ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER8-2

 ハーマイオニーのニコラス・フラメル最初から探し直し作戦は苛烈を極めた。まあ、その原因の何割かは間違いなくクリスマス休暇中これといった調査もせず日々チェスと雪合戦に時間を費やしてしまったロンとハリーであると言えよう。ハリーもそれは理解しているのでハーマイオニーの言うままに調査についていたし、それはロンも同じだった。同じように帰省先で親に聞いてみるなどの手段を講じなかったディーンたち三人もハーマイオニーからこれでもかというくらい重い落胆のため息を喰らっていた。もちろん彼女はマグル界でもやるだけのことはやって来たらしい。もっとも親に聞いてみるとか家にある百科事典をひっくり返してみるとかだけれど。まあ当然のことだけれどそこには「ニコラス・フラメル」なんていう言葉はかけらも見つけられなかったのだ。

 ともかく授業が再開し、また山のような課題を毎日こなしながら図書館に通いニコラス・フラメルを探す日々が休暇前と同じように繰り返されている。

 実はハリーはニコラス・フラメルという言葉をどこかで聞いたのか読んだのか、ともかくなにかひっかかるものを感じていた。もっともハリーもハーマイオニーほどではないがわりと本を読んでいるほうの生徒だ。今まで借りた本に載っていなかったとは限らないし、学校が始まる以前にスネイプ教授の家で読んだ本に載っていたのかもしれない。

 

「本当、彼女も熱心だよな」

 

 

 いつものように寮の彼らの部屋で、ディーンはそう言いながらクリスマスに親からもらったという大量の蛙チョコレートの包みをばりっと開けた。ディーンは入学以降このチョコレートのおまけの魔法使いのカードを集めることに熱中している。ちなみにハリーはあまりこのチョコレートが好きではない。自分で買ったことはないが、それでもクリスマスにはプレゼントとして届いていたものもあった。もともとチョコレート自体あまり食べないほうだし、ましてとてもリアルで動きまで忠実な蛙型のチョコレートはとてもじゃないけれどおいしそうだとは思えない。そのせいか、まだそれらチョコレートはハリーのベッドのわきにあるスツールの上に置かれたままになっていた。もっともディーンにしても、ロンたちにしたってチョコレートそのものが目的というよりは、おまけのカードのほうが大事なのだ。もし仮に蛙の形をしたその動くチョコレートが逃げ出してしまったとしても彼らは必死に追いかけることもしないだろう。

 

「あー。またダンブルドアだよ」

 

 もぞもぞと動くチョコレートを押さえながらその下にあるおまけのカードを取り出してちらりと見た後、ディーンは心底残念そうにそう言った。別に校長の事が嫌いというわけではない。ただ聞いている限りダンブルドア校長の書かれたものは頻繁についてくるようで、ロンに至っては五枚くらい持っているという。ただすでに持っている物だったからディーンは少し残念そうなのだ。

 

「交換してあげたいけど、僕もダンブルドアのカードは持ってるから…ごめんね?」

 

 ネビルはそう言いながらディーンが放ったそのカードを拾い上げた。描かれている人物が動く魔法使いのカードのダンブルドアはきょろきょろと周りを見回して、悪戯っぽく笑いそのまま姿を消してしまった。同じ絵の中にずっといるわけがない、というのが魔法使いたちの間では常識らしい。初めて動く絵を見たときは驚いたものだが、さすがに校内にもそんな絵がたくさんあるしハリーも慣れてしまった。

 ネビルの手元のカードからもすでにダンブルドアの姿は消えている。そんなカードを裏返してネビルは驚いたらしい声を上げた。

 

「どうしたんだよ、ネビル」

「ニコラス・フラメル発見したんだ!」

 

 なんだって!と口々に叫ぶようにしてハリーたちはネビルの周りに集まった。

 

「ほら、ここ!」

 

 そう言ってネビルが示したのはチョコレートのおまけについてきたダンブルドアの魔法使いのカードの裏面。ダンブルドアの説明が書かれているそこには彼の業績がびっしりと書かれているが、考えてみればどのカードであれそれをみんながしっかりと読んでいるなんてことはなかった。ダンブルドアのそれにしてもそうで、たくさんカードを集めているロンですら読むのは初めてだ、といった風だった。

 確かに見れば見るほどダンブルドアという人物は傑出した魔法使いだということがわかる。多くの業績に埋もれるようにして、それは書かれていた。

 

「ニコラス・フラメルとともに《賢者の石》を作り出した…?」

 

 シェーマスがその部分を声に出して読んだ。

 

「でも《賢者の石》ってなんなんだ?」

 

「明日にでもハーマイオニーに聞いてみようよ」

 

 ハリーもだけれど、結局自分たちではニコラス・フラメルの手がかりを得ただけで、謎には殆ど迫れていない。それが悔しいのか、ディーンもロンも仕方ないけれどといった感じでハーマイオニーに頼ることにした。

 

 

「なんで忘れてたのかしら。結構前に軽い読み物で読んだんだけど」

 

 そう言ってハーマイオニーが持ってきたのは軽いとはとても思えない分厚くて古めかしい大きな本だった。もちろんロンがそれのどこが軽いんだと小さくつぶやいたけれど、それは彼女の耳には届かなかった。

 翌日ハリーたち男子生徒からニコラス・フラメルと《賢者の石》の話を聞いたハーマイオニーはすぐに図書館に行ってその本を借りてきただのだ。ハリーはなんとなくだけれど、ハーマイオニーは一度読んだことはすべて覚えているような気がしていたが、今回のことでそれは自分の思い込みだったということに気が付いた。彼女も自分と同じで、読んだことを忘れてしまうこともあるのだ。もっともそれでも覚えていることのほうが多いのだろうけれど。なんとなく親近感を覚えて思わずハリーは自分の頬が緩むのを感じていた。

 

「で結局なんなんだよ。その《賢者の石》っていうのはさ」

 

 身を乗り出してロンが言った。

 

「ええっと…ここ!そう、《賢者の石》は錬金術で作り出されるもので、永遠の命を与える《命の水》を作り出す…すごいものだわ!!」

 

 ハーマイオニーはかなり興奮しているようだった。錬金術や《賢者の石》がそれだけの説明ではどういうものかよくわからないけれど、ともかくすごいものらしいということは伝わってくる。でもなんとなく、なので彼女ほど興奮することができなくてハリーたちは少し困惑した表情を浮かべた。

 

「永遠の命ってことは、死なないってこと?」

 

 ネビルが恐る恐る鼻息の荒くなっているハーマイオニーに聞いた。

 

「そうよ。誰だって死にたくないだろうし、これを欲しいと思う人は多いんじゃないかしら」

「だったらきっとあの犬はその《賢者の石》を守ってるに違いないよ!」

 

 ロンの結論は早すぎるんじゃないか、とハリーは思う。でもディーンもシェーマスもそう思わないのかロンの言葉にしきりにうなずいている。ネビルがそういう時にちょっと遅れるのはいつもの事だ。けれど、たぶん一年生の中で一番賢くていろいろ知っているハーマイオニーがロンを肯定してしまっているので、これはハリーがいろいろ言っても水を差すだけになってしまうだろう。

 ハリーとしてはたったそれだけの手掛かりで決めつけてしまうのは危険ではないかと思うのだ。確かにニコラス・フラメルは《賢者の石》を作り出したのかもしれないけれど、それほど貴重で大切なものならばずっと近くの手元に置いておくような気もする。バーノンおじさんなんかは大切なものは寝室の金庫だったり銀行の貸金庫にしまっていたような気がする。まちがっても知り合いに預けるなんてことはしていなかっただろう。

 でもこの疑問をもうそうだと決めてしまってる彼らにぶつけてもどうにもならないんじゃないだろうか。彼らは正解なのかもしれないし、だとすればわざわざ遠回りをする必要はないだろう。

 

「《永遠の命》なら誰だって欲しがるし、ホグワーツは世界で一番安全な場所だってママも言っていた。だったらそういう大切なものを隠すにはうってつけじゃないか」

 

 というのがロンたちの言い分だ。ハリーはこの学校が世界で一番安全な場所だということを知らなかったけれど、魔法界ではそうらしい。だったら彼らのいうことももっともだろうが、安全なのにわざわざその警備を強化するようにあんな大きな危険そうな犬を置くのだから、本当に世界一安全かどうかは分からない。

 

「みんな欲しがるものならスネイプが狙うのだって当然さ」

 

 それはおかしい。とハリーは思う。狙ってるのかどうかはともかく、みんなが欲しがるのならば誰だって当てはまってしまうことになる。

 ともかくロンたちの間ではあの三頭犬にはなにか守っている物があり、それは《賢者の石》でそれを狙っているのはスネイプ教授という図式が出来上がってしまっている。いろいろ思うところはあるけれど、わざわざそれを指摘してもという気持ちがハリーの中にはある。正直なところそれら全部ハリー自身にとってはどうでもいいことだし、関係のないことだと思うからだ。

 もともと四階の廊下は生徒の立ち入りを禁じている。そこになにがあろうと生徒にはかかわりのない話だろうし、スネイプ教授が《賢者の石》を奪って永遠の命を手に入れたとしてもハリーには関係ない。もちろんロンたちにだって関係ない話のはずだ。

 

「で、どうするの?」

 

 きっとスネイプが狙っている、と盛り上がっている彼らに水を差すようで申し訳ないけれどハリーはそう言った。

 

「どうするって…守らないと!」

 

 まあロンならそう言うと思っていたし、疑問もない。

 

「あの犬がいれば大丈夫だと思うけど…」

 

 ネビルの言い分もまあそうかな、とは思う。だって頭が三つもある自分たちよりも大きな犬なんてどう対処すればいいのか分からない。

 

「でもスネイプが《賢者の石》を手に入れてしまったらどうなるんだろう」

 

 シェーマスがそう言った。

 あ、っと全員がお互いの顔を見合わせた。分かっている限り《賢者の石》は永遠の命をもたらすものだ。

 

「私もっと《賢者の石》の事を調べてみるわ。そうすればきっとわかるはずだもの」

 

 ハーマイオニーはそういうが、さすがにどんな本にもそんな理由は書いていないと思う。

 でも本当に彼らの言うとおりならマクゴナガル教授、つまり大人に伝えればいいだけの話だとハリーは思う。もっとも自分たちがたどり着いたこんな答えにはきっと彼らはとっくの昔にたどり着いていて対策だってしているはずだ。わざわざ伝えにいってもそうですか、で終わってしまうだろう。もしくは四階の廊下に立ち入ったことがばれて罰則になるかもしれない。そのほうがありそうだ。

 ハリーは《賢者の石》という謎にさらに目を輝かせ始めたロンたちをちょっと引いたところから見つめるような気分で、そんなことを考えていた。


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