ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

25 / 41
CHAPTER6-4

 クィディッチ初戦。

 朝からまるでお祭りのような騒ぎにホグワーツ全体が包まれていた。結構魔法使いというのはこういうにぎやかな騒ぎが好きなんだな、と最近のハリーは思っている。魔法の存在を知る以前に本で読んだ魔法使いや魔女は、だいたい一人でぐつぐつと煮えたぎる大鍋をかき混ぜていたり、得体のしれない恐ろしい生物を使役していたりと、どちらかというと他者とのふれあいをあまり好んでいないように見えたけれど実際はそうではないらしい。彼らは何かというと大騒ぎをしている。魔法の存在はマグルに知られてはいけないというのに、これではうっかり知られてしまうことも起こりうるのではないか、と思う。もっともそのうっかりの結果が本に出てくる魔法使いなのかもしれないけど。

 今日の試合はグリフィンドール対スリザリン。

 練習の時とは違い、競技場は両チームのカラーである赤と緑に彩られ、せりあがった観客席にはほかの寮の生徒や先生方、さらには選手の親と思われる大人の魔法使いの姿もある。両チームの寮監であるマクゴナガルとスネイプがいるのはともかくとして、いつもおどおどとしてあまりこういう場が好きではなさそうな闇の魔術に対する防衛術のクィレル教授も来ているのには驚きだった。いつもニンニクのにおいがするターバンを巻いている彼は、休暇中に出会った吸血鬼を恐れているというもっぱらの噂だ。わざわざこんな場所に出てくるようなタイプとは思えない。

 クィレル教授はあたりをきょろきょろと見まわし、まるで本当に噂の吸血鬼がこの観客の中に紛れ込んでいるのではないかと探しているかのようだった。

 ハリーの隣ではロンがこの日のためにシェーマスたちと魔法をかけて作った応援旗を振り回している。きらきらと色の変わる魔法のかかった仕上げはハーマイオニーによる作品だ。

 寒さを感じさせないほどの熱気とはいえ、さすがに十一月の屋外は寒い。風邪気味だと思われているハリーはハーマイオニーが渡してくれた例の炎の魔法の瓶詰を抱え、口元までグリフィンドールのマフラーでぐるぐるに覆い隠している。ハーマイオニーはそれでも不足とばかりにブランケットを持ち出したが、さすがにそこまでの体調なら寒い中観戦せずに寮でゆっくり過ごすよと言って断った。

 

「ちいっとすまねぇ、つめてくれねぇか?」

 

 そう言って誰よりも大きな体のハグリッドがロンとは反対側のハリーの横にその巨体をねじ込んだ。あまりにも大きいものだから、ハリーもロンもその向こうにいるシェーマスたちも少し押しつぶされる感じになる。彼がここに座ってしまえばハリーたちの後ろにいる生徒たちは競技場が見えなくなってしまうんじゃないかと思う。

 

「あら、あなたハグリッドね!ホグワーツの森番の!!」

 

 ひょっとして彼のことも本で読んだのだろうか、ハーマイオニーが急に現れたハグリッドをきらきらとした目で見上げていた。でもそのあとに本で読んだわという言葉が続かないので、それは違うようだ。

 ハグリッドもこのホグワーツの教員だし、彼女が知っているのはおかしくないだろう。むしろ、つい最近まで知らなかったハリーのほうが周りに興味を持たなすぎるのかもしれない。事実彼だけじゃなくて、ほかの寮の一年生の顔と名前はいまだに一致していないし、おなじグリフィンドールの先輩たちだってちょっとうろ覚えな部分がある。

 ハーマイオニーはハグリッドに禁じられた森にはどんな生き物がいるのかなど質問攻めにしていた。彼女は本当に知識に対して貪欲だ。だからこそ同世代の魔法族出身の子どもたちよりも多くの事を知っているのだろうし、授業で失敗することだってない。

 そんな事をしているうちに、場内には審判を務めるマダム・フーチと両チームの選手たちが現れ競技場はより一層の歓声に包まれた。あまりの音量で座席が揺れているのではないかと思えるほどだ。

 お互いに自分の寮のコールを叫びあい、試合へのボルテージは否応なしに上がっていく。

 くるくると上空を飛び交う選手たちに向かってクアッフルとブラッジャー、そして金のスニッチが放たれれば試合の開始だ。

 最初はチェイサーがクアッフルでひたすらにゴールを狙う。どちらの選手も譲らないという気迫が伝わってくる。ただ、グリフィンドールの選手に比べてスリザリンの選手はラフプレイが目立つような気がする。いつもあいつらは卑怯な手を使うんだ、と先輩方が憎々しげに言うのが聞こえてくる。なるほど、確かスリザリンの気質は狡猾。でもハリーが見る限りあのラフプレイは狡猾というよりもただの卑怯な行為だ。

 そんなスリザリンからの妨害があるにも関わらず両チームの得点差があまり開かないところをみると、正々堂々とやればスリザリンはあまり強いチームではないのかもしれない。ようは小細工に頼らなければ勝てないのだろう。ハリーはそんなことを考えながら競技場の中を飛び回るチェイサーを目で追いかけていた。

 ふと、その時視界にしかめっ面のスネイプが入り込んだ気がした。

 彼は自分の寮の生徒たちの試合をどんな気持ちで見ているのだろう。彼自身もやはり勝つための手段は選ばなくていいと指導しているのだろうか。でもだとしたら、マクゴナガル教授あたりからこってり注意されそうな気がしなくもない。ダンブルドア校長はあまりそういうことに口を出してこないような気がするけれど、彼女はそういった生活態度とかそういうのに厳しい気がするのだ。

 もちろんこの試合はダンブルドア校長も見に来ている。普通の人ではありえないほどの長いひげと長い髪。あんな姿を街中で見つけた日には人目を引いて仕方がないだろう。とりあえずペチュニアおばさんならひぃっとヒステリックな悲鳴を上げて視界から排除しハリーとダドリーに近寄ってはいけないときつく言いつけるタイプの人だ。

 彼もスリザリンのラフプレイをただにこにこと見ているのでもうそのあたりも織り込み済みなのかもしれない。もっともその隣に座っているマクゴナガル教授はとてつもなく厳しい顔をしている。

 思わず試合そっちのけでハリーは教員席で試合を観戦している先生たちのほうを見てしまった。

 マクゴナガルは得点ごとに一喜一憂しているが、スネイプは表情一つ変えずに試合を見守っている。もうそういうお面なんじゃないかってほどに彼が何を考えているのか伝わってこない仏頂面。明らかにクィディッチを楽しんでいるとは思えないその顔にハリーは思わず苦笑いを浮かべた。楽しくないなら来なければいいのに。それでも見に来ているということは彼も少しは楽しんでいるのだろうか。

 スネイプ近くの近くに座っているクィレル教授はずっときょろきょろと周りを見回している。そんなにおどおどしなくてもここに昼間から吸血鬼が現れることなんてないだろうにまるでそれを警戒しているかのようだ。彼のほうがスネイプよりも試合を楽しんでいないかもしれない。そんなに吸血鬼が怖いなら本当にあのにんにくの臭いの充満している闇の魔術に対する防衛術の教室にこもっていたほうが安全な気もする。もっとも吸血鬼が伝承通りににんにくを苦手としていれば、だけれど。

 ふとハリーの額の傷跡にずきり、と痛みが走った。

 まるで傷跡自体が脈打つように、ついさっきつけられたばかりの生傷のようにずきずきとした痛みに思わずハリーは傷跡を押さえた。その指先に流れる血が付くことはなかったが、今にも傷跡が開いて血を流し始めるのではないかというほどに痛い。

 痛っ、と思わず声に出さずにはいられなかった。

 ハリー自身は痛みに対してどちらかというと耐性があるほうだと思っている。どんなにダドリー軍団に殴られても声を上げたこともなかったし、ちょっと痛んだものを食べておなかを壊したときだっておばさんに悟られないように我慢した。にも関わらず、傷跡がひどく痛むだけで我慢できずに声を上げ、あまつさえ視界が涙でゆがみ始めた。

 ハリーは身を屈め痛みのあまり浅くなる呼吸を何とかコントロールしながら痛みに耐える。

 隣に座っているロンは試合に夢中だったが、さすがにハリーが身じろぎしたことで彼に何か異変が起きていることを察知したらしい。ハリー、と悲鳴に近い声を上げて今にも倒れそうなハリーの体を支えた。

 ハグリッドもまたその声に慌てた様子で立ち上がった。そのせいで数人の生徒が椅子から転落したが、それもあり付近のグリフィンドールの生徒たちにはハリーの具合が悪そうだということは一気に広まった。そうでなくても入学前にホグワーツ特急の中で倒れていることはわりと全員に知られている。

 またハリー・ポッターが倒れた。そんな空気が周りに広がっていくのをハリーは感じていた。

 痛みは徐々に引いてきてはいるが、まだ眼球の奥が脈を打っているような気がする。

 今までにこの傷跡が痛んだことなど、ハリーが覚えている限り一度もなかった。

 ハリーは指でゆっくりとその稲妻の形をなぞった。本当に脈を打っているかもしれないと思った傷は熱を持つこともなくいつも通りに凸凹とした触感を伝えてくる。

 試合はまだ続いているようで、スリザリン側の観客席からは声援が聞こえてくる。ロンたちはずっと今日の試合を心待ちにしていた。ハリーは自分のせいでその楽しみに水を差してしまっているのではないかと申し訳ない気持ちになってきた。いつもバーノンおじさんやペチュニアおばさんが言っていた通り自分は周りに迷惑をかける存在なんだと悲しくなってくる。ホグワーツに来たことで少しは変わったのかもしれないと思ったけれど、そんなことはなかったと突きつけられているようだ。

 それでもロンは、あんなに楽しみにしていた試合よりもハリーのことを心配してくれていた。もう競技場の方なんて見ていなかったし、ハリーを支えてマダム・ポンフリーのところに行くか聞いてきた。

 ハリーが力なく頷けば、ハグリッドが軽々とハリーのことを持ち上げた。

 ハリーよりは大きいとはいえ、さすがにロンが運ぶには競技場と校舎は離れすぎている。ハリーのような小さな子どもなどハグリッドにとっては苦にもならないものだろう。

 ハグリッドは時折大丈夫かとハリーをのぞき込んできたが、そのたびにハリーは彼のもじゃもじゃの髭に埋もれることになった。痛みはほとんど引いていたが、気分の悪さが残ってしまっている。ハグリッドの後ろを小走りでついてくるロンたちの姿にハリーは本当に申し訳なさで消えてしまいたいと思った。彼らは試合を途中で放り出してきてくれたのだ。胸の奥がくすぐられるようにざわざわとしてハリーはハグリッドの腕の中でぎゅっと身を縮みこませた。 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。