「ミス・グレンジャー。ポッターとロングボトムをすぐに連れてきなさい。話があります」
数日後朝食終わりに歩いているところ、ハーマイオニーはマクゴナガル先生に呼び止められたらしい。少し焦っている様子だったことから、ハーマイオニーは自分よりも先に朝食を食べて寮に帰ってしまった二人を慌てて呼びに来たのだった。
ハリーの朝が早いのはもはや身に沁みついたもので、どうしても他の子ども達より1時間以上早く目が覚めてしまうのだ。そうなるともう一度寝ることもできずにベッドから這い出すことになり、最初はみんなを起こさないように静かにできることが読書だけだったので、ちょっと明るい窓際でそうして過ごしていたのだが、気が付けばネビルがそれに付き合うようになり、そのうち皆を待たずに二人で朝食をとることが増えた。実際そうして過ごしてみれば、授業の準備がゆっくりできたりと利点は多い。
ともかくこの三人が呼び出された、ということはドラゴンについてなにかあるのだろう。
他の生徒に聞かれるような状態でなくてよかったとハリーは思った。
きっと何の話なのかと興味津々で聞かれるだろうし、それに対してはぐらかし続けることはできそうにない。知られてしまえばきっと面倒なことになるだろうことは想像に容易い。
すぐに、と言われているのだからと三人はマクゴナガルのもとへと向かった。
マクゴナガルに迎え入れられた部屋の中には、見覚えのない赤毛の青年がいた。学校内ではあまり見ない、がっしりとした筋肉質の、魔法使いだと知らなければ道路工事の作業者のような雰囲気がある。
マクゴナガルが、彼はチャールズ・ウィーズリーでロンの兄の一人であり昨年までのグリフィンドールのクィディッチチームのシーカーにしてキャプテン、今はルーマニアでドラゴン研究をしていると教えてくれた。クィディッチ選手として将来を嘱望されていたにもかかわらず、すべてのスカウトを断ってしまったのだと残念そうに付け加えた。
「今回、チャールズがドラゴンの卵を引き取ってくれました」
そういえばいつだったかロンがそんな兄がいる、と言っていた気がする。確かにウィーズリー家らしい赤毛。顔立ちもチャールズの方がずっと精悍ではあるけれど、兄弟だと思わせる程度には面影がある。
「まさかこんな場所にノルウェー・リッジバッグの卵があるとは思わなかったよ。君たちの判断は正しい。あれは研究している僕たちにも手に余るような凶暴な種類なんだ。あのまま学校で孵化していたらどんなに危険だったかと思うと背筋も凍るよ」
ありがとな、とおちゃめな感じに片目をつぶってみせたチャールズはとても余裕と自信に満ち溢れていて格好よく見えた。
パーシーと言いチャールズといい、ロンにはこんなにも頼りになる兄弟がいてハリーは少し羨ましくなった。きっと今までだって弟たちが困っていれば助けてくれたのだろうと思うと、無性に苛立ちさえ感じてそんな自分のなかのどろっとした感情に吐き気がこみあげてくる。
欲しがっても手に入らない悲しさは十分に知っている。だからいつからかハリーはおおよそ子どもの欲しがるものなら何もかも持っているダドリーを羨ましいと思わなくなった。むしろ自分のような存在が羨ましいと思うこと自体おこがましいとさえ感じるようになっていた。ハリーは今のままで十分だといつだって自分に言い聞かせていた。
そうだ、自分とロンは違う。
ハリーは気持ちを入れ替えるように鼻で大きく息を吐いて、背筋を正した。
もやもやした気持ちはミスにつながる。ここにはそのミスを、どんなにそれが小さいものだったとしても延々と責め続けるダーズリー家もダドリー軍団もいないことはわかっているけれど、どんな小さな失敗もしないように平常心を保とうとする癖はなかなか抜けない。まあ、動揺して泣いてしまうことはあるけれど、怒りとか妬みとかそういう人に向かうような感情にはなるべく流されないようにしたい。特に怒りの感情は爆発させてもいいことはおきないのだから。
チャールズはドラゴンがどれほど危険な生き物で、だけどどれだけ素晴らしいのかわかりやすく話してくれた。
ハーマイオニーは身を乗り出して一言も聞き漏らさないように、呼吸すら忘れているんじゃないかと思うほどの集中力でチャーリーの話に聞き入っていた。ネビルはドラゴンの凶暴さにびくびくしつつも、やはり興味を惹かれているようだ。
ハリーは、たしかにとても魔法的な『ドラゴン』に興味がないわけではないけれど彼らほど熱心に聞く気持ちになれずにいた。
普通に生活している分には多分かかわることはないだろうし、積極的にかかわりたいとも思えない。
「そういえばハグリッドは昔っからいつかドラゴンを飼いたいって言っていたよ。まさか実行するとはおもわなかったけどね」
感慨深げにチャールズはそういうと目を細めた。
でも昔から飼いたいと思っていたなら、きっと今頃はとても落ち込んでいるに違いない。きっとマクゴナガルは皮肉をたっぷりと交えて耳が痛くなるほど切々と説教しただろうし、チャールズだってドラゴンなんて飼えるものではないときっちり言い聞かせたに違いない。
「ハグリッドは僕たちのこと怒っているでしょうね」
ハリーはそう言ったが、怒られたいわけでも嫌われたいわけでもなかった。もっとも、やりたいことを邪魔されたのだからハグリッドがそうなったとしても仕方がないとは思う。たとえそれが正しくない事だとしてもハグリッドにとってはきっと大事な事だったのだから。
でも、できれば今までみたいに仲良くできればいいと思う。
嫌われる事には慣れていても、誰にでも嫌われたいわけではない。
「まあまあ。そんなことを気にしていたんですね。皆さん大丈夫ですよ。ハグリッドは怒っていません。当たり前ではないですか。あなた達は正しいことをしたのです。もしも気になるなら後でハグリッドを訪ねてあげなさい。きっと待っていますよ」
マクゴナガルがそう言ったことでネビルが行ってみますと答え、小声でハリーによかったねと呟いた。
ネビルにはハリーが悩んでいることがわかっているようだった。
ハリーは驚いて思わず目を大きく開いた。
ネビルはそんなハリーににこりと笑いかけた。
ハーマイオニーも先生たちもそんな二人を優しく見守っていた。