あの日以来、ハリーとネビルは前よりも一緒にいることが多くなり、少しロンたち他の一年生といる時間は減少した。
ハリーはなんとなくこうなるような気はしていたけれど、いざ現実にそうなってみるとやはり自己嫌悪に襲われた。
自分には友だちなんて過ぎたもので身の丈に合わない、と思い知らされる。ネビルがいてくれるだけでも十分だ。それすらやはり贅沢に感じる。ハリーは自分は基本的に人から好かれない方の人間だと思っているし、ホグワーツでここまでうまくやれてきたことはある意味奇跡のようなものだと思う。ネビルだってそのうち愛想を尽かしてしまうに違いない。自分はやはり孤独でいるべきなのだ、とハリーは誰かに言い聞かせられているような気分になった。
時折ロンたちがちらちらと自分のことを見ているような気もする。でも、本当に見ていたとしてハリーのことを笑い合っているのかもしれないし、ひょっとすると他の何かを見ているのにハリーが自分を見ているのだと勘違いしているのかもしれない。そうだとしたら恥ずかしいし、自分にはそんな注意してみるほどの価値すらないのに、と余計に生きていることすら申し訳なくなってくる。
幸いなことに試験が目に見える形に迫ってきて、友だちとかそういうことに時間を割いている余裕がなくなったので、考えずに済んだことだろう。
スネイプ犯人説には一応の疑問が生じたけれど、だからと言って積極的に石を守ろうとしないハリーのことをロンたちはどこかで受け入れきれないのだろう。
それは仕方のないことだと思う。
考えは人それぞれだし、自分と合わないと思うのであれば無理に合わせる必要もない。いや、自分なんかの考えに合わせてもらうのは申し訳ない。自分みたいな存在の考えなんて握りつぶされて当然なのだ。『まともじゃない』『泣き虫』の『役に立たない』『不気味な』そんな自分なのだから。
せっかく仲良くなれたのに距離が離れてしまったことはとても悲しいし、どうすればよかったのかいつだって後悔しているけれど、こうなってしまったものは仕方ないという諦めもある。
その日も、ハリーとネビルは二人で試験勉強のために図書館に向かっていた。
さすがにこの時期の図書館は普段からは想像できないほどに混みあっている。試験が近付くにつれて図書館の利用者も増えていっているようだ。重い本のページをめくる音だけでもこれだけの人数がいればうるさく感じられる。その上羽ペンが紙をひっかく音や、生徒のそれぞれは小さな話し声が重なり合い、かなり全体的に落ち着かない雰囲気になっていた。
ハリーとネビルはお互いに顔を見合わせて、ちょっとここでは集中できそうにないと感じたので、教科書を抱えて寒いけれど、外で内容の復習をすることにした。外であれば声を出して呪文の発音の確認だってできる。
そんなことを話しながら湖の方向に向かっていると、禁じられた森の方から大きな人影、ハグリッドが校舎に向かってくるのが見えた。
ドラゴンの件もあったので、ハリーはすこし気まずさを感じた。
あの時は怒ってはいなかったけれど、ハリーたちが彼の大切なものを取り上げたようなものだ。どこかで疎ましく思われていても仕方がない。
きっと前みたいには話しかけてはくれないだろう。そう思ってハリーはどこかに隠れたい衝動に駆られたが、彼らの周りにあるのは背の低い草ばかりでその願いはかなえられそうになかった。
どうしようかとハリーがあたりをきょろきょろと見まわしているうちにハグリッドが彼らに気づき、声をかけてきた。
そう、今までと何も変わらず。いつものように大きな体に見合った大きな声で、何事もなかったかのように声をかけてきたのだ。
ネビルも同じようにハグリッドに挨拶を返し、ハリーは少し遅れて、いつもよりちょっと小さな声で挨拶をした。
そしてハグリッドは、今は森に近付かない方がいい、と耳打ちをするように身をかがめて彼らに言った。
「なんで森に近付いちゃいけないの?」
禁じられた森には危険な生物がいる、ということは知っているしそれもあって生徒は基本的に立ち入り禁止になっている。
にもかかわらずハグリッドがそう言ったということは何かがあったのだろう。
ネビルが聞けばハグリッドは「ちょっと困ったことになっている」と答えた。
「お前さんたちに話してもいいんかわからねぇけど…ちょーっとな、よくないものがいるようだから校長先生に相談しに行こうと思っていてな」
ハグリッドはゆっくりと、言葉を選ぶようにしてそう言った。
「よくないもの?」
ハリーはまだ魔法生物のことをよく知らない。図書館で本を借りてみることはあるけれど、ハーマイオニーのように読んだことを覚えていられるわけではないし、一年生の授業には魔法生物学はないのだ。確か、三年生から選択できると誰か、先輩だったと思う、が言っていたような気がする。
だからよくないもの、と言われてもハリーにはぴんと来なかった。
例えば、ドラゴンはわかりやすく危険だし、ほかにも確か、いろいろ危険な生き物はいるのだ。
「あー…そうだな、ユニコーンを襲ってるものがいるらしい…ああ、誰にも言うなよ…でもな…」
ハグリッドはぶつぶつと何かを言っているようだがハリーには聞き取れなかった。
どうやら禁じられた森にはユニコーンがいるらしい。
というより、マグルの本にも出てくる幻想生物ユニコーンが実在していることにハリーは少し驚いた。久しぶりに魔法ってすごい、と純粋に感動した。ユニコーンは創作の中でも神秘的な生き物として描かれているし、もしも本当に存在しているのなら見てみたいと思っていた。大抵の物語でユニコーンは善良な生き物として描かれているので、それが襲われていると聞いてハリーは少し悲しくなった。
「ユニコーン、死んじゃったの…?」
ネビルも同じ気持ちなのがそう聞いた声はだいぶ震えていた。
「だいぶ血をうしなっちゃぁいるが、死んじゃあいねえ。ゆっくり休ませてやりゃあ元気になるだろう」
ハグリッドはハリーたちを励ますようにそう言った。
森にいる他の生き物がユニコーンを襲ったのなら、きっとハグリッドはよくないものがいる、なんてことは言わなかっただろう。きっと、森の外から来た「何か」がユニコーンを襲ったに違いない。
「でもハグリッド、僕たちにこんな大事な話をしてもよかったの?」
ハリーはこれは自分たちが知るべきではないことなのではないか、と思った。どうもハグリッドは大切なことをうっかり話してしまう癖があるように思える。
「ほんとはな言っちゃあいけねぇと思う。でもな、お前さんたちなら大丈夫だ、と思ったから話したんだ。ユニコーンは神聖な生き物だから他の生き物が襲うことはねぇ。でも、ユニコーンの血があれば死にかけている人間だって生きながらえることができる。だけどその血を口にすれば生きながらに呪われる。まあ、そう言われているんだ。だから、お前さんたちならどんな危険があるかきっとわかると思ってな」
ハグリッドはそう言ったが、ハリーはそこまでユニコーンについて詳しくない。
でも、ともかくそこまでしなければ生きていけない何かがこの辺りをうろついているらしいことはぼんやりとわかった。
ハーマイオニーにこのことを話せば、きっともっといろいろなことが分かるのかもしれない。でも、ハリーは何が起きているのか知りたいという好奇心と、厄介ごとには巻き込まれたくないという気持ちとの間で揺れ動いていた。
「ユニコーン以外は無事なの?」
「そうだ。襲われたのはユニコーンだけだ。」
ネビルの問いにハグリッドが答えた。
この辺りにいるらしい「よくないもの」は狙ってユニコーンを襲っている。
つまり、そこまでして「生きたい」何者かがいる、ということだ。もっとも、呪われるとか具体的にどういうことなのかわからないけれど、少なくともハグリッドの話を聞く限り、ユニコーンの血をのむ、というのは禁忌に近いことなのだろうと想像できた。
どんな事情があるとしても、呪われてまで生きたいと思うのはものすごい執念だろう。そこまで生きたい、死にたくないと思う理由がハリーには理解できなかった。
「まあどうすればいいかは校長先生が考えてくださる。お前さんたちはそうだなぁ、今日のところは寮に帰った方がいいだろう」
ハグリッドは自分の言ったことにそうだそれがいい、と大仰にうなずいてハリーたちを校舎のほうに追い立てるように背後に立った。
確かにこのまま外にいるのは何となく不安だから従おうとは思う。
ハグリッドに押されるようにハリーとネビルは校舎に戻り、ハグリッドはそのまま校長室に向かった。
その大きな背中を見送ってハリーとネビルは顔を見合わせた。
「これって、きっと、ロンたちにも教えてあげた方がいいよね」
ネビルはそう言ったが、ハリーはそれをしなければいけないのかと思うと一気に気持ちが重くなった。どうやって切り出していいのかもわからないし、声をかけるタイミングもわからない。ネビルに頼ってしまってもいいのかもしれないが、それも気が引ける。
でも、ことはみんなの安全にかかわることだ。もっとも先生方からもなにか話しはあるかもしれないがそれよりも自分たちが伝えた方が早いのはわかる。それにもし、ハグリッドが心配しすぎているだけでそこまで騒ぐことでもないときには、ロンたちに余計な心配をかけてしまうことになる。
ハリーは教えてあげた方がいいかもしれないけど、でもと言葉を濁した。