ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER3-1

 ハリーのホグワーツでの生活は順風満帆な船出とはとても言えなかった。

 まず、初日から救護室で一晩過ごすことになったことで、同室の同級生たちとの大切な一日目を失ってしまった。それでも彼ら、ディーン・トーマスとシェーマス・フィネガン、ネビル・ロングボトムはハリーを暖かく迎えてくれたが、ハリーの中では出遅れてしまった感が残ってしまった。

 それぞれの授業も、夏中暇を持て余し教科書は読んであるとはいえ、他の生徒たちに先んじることができたかといえばそうではなかった。マクゴナガルの変身術では延々難しい理論式のようなものを書き取り、授業の最後にマッチ棒を針に変える魔法を習ったが、時間いっぱいやってもハリーのマッチ棒は色を変える事すらなかった。もっとも、すぐにそれが出来たのはハーマイオニーだけで、彼女はそれによってマクゴナガルに褒められ得点までもらっていた。

 魔法史の授業はハリーだけでなくほかの生徒たちにとっても睡眠を呼び起こすつらい授業だった。何しろゴーストのビンズ教授はひたすら教科書を一本調子で読み上げるのだから、抗えない睡魔に襲われ、それでも最初はそれに立ち向かおうとしたが、早々に生徒の大半は意識を手放した。もちろんハリーとて例外ではなかった。むしろ最後まで起きていられたのはハーマイオニーぐらいだ。

 いくつかの授業を終えて、ハリーたちは各授業で出た課題に取り組まなければいけなくなった。既に優等生としての頭角を現し始めているハーマイオニーはすぐさまそれに取り掛かっているようだが、他の生徒たちはそういうわけではなかった。

 何しろ、彼らの周りには勉強以外の誘惑が非常に多いのだ。ロンたちは授業の感想を話しあうことや、今季のクィディッチリーグの結果予想に、カエルチョコレートのおまけのカードのトレードなどで課題に取り組む時間などないようだった。

 しかしハリーはその会話の輪になかなか入れないでいた。

 第一にクィディッチが分からない。どれだけロンやシェーマスがその魅力を語ってもよくわからないのだ。マグル出身のディーンはサッカーのようなものなのかな、などと言っていたが、ハリーはそのサッカーの楽しさすらわからないのでそのようなものらしいとしか捉えられなかった。次にカエルチョコレートのおまけカードなど持ち合わせていないので、トレードのしようがない。楽しそうにしている魔法界出身のロンたちを、何となく見ているくらいしかできないのだ。それはディーンも同じで、彼も少々疎外感を感じていたようで、ハリーと一緒にその間は課題を片付けたりした。

 そんな状態の中でハリーは、せっかく友だちになったロンに退屈な思いをさせてしまっているのではないか、と不安になっていた。

 何しろ、魔法界のことは何もわからないも同然なので、ほとんどロンの話にはついていけないし、ネビルやシェーマスと話しているほうがよっぽど楽しそうに見えた。

 実際のところ、何かといえば生き残った時の話を聞きたがるロンたちより、ハリーが『生き残った男の子』だということを知らなかったディーンのほうがハリーも気が楽だったりしたが、それも最初だけで、ハリーのことを教えられたディーンもまた興味津々でハリーの話を聞きたがった。

 もっともハリーには話せることなど何もない。

 彼らは目をキラキラさせながら胸躍る冒険譚が語られることを待っているかのようにハリーを見つめてくるが、ハリーは微妙な泣き笑いのような苦笑を浮かべて何も覚えていないんだ、と答える事しかできなかった。事実、何も覚えていないわけだし。むしろなめらかなジャガイモの裏ごしを作るコツとか、素早い染み抜きの仕方とかであればいくらでも語れそうな気がするが、そんな話は彼らも望んでいないだろう。

 そんなわけで、ホグワーツにおいても図書館がハリーの逃げ場所になった。事情はだいぶ違ったが。課題を済ませてしまいたいから、と図書館に行くことを告げれば、ロンは君って結構真面目なんだね、と言いながらもそれ以上なにも言わずに見送ってくれた。むしろ一緒に来てくれればいいのに、と思わないわけでもない。

 図書館に行けば、毎回ハーマイオニーがとてつもなく分厚い本を積み上げて没頭するように読み耽っていた。彼女もまた、ハリーが来れば何か言いたげに彼を見つめてきたが、図書館は私語厳禁。騒げば司書のマダム・ピンスに追い出されかねない。それでも、課題のための参考文献探しにハリーが手間取っているようであれば、それじゃないわ、などと教えてくれる。

 

「ハリーってさ、勉強好きなの?」

 

 就寝時間が迫り、図書館ではなく寮の寝室で課題に取り組んでいたハリーに対し、ベッドに転がりそれでも課題をやる気になったらしく教科書と羊皮紙を広げていたロンが聞いてきた。

 なんだかんだ言いつつも、友だちが真面目に課題をやっている姿を見れば、やる気にはなるらしい。なかでも気の弱いネビルなどは、後れをとらないように必死になったようだった。

 

「好きっていうわけじゃないけど、課題は早めに終わらせたほうが楽かなって。」

 

 ハリーにしてみれば身に着けた処世術の一つのようなものだ。ダーズリー家ではそう簡単に自分の時間など確保できなかったので、なるべく時間があるうちに宿題を終わらせる癖が付いただけの話だ。

 そんなもんかな、とロンは答えて教科書をつまらなそうにめくった。

 

「でもさ、あのグレンジャーだっけ?あいつは勉強好きそうだよな。」

 

 ロンと大差ない体勢で、実家から送られたお菓子を口に放り込みながら教科書の文字列を目で追っていたシェーマスは口の端を持ち上げながら言った。

 答えるようにロンも似たような笑みを浮かべた。ネビルは何か言いたげにハリーに視線を送ってきたが、少し唇を動かすそぶりを見せて、いや見せただけで俯いてしまった。

 なんとなくだが、ハリーはネビルと自分は似ているのかもしれないと思った。今の彼の動きには覚えがある。たぶん自分だって似たような行動を何度もしている。だからと言って何かできるわけではなく、なんとなくあ、今のネビルの気持ちわかるなぁくらいでハリーも同じように俯いた。

 結局彼らの課題はそれ以上進むことはなく、他の生徒たちの噂話へとシフトした。

 それはハーマイオニーから端を発し、他の寮の生徒まで及ぶ。

 この数日でなんとなくハリーにもわかってきたが、殊グリフィンドールに於いてスリザリンは天敵に等しいほどに嫌われていた。闇の魔法使いを多く輩出している、もしくは闇の魔術そのものに傾倒する人が多いなどというのが理由らしいが、それが原因でグリフィンドールだけでなく他の寮からも避けられているらしい。その上、ここ数年はスリザリンが寮杯を取得しており、その裏にはスリザリンを贔屓する寮監スネイプがいる、ということでグリフィンドールの中ではスネイプの評判も最悪だった。

 ハリーの同学年において、ロンはスリザリン嫌いの急先鋒と言えた。実際、ホグワーツ特急の中でもスリザリンに入ったドラコと口論していたし、あの時のやり取りから考えるに、もう生理的に受け付けられないというやつなのだろう。シェーマスもそれに追随しているので、あまりいい感情は持っていない。ディーンは彼らの話を聞いて、そういうものなのかと、早々にスリザリンとか闇の魔術といったものに対して嫌悪感を抱いたようだが、ネビルに関していえば、闇の魔術につながるものすべてに対し恐怖を抱いているらしかった。

 なぜかなのかは知らないが、闇の魔術という言葉を耳にしただけでも震えが走るらしく、他の三人がきっとドラコは闇の魔法使いになるとか、だからスリザリンは信用ならないなどと話し始めたあたりで、ネビルはもう僕寝るね、とベッドの周りのカーテンを閉ざし引き籠ってしまった。

 そういえばそんな時間だ、とシェーマスもベッドにもぐりこみ、ディーンも書きかけの羊皮紙をたたんでカーテンを閉ざした。

 

「僕たちも寝ようよ、ハリー。」

 

「ああ、うん。そうだね。」

 

 ハリーも羊皮紙を丸めてロンにおやすみと告げてベッド周りのカーテンを閉め切った。


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