ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER10-2

 このままでは図書館内で大騒ぎをしてしまう。

 そう判断してハリーたちはそそくさと図書館を離れ、目についた空き教室に忍び込んだ。

 

「ハリーは何を考えてるんだ?」

 

 最初に言ったのはロンだった。

 ハリーに対する苛立ちを隠そうともせず、腕を組み彼よりも幾分小さいハリーを見下ろすようにして威圧してくる。友だちなのに気持ちを共有できないハリーに怒りにも似た感情を抱いているのだろう。声だってとげとげしい。

 そしていつだってハリーがスネイプをかばうことを非難した。

 ハリーはかばっているつもりはなかったが、ロンにはそう映っていたらしい。ディーンやシェーマスも同じように感じていたらしい。ハーマイオニーも、ロンにそのまま同意しているわけではないけれどスネイプに対して不満を抱いていないことが不思議だったらしい。ネビルはハリーを責めるロンたちとハリーの間でおろおろしているだけだ。

 ハリーはスネイプの味方なのか。

 ロンたちが言いたいことをまとめればそれになる。そして彼らにしてみれば、現在「《賢者の石》を手に入れて何か悪いことをしそうなスネイプ」の味方であることは、正義ではないしもしハリーがスネイプを味方するなら、ただではおかない。そういうことらしい。

 とはいえ、じゃあ何かできるかと言えば彼らから具体的な案は出てこない。おそらく学校全体にハリーはスネイプと手を組んだと言いふらす程度と、ハリーを無視するもしくは嫌がらせをするぐらいしかできることはないだろう。

 もっとも、それがされたとしてハリーには困ることはあまりない。

 もともと友だちがいない生活に慣れすぎているし、無視も嫌がらせも今更の話で、ちょっと嫌な気分にはなるけれど畏れるほどのことではない。つまり、死ぬことはないからいや死んだとしてもどうでもいい。

 むしろハリーと手を組んだと噂されるスネイプの方が迷惑かもしれない。

 

「ハリー。あなたはどうしたいの?」

 

 一方的に責め立ててくる彼らに反論もせずただう俯いていただけのハリーにハーマイオニーが声をかけた。さすがに自分まで責めるようなことを言ってはいけないと思ったのか、口調だけならとても優しい。ひょっとすると彼女自身が以前みんなに悪し様に言われたことを思い出したのかもしれない。

 しかし、どうしたいといわれてもすっとやりたいことは思いつかない。

 そう、あえて言うなら。

 

「《石》にはかかわらない方がいいと思う」

 

 やりたいことは思いつかなくても、やりたくないことならわかる。《賢者の石》には関わりたくない。

 仮に本当にスネイプが狙ってたとして、手に入れたところでハリーにはどうでもいい。それで自分が死ぬことになったとしてもなんら気にならない。人はいつか死ぬのだから、それが遅いか早いかだけの差に過ぎない。

 結局ハリーは、この期に及んで生きる意味を見いだせていない。むしろ今意地汚く生きていることに申し訳なさすら感じている。

 でもそんなハリーの気持ちは他の皆にはわかりようもない。

 

「そんなわけないだろ!石は守らないといけないんだ!!」

 

 ロンが声を荒げた。

 

「ロンはなんで石を守りたいの?」

 

 ハリーはもう我慢ができなかった。

 一度言葉にして口をついて出てしまえば、一気に洪水のように思いが溢れ出る。

 

「なんでそんなに必死に守ろうとしているのか理解できないよ。だって《賢者の石》を手に入れたところで一体なにができるの?命とか金とか、そんなの誰が手に入れたっていいじゃないか!」

 

 ぐるぐるといろいろな気持ちが全身を支配したように駆け巡り、ハリーは吐き気を感じた。

 言葉にしたいけれど、それらはどうもうまく形にならずに余計に苛立ちを感じ、ともかく大声で叫びたい衝動に駆られる。涙は自然と溢れてくるし、全身が震える。呼吸が短くなり、胸が締め付けられるように痛くなる。

 

「だって悪い奴が悪いことに使うなら止めないといけないだろ!?」

 

 シェーマスの言い分がわからないわけではない。別にハリーだって悪用されるのを良しとしているわけではない。

 

「でもなんでそれを僕たちが止めなきゃいけないの!?」

 

 ハリーの声はまるで悲鳴のようだった。

 息苦しそうに呼吸は荒くなり、涙で視界が歪む。心臓あたりがひきつるようなきゅうっとした痛みにハリーは無意識に胸元をつかんだ。

 

 

「なんでって……」

 

 ロンたちはお互いの顔を見やって言い淀んだ。

 彼らにも自分たちがそれをしなければいけない理由なんてないことはわかっているに違いない。敢えて言うなら、正義感がそうさせるのだろうが、それよりも自分たちに課せられた使命感のようなものに酔いしれているに過ぎない。そうして石を守ればみんなから羨望を向けられる。英雄として見られ、扱われる。

 ロンはいつだったか優秀な兄弟の翳に隠れてしまっている不満をこぼしていた。だからこそより評価されることを望んでいるのかもしれない。家族の注目を集めたい、みんなからちやほやされたい。そう望むことはおかしなことではない。

 ダドリーたちが無茶をするときは、そう2階の屋根から飛び降りてみたりなど、たいていそんな考えからだった。確かに成功すれば羨望を集めることはできるだろう。勇気をたたえられることもあるかもしれない。ただし、相手が子どもであれば、の話だ。

 ハリーのことを心配してくれる親はいないが、ダドリーがそういったことをしたと知ればペチュニアは褒めるというよりは、まずその危険を想像しては大げさに嘆き、息子が無事であることを大げさに喜ぶことだろう。ダドリーを何よりも愛しているペチュニアが怒る、ということはないが間違っても「よくやった」とは言わないと思う。それはバーノンにしても同じだ。

 ハリーがよく知っている大人が彼らのみなのですべてがそうであるとは言い切れないが、やはりまだ小さい子どもが《賢者の石》を守ったとしても、大人たちが手放しに賞賛するとは思えない。

 

「でも誰かが守らないと石は奪われてしまうのよ?」

 

 まるで諭すようにハーマイオニーが言った。

 彼女は心配そうにハリーを覗き込んだが、ハリーは思わず顔を背けた。

 あまりの息苦しさにハリーはすべてを投げ出したい衝動に襲われた。できるならば、この場から消え去ってしまいたい。そんな気持ちさえ湧いてくる。

 

「でも、それは、ぼくたちじゃ、なくても、いいはずだ…」

 

 うまく言うことができただろうか。

 唇ものどもひどく乾いてひりひりとしている。視界だって黒くぼやけてよく見えない。むしろ目が開いているのかすら怪しくなってきた。

 言いたいことはたくさんある。

 《賢者の石》のことも、スネイプのこともいろいろハリーにだって考えはある。でもどれもうまく言葉にまとまらない。

 ひゅーひゅーとのどが詰まるような息をしながらハリーは思わずその場にしゃがみこんだ。

 

「ハリー!!」

 

 ネビルの悲鳴が聞こえてハリーは失いかけていた意識を何とか取り戻した。

 

「ハリー!ハリー!大丈夫!?ねえ、もうやめようよ!!みんなの気持ちもわかるけど、僕、ハリーの気持ちだってわかるよ!!」

 

ネビルの声ががんがん頭の中に響いた。

まるでみんなからハリーをかばうようにネビルはハリーの前に立っている。

 

「危険すぎるし、ぼくたちじゃあ絶対にかなうわけないよ。先回りするにしても犬をどうしていいかもわかってないし、スネイプを足止めするなんてもっと無理だよ!」

 

「そんなの、勇気じゃないよ」

 

 

 きっとネビルにもいろいろな思いがあるのだろう。とても苦々しく、とても重い言葉だった。

 とはいえハリーの想いとネビルの気持ちは微妙に噛み合っていない。やりかたがわからない、とか無理だとかそういった理由でできないのではなく、ともかく自分がやらなくてもいいことだ、と思っているのが正しい。でもそれを指摘する気も一切なかった。形は違っても、《石》を守るなんてことは自分たちにはできないとロンたちに通じればいいのだ。

 

「でも、石はどうすればいいの?」

 

 恐る恐るハーマイオニーが聞いてきた。

 知ってしまった以上、それを放っておくということが彼女にはできないのだろう。それだって悪いことではないし、その気持ちもわからないわけではない。知っていたのに《賢者の石》が奪われて悪用されればあまりいい気持ちはしないと思う。だとしてもそこも含めてハリーは仕方ない、と思うのだ。きっとそういうものだから。

 

「先生たちに言うこともできないわ。先輩たちだって、とくに上級生は試験が近いもの。きっと取り合ってくれないわ。どうすればいいの?」

 

 確かに《賢者の石》を守る、という点において手段は尽きているようにハリーにも思えた。だからこそ諦めているのだけれど。

 でも周りはハリーほど諦めがいいわけではないらしい。

 

「……まずは、もう一度ちゃんと考えた方がいいと思う。ねえ、ハリー。ハリーは本当にスネイプが《石》を欲しがっていると思う?」

 

 ある程度呼吸が収まってきたハリーをネビルが覗き込んだ。

 ネビルの質問にハリーが本心で答えるなら「そうは思わない」だ。でも、きっとみんなは「そうおもう」という答えを望んでいるだろう。いや、少なくともさっきまでは望んでいたはずだ。

 揉めることを恐れなければ本心を口にすればいいが、それをすることでせっかくできた友だちを失うかもしれないとおもうと、簡単には決められない。

 友だちという存在を知ってしまえば、一人になることがとても怖く感じられた。ホグワーツに来るまではそれが普通だったのに、これでは学期が終わってしまってプリベット通りに戻って耐えられる自信がちょっとない。

 みんなはハリーが答えるのを待ってくれている。

 待たせていることに申し訳なさを感じるが、でも何が正解なのか、この場面はどうすべきなのかすぐにはわからないのだから仕方ない。

 そうやって開き直ることもできるけれど、でもやはり心苦しさが大きくなってきてハリーはできればもうその場から消え去りたい衝動に襲われた。

 でも。

 

「スネイプは《石》を欲しがらない。多分」

 

 

 

 

 

 

 


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