もしあの英霊がカルデアに召喚されたら   作:ジョキングマン

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今回、試験的に描写方法を変えています。
いつも以上に拙い文章が目立ってしまいますが、どうかご容赦ください。


アルターエゴM

 

「もうすぐ、バレンタインです」

 

 と、呑気な一言がカルデア食堂内を吹き抜ける。時刻は早朝。張ったわけでもないのに声がよく通ったのは、単に食堂内がガラリと空いていたからだ。

 壁に備え付けられている大型モニター。その端っこに表示されているグレゴリア暦の日付カウンターは、二月の初月も過ぎている時刻を映していた。

 この季節を象徴するものと言えば、その通りバレンタインだ。女性が気になる男性にチョコを渡すというアレ。近年ではその趣旨にも様々な派生があるらしいが、詳しい話は置いておくとしよう。

 とにかく今年もバレンタインが迫ってきている。気の早い女性サーヴァントなんかは、既に計画を立ててチョコ作成に勤しんでいるに違いない。

 

「あー、もうそんな時期か。いいよね、こういうの。発祥はともかくとして、若い子とかが青春している姿とかお姉さん的にゴチソウサマって感じ」

 

 ニンジンやジャガイモを適当なサイズに切り分け、耐熱羊皮紙にくるんで容器に入れて電子レンジにセット。時間と熱量を指定してスイッチを入れる。その間少量のバターを鍋に溶かしながら、去年のバレンタインを懐かんで自然に笑みがこぼれてしまった。

 マスターにチョコが欲しいとせがまれて、驚きながらも少し赤面して手渡したホールケーキ一個分のチョコ。それでもあの子は無邪気に、それでいて少し恥ずかしそうに喜んでくれた。

 その後に続くサーヴァント達からの怒涛のチョコ嵐。装飾の凝った芸術品のような品から、拙いながらも愛情のこもった手作り品。それだけならまだ笑って終わったものだが、髑髏型チョコ、タスケテ、終いには自分を渡す暴挙に走ったサーヴァントが現れたり----

 最終的に、男性サーヴァントや一般スタッフまで駆り出されて騒ぎの沈静に当たっていたところまで思い出し、苦笑しつつ溶けたバターを滑らせた。

 

 あれから一年。女性サーヴァントもかなり増えた。

 そして、よくよく考えると色々と危険なサーヴァントも大分に増えているような。あれ(頼光)とかこれ(静謐)とか。別の意味で彼女(婦長)とか。

 マスターはいよいよ魂の一欠片さえも取り合いになりそうだ。今年こそ平穏に終息が付くことを女神アンドラスタに祈っておこう。

 

「そうです、そうなんです。女の子が……好きな子にチョコを手渡す……。これって、すごく素敵なことだと思うんです」

 

 そして、カウンター前でおっとりと語る彼女もそんな部類な気がする。

 真名をパッションリップという、何よりも大きな双房が印象の強いこのサーヴァント。

 似たような風貌のサーヴァントも何名かカルデアに滞在しているが、とりわけ目を奪われるのがあの胸だろう。あそこまでいくとまるでミサイルだ。谷間に何か収納できるのではないか。

 しかも上半身に纏っているのはサスペンダーみたいなものだけで、かろうじて隠されたところ以外がほぼ丸出しである。流石にあの衣装はどうなのだろう。

 あれだけ大きいと重くて肩がこったりして辛そうだ。これが終わったら肩を揉んであげようかね。

 

「だけど、私はどうにも、そういう家事全般は苦手で……。料理は、嫌いじゃないですけど。どうにも力加減が、分からないんです」

 

 彼女の言う力加減とは、クリームをボウルの中でかき混ぜる加減という意味合いではない。

 文字通り、力加減が分からないらしい。

 それもそのはずだ。彼女の両手は、か弱そうな少女にはとても不釣り合いの異形の巨腕を有していた。ギラリと光らせた厳めしい黄金のかぎ爪では、ボウルは愚か材料さえ重みで圧砕してしまう。稀代の数学者の「殺戮技巧」スキルが付与されたマシーンでさえ、この圧倒的な破壊力には及ぶまい。

 さらに訊いた所によると、彼女にはそれが普通の人間の手に見えているらしい。生前からの認識障害がスキルとして定着していたりするのだろうか。それでもあの外見と剥離した異形には、並々ならないきな臭さを感じるが。

 

 ともあれここはカルデア。既に一癖二癖抱えてまくった英霊で溢れている。他ならぬ自分自身、普通とは言えないものを抱えているのだ。無用な詮索はご法度ご法度。

 

「そうだなあ。君の場合は、まず上手く物を握る練習から始めるところからね。それに、バレンタインの話を振るってことは、やっぱりそういうこと?」

 

「は、はい……」

 

 消え入りそうにパッションリップが答える。やっぱり、英霊である前に彼女も普通の女の子なのだ。

 つまるところ、手作りチョコが作りたい。そのために料理が上手くなりたい。

 なんてことのないごく普通で、とても幸せな女の子らしい願いだ。

 

「ってことは、やっぱり君もマスターに贈るの? いやあ、あの子は倍率高いよお? 去年に比べてますます増えたからね。その魅力はわかるけどさ」

 

「ああ、その……違います」

 

 おや、と思わず軽く目を開く。

 トントンと、刻みよくベーコンを切り分けていた包丁を止めて、思わずパッションリップの方に顔を向けた。

 

「いえ……マスターにもあげますよ。私がこうして現界していられるのも……マスターのおかげです。それに、マスターはこんな私にも優しくしてくれます……困ってしまうほどに」

 

「と、いうことは」

 

 これは驚いた。マスター以外の誰かに、彼女の本命がいるということだ。

 確かに自分やアイリ、メイヴに玉藻ちゃん等はマスターにチョコを渡していても、それとは別に待っててくれる人がいる。

 彼女はその丁寧な仕草と不安定な感情から清姫ちゃんパターンと勝手に思っていたが、彼女も別で想い人がいるらしい。いや、清姫ちゃんは特殊例だからあまり当てはまらないかもしれないけど。

 となると誰か。英霊同士で恋仲になったという話は、ラーマくんとシータちゃんのような元から相愛の例を除くと、耳にした試しはない。

 人である前に兵器。たとえここがカルデアであっても、それが我らサーヴァント。兵器同士での色恋沙汰などに(うつつ)を抜かす余裕はないだろう。一部を除いて。

 そうなるとカルデアスタッフの誰かになるが。と、そこまで考えていたところを、パッションリップが解答のように口を開いた。

 

「ここにはいません。マスターもどことなく近い雰囲気ですけど……。私の想い人は、今も月の向こうで頑張っていますから」

 

 月ときたか。それは分からないわけだ。

 そうなると、パッションリップというサーヴァントがますますわからなくなってくる。いつもならこの辺りで切り上げるのだが、今日はもう少し踏み込んで話してみようか。

 

「月ってことは、リップちゃんは神話系の英霊なの? 色々スケール大きいし」

 

「神話系……? たぶん、そういうのとは、違うと思います」

 

 パッションリップは自信なさげに視線を伏せる。

 かすかな違和感に片眉を吊り上げつつも、それを飲み込んで他を並べていく。

 

「じゃあ、あたしみたいな偉人系?」

 

「それも、たぶん違います」

 

「えー。あっ、あれかな。エミヤくんとかみたいな『抑止力』って奴」

 

「違います、たぶん」

 

「----たぶん、ね」

 

 これはおかしい。大なり小なり、自身の経緯を断言できないサーヴァントなどいただろうか。

 他ならぬ自分自身、決して褒められたものではない道を築き上げ、しかし皮肉にも英霊なんかに祀り上げられてしまった。サーヴァントになるということは、その生涯で成し遂げた功績が善も悪も関係なしに、人々に強く根付いているということだ。

 言うなれば今の己を形成する根源。それを当の本人が忘れてしまう、ないし憶測で語るというのは普通に考えてもあり得ないことだ。

 

 明瞭な返答を返さないパッションリップの口調に、何となく焦燥を覚えた。眉をひそめ、自分でもびっくりするほどの低い声で彼女に尋ね返す。

 

「リップちゃん。たぶんっていうのはおかしくないかな。自分の出生くらいははっきりと覚えているはずなんだけど」

 

「でも、でも……。本当に、違うんです」

 

「じゃあなんで、たぶんなんて言葉をつけるの? しっかりと否定してくれればいいじゃない。曖昧に返されてもあたしが困っちゃうよ」

 

「それは……。その時、違うことを考えていたから……。今日のご飯、なんだろうなあって」

 

 思わず嘆息し、呆れてしまう。ここまでわかりやすい嘘も久しぶりだ。それで通せると思ったのだろうか。

 誤魔化せると踏んでいるのか、目を逸らしてなよっとしているパッションリップ。

 

 何だろう。無性に心が刺激される。女らしさは必要だが、こうまでいじいじしていると一発叩いてしゃきっと更生させたくなってくる。

 特にあの胸とか。やっぱり大きすぎないかな!?

 

「君ねえ----」

 

 内側から湧き出る衝動に駆られて、包丁をまな板の上に置く。

 そして彼女のけしからん超乳でも揉んでやろうかと、カウンターから軽く身を乗り出して----

 

 

「----あ痛っ!」

 

 

 天井につるして乾かしていたフライパンに気付かず、勢いよく額をぶつけてしまった。

 倒れはしなかったものの、認識外からの一撃にたたらを踏んでよろけてしまう。ここが狭いキッチンじゃなかったら、近くの食器を巻き込んで派手に転倒していたくらい大きく仰け反っていた。

 仮にも戦士として情けない一部始終を見ていたパッションリップが、おずおずと心配そうに声をかけてきた。

 

「あの……。大丈夫ですか?」

 

「いてて。ごめんごめん、心配させちゃったね。大丈夫だよ、お姉さん強いから」

 

 鈍痛が残る額を軽くさすって、照れ隠しの笑顔を浮かべる。

 一度痛みで思考が遮られたが、はて。自分は先程まで何を躍起になっていたのだろうか。

 これ以上、彼女の身の上話を探るのもやめておこう。恋バナとかはどしどし訊きたいところだが、複雑な本質も絡んできそうなので今は適切ではない。

 再び包丁を手に取り、残っていたベーコンを手早く切り分ける。さっきバターを溶かして広げていた鍋にそれを投入し、ベーコンを炒めながら本題へと話を戻した。

 

「話がそれちゃったね。要するに、君はその好きな人にいつかチョコをあげたいから、ここで練習したいってことだね?」

 

「はい……。そして聞けば、ブーディカさんは他の人にも料理を教えたりできるほどお上手らしいので……」

 

「うん? あたしに教わりたいの? もちろんいいよ。そうだ、さっきのお詫びに夫の心を掴んだレシピとかも教えてあげちゃう」

 

 今までもじもじと俯いていたパッションリップが、はっと顔を上げてキラキラと瞳を輝かせる。

 こういう、何かに向けてひたむきに努力していく姿はいつ見ても胸が温かくなるものだ。甘酸っぱい青春の香りも合わさって、お姉さん的にもとてもグー。

 

 と、レンジから調理完了のアラームを鳴らした。中に入れていた野菜群を容器ごと取り出し、くるんでいた羊皮紙を取り払って中身の熱の通り具合を確認する。うん、これなら芯まで温まっていそうだ。

 ベーコンを炒めていた鍋にそれらを追加し、さらにじっくり炒めていく。そろそろ小麦粉を加えてもいい頃合いかな。 

 そう思ってキッチン上の戸棚に手を駆けたその時、食堂の入口に人影が見えた。早朝なのに珍しい、と視線を向けてみると、誰が入ってきたのかが遠目でも一発で分かった。

 橙色の羽毛や、特徴的な色使いの布による装飾がふんだんにちりばめられた、アステカ衣装の似合う眩い女性----ケツァル・コアトル。彼女もこちらに気付いたらしく、輝いた表情(かお)で駆け寄ってきた。

 

「おはよう、ケツァル・コアトルさん」

 

「おはようゴザイマース! うーん、とてもいい香りネー! 何を作ってるのかしら?」

 

「クリームシチューって言うのよ。あとは小麦粉と牛乳を加えて、味付けしてから煮詰めるだけ。今は普通のシチューを仕上げていて、この後に菜食主義者の人たち用のシチューも作るつもり」

 

「ワオ、シチュー! 私、初めて食べるネー! 楽しみネー!」

 

 そういって、ケツァル・コアトルはキラキラと子供みたいに眩しい笑顔を放つ。大人のお姉さんみたいな包容力もあるくせに、こういう純粋な子供らしい一面もまた似合う不思議な女性だ。

 

「それと、何の話をしていたの? 私のセンサーにピピっと反応来ちゃったデース」

 

「ええと……そんなに面白い話でもないですよ……」

 

「こらこら、そんなこと言わないの。乙女の一大決心なんだから」

 

 恥ずかしそうに指をすり合わせるパッションリップ。あまり見慣れなかった異形の両手も、今はただの恋する少女の仕草にしか見えない。

 興味深そうにパッションリップの顔を覗き込むケツァル・コアトルに、これまでの話を要約して説明した。

 

「いいじゃナーイ! 月まで恋する乙女と王子。コヨルシャウキも気を利かせて応援してくれてるネ!」

 

「はい……。本当に、あの人は理想の王子様なんです……」

 

「その王子様を喜ばせるためにも頑張らなきゃネ。料理はしたことないけど、私もできることがあれば手伝いマース」

 

「えっ……。あなたまで手伝う必要は……」

 

「いいのいいの。誰かを好きになって、それを必死に伝えたいっていう気持ちは、独りだけだと暴走して変な方向へ行っちゃうのよ?」

 

 ケツァル・コアトルの言葉を聞いてパッションリップの狼狽が一瞬止まった。

 それを知ってか知らずか。いいや、きっと知っているのだろう。ケツァル・コアトルはカウンター席に座って、懐かしむように微笑を浮かべた。

 

「でもね。好きっていう気持ちは、決して間違っていない感情だわ。何かを好きになって、何を嫌いになって。それを繰り返して、初めて『心』は育っていく。それが人間なの」

 

 パッションリップを見ていると、初めてカルデアで出会った頃のマシュを思い出させる。

 

 何か後ろめたい事情があったのは雰囲気で察していた。それほどまでに、初めの頃のマシュは幼く、無垢で、純粋だった。パッションリップほど危険な香りこそなかったものの、本質的には「人と違う視点」で物事を見ていたことに違いはなかっただろう。

 そのマシュも、自分がいたという第二特異点や、その先の人理修復の旅の中であんなにも大きくなっていった。精神的にも、人間的にも。

 人の善行を喜んだ。人の悪行を悲しんだ。あらゆる時代の人に触れあって、彼女の心は豊かになった。

 淡泊で事務的な内容ばかりだった会話も、今はころころと表情を変えて楽しそうに話している。乱暴な言い方だと俗世に染まったという言葉になるが、それでも自分は今のマシュが好きと断言できる。

 

 このパッションリップという娘。それに他のアルターエゴと呼ばれる特殊なクラスの娘たち。

 彼女たちがサーヴァントとして座に登録されるまでの期間、何があったのかは追及はしない。それでも、座にいる本体に少しでも影響を及ぼせるくらい、彼女達にも幸せになる道を通ってほしいものだ。

 

「だから、何もかも一人で背負うことはしないでね。ここには、貴女の味方だっていっぱいいるんだから」

 

 特に恋の応援はね、と可愛らしくウィンクしてケツァル・コアトルがはにかんだ。

 彼女の顔を見て清聴していたパッションリップは、彼女の言葉に聞き惚れていたのか呆っとしていた。やがてはっと我に帰ると、自らの巨大なかぎ爪に視線を落とした。

 

 そして。

 

 

「あの……。私の手、握ってくれますか……?」

 

 

 (しお)らしく、可憐で愛おしい乙女の仕草で、断絶の凶爪を差し出した。

 彼女が彼女たらしめていたであろう、異形の剛腕。それを認識できない彼女は、今まで純粋な好意からその手を差し出し、そして壊してきたのだろう。普通の女の子のように手を握って欲しかっただけなのに、現実は相手に破滅をもたらしていた。これほど残酷な話、ケルト系列の神話でも訊いたことがない。

 期待するような。それでいてどこか諦観しているような曖昧な表情(かお)を、パッションリップは張り付けていた。

 

 だからこそ、だろう。

 禍々しく軋むその爪を、ぎゅっと、ケツァル・コアトルに固く握られて、茫然と口を開けたのは。 

 

 

「あっ……」

 

 

 彼女の頬が、熟れた林檎のように赤らんだ。

 ぎしりと鈍い金属音を立てて、巨爪がケツァル・コアトルの掌の柔肌に突き立てられていく。にも関わらず、瑞々しく健康的な褐色肌は少しもそれを通さず、しかと爪の先を繋いでいた。

 十分に黄金の爪を握った後、何事もなかったようにパッと手を離してケツァル・コアトルが穏やかに笑う。

 

「はい。握ったわ。これで貴女と私は、お友達よ」

 

「--------ッ」

 

 ああ。女神の慈愛という表現はこの時のために用意されていたのだろう。愛おしい我が子を見守り、その成長を喜ぶような。それほどまでに彼女の微笑みは母神に溢れ、安楽に満ちて、太陽のように暖かなものだった。

 

 そう、どれだけあの爪が恐ろしい武器だろうと。まだ心が不完全だろうと。

 彼女は、一人の女の子。どこにでもいる、まだまだ未熟な恋する乙女に違いはないのだ。

 ここには沢山の英霊がいる。彼女のような特異なサーヴァントでも、一人孤立してしまうなんてことは絶対にない。

 彼女が触れて壊してしまうなら、強固さが売りの英霊に補助してもらえばいい。彼女が俯き悩んでいたなら、世話焼きの英霊に話し相手になってもらえばいい。

 なぜならここはカルデア。既に、途方も無い旅の終着駅を目指している。その前には彼女のような普通(異形)は、十分に解決可能な案件なのだ。

 

「ところでー」

 

 言うが否や、ケツァル・コアトルが早足にキッチン内に侵入してきて、牛乳とコンソメをかき混ぜていた自分の肩に手を回してきた。真横から彼女のやけに筋肉質な笑顔が覗き込んでくる。あ、ヤバい。この笑顔はさっきのと違うやつだ。

 

「ブーディカちゃーん? 私の身を案じてくれるのは嬉しいけれど、こっそり宝具使うのズルいネー」

 

「あはは……ばれてた?」

 

 小声で囁かれた指摘に、誤魔化すようにうなじを掻く。

 通常のサーヴァントと同じ霊基とはいえ、ケツァル・コアトルは強力な神霊のサーヴァント。そのステータスは折り紙つきで、耐久力にもそれは言える話。

 だけど、その彼女でもあの魔爪と手を交わしたらどうなるか。勿論、問答無用で潰されることはないだろう。けれどそれを指を咥えて見ていられるほど、楽観的な気持ちにはなれないものなのだ。

 なので、気づかれない程度に彼女とパッションリップ、双方に女神アンドラスタの加護と約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)をかけてしまった。それがお気に召さなかったということだ。まあ、確かにお節介がすぎたと思う。

 

「当然デース。素のままでも耐えられると思ったのヨ? それにアステカ系の神霊にケルト系の加護なんか与えたら、神聖ごちゃ混ぜになっちゃいマース。闇鍋状態デース」

 

「いや、そうなんだけどさ。ていうか闇鍋は知ってるのね……」

 

 

 ----きゅう。

 

 

 突如、そんな可愛らしいおなかの虫が、自分とケツァル・コアトルの耳に届いた。

 見れば、両爪を地面に下ろして、その場で座り込んでるパッションリップがいた。頬を赤らめ、妙に潤んだ赤い瞳であたしの顔を見上げている。

 

「----あの、その……」

 

 

 ----きゅうう。

 

 

 先ほどよりも長く、深く、食堂内に小さな暴れん坊の叫びが響いた。

 当の本人が蒸気でも噴出しかねないくらい紅く染まり、声にならない言い訳をしどろもどろと漏らしていた。

 肩を組まれた態勢のまま、ゆっくりと隣のケツァル・コアトルに視線を戻していく。彼女も同様に、何かを確認するように自分の瞳に視線を合わせていた。

 

「----ぷふっ」

 

 堪え切れず小さく噴き出してしまった。ケツァル・コアトルも噴き出しこそしなかったが、によによと生温かい視線をパッションリップに注いでいる。

 ついに言い訳も尽きたのか、パッションリップはうるうると瞳を潤わせて閉口してしまった。

 

「フフフ。よーし、仕込みまで時間かかるし、もう一品何か作ろっか!」

 

「ハイハーイ! 私にもくだサーイ!」

 

「こらこら、リップちゃんが優先だよ」

 

「あうう……」

 

 ガレットなら空いた時間で作れるし----いや、そういえばさっき余ったジャガイモがあった。彼女にも食べやすいように、ベイクドポテトにするのがいいだろう。隣でハイテンションに騒ぐケツァル・コアトルの分も作ってあげないと、朝からうるさいと他のサーヴァントにどやされ兼ねない。

 火を通して煮込むだけとなった鍋から手を放し、空腹に腹を鳴らす二人の女性を満たすべくしっかりと包丁を握りしめた。

 

 

「それで、具体的にはどんなチョコが作りたいの?」

 

「えっと……チョコを溶かして、鍋に入れてかき混ぜます」

 

「ふんふん。それで?」

 

「グシャっとします」

 

「グシャっと……え?」

 

「鍋ごとキューブ状にして完成です。包装は……布とかは切りますけど、ケツァル・コアトルさんにやってもらいたいなあ」

 

「…………」

 

 それはそれとして、このモノグサ具合はやっぱり叩き直した方がいいかもしれない。

 ギュッと力強く腕まくりをして、とりあえずお尻でも引っ叩いてやろうと握った包丁をまな板に戻した。

 

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クラス:アルターエゴM

 

真名 :パッションリップ

 

キャラクター紹介

 もっと痛く……してください。

 

パラメーター

筋力:A+

耐久:A

敏捷:C

魔力:B

幸運:E

宝具:C

 

小見出しマテリアル

 自らの最期に「好き」を知り、「嫌い」を知った。今はそれをより深く理解すべく、ママさんサーヴァントの下で目下アドバイスなどをもらっている。全てはあの人のことを理解するために。

 被虐体質スキルの関係上、精神耐性の強いサーヴァントでないと彼女のスキルにはまってしまう。その翌日、はまってしまったサーヴァントは彼女を責め立てていたと白い目で見られたりして不遇な思いをしたり。

 それとは別に、大胆な格好と驚異の胸囲に惹かれる阿呆も少数。

 後輩機にあたる他のアルターエゴには複雑な感情を抱いている模様。サクラポジション争いは人知れず行われているのだ。

 創造主から受け継がれる由縁か、それとも個人的に鼻につくのか。ワカメの系譜に露骨な嫌悪感を示している。失敗していようが成功していようがワカメはワカメ。ワカメ殺すべし、慈悲はない。

 

 




アルキメデス「胃と鼓膜に優しい食事を」
諸葛孔明「胃痛と頭痛に効く食事を」
アグラヴェイン「胃痛とバカに効く食事を」
ブーディカ「何でも屋じゃないんだけど……」
ナイチンゲール「患者ですか」

十七日近辺まで忙しくなるため、投稿頻度がその期間ますます不安定になると思います。
次回の構想自体はできているのでもうしばらくお待ちを。
ところでバレンタインってなんですか(すっとぼけ)

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