ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER7-3

 最後に残された包みには送り主の名前が書かれていなかった。中になにかあるかもしれないと思い、ハリーは恐る恐る包みを開けてみた。

 出てきた銀ねず色の液体のようなものがするすると床に折り重なり、その上にはらりとメッセージカードが一枚落ちた。

『君のお父さんが亡くなる前に私にこれを預けた。

 君に返すときが来たようだ。

 上手に使いなさい。

 メリークリスマス』

 ハリーにはカードを拾い上げて読んでみた。見覚えのない風変わりな細い字でそう書かれているが、やはり名前は書いてない。ロンたちもハリーと同じようにそのメッセージカードを覗き込み、そして床の上で丸まっているよくわからない布の塊と交互に見やった。古びた、まるで近所のフィッグおばさんの家のソファにかけられたカバーのようにも見えるそれはお世辞にも魅力的なものには感じられなかった。

 送り先の分からないそれは、ハリーにとってはとても気味の悪いもののように思えた。

 せめて誰からのものなのか分かればここまで胸がざわつくこともなかっただろう。

 ハリーは不審に思いながらも、その床の上のそれを恐る恐る拾い上げ、ゆっくりと広げてみることにした。人ひとりすっぽりと包んでしまえそうな大きな布だ。裏表を確認してみても送り主の手掛かりになりそうなものも、持ち主の名前が刺繍されていることもないようだった。これでは本当に父親の持ち物であるかどうかも分からない。

 なんども開いてみてはひっくり返し、隅から隅まで見てみてもそれが何なのかは全く見当もつきそうにない。「上手に使う」ようなものなのだから、ただの布ということもないだろう。まあ、とはいえ布なので用途としては敷いてみるとか包んでみるとかその程度のものなんだろうけれど。

 

「ハリー。たぶんだけれど、僕の考えが正しければそれはとても貴重なものだよ」

 

 そう言ったパーシーの声は少し震えていたかもしれない。

 

「パーシー知っているの?」

 

 ハリーは期待を込めた目でぱっとパーシーを見上げた。

 

「いや知っているわけではないんだ。けど、《それ》が出てくる文献は見たことがあるし噂にも聞いている。もっとも《それ》ならば実物を見るのは初めてなんだ」

「《それ》ってなんなのさ」

 

 はっきりと言わないパーシーにロンが聞いた。

 

「《透明マント》だ。昔話にも出てくるし、そういうものがあるっていうのは聞いたことはあるだろう?まあ、とっても貴重なものだし高価なものだから残念だけどうちが買えるようなものではないけれどね」

 

 ハリーの知っている昔話にはそんなものが出てきたことはなかったので、魔法族のみに伝わっている物語なのだろうか。もっとも、ロンたちは逆にハリーやハーマイオニーが知っているようなおとぎ話をしらなかったりするので、そういう交流は昔からなかったのかもしれない。

 

「昔話に出てくる《透明マント》なんていうのはおとぎ話だろうけど、でもそう呼ばれている物があるのは本当だよ。もっとも大体が数年もすれば効果が落ちて《半透明マント》になってしまうらしい」

 

 パーシーは自分の兄弟たちに向かって説明を続けていた。

《透明マント》と呼ばれるものは複数あるし、その材料も様々だ。ただどれも永続性がないという部分は共通している。だからパーシーが言うには、もし本当にハリーの父親のものであれば少なくとも十一年間はその効果を保っている質の高い物になるという。もちろんそれだけ高価であることは言うまでもない。

 ハリーはふと夏にグリンゴッツで見た両親が残してくれたという遺産の詰め込まれた金庫を思い出した。うず高く積み上げられた金貨の山は今でもはっきりと覚えている。まさか自分にそこまでの財産があるなんて思いもしていなかったし、一方でこれはダーズリー家には知られてはいけないような気がした。まあ、いつもの彼らであれば「魔法使い」なんていう「まとも」ではない者たちの遺した資産なんて嫌がるに違いないが、でもそれが金であれば話は別だと思う。

 ロンたち兄弟はその《透明マント》の効果をハリーが試しているのを心待ちにしているようだった。あのパーシーですらも期待の満ちた視線を送ってくる。ロンなんで身を乗り出してしまっているし。

 でも、ハリーはどうしてもそれを試してみる気持ちにはなれないでいた。

 

「本当に、これは父さんの持ち物だったのかな?」

 

 ハリーは思わずぽつりと呟いた。

 疑いたいわけではないけれど、確証がない以上どうしようもない。なにしろあの真面目を地でいくようなパーシーですら目を輝かせて見つめてしまうほどの魔法の品物である。普通なら喜んで試してみるものなのかもしれない。でももし、メッセージカードに書かれていたことは全くの嘘でハリーをどうにかしたいと思っている何者かによって送り付けられた呪いの品だったら。

 実際のところハリーにはその自覚はないけれど、決して誰からも恨まれていない英雄というわけではないだろう。例のあの人には信奉者が大勢いたようだし、彼らにしてみればハリーは宿敵になるだろう。例のあの人は消滅したともいわれているが、本によってはそれだっていろいろでただ弱体化していて姿をくらませたに過ぎないというものもあった。

 いずれにしても彼ら闇の魔法使い、通称「死喰い人」たちにしてみればハリーが存在しているだけで許せないなんて思っているものもいないとも限らないだろう。

 ハリーの小さなつぶやきにロンたちウィーズリー家の兄弟たちはどこか居心地悪げに顔を見合わせていた。

 

「ハリー、いいかい。確かに君は両親を失ってしまっている。だけど、彼らが残してくれたものだってたくさんある。そうだろう?」

 

 びっくりするほどやさしい声でパーシーがしっかりをハリーの目を見つめながら語りかけてきた。

 なんでこんなにも彼は優しい目でハリーのことを見ているのだろう。こんな表情で見つめられたことなんて本当に記憶にないし、心の奥がくすぐったくなってくる。

 周りを見回せば、ロンは所在なさげに上目遣いに視線をさまよわせているし、双子はハリーを見ながらいつものいたずらを考えているようなにやにや笑いではない、どちらかというと今パーシーが浮かべているものに近い優しい笑みを浮かべている。

 そんな優しい顔で見られるようなことを自分は言ったのだろうか、とハリーはパーシーの言葉に力なく頷きながら思い返した。父親の持ち物かどうか分からないといっただけだったようにおもうけれど、なんでそんな両親との思い出を大切にしようみたいなことを言われているんだろう。

 ひょっとしてパーシーたちは先ほどのハリーの言葉を父親の記憶がないことを寂しがってのものと捉えたのかもしれない。

 

「いや、えっと…もしこれが父さんの持ち物じゃなかったら危ない気がして…うまく言えないんだけど」

 

 ハリーはもごもごと小さい声ではあったが、なんとかそうではないと彼らに伝えようとした。そんな彼の気持ちが通じたのか、ふとパーシーが真剣な表情に変わった。

 

「確かにそうだな。差出人も書いていないし、まして《透明マント》なんていう貴重なものを簡単に人に貸すようなものでもないだろう。それを今になって、まあ今までハリーの居場所が分からなかったっていうのもあるけれど、だとしてももっと早く返すことはできたはずだ」

「クリスマスの贈り物なんていう洒落たものかもしれないぜ?」

 

 パーシーはハリーが考えていることに思い当たったようだ。そんなパーシーの言葉に茶化すような口調でフレッドが一応の反論をしたが、彼が本当にそう思っているわけではないことは容易にわかった。

 

「でもフレッド、借りたものを返すのは贈り物なんかじゃないんじゃないかな」

 

 この差出人不明の《透明マント》だけが「借りていたものを返す」なんていうメッセージが添えられていたのは、そう言ったロンでなくても不自然だと思うだろう。もっともそのロンだってちょっと前までは素敵な贈り物だと思っていたわけだけれど。

 でもそれはロンがハリーほど疑い深くないからだ。彼はとても素直で何に対してもまっすぐなだけなのだ。むしろハリーが同じ年齢の子どもよりもよほど世の中を穿った見かたをしているにすぎない。以前のハリーならそういう周りとの違いはあまり分からなかったが、ロンたち同級生と交流してみた事でそういう部分にも気が付くようになった。

 

「父さんの持ち物だと書くことで油断を誘っているのかもしれない」

 

 ハリーはようやく考えていることを口にすることができた。

 その言葉にパーシーが息を飲み、ロンが短く悲鳴を上げる。

 

「それって誰かがハリーを狙っているってことかい!?」

 

 今にもハリーを狙った何者かが彼を殺しに来るのではないかとでもいうほどの悲鳴交じりのロンの声が情けなく談話室に響いた。フレッドとジョージもまた硬直した顔でハリーを見つめた。

 

「かもしれない、ってだけだけど。なんか素直にうけとれないんだよ」

 

 ハリーはなるべく明るい声を出すようにした。あまり周りに深刻にとらえられてしまっても困るし、大事になるのもあまりうれしいことではない。それにせっかくのクリスマスなのにみんなが楽しめない雰囲気になってしまっているのも申し訳なく思う。まだ朝だから、これから楽しいことでこの気分も塗り替えることができるだろうけど、だったらそれは早いほうがいい。

 

「ハグリッドはぼくの父さんのことよく知っているみたいだったし、知ってるとは思えないけれどおばさんに聞いてみてもいいかもしれないし。だから《これ》のことはおいておいて朝食を食べに行こうよ」

 

 ぼく、もうおなかがすいているんだ。とハリーが言えば、そういえばとフレッドとジョージは競争するように談話室から転がり出て行った。ロンはまだいぶかしげにあのマントを見つめているけれど、朝食の魅力には勝てないようで双子の後をついて行く。

 残ったのはパーシーとハリーだ。

 さすがにパーシーはハリーが本気でそう言っているわけではないということに気が付いているのかもしれない。マントを見やり、思案するように右手で顎をさすりながら眉間に深い皺をよせて何かぶつぶつと呟いている。彼が何を言っているのかまでは聞き取れないけれど、なにか考えを纏めているのだろう。

 

「パーシー、ぼくたちも朝食を食べに行こうよ」

 

 口ではそう言っているが本心としては、自分のことだからあまりパーシーを悩ませたくないと思っている。でもそれはうまく伝えられないし、伝えようとも思わない。

 

「そうだね。おなかがすいていてはあまり頭も働かないようだ…そうだハリー。このマントだけれどマクゴナガルに見てもらったらどうだろう。本当なら闇の魔術に対する防衛術のクィレル先生が適任なんだろうけど、彼はほら、なんかそういうの怯えてしまいそうだろう?」

 

 先生に呪いがかかっているかだけでも見てもらえればきっと気が楽になる。それでも誰からの、とか本当に父親のものなのかという疑問は残るけれどそれでも随分と楽になるのは違いない。

 やっぱりパーシーは頼りになる監督生だと思う。それに、こんな兄がいるロンをとてもうらやましく思うのだ。

 時折ロンもフレッド、ジョージも彼の事をまじめすぎると煙たがるけれど、それでも家族でもないハリーのためにこうやって考えてくれるし、いつも助けてくれる。ハーマイオニーの時もそうだったし、ホグワーツにむかう列車の中でも優しかった。きっとたくさん兄弟がいるから面倒を見るのは癖になってしまっているのかもしれないけれど、それでもハリーはいままでだってあんなに優しく接してくれた人は、覚えている限りいなかったのだ。

 

「そうだねパーシー。そうしてみるよ」

 

 ハリーはぐちゃぐちゃになってしまった《透明マント》をすこしはましに見えるようにたたみ直すと、朝食を食べに行こうといったパーシーに頷いて談話室を後にした。




私事ですが、Twitterを始めました。進捗など呟いて行こうと思いますのでよろしくお願いします。

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