ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER10-1

 確かにハグリッドは怒ってはいなかった。ただ、ハリーがドラゴンにあまり興味を持たなかったことに驚いたようだった。ハリーの父親ならドラゴンの卵が孵るところを見たがったに違いない、とハグリッドは言っていたが、だとしたら自分の父親はちょっと無謀なタイプだったのかな、とハリーは思った。

 ハグリッド自身、卵を手に入れたことで浮かれてしまったと反省もしていたし、大事になる前に対処してくれた先生方やハリー達に感謝していた。特に寛大な処置をしてくれたダンブルドアに対してはまるで神を崇めるかのようだった。

 

 

 試験の日も近づいてきて、ハリーたちはハーマイオニーに促されるままに勉強により没頭するようになった。

 ホグワーツも学年末に向けて全体的に浮足立っていた。

 特に今年はどこが寮杯をとってもおかしくない状態なのだ。ここ数年スリザリンが独占していることもあり、他の三つの寮生たちは最後の追い込みで点数を稼ぐことに精を出している人たちもいる。クィディッチで与えられる点数に比べれば小さいものだが、そういう積み重ねは大事らしい。

 ハーマイオニーも授業に積極的に参加し、みんなの注目を集めていた。それだけでなく、ハリーたち男子のみならず他の女子の勉強まで見ているのだから彼女は本当にすごいと思う。

 ハリーたちグリフィンドールの一年生にとってハーマイオニーは小さい先生のような存在だ。確かにいろいろ口うるさくは言うけれど、誰だって悪い成績をとりたいわけではないから、彼女の指摘が間違っていないことを受け入れてさえしまえば、わりと勉強がはかどりやすい。

 もっともハーマイオニー自身はどこまで勉強しても安心できないようで、教科書を隅から隅まで暗記するように、複雑な薬の調合を覚え、妖精の魔法や呪いの魔法の呪文を暗記したり、魔法界の発見や小鬼の反乱の年号を覚えたりと誰よりも熱心に勉強をしていた。この分ならきっと彼女が学年主席になるに違いない。

 そうして勉強に集中することでハリーたちは《賢者の石》のことなんて忘れてしまっているかに思えた。

 

「大変だ!ついにスネイプにクィレルが負けちゃったよ!!」

 

 ロンとシェーマスが図書館で勉強をしているみんなのもとに、慌てた様子で駆け寄ってくるまでは正直忘れていた。というより、ハリーは忘れていたかった。

 ここ数週間はとても平和だったのだ。

 試験が近いこともあってスリザリンの生徒に理不尽な絡まれ方をすることもなかったし、ハグリッドも忙しいのかあまり姿を見ることがなかった。いずれにしてもハリーにとって平穏を崩す要因との接触がなかったのだから、これが永遠に続けばいいと思わず願ってしまったとしても仕方ないだろう。

 しかしそうそう思い通りになんて物事は進まないらしい。ハリーは深刻そうに血相を変えているロンたちの様子を見て気づかれないように深呼吸をした。

 

「負けちゃったってどういうこと!?」

 

 ネビルはきっとよくない想像をしたのだろう。ちょっと涙目になっている。

 なんとなくではあるけれど、呪文同士を打ち合わせたら確かにクィレルよりスネイプの方が強そうに見える。でもこれはあくまでも印象の問題であって、闇の魔術に対する防衛術を教える立場であるクィレルがそう簡単に負けるわけはないだろう。

 ハリーも一瞬だけれどスネイプがクィレルに攻撃的な呪文を使用している姿を思い浮かべてしまったが、そんな事態が発生していれば学校内がもっと騒然としているしその時点で捕まってしまうだろうから《賢者の石》なんて手に入れようもない。

 

「多分スネイプはクィレルから石を手に入れる方法を聞き出しちゃったに違いないよ」

 

 シェーマスはきょろきょろとあたりをうかがいながら声を潜めて、しかし自信ありげにそう言った。

 さすがにこれ以上図書館で話していては誰に聞かれるかわからない。かといって寮の談話室でもそれは変わらないし、部屋となると一人だけ女子のハーマイオニーが仲間外れになってしまう。

 結局みんなで頭をくっつけるようにして小声で話すことにしたが、それだって他の人から見れば目立ってはいるだろう。

 

「さっき誰もいないはずの教室から声がしたんだ。だいぶ怯えている感じのクィレルの声に聞こえたからちょっと立ち聞きしてみたんだけど」

 

 ロンとシェーマスはばれないように近寄ってみたが、部屋の中までは見ることができなかった。

 ぐずぐずと「ダメだ」とか「許してくれ」というクィレルの声がしてまるで誰かに脅されている様子だったが、相手の声までは聞こえてこなかった。そして「わかりました」というと、クィレルが曲がったターバンを直しながら、教室から急ぎ足で出てきたという。

 蒼白な顔をして、今にも泣きだしそうだったが、あまりにも足早に行ってしまったので二人には気が付かなかったようだ。足音が聞こえなくなるのを待って二人は教室を覗いてみたが、中には誰もいなくて反対側のドアが少し開いたままになっていた。きっとそこから出ていったのはスネイプにちがいない、と二人は熱を込めて言った。

 

「でもまだフラッフィーがいるだろ?」

 

 ディーンの言うとおりだろうか。

 フラッフィーがハグリッドの言うことしか聞かないというのであれば安心できるが、ハグリッド以外でもあの3つの頭のある犬を大人しくする方法がある、というのであれば安心はできない。生き物である以上あの種類の犬がフラッフィーだけであるとは言い切れないし、ドラゴンの飼い方の本まであるのだから『三つの頭のある犬の飼い方―入門編―』みたいな本だってあるのかもしれない。

 第一ドラゴンの卵を手に入れたハグリッドはその孵化方法と飼育方法を調べるために図書館に来たのだから、きっとフラッフィーを手に入れたときにも同じようなことをしたと思う。

 

「でもこれだけの本があれば、三頭犬の突破方法がだって書いてあるよ。どうする?ハリー」

 

 ロンはドラゴンのことは知らないが、何千冊という図書館の本を見上げてそう言った。

 でも、もし本当にそうなら誰だってフラッフィーを突破することができてしまうし、何の守りにもならない。それをダンブルドアが知らないわけはないだろう。

 

「どうする、って言われても……」

 

 ハリーは困惑していた。

 ロンたちは結局スネイプが実際聞き出した現場を見たわけではないし、声を聞いたわけでもない。だからこの話のどこにクィレルが負けてしまった要素があるかわからない。

 

「ハリー、先生に言った方がいいのかな?」

 

 ネビルはそういうが、ハリーはそうは思えなかった。

 ハグリッドの件はマクゴナガルに伝えることでうまくいったが、今回はどうだろう。

 まず第一にハリーたち一年生が《賢者の石》のことを知っていることをどう伝えればいいだろう。しかもそれをスネイプが狙っているなんて、ほとんど思い込みのような証拠もない状態で訴えたところで誰も信じてはくれないに違いない。それどころか、近づいてはいけない4階の廊下に行ったことがばれて怒られるだろう。

 表向きはスネイプにいい感情を持っていない生徒たちの嫌がらせだとみなされるだろうし、本気で取り合うものは正直思いつかない。

 

「…僕たちにはどうすることもできない、と思う」

 

 ハリーは自分なりの考えを口にした。

 いやもっと踏み込むならどうすべきでもない、とハリーは考えている。

 ハリーたち一年生ですら、まあハグリッドがうっかり情報を漏らすということがあったにせよ、たどり着ける《賢者の石》の存在をもっといろいろなことを知っているだろう大人が気が付かないわけはないだろうし、フラッフィーにしても万全の守り、というわけではない。第一、フラッフィーのいる場所のあの扉が簡単な解錠呪文で突破できてしまうのだから、やはりこれはダンブルドアが守っているというよりも《賢者の石》で誰かをはめようとしている罠なのではないか、と疑ってしまう。

 

「なんでさ!」

 

 《賢者の石》を守ることが使命だと思い込んでいる節のあるロンはハリーの言葉が納得できないようだ。

 声を荒げてハリーに詰め寄った。

 ああ、失敗したな。とハリーは思う。

 自分の考えなんて口にすべきではなかったかもしれない。自分にはわからないと言葉を濁すこともできたのに、つい口をついて出てしまった。

 

「ハリーはスネイプが石を手に入れてもいいのか?」

 

 シェーマスも攻め立てるように言ってくる。

 きっとディーンもハーマイオニーも、ネビルだって彼らと同じ気持ちに違いない。ハリーがなんらかの防衛案を出すことを願っていたのだろう。そして、自分たちの想いと違うことを言ったハリーにきっと失望しているに違いない。裏切られた、と感じているかもしれない。もしくは意気地なしか。

 意気地なしの泣き虫ハリー。

 いつだってダドリー軍団にはそういわれていたから、自分は意気地がないと思うし、実際危険だと思う行為を率先して行いたいとは思えない。度胸試しのような真似なんてやる意味を感じられないし、自分がやる必要のないことまで手を出したくはない。

 思わず自分の意見を言ってしまったけれど、これ以上自分の考えを言っていいものかハリーは悩んでいた。

 

 ……石を守るのは生徒の役目ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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