《賢者の石》
永遠の命を与える命の水を作り出し、いかなる金属をも金に変える。現存する唯一の石は錬金術師ニコラス・フラメル氏が所有し彼は現在ペレネレ夫人とともにデボン州で暮らしている。昨年六六五歳の誕生日を迎えた。
その説明を読む限り《賢者の石》はとてつもなく魅力的なもののようにロンたちには思えた。
まったく魔法界というところは不思議で満ちている。そんな非常識なものがあるなんてマグルに知れたらひょっとすると争奪のための争いが起きかねない。
永遠の命に金。図書館で読んだ本でも出てくるような、そう、悪い人が追い求めていることが多い魅力的なもの。大体、そんなものを手に入れた末路は碌なことになっていなかった。
永遠の命は終わりのない苦痛でしかないし、必要以上の財宝は疑心暗鬼を募らせる。
ロンたちは《賢者の石》を手に入れたら自分ならどうするか想像を巡らせていたが、ハリーはどうもそれについてポジティブな考えを持つことができなかった。ハリーが欲しいと思うものはないし、時間が必要というほどにしたいと思うこともない。
誰だってほしいと思う夢のような代物である《賢者の石》ではあるけれど、手に入れたところで何ができるとも思えない。だからこそ、本をちょっと調べればどこの誰が所有しているかわかるようなものなのに、いまだに簒奪事件も起きていないしフラメル夫妻にしても健在なのだ。世の中はいい人ばかりではないけれど、悪人がこぞって狙うほど魅力的なもの、というわけでもないのかもしれない。もし仮に、本当に誰もが欲しがるものならばとっくの昔に奪われていてもいいものだろう。ただし、ひょっとするとフラメル氏がものすごく強くて誰にも奪わせないような豪傑だ、という可能性もあるかもしれない。まあ、だとしたらわざわざこんな場所で守ろうともしないだろうけれど。
ともかく、特になにか進展があるわけでもないまま数日が過ぎ、再びクィディッチのグリフィンドール戦がやってきた。
試合が近付くにつれてみんなの意識も《賢者の石》からは離れていった。
結果から言えば、グリフィンドールはあっけなく負けた。
キャプテンのオリバーがどれほど意気込んでいようが、決め手にかけると言われているグリフィンドールチームは、端から寮内での期待も大きくないし結果としてチーム全体の士気も低い。全体的に「来年がんばろう」という空気になってしまっていたのだから、勝てる要素があったとしても逃してしまう。
勝てないとわかっていて熱くなれるのは正直オリバーぐらいだろう。
だから一応みんな試合を見には行ったが、寒い屋外からそそくさと寮へと我先に帰ってきてしまったのだ。もちろんハリーとて例外ではない。
途中ネビルが「ちょっとさがしものあるんだ!」と言って森の方へと行った。
急に何を言い出したのかとも思ったが、ネビルのことだから課題の材料の植物を採りに来た時に何かをなくしてしまったのかもしれないし、はたまた課題そのものを忘れている可能性もある。
ネビルならありえることだし、何も不思議はない。
ハリーたちは寮の自分たちの部屋でそれぞれに過ごしていた。
「た!大変だよ!!!」
ともかく急いできたのだろう。ネビルは部屋に飛び込むなり大きな声でそう言った。
ずっと走ってきたのか肩で大きく息をして、大変だばかりを繰り返している。
「一体なにがあったっていうんだい?」
ネビルが落ち着くのを待ってロンが声をかけた。
「僕見ちゃったんだよ!やっぱりス…スネイプ先生が石を狙ってるんだ!!」
青ざめた顔は本当に見てはいけないものを見てしまったことを物語っていた。
ネビルが言うには、みんなと寮に向かう途中スネイプとクィレルがこそこそと森の方に向かうのが見えたらしい。
普段だったらロンたちに声をかけたかもしれない。でも、その時はなんとなくそうしてはいけない気がしてさがしものがあるなんて言って一人で二人の後をつけたらしい。ネビルは自分にもそんな勇気があるなんて思わなかった、と興奮気味に語った。
ともかく二人に見つからないようにネビルは後をつけ、そしてスネイプがクィレルを脅している現場を見てしまったらしい。「《賢者の石》のことを生徒に知られてはいけない」「野獣の出し抜きかた」など断片的にしか聞き取ることはできなかったけれどたしかにスネイプはクィレルを脅していた。さらにスネイプはクィレルの『まやかし』についても話していたのだという。
「多分だけど、きっといろんな人を惑わせるような魔法がいっぱいかけてあるんだよ。だってクィレル先生は闇の魔術に対する防衛術の先生なんだから、そういうのを守る呪文とかがあって、きっとス…スネイプはそれをやぶらなきゃいけないんだよ」
ネビルの話を聞いて全員が息をのんだ。
ハリーはそれでもその話を聞いてもスネイプが狙っているとはどうしても思えなかった。いや、正確には誰が《賢者の石》を手に入れたとしてもどうでもいいからあまり感情が揺さぶられなかったのかもしれない。
第一、防衛術の先生だから防護呪文をかけているのはまあありえない話ではないけれど、それほどのものを教師一人に任せるとはとても思えない。いっそ魔法界最強のダンブルドアが肌身離さず持ち歩いていた方が安全な気もする。
ひょっとしてダンブルドアは《賢者の石》を狙う何者かをおびき寄せようとしているのかもしれない。なんにせよ、学校に入ったばかりの一年生がその存在を知ってしまっているのだから、上の学年の誰も知らないなんて言うことはありえないだろう。
特にフレッドとジョージなんかは新学期初日に知っていてもおかしくない。
「でもさ、それが本当なら《賢者の石》が安全なのは、クィレルがスネイプに対抗している間だけってことになるんじゃないのか?」
ディーンが警告した。
「それじゃ三日ともたないな。石はすぐになくなるだろうね」
とロンが言った。
ネビルが悲鳴を上げて思わず泣き始めた。
きっとネビルはその現場を目撃したことも含め限界だったのだ。
「どうしよう。おばあちゃんに知らせなきゃ」
「知らせてどうするんだよ。きっと《賢者の石》が学校にあるなんてだーれも信じちゃくれないぜ?」
シェーマスの言う通り誰も信じてはくれないだろう。
《賢者の石》の存在にしても命の水にしてもどこか現実味がない。
先生たちも普通に授業をしているし、あの廊下だけが封鎖されているだけで他はなにも誰にも不自由のない学校生活が営まれているのだ。
三日で奪われると言ったロンにしても本当にそうなるとは思っていない。こうやって話し合うことはできてもじゃあ守るとなるとどうしていいかわからない。
こうやってワイワイ考えているのが案外楽しいのかもしれないが、ハリーはどうしてもそれをすっと受け入れることができないでいた。
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