ホグワーツの講堂の天井は空が見えるように魔法がかかっている、と「ホグワーツの歴史」には書かれていたが、ハリーはそれを見るだけの心の余裕はなかった。読んだときは見てみたいと思ったが、これから始まる組み分けがその余裕を奪っているのだ。
一体どんな方法で行われるのか。
マクゴナガルは一年生たちをテーブルの間の通路に残すと、教師たちの並ぶテーブルの前に置かれた、古びた帽子の載っているスツールの横に立った。
名前を呼ばれた順からその帽子をかぶればいいと説明があったことで、一年生の何人かは拍子抜けしたように息を吐いた。別にトロールと戦うわけでも、知識を問われるわけでもなかったのでハリーは少し安心した。とはいえ名前を呼ばれるということは、ハリー・ポッターとして好奇の視線を集めることになる。それは避けようのないことだ、とハリーは諦めた。寮さえ決まってしまえばあとはまた気配を消そう。
そんなことを考えていると、スツールの上の古ぼけた帽子が歌い出したのでハリーはとても驚いた。流石魔法界。帽子がしゃべるとは思ってもみなかった。
ロンが入りたがっていたグリフィンドールは勇猛果敢で騎士道精神にあふれたものが、ハッフルパフは正しく忠実で、忍耐強いものが選ばれる。レイブンクローは学ぶ意思が強いもので、学びの友人を得ることができるらしく、スリザリンはまことの友を得られるが目的を遂げるために狡猾。
帽子はそう歌い上げると、マクゴナガルは丸めた羊皮紙を広げ生徒を呼び始めた。
帽子の言うとおりであれば自分はどの寮にも向いていない気がする、とハリーは思った。勇猛果敢からは程遠いし、正しくて忠実であるとも思えない。プライマリースクールではたくさんの本を読んだが、それは図書館にしか居場所がなかったからで学ぶ意思が強いわけでもないし、もし狡猾であったならダーズリー家でもっといい立ち回りができただろう。
ふさわしい寮が無ければホグワーツにはいられないのかも知れないとハリーは一瞬思ったが、入学の許可をしている以上ここで追い出されることはないと思いたかった。
ファミリーネームのアルファベット順に呼ばれていく。
最初のハンナ・アボットはハッフルパフになった。
ほかの生徒も順調に帽子が組み分けていく。帽子をかぶってしばらくしてから寮を告げることもあれば、ドラコのように帽子を乗せようとしただけで寮を叫んだりもしていた。ちなみにドラコはスリザリンだった。一体どういう判断基準なのかよくわからなかったが、帽子はきっと頭の中をのぞいてくるんだろう。そんなことを歌っていたような気もするし。
そしてついにハリーの番になった。
マクゴナガルが名前を呼んだことでそれまでざわついていた上級生たちも静かになって、ゆっくりと歩み出たハリーに注目した。
ただ椅子に座ればいいだけなのに、ハリーは緊張のあまり心臓が口から飛び出てしまうんじゃないかと思った。
椅子に座ったところで、マクゴナガルがハリーの頭に組み分け帽子を乗せる。その瞬間、帽子の声がハリーの頭に響いてきた。
「なるほどこれは難しい。どうしたものか。」
帽子はうんうんと唸り始めた。
「君は色々と抑圧されすぎていて本当の気持ちを表に出せなくなっているのか。誰かに立ち向かうだけが勇気じゃないし、人を出し抜くことだけが狡猾さじゃない。君はそれがすべて自分に向かっているだけだ。」
それは過大評価だよ、とハリーは自嘲的な笑みを浮かべた。寮に入れるならどこだっていい。きっとどこに行っても同じだ。
「本当に難しい。君には可能性があるというのに、君はすべてを諦めてしまっている。こんなに難しい子は久しぶりだ。本当の君はハッフルパフでもレイブンクローでもないだろう。」
本当のぼく?
ハリーは帽子に問いかける。
なかなか組み分けが決まらないことで、他の生徒たちが騒めき始めるが、ハリーには帽子の声しか聞こえていなかった。
「そう、本当の君だ。きっとスリザリンに入れば君は偉大になれるだろう。その可能性は大いにある。そしてグリフィンドールに入れば君は様々な経験を積むことができる。それだって可能性だ。君は変われるかもしれない。」
偉大になるのはどうでもいいなぁ、とハリーは思った。
「確かに君は忍耐強いのかもしれない。でもそれは君が諦めてしまっているからに過ぎないが、ハッフルパフに向いているといえばそう言える。根っこの部分は違うようだけど。それでも君がハッフルパフを望むならそうしよう。」
別にどこでもいい。
偉大になりたいわけではないけど、スリザリンが嫌なわけではないし、変わりたいと思っているわけではないけど、グリフィンドールが嫌なわけでもない。向いていないかもしれないけど、ハッフルパフでも構わない。
「そうか。どこでもいいのか。ならば君の可能性にかけて。」
「グリフィンドール!!!」
帽子は高らかに寮の名前を叫び、赤い縁取りのされたローブを着ているグリフィンドールの上級生が大声をあげて沸き立った。
マクゴナガルが帽子を持ち上げてグリフィンドールのテーブルに向かうように促すと、ハリーは非常に剣呑な動きでスツールから立ち上がり、名前を呼ばれた時とは逆に足早にお祭り騒ぎのようなグリフィンドールの席に向かった。
「嬉しいわ。あのハリー・ポッターと一緒の寮なんて。私はハーマイオニー・グレンジャー。あなた列車の中で倒れたと聞いたわ。大丈夫なの?」
目の前に座っているふわふわとした茶色い髪の少女が頬を紅潮させながら興奮気味に話しかけてくる。
「あなたのこと本で読んだのよ。なんて素晴らしいのかしら。私ね、手紙が来るまで自分が魔女だなんて知らなかったわ。だから本当にうれしかったの。入学までに参考になりそうな本もたくさん読んだわ。あなたは色々な本に載っていたのよ!」
捲し立ててくるハーマイオニーはロンよりもすごい勢いだった。
ハリーがどう対応すればいいのか考えあぐねていると、先ほど列車の中で話したパーシーがハリーの隣まで移動してきた。
「心配していたんだポッター君。ええと、ハリーと呼んでもいいかい?」
俯いたままのハリーに声をかけてくれたパーシーに頷くだけで答えた。
まだハーマイオニーはホグワーツに来れた嬉しさとか、どんな講義があるのかなど周りの上級生に話しかけているが、パーシーが来たことでハリーに話しかけることはやめたようだった。
「そうか、ならハリ―。これからよろしく。グリフィンドールへようこそ、監督生として歓迎するよ。」
監督生のPバッジを強調するようにパーシーは胸を張りながらそう言った。
そうこうしている間にロンは希望したとおりにグリフィンドールに決まり、こちらに来たがハリーとは少し距離を置いた場所に座り、双子の兄らしい上級生にもみくちゃにされていた。
パーシーはその様子を困ったような笑顔で見ていたが、混ざろうとはしていないようだった。
全ての組み分けが終わると、長い白いひげと半月型の眼鏡が印象的なダンブルドア校長がいくつかの注意事項を告げて、不思議な掛け声をかけると生徒たちの目の前のテーブルに様々な御馳走が姿を現した。
本当に魔法ってすごい。
ハリーは素直に感動した。
テーブルの上の料理はどれも美味しそうだったが、ここに来るまでの間に色々ありすぎて、と言っても目の前で喧嘩をされて倒れて、組み分けにちょっと手間取っただけだが、色々ありすぎて食欲が湧いてこなかった。
親元を離れた子どもたちは我先にと自分の好きな料理に手を伸ばしている。
きっと自分もそうすべきなんだろうな、とハリーは思った。それがここでの普通で「まとも」な反応なのだろうから。
だからハリーは一番近くにあったビーンズサラダの大皿から少しだけ自分の取り皿にとって口に運ぶ。食欲がないとはいえ、何も食べなければ変に目立ってしまうだろう。
そんなハリーをパーシーは気にかけてくれているようで、かぼちゃジュースの入ったゴブレットを渡してくれた。彼は人に飲み物をあげるのが好きなのかもしれない。
寮付のゴーストが現れたりと、大盛り上がりの食事会は終わり、監督生が各寮の新入生を連れて寮まで向かい始めた。グリフィンドールもその例にもれず、がやがやと興奮冷めやらぬ雰囲気のまま寮に向かった。
途中気まぐれな階段や、ポルターガイストのビープスの悪戯で上から杖がたくさん降ってきたりもした。
グリフィンドールの寮は城の塔の八階だった。
入り口には「太った婦人」というタイトルの大きな絵画がかけられており、彼女に合言葉を言うことで入り口が開くらしかった。
そこまでの道のりの間、ロンは比較的近くにいたがハリーのほうをちらちらと見ながらハリーに話しかけるタイミングを計っているようだった。
赤を基調とした談話室は暖かい雰囲気だ。
「あの、ハリー。」
ようやくロンが申し訳なさそうにひょろっとした体を小さく縮こまって話しかけてきた。
「なんかごめん。ぼく、君にひどいこと言ったよね。とてもびっくりしたんだ。君が倒れちゃうから。あのマルフォイも驚いていたようだったよ。でもね、えっとその。友だちになりたいんだ。君と。」
ロンの目はまっすぐハリーを見つめていた。
嫌われたわけではなかったことにハリーは驚いた。それ以上に友だちになりたいという申し出に驚いていた。こんなこと、冗談か罰ゲーム以外で言われたことなんてない!
ロンの態度は冗談でも罰ゲームでもなさそうだった。
「ぼ、ぼくも!友だちになれる、かな。」
最初はそれなりに大きな声が出たが、だんだん尻つぼみになるようにハリーの声は小さくなった。
それでもロンにはその声は届いていたらしい。
彼はハリーの両手を握りしめて上下にぶんぶんと降りながら友だちだと言ってくれた。
こうしてハリーに初めての友だちができた。
ハリーを振り回さんばかりに騒いでいるロンを諫めながらパーシーはハリーに養護のマダン・ポンフリーのところに行こうと声をかけてきた。そういえば列車のなかでそんなことを言われたっけ。そんなことを思いながら、ハリーはパーシーとともに寮を出てマダム・ポンフリーがいる救護室に向かった。