クィディッチの試合から数日。
結局のところマダム・ポンフリーにもハリーの傷跡が痛んだ理由は分からなかった。呪いで受けた傷というものは結構厄介なものらしい。試合後にマクゴナガル教授も来てくれたが彼女にもなぜ痛くなったのかは分からなかったようだ。
ハリーの傷跡は両親が死んだあの日、名前を言ってはいけないあの人によってつけられたものだと思われる。思われる、なのはなにしろその現場を見ていただろう両親は死亡しているし、ハリー自身はまだ一歳の赤ん坊だったから覚えているわけもなく、その原因である例のあの人もまたなぜかその赤ん坊によって敗れたとされているからだ。ほかに誰かそこにいたならば詳しいこともわかるだろうが何もかも憶測でしかない。
赤ん坊にできることなんてたかが知れているけれど、ともかく例のあの人はハリーに負けたらしい。その代償がこの額の傷跡なのだ。
マクゴナガル教授はそんな話をしながら、もし今後も痛むようなことがあれば聖マンゴ魔法疾患障害病院でしっかりと検査したほうがいいかもしれないと言っていた。さすがに学校の医務室ではやれることは限られるからだ。それをハリーから聞いたネビルはとても悲しそうな顔をして小さな声で彼の両親がやはり闇の魔法使いの呪いを受けてずっと入院していることを教えてくれた。だからずっと彼は闇の魔法使いや例のあの人の話題になるととても怖がっていたのだ。
そんな日の朝。
ハリーのもとに珍しくふくろうが手紙を届けていった。
目の前にぱさり、と落ちたそれに一瞬ハリーは固まった。何が起きたのか理解できなかったのだ。なにしろふくろう便を使ってハリーに手紙を送ってくれるような知り合いは思い当たる節がない。
ああそういえばそろそろクリスマス休暇だからいいかげんダーズリーの家の件で先生に相談しないといけないな、などと思いながらハリーは自分宛らしいその手紙を拾い上げた。近くにいたロンやネビルたちもハリーの手紙を覗き込む。
「誰から?」
聞いてきたのはシェーマス。最近はもう朝から水をラム酒に変える魔法を実践しようとしたりはしていない。さすがに変身術の一種だからそう簡単には使えないことが解ったらしい。あと彼が使っていた呪文は何一つあっていなかったということも分かった。
ハリーはそのがさがさとした封筒をひっくり返してみると、見覚えのある字で「ハグリッド」と書かれているのを見つけた。
「ハグリッドからだ!」
ぺりっと封をはがし、中からはやりがさがさとした便箋を取り出せば相変わらず誤字の多い癖の強い彼の字が並んでいる。あの大きい体で普通のサイズの便箋は使い辛いのかも知れない。とはいえ誤字が多いのはそれが原因ではないだろう。
「なんだって?」
先日の試合以降、グリフィンドールの一年生たちはハグリッドに対して好意を持っていた。もっともフレッドとジョージは彼をからかいがいのあるおもちゃだと思っているようだが。
ちょっとわくわくとした表情で聞いてきたのはディーンだ。
「なんか今日の午後、お茶をご馳走するから遊びにおいでって。」
ハリーはこんな誘いを受けたことは初めてで自分の頬が熱くなるのを感じた。フィックさんとは一緒にお茶をすることはあっても誘われたわけではなく、ダーズリーの家のものたちが皆出かけてしまうから預けられていたからだし、第一あのころにはそんな友人もいなかった。よく学校の友だちの家に遊びに行くダドリーを見てはいたけれど、でも何をして遊んでいたのかは分からない。彼の性格から考えてお茶を飲んで話をしていたってわけではないだろう。
「あら。私も行ってもいいかしら?」
ハーマイオニーが申し出る。
どうやらハリーがハグリッドのところに行くのは決定事項らしい。さすがにハリー自身も誘いを特に理由もなく断るのは失礼になるかもしれないし、と思いながらハーマイオニーにうんと答えた。
ちょっとだけ心臓がどきどきと高鳴る。
結局ハーマイオニーとネビル、それにロンが一緒に行くことになった。
ハグリッドの小屋は禁じられた森の入り口の近くにある。
周りには鶏小屋や畑があったりと彼がここでずっと生活していることがうかがえた。だからこれは小屋ではなくハグリッドの家なのだろうが、ハリーの知っている家とは全く雰囲気が違っていて少し驚いた。ここに建物があることは知っていたけれど彼がずっと住んでいるとは思わなかったのだ。ただ、小屋っぽいとはいえさすがにあの巨体のハグリッドが住んでいるだけあってある程度の広さはあった。
建物の中は乱雑にものが積まれ、ハグリッドの生活が垣間見えるような状態だった。ハリーではとても持ち上がりそうにない大きなやかんやシンク放りこまれた木のマグ。毛羽立った古いラグとくたびれたソファ。物という物がともかく部屋の中に詰まってさえいればいいような感じで詰め込まれた、まるでおもちゃ箱のような部屋だった。
ハーマイオニーもネビルもハリーと同じようにきょろきょろと部屋中を見回していたが、ロンだけはあまり気にならないようだった。まあこの状態が魔法族によくありがちなことでないことだけは、ロンとネビルの態度の差である程度わかったような気がする。
ハグリッドはハリーと一緒に来た彼らのことも暖かく迎え入れ、その大きなやかんから紅茶をいれてくれた。この寒い季節に温かい紅茶は本当にありがたいが、一緒に出された彼お手製のロックケーキは、本当に岩から作ったんじゃないかというほどにかたくてハリーたちは文字通り歯が立たなかった。そういえば誕生日ケーキも手作りだったと思うので、ハグリッドは見た目に反してとっても家庭的で料理が好きなのかもしれない。
ハグリッドはみんなとホグワーツに慣れたか、とかネビルの両親やロンの両親の話などをしてあっという間に打ち解けてしまった。ハグリッドは一体いくつなのかわからないけれど、ずっとここで森番をしているらしい。だからネビルたちの両親の学生時代を知っている。もっとも、ハリーの父親たちのほうがエピソードには事欠かないといった感じだったけれど。
「聞いてると、本当に君はお父さんとあまり似ていないんだな。」
ちょっと感慨深げにロンがそういい、ハーマイオニーがそんな彼の脇を肘でちょっと強めにつついた。
「でもぼくだって似ているかわからないよ?」
ネビルが言う。
親子だからって似ていなければいけないのかな、と思わないわけでもない。実際ダドリーとバーノンおじさんはいろいろそっくりだったし。でも、例えばロンは兄弟間でもそっくり似ているというわけでもないと思う。パーシーは監督生だけあって面倒見もいいし真面目だ。だが、フレッドとジョージが真面目にしているところなんて見たことがない。ロンだって同じ兄弟だけどパーシーほど真面目ではないし、フレッドやジョージほど突き抜けてもいない。兄弟ですら差が出るのだから、親子が似ている必要なんてないような気もする。
「そういえばなんでハリーの傷跡が痛んだりしたのかしら。」
ハーマイオニーはそう言って明らかに話題を変えようとしていた。彼女はネビルやハリーの前で家族の話をするのは不謹慎だと考えているようだ。ハリーはあまり気にしていないけれど、ネビルが傷つくのであればあまり話題にしないほうがいいのかもしれない。ただあまり気をつかわれてもあまりいい気はしない。
「ぼくも気になっていたんだ。ねえ、ハリー。あの時なにか変わったことはなかったのかい?」
ロンはそんなハーマイオニーの心の内を察したのかどうかは分からないが、ともかく話題はハリーの傷跡のことに変わった。
正直家族の話よりも傷の話のほうがハリーにとってはあまり触れてほしくない話題ではある。これがあるせいで誰からも自分がハリー・ポッターだと分かってしまうし、そのせいで注目されることもある。ホグワーツではもうそういうことはなくなったが最初の数週間は陰から見られている気配を感じていた。
「特に…ただぼくは試合と周りを見ていただけだったから…」
とはいえここでこの話題は嫌だと申告したとして、もっと微妙な空気になるのは目に見えている。だからハリーはそのままその話題に付き合うことにした。
「周りって?」
試合以外を見ていたことをロンは驚いたのかもしれない。でもハリーにとっては何もかもが新鮮な場所だったのだ。
「観客席の先生とか。ほら、スネイプ教授とかクィレル教授ってああいう場所にくるのなんか似合わない気がしたから。」
「そういえばそうね。」
スネイプはまだ自分の寮の試合だったから見ていてもおかしくないと思うけれど、大勢人のいる場所に出てくるようなタイプには見えないしクィレル教授だっていつもの授業風景を考えればクィディッチに興味を持つような雰囲気ではない。ハーマイオニーは考えをまとめるようにそう口にした。
「ひょっとしてさ、スネイプのやつがハリーに何かしたのかも!」
なんでそうなるのかわからないけれど、ロンはそう言った。
ネビルがひぃっと悲鳴を上げる。彼は呪いとかそういうものを怖がっているから仕方のないことかもしれない。
ハグリッドがロンをホグワーツの先生がそんなことをするはずがないとたしなめたがロンには自信があるようだった。ロンは彼がいつも授業の時にハリーのことをとても鋭い目で見ていることと、厳しく当たることを挙げてきっとハリーを苦しめようとしていると言った。
「でも先生がそんなことするかなぁ?」
ネビルはロンの意見には同意できていないようだ。スネイプ教授の授業だけで言えばハリーよりもよほど彼のほうがきびしく当たられているし減点されることだって多い。だけどそれだけでハリーにどうこうするとは思えないのはハリーも同じだ。第一、何かしたいなら夏の間にできただろう。
「ネビルの言うとおりだ。スネイプ教授はダンブルドアが信頼してらっしゃる先生の一人だしそんなことをするはずがねえ。」
「でもハグリッド。スネイプはあの犬に近づいたんだ。」
何が隠されているにせよ、スネイプはそれを狙っているに違いないとロンは息を荒くした。
ハリーがふと思いついていた飼育係説は彼の中では生まれなかったらしい。自分でも流石にないな、とおもっていたけれどだからといって彼が何かを奪おうとしていたとしてその証拠だってない。自分たちと同じようにうっかり犬の機嫌を損ねただけかもしれない。なにもかも可能性にすぎないけれど。
「なんでフラッフィーのことを知っちょる。」
「フラッフィー?」
あの犬の名前だ、とハグリッドは答えた。自分の飼っている犬でダンブルドア校長に貸しているらしい。ダンブルドアとハグリッドの言うことしか聞かない賢い番犬だと言っていたが、ハリーたちは確かに不用意に近付いたけれど危うく死ぬんじゃないかという目に遭った。犬よりも鍵をどうにかしたほうがいいと思う。
「ねえハグリッド。いまホグワーツには何かが隠されているの?」
ネビルの疑問はもっともだ。ロンの仮説にしても、あのフラッフィーが何かを守っているという仮定に基づいている。大前提が固まっていない以上疑いようがない。
「あれはダンブルドア校長とニコラス・フラメルのっとああいけねぇ。これ以上は何も聞かんでくれ。しゃべっちまう!!」
どうやら秘密事項らしい。
ハグリッドは聞いたハリーたちがいけないんだと言わんばかりに大きく頭を左右に振って耳を塞いだ。
先ほどはダンブルドア校長に信頼されていることを誇らしげに話していた彼だが、どうやら秘密を守ることは得意ではないのだろう。これ以上ハリーたちがここにいてはうっかり話してしまいそうだと嘆きながら、ハグリッドは彼らに寮に帰るように促した。