自分のせいでロンにも居心地の悪い思いをさせていることにハリーは非常に苦しんでいた。
そんな時、コンパートメントのドアが開かれた。ハリーがそちらを見やれば、そこにはプラチナブロンドの髪をオールバックに撫でつけた色白の少年が、彼よりも一回りほど大きい二人の少年を脇に従え立っていた。
「本当かい?ここにハリー・ポッターがいるっていうのは。列車の中で噂になっているよ。」
見上げたハリーを見下ろすように金髪の少年が口を開く。顔には皮肉な笑みを張り付けており、ハリーは彼のことを怖いと思った。ただ、それは本当に直感的なものだからあてにはならないが、ハリーのこの手の勘はよく当たった。
無言で見上げてくるハリーとロンを交互に見やりながら、その少年は何かを思案しているようだった。
自分がハリーだと答えなければいけないと思うが、恐怖心が喉を押しつぶしてきて声が出ない。それと同時に、列車の中で噂になっているという言葉に混乱していた。どうやらロンの叫び声は聞かれていたらしい。きっと本で自分のことを、『生き残った男の子』という英雄を知った人は実際の自分を見たら失望するに違いない、とハリーは確信している。何しろ自分はダドリーに言わせれば、「出来損ない」で「暗く」て「のろま」だし、バーノンに言わせれば「薄汚い居候」だ。英雄からは程遠い。
きっと自分を探しに来たらしいこの少年もきっと今失望の真っ最中に違いない、とハリーは思った。ついさっき、ロンを失望させたばっかりだというのに。
「まずは自分から名乗るべきだったね。ぼくはマルフォイ、ドラコ・マルフォイだ。こいつらはクラッブとゴイル。」
ドラコはそう言うとハリーに向かって手を差し伸べてきた。冷たい色を湛えた彼の瞳はまっすぐにハリーの緑色の目を覗き込んでくる。
ああ、握手を求められているのか、と一瞬おくれてハリーは理解した。
「ハリー・ポッター。」
からからに乾いた喉から無理やりひねり出した声は少しかすれていて自分のものの様に聞こえなかった。それでも差し出されたドラコの手を軽く握り返すと、今度はロンが驚いたような顔でこちらを見てきた。
「ハリー。君はそんな奴と仲良くしようっていうのかい!?」
ロンはあり得ないとでも言うように非難がましい悲鳴のような口調で言い放ち立ち上がった。手を握り合っているハリーとドラコを交互に見やって眉根を寄せる。
ドラコはロンの姿を上から下まで舐めるように見やった。
「どういうことだい?ああ、名乗らなくたっていい。その赤毛にお下がりの服、ウィーズリーの家のものだろう。」
ドラコの声もまた悪意に満ちていた。ハリーから手を解き、ロンの方を向くと腰に手を置き顎を上げるとロンを態度で見下ろした。もっともロンとドラコではロンのほうが頭半分くらい背が高いのだから、ロンが立ち上がっている今、視線は見上げざるをえないのだが。事実、赤毛でお下がりだということを出会い頭に非難されたロンはドラコを見下ろして睨みつけていた。
先ほどまでの沈黙の空気も居心地が悪かったが、今にも二人が取っ組み合いのけんかでも始めそうな状況もいただけたものではない。
「ハリー・ポッター、いいことを教えてやろう。魔法族の中にもいい家柄とそうでないものがある。よければ友だちの選び方を教えてあげるよ。」
視線だけをハリーのほうに向け口の端を上げながら、ドラコは言った。同時にロンの顔が彼の髪の色の様に赤く染まる。ロンはドラコの胸倉を掴みあげて睨みつけた。
「まるで自分がいい家柄みたいじゃないか!マルフォイといえばあの人の手下だったって!パパがそう言っていたよ!!いい家柄なものか!」
唾がかかってしまいそうな勢いでロンはドラコを怒鳴りつけた。ドラコとともに来たクラッブとゴイルは何も言わずに立っているだけだった。
ハリーはどうにかして二人を止められないものかと思案していた。できれば誰にも争ってほしくはないし、自分が嫌われるようなこともしたくない。
「ハリーもそんな奴と握手なんてするなよ!だっておかしいだろ!!?」
ロンの怒りの矛先はハリーにも向いてきた。
車両中に響くようなロンの大声に、あたりのコンパートメントがざわつき始める。もっともこのコンパートメントの入り口には体の大きなクラッブとゴイルが立ちはだかったままなので、中の様子まではそう簡単に窺い知れないだろう。
「おかしい?父上はあの人とは関係ない。確かに叔母上はアズカバンにいるけど父上はそうじゃない。手下だったなんて言うのはただの噂だ。そんなものに踊らされているから、ウィーズリーは魔法族の面汚しなんだ。」
そういえば闇の魔法使いの仲間たちはアズカバンという魔法使いの監獄に多く閉じ込められていると本に書いてあったな、とハリーは思った。
感情的なロンとは裏腹にドラコの声は非常に冷静に聞こえた。
「パパは面汚しなんかじゃない!!」
できる事ならハリーはこの場から逃げだしたかった。
何を言えばロンを宥めることができるだろうか。ハリーはぐるぐると考えているがまとまりそうになかったし、過去の経験が自分はこういうことに向いていないと告げていた。ペチュニアがヒステリーを起こしたときに口を開こうものなら更に彼女は興奮し、ヒステリーを収める気配はかけらもなかった。
ドラコの親が闇の魔法使の仲間だったのかもしれないなんてハリーは知らなかったし、それで握手したことを責められてもどうしようもない。とはいえロンにそれを伝えたところで彼の怒りを買うだけな気がした。
おろおろとするハリーの前で二人は激しく言い争い続けている。
ただいずれもお互いの両親を貶し合っているだけだ。そこから考えるに、どうやらマルフォイ家とウィーズリー家は宿敵のようなものらしい。
きっとこれからもこの二人のどちらかといれば争いごとに巻き込まれるかもしれない。それでもハリーはどちらとも仲良くなりたかった。嫌われることだけは避けたい。
「あの、やめて、よ。ぼくは、ぼく…」
「はっきりしゃべれよハリー!!」
ハリーはありったけの勇気を出して小声でなんとか止めようと二人の間に入ったが、彼のおどおどとした態度はロンを苛つかせただけのようだった。
大声で癇癪をぶつけられて、ハリーはびくりと体を震わせた。
ダーズリー家での記憶が蘇ってきてハリーは息苦しくなるのを感じる。
『しゃんとしたらどうだい!本当に気味の悪い子だね!』
『弱虫ハリーなんとか言ってみろよ!』
『うじうじしてみっともないったらありゃしない…』
バーノンの姉のマージや、ダドリー、ペチュニアの声が聞こえるはずもないのに鼓膜を震わせている。
視界が歪み、息ができなくなる。胸が締め付けられるように苦しい。泣きたくないのにボロボロと涙がこぼれ出した。
そんなハリーを見て、ドラコもロンも、とくに怒鳴ってしまったロンは驚いたようだった。
ハリーは両手で胸を握るように抑えて、そのまま意識を失った。