ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER10-3

 ハリーがスネイプをかばった、少なくともロンたちにはそう感じれただろう、ことでハリーはもちろんみんなから攻め立てられるだろうことは覚悟していた。かばったつもりはなくても、自分たちと意見が違うのだから仕方がないことだと思う。

 

「ハリーはなんたってそんなにスネイプの味方をするんだい?」

 

 スリザリン贔屓が目に余るスネイプのグリフィンドールでの評判はほぼ地を這っているようなものだ。もっとも双子にとっては悪戯の恰好のターゲットでしかなく、真面目過ぎるがゆえにからかえば面白いくらいの扱いしかされていないが。でも、大半の生徒はスネイプのことをあまり良くは思っていない。監督生として公平であろうとしているパーシーですらスネイプのことを話すときはちょっと言い淀む。

 

「味方、しているつもりは、ないけど……でも、証拠はないんだよ。だから…」

 

 ハリーはうまく言い表せない自分に苛立ちを感じた。

 と同時に、証拠もなく何か起きればすべてハリーのせいにされてきた記憶を思い出して眉を顰めた。今なら着たくなかったダドリーのおさがりのセーターがあっという間に縮んだのは自分の魔法の暴走が原因だとわかるが、当時はハリーには何の覚えもないのに何かしたに違いないとペチュニアにヒステリーを起こされて本当に悲しかった。これは本当にハリーが原因だったパターンなので疑われて当然だったわけだけれど、でも実際ハリーのせいではないことでもお仕置きをされることはしょっちゅうだった。例えば、ダドリーがリビングでボールを蹴ってガラスを割ったときだって、彼は即座にハリーのせいにした。ハリーはそういった不都合を擦り付けるのにちょうどいい立場だったのだ。立場の弱い養ってもらうだけの居候で、他に親戚のあてもない。その上、ハリーは知らなかったけれど得体のしれない魔法使いなんていう存在。

 グリフィンドールにとってのスネイプだって、ハリーと同じで疑うには都合のいい存在なのだと思う。見るからに怪しくて、しかも目に余るスリザリン贔屓があるから、悪し様に言ったとしてもあまり罪悪感は抱かずにすむ。

 

「確かに証拠はないわ。それにそうね…スネイプ先生がダンブルドア校長と敵対してまで《石》を狙う理由は思いつかないわ」

 

 ハリーの言葉を聞いて少し考えたらしいハーマイオニーが口を開いた。ハーマイオニーは何度か確認するようにうなずいて、さらにそうよと呟いた。

 

「理由なんていくらでもあるじゃないか?だって《賢者の石》だぜ?」

 

 ディーンはそう言ったが、ハーマイオニーはそういうことじゃないと横に大きく首を振った。

 

「確かに他の場所にあるなら、ちょっとした好奇心で手に入れようとするかもしれないわ。でも、ここはホグワーツよ。最強の魔法使いともいわれるダンブルドア先生がいる場所だわ。しかも、おそらくここで《賢者の石》を守っているということは、ダンブルドア先生が直接守りを固めたはずよ。わざわざそんな場所から奪うには、ちょっとした好奇心じゃあ理由が足りないのよ」

 

 そうよね、ハリー?とハーマイオニーは確認してきたのでハリーは力なく少し頷いて見せた。

 

「でもスネイプにはもっと理由があるかもしれないじゃないか」

 

 ロンの意見にも一理ある。

 スネイプが何を考えていて何を望んでいるのかはわからない。だから彼にどうしても、ダンブルドアの敵になってまで《賢者の石》を必要とする理由があるとしてもおかしくはないだろう。でも、それを証明できるものは何もないのだ、今のところ。

 

「そう、あるかもしれないわ。でも、証拠がなければだれも相手にしてくれないのよ」

 

 悔しそうではあるがロンはそういうものなのか、と呟いた。

 

「それにね、証拠がない以上、他の誰かが狙っている可能性だってあるのよ。もしそうだとしたら、スネイプだと決めつけてしまってるせいで見逃してしまうことになるかもしれないわ」

 

 ハーマイオニーの言葉に全員が息を呑んだ。

 今まではスネイプだと決めてかかっていたのでその可能性は考えていなかったのだ。ひょっとするとホグワーツに関わりのない誰かかもしれない、そう思うと一気に恐怖感がこみあげてくる。

 誰かが、どうしても《賢者の石》を手に入れなければいけない誰かが学校の中に攻め入ってくるかもしれないのだ。きっとダンブルドアから奪おうというのだから相当の覚悟に違いないし、そこまでの覚悟をできる人物がハリーたち生徒の安全を考えてくれるとは思えない。

 

「つまり、ぼくたちはとても危険なことをしようとしていたってことか」

 

 ロンはにがにがしくそう言った。

 顔には悔しさが浮かび、きつく眉を寄せている。

 

「…そう、だね」

 

 ハリーは答えた。

 実際のところ一年生でどうこうできる、とはハリーには思えない。

 人間なりふり構わなくなったらとんでもない力を発揮したりするものだし、自暴自棄になればなるほど行動はめちゃくちゃになる。きっと《賢者の石》を欲しがるような人物なんて、どうしても命が必要でそのためにはダンブルドアの膝元に侵入することすら厭わないほどのなりふりのかまわなさだろうから、そんな人を相手にするのは危険というよりも無謀だ。

 

「でもスネイプじゃないなら誰なんだろう?」

 

 ネビルの疑問はもっともだ。

 

「そうね。ちょっと状況を整理した方がいいわ」

 

 ハーマイオニーはおもむろに切り出した。

 最初にダンブルドアが今年度は校舎の4階の廊下は立ち入り禁止だと全校生徒の前で告げた。その時に入ればとても危険で痛い目に遭うとまで言うことで生徒たちを遠ざけようとした。しかし、ハリーたちが運悪くというか偶然にも底に入り込み、あまつさえ三つの頭のある犬、フラッフィーと対面してしまった。その時にハーマイオニーが隠し扉があることに気が付き、何かを守っているのかもしれないと言い出したのだ。

 

「でもさ、一年生が開けられちゃう扉の向こうに、いくらフラッフィーがいるとはいえ隠すかな?」

 

 シェーマスが呟いた。

 

「正直入学式の時にその注意を聞いてちょっと行ってみたいって逆に思ったんだ。何かあるのかなってすごく気になった」

 

 ディーンの気持ちもわからないわけではない。近寄るなと言われればよけに近寄りたくなるのが人間だ。そうなると生徒からその親に今年のホグワーツは何かある、と知らせたかったのではないかと疑いたくなる。でもそれだけの情報では全く何を言いたいのかわからない話になるけれど。

 

「…ダンブルドア先生は誰かが《賢者の石》を狙っているってご存じなんだわ!きっと!!」

 

 いきなりハーマイオニーはそう言うと、その答えに至った経緯を説明し始めた。

 今年は、と言っていたことから《賢者の石》はそれまで別の場所にあった。しかし、『何者』かがそれを狙い、そのままでは奪われる可能性があることから、ダンブルドアはホグワーツで守ることにした。おそらく、その『何者」かがなぜそれが必要なのかダンブルドアは知っていて、ホグワーツにあると知れば奪いに来るだろうことも予測してわざわざ新学期の注意事項で立ち入り禁止だと知らせた。

 これがハーマイオニーの推理だ。

 

「ダンブルドア先生は《賢者の石》を守るのではなくて、狙っている誰かを捕まえたいのかもしれないわ!!」

 

 高揚とした声でハーマイオニーは言い切った。

 あの扉はあまりにもわざとらしくて逆に誘っているように見えた。基本呪文で簡単に開けられてしまう扉も、その先のフラッフィーだってまるでそこに何かありますと大声で知らせているようにもとることができる。であれば、あれは罠なのかもしれない。

 ハーマイオニーの説明はとても論理的で説得力があり、すっと理解できた。ハリーだってその可能性を考えなかったわけではないけれど、そこに至る理由は漠然としていて彼女のようにうまく言葉にはできなかった。

 ハリーは素直にハーマイオニーを心の中で賞賛した。むしろ自分の考えていることをしっかりと伝えることができる彼女に憧憬すら感じた。ハリーには絶対にできないことだ。いや、ホグワーツに来るまでハリーが誰かに意見を求められたことなどなかったから、考えを伝えることの大切さを知らなかった。でも、ここではハリーの気持ちを聞く人たちがいる。きっとうまく言葉にできれば、心のなかがぐちゃぐちゃになることもないし、いつも付きまとう不安を減らせるような気がする。

 

「もしスネイプが狙っていることをダンブルドア先生がご存じならわざわざこんなことはしないはずよ。いくらでも聞き出す方法はあるもの。そうなると、やっぱりスネイプは犯人じゃないのよ」

 

 ハーマイオニーが本で読んだらしい、いくらでもあるという『聞き出すための方法』を詳しく聞くことはためらわれたが、魔法役の中には『真実薬』という本当のことしか話せなくなるものがあることくらいならハリーでも知っている。ダンブルドアがそれを近くにいるスネイプに使用できないわけがない。そのチャンスはいくらでもあるのだから。

 彼女の言葉を受けてロンたちもスネイプを疑うことが間違っていたことに確信を抱き始めた。

 本当にスネイプではない証拠はない。でも、確かにスネイプが狙う理由も明確ではない。

 ハリーたちはさらにこれまでの出来事を整理した。

 しかし、どれだけ考えても《賢者の石》を狙う誰かには、まったく思い当たることがない。

 むしろハロウィンの後にフラッフィーに噛まれたらしい話をしていたスネイプのことを思い出して余計に混乱し始めた。

 話は何度も繰り返し、そうしているうちに全員に疲労の色が見えてきた。

 

「…もう、試験のことに集中したほうがいいんじゃないかな」

 

 ネビルがそうつぶやいたことで全員がはっと目を見開いた。

 冷静になって考えれば《賢者の石》を誰が狙っていようが試験は来るのだ。こんなことに気を取られていて落第にでもなったら大変だ。ハーマイオニーは急に顔色を変え、慌て始めた。

 

「ネビルの言うとおりだわ!!こんなことしている場合じゃないのよ!!」

 

 ハーマイオニーにとって試験は世界の滅亡よりも大事に違いない。

 ディーン、シェーマス、ロンはそこまでではないがさすがに落第はまずいとはおもっている。ネビルはおばあちゃんに怒られないだけの成績をとりたいと思っているし、ハリーもダーズリー家に知られても困らないだけの成績が必要だとは思っている。

 今は、《賢者の石》よりも試験だ。

 全員の思いは、とりあえずこの場では一致した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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