監獄塔シャトー・ディフに収監された悲劇の男。決して挫けなかった鋼鉄の精神の末に脱獄し、自らを陥れた人たちの悉くを謀殺した復讐の権化。
恩讐の彼方を叫び、その半生を物語として後世に紡がれ、正当な復讐者と民衆から喝采された。
黒炎を宿し、世界を邪悪と侮蔑し、全てを捨て去りヒトですらなくなった復讐鬼。故にあてがわれたクラスは
そんな彼も、紆余曲折を経てこのカルデアに召喚された。ぎこちない距離感ながら、彼は彼なりにマスターへの協力を惜しまない頼りになるサーヴァントに変わりはない。
そして、彼の物語の執筆者こそ、アレクサンドル・デュマだった。
「いいや、まだ会ってねえが?」
「それは偶然顔を合わせる機会がなかった、ということでしょうか?」
シェイクスピアの言葉にデュマの表情は変わらない。人を小ばかにしたような笑みのまま、にやにやとシェイクスピアを見返す。
「かくいう吾輩も、誠に光栄ながら元ネタの方々とお会いできてしまった身でしてね。ええ、本当に。『
「聖女サマだけならまだしも、弁舌デブやら古代パリコレ女とかもいたからな。あの時のアンタの弁明具合と言ったら滑稽そのものだった! 胸のうちが空くという奴を経験したよ。あれをお題に一筆書きあげたら具合の良い二流コメディの出来上がりだ」
「吾輩まだ消滅したくなかったのでね! さて話を戻しましょう。それで、デュマ。貴方が巌窟王に抱いた感想をお伺いしましょう」
「何でそんなこと聞くんだ?」
「無論! 全ては物語のためです!」
そう、シェイクスピアとはこういう男なのだ。
作品こそが彼の全てであり、それ以外のものは彼にとって物語の舞台装置の一つに過ぎない。他人の心境など質の良い演出装置程度にしか考えられない
他意があって尋ねたのではない。「面白そう」だから尋ねたに過ぎないのである。
「----まあ、なんだ? 確かに『
ペンを置き、椅子ごと回って振り返ったデュマが口を開いた。
「ンでもって、善も悪もかなぐり捨てた復讐劇を読者に称えられ、ついには復讐の英雄? なんつーのに昇華されてまで誕生したそいつもまた、紛れもなく巌窟王エドモン・ダンテスなんだろうよ。それはきっと間違いねえ」
言葉はそこで区切られる。
「だがな。その『巌窟王エドモン・ダンテス』って英霊は、俺が知ってるそれとはもう別人だろ。俺は作品を併合し書き直す----本物なんかより面白え贋作を生み出すことに関しちゃ、誰も右に行かせねえ自信がある。だが、そいつは贋作じゃねえ。であれば、俺とは何の関係もない存在だ。俺がわざわざ顔を見に行く必要あるか?」
『巌窟王』の物語は、実在したある男の一生だとも言われている。
あくまでそう言われているだけであって、実際にそのような人物が実在していたのかはデュマのみが知ることだ。そして彼が明確にそれを語ることはないだろう。
だが、仮にその男が実在していたとしたら。
デュマが知るその男は"A"であり、『巌窟王』の主役エドモン・ダンテスは"B"になる。
実在した人間と物語上の人間の関係など、どうあっても「A≠B」にしかならない。
その"B"のさらに一部分だけを抽出し現界した英霊こそが「巌窟王エドモン・ダンテス」。それはデュマにとって"b"という認識でしかない。
デュマが英霊エドモンにかけてやる言葉などなかったのだ。彼は既に、作品という枠から飛び出した一体のサーヴァントなのだから。
「----それでも、礼ぐらいは言ってやってもいいかねェ。お前のおかげで破滅した悪党なんかよりがっぽり稼げたってな! ハハッ!」
「なるほど! 非常に参考になります。吾輩も作品の題材にした者たちには、こき下ろしたことに多少の後ろめたさはあれどイコールで結びつくことはありません。聖女ジャンヌ・ダルクが如何に清廉な魂の持ち主だったとしても、吾輩の作品の中で彼女は魔女でしかないのです。そうでなければ作品が成り立ちませんからね!」
「参考も何も、お前はじめから分かっていて尋ねたんだろう?」
「当然ですアンデルセン。作家とはエンターテイナー。凡骨な民衆にもわかりやすく面白い、と実感できるものを書きあげる生き物。その作家が現実と幻想を一緒くたに捉えていては、演出も物語も中途半端なキメラしかありえないので!」
作品という新たな世界を創造し、そこへ観客を導いて一喜一憂を楽しませる。それが作家。
世界を創るなら、まずその設計図を仕上げなければならない。この人間はこの展開と、あらかじめ全てのものに要素を付加し、世界を構築する一つの歯車として組み込んでいく。
そうして形造られた役者たちは世界を構成する一部である以上、不変の存在でなければならない。与えられた役割を脱ぎ捨てて違う行動をとれば、エラーが起こって世界そのものが崩壊してしまうからだ。
故に、聖女ジャンヌ・ダルクが現実世界では如何に聖女であっても、「ヘンリー六世」という世界の中では永遠に魔女のままである。
「まあそれぬきでも顔を合わせたくはないな! 俺はまだしも向こうが何言ってくるかわかったもんじゃねえからよ!」
「全くだ。人魚姫がサーヴァントとして召喚される日が来ないことを祈っておこう」
「『
「勘弁してくれ。声無しなだけに実力行使で襲ってくる結末しか思い浮かばない」
エドモン・ダンテス以外にも史実とはズれた世界から召喚されたサーヴァントは少なからずいる。
自分たちと同じ複雑な心境に苦悩してほしいと、ガストン・ルルーがキャスタークラスで召喚されないか密かに楽しみにしている三人だった。
「----ああ! ダメだ詰まった。よし、風呂にでも行くか。お前らはどうする? まさかとは思うが断りなく入ってきておいて、主が部屋を開けようとして尚胡坐をかくつもりじゃないよな?」
「ああん? お前がいなくなったらいびる奴いなくて退屈するに決まってんだろ? それに『巌窟王』の読者がいないと俺は寂しいな~! ああ寂しい!」
「吾輩も一息つきたいところでした。この時間帯でしたら体育会系の方々は少ないはず。汗や筋肉にまみれることはないでしょう」
アンデルセンが椅子から立ち上がり、続くようにして二人も机から身体を離す。凝り固まった身体をほぐそうと思い思いに伸びをして、それぞれ原稿をまとめて紙袋に収納した。
「そうか。ではそんな諸君にこのアンデルセンが一ついい情報を提供してやろう。仕事が詰まった時はな、風呂上りに裸で散歩に限る。その清涼感といったら俺が人魚姫を書きあげた時の比ではないぞ」
「それは実に興味深い。爽快感に溢れていそうですな! 『
「おいおいそんなこと提案してもいいのか。多くの女を魅了してきた俺のオレが解放されちまったらカルデアで内乱が起こっちまうぜ? 俺のベッドに潜り込みたい女サーヴァント達の姦しい争い勃発しちまうなあこりゃ! 魅了スキルEXだからな、下のオレは!」
「…………その台詞を是非とも我らがマスターに聞かせてやりたいな。死んだ魚のような目でお前のことを憐れむに違いない……。いや、憐れむべきはあいつ自身か」
「ですな。特にあの三人組はいけない。小さな嘘も許されないとは不憫としか言い様がありませんな」
「嘘と言えば、デュマ。俺はまだ許していないからな! 何がエイプリルフールだ。勝手に俺の名前騙ってツイートしやがって。おかげあの後トレンドに『アンデルセン』がランク入りしてきて無能のバカ共に突撃される始末だ!」
「別にいいじゃねえかよあれくらい! つーかそれでもドロップキックはねえだろ!? 俺が足腰鍛えてなかったら普通に大怪我するってーの! お前の宝具もうドロップキックにしろよ! おまけに当時トップシークレットだった俺の真名人質に取るとか卑怯! じゃなきゃてめえなんかボッコボコにできたのによ!」
「ちなみにあの時アンデルセンに貴方の場所教えたのは吾輩です。面白いことになりそうだったので!」
「シェイクスピアこの野郎……!」
互いに軽口減らず口を交わし続け、共に部屋を後にする作家陣三人衆。
ひどく曲がりくねった道ではあるが、彼らほど互いに互いを認めあう組み合わせはないのだろう。
この後本当に全裸でカルデアを散歩しようとしたところ、通路で偶然すれ違ったエミヤの「裸でうろつきなどすれば婦長に何されるか考えたのかね」という助言により断念せざるをえなかった。
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クラス:キャスター
真名 :アレクサンドル・デュマ
キャラクター紹介
大デュマとも。『三銃士』、『巌窟王』などを世に送り出した小説家。
お調子者な性格でよく嘘やでたらめをつく。酒と女が好きで俗物まみれな「人間らしい」騒ぎの絶えない作家。
パラメーター(詳細不明)
筋力:
耐久:
敏捷:
魔力:
幸運:
宝具:
小見出しマテリアル
文化人キャスターの例にもれず人付き合いは多くないが、他の作家二人とかと比べるとまだ世間に興味がある方。
それでも性格などが色々アレなのでやっぱり敬遠されがち。本人もわかってやってるので猶更質が悪い。
そのくせ『三銃士』など英雄譚が代表作のため変なのに好かれがち。「俺を英雄たちの王として称える物語を書け!」と迫られたりするが船長なだけの英霊とかつまらないので却下だとか。
当然な話だが、美味い飯が好き。口が寂しいといいもの書けないと屁理屈こねているが本当かどうか怪しいところ。
なので俵藤太を見かけるとよく集りにいく。藤太としては飯の美味さが分かるのはいいがピザとかは諦めてくれとのこと。
同じくらい女が好き。「ガワだけ見りゃ楽園だなここは!」の一言に全てが詰まっている。
ジャック「新しい絵本を書いてくれるの?わーい!」
ナーサリー「ええ、楽しみね!マスターも一緒に読んでくれるのよ!」
イリヤ「こんなに有名な人たちの絵本だなんて楽しみです!」
作家陣(((頑張らなきゃなあ……)))
書けば書くほどシェイクスピアに詳しくなっていく。デュマの回のはずなのになあ……。