ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER7-4

 朝食のあとハリーはパーシーとともにマクゴナガル教授のもとを訪れた。

 彼女はクリスマス休暇の最中にやってきた自分の寮の生徒と監督生の姿に少しいぶかしげな顔をしたが、それでも廊下は冷えますからといつもの変身学に使う教室の近くにある自室へと招き入れてくれた。部屋は彼女の人柄そのものを表すかのように整然と片づけられており、大きな書棚には図書館にもなさそうな古い革張りの本がずらりと並んでいた。

 

「で、どうしました?」

 

 ぱちり、と暖炉で薪のはぜる音がした。

 ハリーは自分たちをじっと見つめてくる彼女の視線にぐっと息をのみ、何をどう話し始めようかと思わず目を泳がせた。抱えている《透明マント》がまるで別物のように重く感じられる。

 

「ご相談というのは、ハリーに届いた《贈り物》のことなんです」

 

 パーシーがそう言ってハリーに透明マントを彼女に手渡すように促したので、ハリーはあわててそれをマクゴナガル教授の前にずいっと差し出した。

 はらり、とたたまれていたそれが崩れて銀ねず色が水のように床に零れ落ちていく。それをみてマクゴナガルが驚いたように目を見開いた。

 

「今朝ハリー宛てのプレゼントの中にそれがありました。でも差出人は書かれていなかったし、メッセージカードにはハリーの父親の物を返すと書かれていたんです」

 

 いつの間に拾っていたのかパーシーは一緒に届いたメッセージカードをマクゴナガルに手渡した。

 彼女は目を細めてそれを見やると、ぴくりと眉毛を動かし四角い特徴的な眼鏡を外して両目を押えたまま深く、とても深くため息をついた。

 ハリーの予想通りだったのかそれとも違うのかわからないけれど、大人の女性のあんな感じのため息には覚えがある。おばさんがこういうため息をついたときはたいていハリーに階段下に行くように命じてくる。早く―階段下に―行きなさい。そんな彼女の声が耳元をかすめた気がした。でも、先生の様子はペチュニアおばさんとはちょっと違う気がする。なんかもっとなにか苦悩しているような、あきれているようなそんな雰囲気だ。

 

「それはびっくりしたでしょうね。そうでしょうとも」

 

 ハリーたちの方を見ようともせずにマクゴナガルは苛々とした雰囲気を隠そうともせずそう言った。

 

「先生は何かご存じなんですか?」

 

 そう言ったパーシーの声は少し興奮しているようだったし、あのマクゴナガル教授の雰囲気からして呪いとかそういうものでもないようだ。それはとてもハリーを安心させたけれど、マクゴナガルはそれ以上の何かをそのメッセージから読み取ったようだった。いつもの先生ではなかなか見せない雰囲気にハリーは別の不安を覚える。

 

「いえ、あなたたちは知らなくていいことです。でもそうですね。この《透明マント》については何も心配することはありませんよ。ただの《透明マント》ですし、ジェームズ・ポッターがそれを持っていたことも事実ですよ」

 

 マクゴナガル教授は目を細めて、《透明マント》を少し懐かしそうに見つめた。でも顔は悲しげにも見えた。これは詳しいことは聞かないほうがいいのかもしれない。ハリーとパーシーはそんなマクゴナガルにお礼を言って寮に戻ることにした。

 

 寮に戻れば彼らを心配そうな顔でロンが迎え入れた。フレッドとジョージはすでに彼らの部屋で悪戯グッズの開発を始めた、とロンが教えてくれたのでパーシーは少し頭を抱えた。なんでも彼らに届いたプレゼントの中にはその材料があったらしい。そうでなくても毎日のように悪戯を繰り返している双子にそんな危険なプレゼントを贈ったのは誰だ、とでも言いたそうな顔だ。

 ともかく《透明マント》には心配がないことを伝えれば、ロンは分かりやすく緊張を解いてじゃあ早速試してみようよ、とハリーを暖炉の前まで連れて行った。

 パーシーはそろそろ勉強に戻らないといけないと言って自室に行ってしまう。

 クリスマスまで勉強なんてつまらない奴だ、とロンが言い捨てていたが噂に聞く限りO.W.L試験はとてもとても難しいものなうえに、ホグワーツ卒業後の進路まで影響するというのだから、彼がそうやって大半の時間を勉強に費やしているのもわからないではない。今はこうやって笑っていられるけれど、パーシーと同じ五年になればロンだってもちろんハリーだって笑っていられなくなるだろう。もっとも将来何になりたいのかなんてまだわからないけれど、だからと言って手を抜いていいものではない。

 

「でも結局誰が送って来たのかはわからなかったんだね」

 

「うん。マクゴナガル先生は知っていそうだったけどね」

 

 安全は約束されたようなものだけど、あまり着けてみようという気分になれない《透明マント》はロンの手元にある。自分の家では買うことができない高級品だと言われているせいか、ロンもおっかなびっくり触っているようだ。その手触りを確認し自分の腕をくるんでみたりしているが、ちょっと包んだくらいでは透明になるわけではないらしく、ただの布を巻き付けた腕になっている。ロンはそんな高級品をハリーがあまり喜んでいないことを不思議がっていたが、ハリーが父親のことを覚えてないことでまだ落ち込んでいるのかもしれないと励ますようにその《透明マント》をソファーの背にかけるとチェスをしようといそいそとハリーがプレゼントした新しい魔法使いのチェスセットを用意し始めた。

 

 たっぷりとソースのかかったクランベリーパイや、表面はカリカリと中はジューシーに焼き上げられたターキーの丸焼き。天井まで届きそうな大きなクリスマスツリーは、ハグリッドが禁じられた森から運んできた樅の木で、飾り付けたのはフリットウィック教授の呪文によるもの。外が見えるように魔法がかけられている大広間の天井からは雪がひらひひらりと舞い落ちるように見えているが、建物の中はとても暖かくて冬だということも忘れてしまいそうになる。魔法の世界のクリスマスはまるで夢のようだ、とハリーは思った。もちろん、プリベット通りのクリスマスだって悪いものではなかった。少なくともダーズリー一家にとっては。それでもクリスマスはほとんど一人であの階段下の物置で過ごしていたハリーにとってはこんな豪勢な料理が自分で作ったわけでもないのに食べることができることも、みんなで食卓を囲むことができることもとても嬉しかった。

 ふわふわとした気分になりながら寮にもどり、暖かい暖炉の前でロンたち兄弟と他愛もない会話をしながらクリスマスを過ごす。おばさんからボールペンとはいえプレゼントをもらったことだって初めてだ。

 ハリーはたぶん今日が今までのなかで一番幸せな日だったんだと思い起こしながら、ロンたちの話に時折相槌を打ちながら思い返していた。

 

「なあハリー、ところであの《マント》はどうするつもりなんだい?」

 

 言い出したのはフレッドだ。

 自分たち以外に誰もいないので例のマントは今もこの談話室のソファーの背にかけっぱなしだ。

 

「どうって……」

 

 どうやら本当に父親の持ち物だったそれだけれど、ハリーにはいまいち使うシチュエーションが思い浮かばない。わざわざ透明にならなければいけないことなんてそうそうない筈だ。まあ、おばさんがヒステリーを起こしているときなんかには役に立つかもしれないけれど。ホグワーツではそんな機会はまずありえない。

 

「おいおいせっかくの楽しい透明になるチャンスだってのにハリーはなーんにもおもいつかないのかい?」

 

 畳み掛けるようにジョージが言った。

 楽しいチャンスだと言われても思いつかないものはどうしようもない。ハリーは思いっきり困った顔で彼ら双子を交互に見た。ロンだってハリーと同じようで透明になって何をすればいいか思いついていないようだ。

 

「ロニー坊や、お前は一体今まで兄たちの何を見てきたんだ?」

「なんで悪戯の一つも思いつかないんだ」

 

 二人は落胆したように彼らの弟とハリーの顔を見ると大げさに嘆くようなジェスチャーをしてみせた。

 しかし「上手に使いなさい」と書かれていたメッセージは悪戯をすることを意図したものなのだろうか。さすがにそうではない気もするけれど、透明になってやれることなんていくら考えてもいいことではないようにハリーには思えた。

 いることを気づかれずにしなければいけないこと。

 どう考えたって《悪い事》でしかない気がする。

 

「だったらハリー僕らに貸してみないか?」

「きっと楽しい使い道を教えてあげられるはずさ」

 

 ホグワーツでも有名な問題児のウィーズリーの双子の手にかかればいくつでもその使い道が思いつくのだろう。いつもだって思いもよらない悪戯をしてくるし、学校中で騒ぎを起こしている。

 こんな彼らを諌めるはずのパーシーはすでに自室で試験勉強をしているため談話室にはいなかった。

 ハリーは少し悩みつつも、正直なところ使い道もよくわからないしとてつもなく高価だと言われている物をそのまま適当に出しておくこともできないし、ベッドの下の鞄の奥底に大事にしまうくらいしかできないと考えていたので、二人の提案に乗ることにした。

 ハリーが置きっぱなしだったその《透明マント》を二人に渡すとロンが驚いて目を見開いた。

 

「いいのかいハリー。それ、とっても大切なものなんだろ?」

 

 ハリーはそう言ったロンに笑って頷いて見せた。

 確かに価値としては大切にしたほうがいい物だろうし、父親が遺してくれたものであるならば貸すべきではないのかもしれない。だけど、ハリーにとっての父親、ジェームズ・ポッターは記憶にない人物で、父親と言われてもピンとこない。

 

「いいんだ。だって、きっと二人なら『上手に』使ってくれる」

 

 そうだろう?と差し出された《透明マント》を前に固まってしまっているフレッドとジョージを見つめた。言い出しては見たもののそんな簡単に貸してくれるとは思わなかったのだろう。少し虚を突かれたような顔をして、二人はそんなハリーを見つめ返した。

 

「あたりまえさ。きっとハリーが驚くような使い道を見つけてやるよ」

「そうだな。さしあたり深夜の散歩にはいい相棒になるだろうね」

 

 二人はさっとそれを受け取ると交互にそう言いながらハリーにぱちりとウィンクをして見せた。

 彼らは絶対によからぬことを考えているだろうけれど、このまま鞄の奥底に押し込んだままになってしまうよりはいいだろう。だって送り主、というか返してくれた人はハリーがそれをうまく使うことを望んでいるのだから。ハリー自身でなくても、うまく使えるだろう人に貸すのであればまあ間違っていないだろう。

 

 そしてその翌朝、二人はこっそりと不思議な鏡の事を教えてくれた。

 早速に透明マントをまとった二人は城のなかの夜の散歩と決め込んだらしい。まさに有言実行。もっとも夜しか入れない場所というのはそうそうないので、ちょっとしたスリルを味わったというところだろうか。冒険譚を交えながら教えてくれた彼らからは本当に楽しかっただろうことが伝わってきた。

 その鏡は今は使われていない教室にひっそりと置かれているらしい。彼らが言うには、少なくとも記憶にある限りそこにはそんなものは置いてなかった。つまり最近になって置かれたものだということだ。

 かなり大きい姿見で、鏡面の周りの縁どりには不思議な言葉が掘り込まれている。いざ姿を映してみればそこには。

 

「まあそこから先は見てのお楽しみだな」

 

 ジョージはにやにやと笑いながらそう言った。

 また借りると思うけど、と言いながら彼らはハリーに《透明マント》を返してくれた。

 ロンがいないときに言ってきたところを見ると、彼らはその鏡の事を弟には教える気はないようだった。

 鏡を見に行くなら別に夜でなくてもいいようだが、まるで隠されているかのように置かれているので堂々と近づけば何か言われることもあるだろう。フレッドがそういうとジョージもそれに頷いてみせた。

 

「その問題を解決するのが《透明マント》というわけさ」

 

 さあどうする?とハリーを覗き込んでくる双子にハリーは考えておくよ、とだけ答えた。

 


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