ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER9-3

 なるべく早く先生に伝えるべきだ、とわかっていてもなかなか言い出せないまま数日が過ぎた。ロンたちに話せばみんなドラゴンの卵を見たくて仕方なくなるだろうし、騒ぎが大きくなればハグリッドが法を犯して小屋でドラゴンを隠していることがばれやすくなってしまう。そう考えているからハリーたちはこのことを三人だけの秘密にしていた。

 どの先生に言えばいいのかでも彼らは答えが出せずにいた。

 一年生では魔法生物を取り扱うような授業はない。闇の魔術に対する防衛術のクィレルならひょっとすると対処法を知っているかもしれないが、例の問題があるからこれ以上負担をかけるべきではないとハーマイオニーが反対した。となるとやはり寮監であるマクゴナガルになるだろうが、こんな大問題をどう切り出していいかわからない。

 確かにハグリッドがしていることは褒められることではないし、法律に違反していている以上どちらかと言えば罰せられるべきことだろう。とはいえ、ハリーは彼が厳罰に処されることを望んでいるわけではない。できれば穏便に誰にも知られることなくこの心配事を処理してもらいたい。下手にハリーたちが知らせたことがハグリッドの耳に入れば告げ口したとして悪く思われてしまうかもしれない。ともかく揉め事の火種にならないようにすることがハリーの一番の望みだ。

 

「早く先生に言いに行かないと卵が孵ってしまうわ」

 

 教室への移動中、ハーマイオニーが言った。

 誰が聞いているかもわからないような場所で言い出した彼女に一瞬ぎょっとし、ハリーは思わずあたりを見回した。どうやら誰もこちらを気にしている様子はなかった。自分が悪いことをしているわけではないが、やはり隠している疚しさでどうしても精神が過敏になっている。いつも以上に人目が気になるし、大きな音などでもいつも以上に驚いて鼓動が早くなる。

 

「だったらこの後の授業の時がいいかもしれないよ。ちょうど変身術の授業だからマクゴナガル先生に話しかけやすいよね?」

 

 ネビルも同じ気持ちなのかいつもより声がずっと小さかった。

 

 

「で、質問というのはなんです?」

 

 山のような宿題を課されて終わった変身術の授業の直後、ハーマイオニーは質問があるといってマクゴナガルを引き留めた。普段から授業でわからないことがあれば先生に質問をしているハーマイオニーだからこそ疑われることはないし、誰からもおかしく見えないだろう。ただ、いつもと違いハーマイオニー以外にハリーとネビルがいることで他の生徒の何人かは訝しがっていたようではあるが、そんなことよりも宿題を何とかすることの方に意識を取られているようで、見ているだけで直接聞いてくるものはいなかった。

 

「実は、その、質問ではなくて…あの、相談!相談なんです」

 

 質問ではない、とハーマイオニーが言った瞬間マクゴナガル先生の眉毛がぴくんと跳ねた。

 

「嘘をついたことは謝ります。ごめんなさい」

 

 とっさにハリーはそう口走っていた。

 あれは大人の女の人が不機嫌になるサイン、のようなものだとハリーは知っている。いや、すべてがそうだといえるわけではないけれど、ペチュニアの場合はそうだったし、ハリーが長い時間接してきた大人の女性はペチュニアしかいない。

 なにか気に食わないことがあればああやって眉毛かピクンと跳ねて、さらにそれが重なるとこめかみあたりをひくつかせる。口元だって力が入って歪んでくるし、頬も力が入って固くなる。その後にやってくるのは嵐のようなヒステリーだ。でも、その前にこうやって謝ってしまえばそこまでは至らない。多少機嫌は悪くなるけれど、ハリーに加えられる危害は最小限に抑えることができる――食事抜きを数日分程度に。

 縋りつくように謝りながら見上げてくるハリーにマクゴナガルは虚を突かれたようだった。

 

「ごめんなさい」

 

 ハリーはなおも続けた。

 怒られるのではないか、という恐怖で心臓がきゅうっと痛くなるのを感じていたし、体温が一気に下がったことも分かっていた。でも同時に、きっとマクゴナガルはペチュニアとは違うこともどこかで理解していた。それでも体は震えてくるし、恐怖は内側から沸き起こってくる。

 

「いえ謝ることはありません。落ち着きなさいハリー・ポッター」

 

 マクゴナガルの声はとても優しく響いた。

 ネビルもハリーのおかしな様子を心配して手をぎゅっと握ってくれた。ハーマイオニーだけは、ハリーに何が起きているのかいまいちわかっていない様子だったが、心配はしているようだ。ハリーの方をうかがいながら、マクゴナガルに本題を切り出した。

 ハグリッドがドラゴンの卵を持っている。

 それを聞いた瞬間、マクゴナガルのひっつめられている髪の毛が逆立ったかのように見えた。

 

「なぜそんな大それたものをもっているのです!!?」

 

「ハグリッドは酒場で見知らぬ男から賭けに勝ったからもらった、と言っていました」

 

 なんて軽率な、とマクゴナガルが大きなため息とともに呟いた。一瞬遠くに目をやり、そしてもう一度ため息をつく。

 

「よく教えてくれました。言い出すには勇気のいったことでしょう。その行いに対し、あなた方3人に一人5点ずつ差し上げましょう」

 

 マクゴナガルはいつもと同じしゃべり方でそう言った。

 褒められたことでちょっとくすぐったいような居心地の悪さを感じてハリーは思わず顔をそらした。

 加点されたことは初めてではない。授業で上手にできたときなどされたことはある。でも、自分から動いたことで褒められたことは、あまり記憶にない。

 しかしそんなうれしさと同時にふっと不安が巻き起こってきた。

 もし、ハグリッドはハリーがドラゴンのことを先生に話したと知ったらどう思うだろう。ダドリーたちはそういう告げ口をした子を泣くまで追い詰めていたことを思い出す。彼らにしてみれば悪事だろうが、同じ経験を共有して隠しておけない者は裏切り者で悪なのだ。さすがに大人のハグリッドが同じことを考えるとは思えないが、あれほどドラゴンの卵を甲斐甲斐しく世話していたのが、取り上げられてしまえば落胆するに違いない。

 いや、それだけではなくひょっとするとホグワーツの森番という職だって失ってしまうかもしれない。

 ハグリッドの自業自得ではあるけれど、それを知らせたのがハリーたちだと知れば憎悪の矛先を向けてこないとも限らない。

 ドラゴンの飼育は禁止されている。

 マグル世界であれば犯罪を犯したことで社会的地位も失うことが多いが、魔法界ではどうなのか。正直ロンやほかの生徒たちを見ていればその辺はあまり変わらないように思う。

 せっかく友だちになれたのに、ハリーが告げ口をしたと知ったら彼らは離れていってしまうかもしれない。でもだからと言って黙っているわけにもいかなかったのだ。ドラゴンなんて自分たちの手に負えるわけがない。

 ハリーは先ほどまでのちょっと誇らしい気持ちがまるで嘘のように不安に飲み込まれていた。

 

「ハ…ハ、ハグリッド、は、どうなるんですか?」

 

 それだけを絞り出すことが限界だった。

 マクゴナガルを見上げる目にうっすらと涙の膜がはられるのがわかった。

 

「あらあら。泣く必要はないでしょう。幸いなことに学校にはマグル除けの魔法が掛けられていますから、魔法省に知られたとしてもそれほど大変なことにはならないと思いますよ。では、私は校長先生にこのことをつたえてきますから、皆さんは早く寮に戻りなさい。ほら、課題はたくさんあるんですよ」

 

 そういってマクゴナガルに追い立てられハリーたちは廊下に出た。

 どうやらハグリッドはそれほど酷いことにならずにすみそうで少し安心する。それでも、ハリーたちのせいできっとドラゴンは取り上げられてしまうだろうから、いい感情は持てないかもしれないし嫌われてしまうこともあるだろう。

 それを考えるとやはり気分は晴れやかにはなれない。

 

「ハリー、大丈夫?」

 

 さっきからちょっと変だよ?とネビルが顔を覗き込んできたのでハリーはいつものようにちょっと困ったように笑った。

 

「多分大丈夫」

 

 ドラゴンのことを知っているのは自分とハーマイオニーとネビルしかいない。

 自分がぺらぺらと吹聴しない限りはロンたちが知ることはない、だろう。たとえハグリッドが罰せられたとしても自分がかかわっていたといわなければいい。

 

「きっとマクゴナガル先生が何とかしてくださるわ。だからわたしたちはしなければいけないことをしましょう」

 

 ハーマイオニーは気分を入れ替えるようにグッと大きく伸びた。

 

「やらなきゃいけないことって?」

 

「あら、決まっているじゃない。課題と、試験勉強よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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