ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER6-2

 冷えたせいでちょっと赤くなってしまった鼻をすすりながら寮に帰ったハリーを待っていたのは、イライラと声を荒げるロンとそれに賛同しているシェーマスたちの姿だった。今までだったらハーマイオニーが諌めるところだが、今回に関しては彼女まで一緒に騒いでいるのでハリーは少し驚いた。むしろそんな彼らの中で戸惑いオドオドとしているのはネビルだが、彼にはロンたちを止めることはできないだろう。何しろハーマイオニーですら止めることはできなかったのだから。

 

「ハリー、聞いてくれよ!スネイプったらひどいんだ!!」

 

 ハリーを見つけるなりロンはそう大声で言いながら駆け寄ってきた。正直なところ、面倒事に巻き込まれる予感がしてハリーとしてはあまり嬉しくない。ロンに続くようにシェーマスとディーン、そしてハーマイオニーも近寄ってくる。少し遅れて合流したネビルが申し訳なさそうにハリーに困ったような笑顔を向けた。

 どうやらハリーがハグリッドと話している間に彼らはスネイプ教授との間にいざこざを起こしたらしい。

 ことグリフィンドールではスネイプ教授の評判はあまりよろしくない。それは彼がスリザリンの寮監であるということと、彼自身が自寮を贔屓し、グリフィンドールからは厳しく減点していると思われている節があるからだが、そこまで理不尽なことをしているとはハリーには思えないでいた。

 たしかに魔法薬学の授業においてロンやネビルが減点をされることは多いと思うし、ドラコが褒められていることも多いだろう。しかし、彼らが減点されているときはたいていきちんとした理由がある。明らかに注意をしていたことを怠っていたり、説明を聞いていなかったりといった彼ら自身の落ち度がある。魔法薬学という授業の性質を考えれば、そういう小さな注意欠如が大きな失敗を招くこともありうるだろう。それを理不尽な理由で減点されているというのはちょっと違う気がする。

 だが、ドラコの加点に関しては贔屓目があると言われても仕方ないだろう。なぜなら同じようにハーマイオニーが成功したとしてもスネイプ教授は褒めもしないし加点もしたことはない。むしろ、ハーマイオニーが授業中に求められてもいないのに発言することに対し、出しゃばりだと減点をしたことだってある。これに関しても彼らはスネイプが自分たちに厳しすぎるというだろうが、授業中に勝手に発言するのはやはり褒められた行為ではないのではないか、とハリーは思うのだ。

 つまり彼らが言うほどスネイプ教授は悪い人ではないように思う。理不尽な減点や不可解な加点が頻発しているという感じではないのだ。

 ハリーは困惑しつつも彼らに引きずられるように談話室の一角のいつも彼らがたむろしているソファーに半ば押し込まれるようにして腰を下ろした。

 ああ、これは本格的に面倒なことになる。とハリーは思わず天井を見やった。

 そんな彼にお構いなしに、ロンは一気にまくし立てて来た。

 簡潔に何が起きたのかを纏めるならば、彼らはスネイプ教授に言いがかりをつけられたということになる。

 クィディッチの初戦がもうすぐなので、ハーマイオニーは図書館から「クィディッチ今昔」という本を借りてきたらしい。それをロンたち、つまりここにいるハリーを除いた五人で中庭の一角で読んでいたときに彼が近付いてきたのだ。そしてなぜかその本を没収された、ということになる。

 

「図書館の本を外で読んじゃいけないなんていう規則きいたことないわ!」

 

 本を借りてきた当人であるハーマイオニーはかなり怒っているようだった。

 でもわざわざそんな言いがかりをつけるのかな、とも思う。

 ハリーのスネイプに関する感情はほかのグリフィンドールの生徒たちほど嫌悪感に満ちたものではないし、ネビルほど恐怖で満たされてもいない。確かに彼はハリーに対し厳しく当たる部分もあるが、だからと言って不条理な暴力に訴えることもないし、不可能な言いつけをされることもない。彼の態度を考えれば、ハリー自身に何かしら彼を不愉快にさせる原因があるととれる。もっともその原因に関して全く心当たりがないので、当面はこれ以上不愉快にさせないようにせめて成績だけでもまともにしておこうと思っている。課題に関しては優をつけてくれることもあるので、そこに関しては贔屓があるとは思えない。個人的な感情で成績をつけているなら内容なんて確認せずに、毎回不可と書けばいいのだから。

 

「本当に本を読んでただけなの?」

 

 とりあえず黙ったままというわけにもいかないのでハリーはそう聞いてみた。

 ロンは顔を上げて肯定しようとしたが、何かを思い出したかのように俯いた。

 

「ハーマイオニーが魔法を使ってたんだ。」

 

 ちらりとハーマイオニーを見やりながら代わりにディーンが答えた。

 名前の出されたハーマイオニーはでも、とかだってと口ごもりながら俯いた。

 ホグワーツでは廊下での魔法の使用は禁止されている。これは入学当初に校長から注意された事項にもあった。中庭が廊下部分に該当するのかという疑問はあるが、そうでないと言い切るのも難しいような気がする。おそらくだけれど、この場合の廊下というのはたぶん教室や実習で使ってもいい場所以外ということを指している可能性のほうが高いので中庭にしても注意される可能性は高い。

 

「なんの魔法をつかってたの?」

 

 とはいえハーマイオニーは理由もなく魔法を乱打するような人物ではない。だとしても彼女が率先して規則を無視するのは今までにはない傾向だ。

 

「ブルーの火の魔法よ。ガラス瓶に入れて持ち運ぶことができるから温まることができるでしょう?」

 

 少しだけばつが悪そうに彼女はそう言った。確かにそれは便利そうだし、実際ハリーも知っていれば使うような気がする。事実ハグリッドと外で話していたことでかなり体は冷えてしまったのだ。

 しかしハーマイオニーはその呪文をどこで知ったのだろう。授業では取り扱っていないし、上級生を見てもその炎を持ち歩いている姿なんて見たことがない。もっとも彼女が授業で習っていない呪文を使うのはよくあることだし、きっと図書館で見つけた本にでも載っていたのだろう。

 とはいえ、あまりよくわからない呪文っていうのは怖いような気がする。変身学ではかなり細かい呪文の意味やその編成までをしっかりと理解してからでないと実践に入らないし、フリットウィック先生だってしっかりと発音と杖の軌跡を確認してから実際に行っている。しかし授業で習っていない魔法はそういうことがしっかりと本に書かれているとは限らない。ひょっとしたら大惨事を引き起こす可能性だってあるのではないだろうか。もっともハリーがそう発言したとしても、心配しすぎだと鼻で笑われるだけの気がするが。

 

「それをスネイプに見つかったら怒られると思ったから思わずみんなで隠したんだ。」

 

 なるほど。

 明らかにスネイプ教授の目には彼らがなにか企み隠しているように見えただろう。実際後ろ暗いとことがありガラス瓶のなかの火を隠したわけだからあながち間違ってはいない。しかし彼には明らかな不正というか、怪しい何かを見つけることはできなかったのだろう。そこで確かに言いがかりではあるが「クィディッチ今昔」を没収したということになるのだろう。

 ひどいだろう?とロンが同意を求めてきた。

 確かにこれはひどい気がする。これはさすがに贔屓教師とか不条理とか言われても仕方ないしかばうことだってできない。もっともハリーはいつも心の中で思うだけで口に出していうことはないのだけれど。

 

「ねえ、ハリー。一緒にあいつのところに取り返しに行かないか?」

 

 ロンはさも当然と言わんばかりに提案してきた。

 今の話の流れでなぜそうなるのかハリーには分からないが、彼の口調だと提案という形をとった命令に近い。行かないか?当然行くよな。そんな気持ちが透けて見える。

 

「図書館から借りた本だし取り返さないとまずいわ。」

 

 ハーマイオニーの言い分は理解できる。でもそれはハリーを連れて行かなくてもできるはずだ。ハリーは心底そう思った。だがそこで困っているなら助けるのも友だちなんだとは思う。とりあえずパーシーに相談してみるのはどうだろうなどと考えつつハリーは答えを濁していた。きっとどう言ってもロンは反発するような気がするのだ。

 しかしそんなハリーの曖昧な態度はロンにとっては肯定と捉えられたらしい。ソファーに座らせたばかりのハリーの腕を引っ張って立たせ、そのまま寮の入り口にハリーを引きずるようにして向かってゆく。ぐいぐいと引っ張られる腕が少し痛い。ハリーはちょっとだけ眉を顰めたがおそらくそれはロンには見えていなかっただろう。

 彼らにディーンとシェーマス、そしてネビルとハーマイオニーが続いた。

 また一年生が騒いでいる。

 そんな目で上級生たちは彼らを見ていた。

 元気で行動力のあるロンたちにハリーとネビルがついていくのは入学当初からのよくある光景で、何一つおかしいところはない。ハリーにしてもそうやってみんなで固まって動くことが決まり、というか友だちのルールみたいなものであれば従うしかないなと思っている。今まで友だちなんていなかったハリーにしてみればホグワーツで出会った彼らが初めての友だちだし、大切にしたいと思う。ただ、今までずっと一人で過ごすことの多かったハリーとしては、煩わしさとか騒がしさで胸のなかにうまく言い表せないもやもやが湧いてくるのだ。だからこそたまにふらっと一人になったりするのだけれど、それでそのもやもやが消せるわけではない。

 そういえばマルフォイもよく同じスリザリンの生徒たちと固まって行動している。まあ、いつも一緒にいる大柄のクラッブとゴイルは友だちというより、家臣というか部下というかなにか違う感じはするし、ほかの生徒たちにしてもマルフォイに対して一歩引いているというか対等な友だち関係という感じではない。まるでダドリー軍団を見ているような気分になる。しかしこうやってみんなで動いているのも今のうちだけなんだろうな、と思う。三年生になれば選択授業が始まるし、五年生になればO.W.L試験の準備やらでみんな忙しくなるだろうし、実際上の学年になれば仲のいい友だち同士でもそんなにずっと一緒にはいないように見える。

 

「なんでスネイプはわざわざ本なんて取り上げたんだろう。」

 

 廊下を歩きながら、ハリーの腕を離す気配のないロンは苛立たしげにそう言った。

 図書館の本を建物の外で読んではいけないのであれば、ハリーだって結構な回数規則違反をしていることになるが、今まで一度もそれをとがめられたことはない。運よく先生方の目に留まっていないだけの可能性もあるが、おそらくスネイプ教授はなんらかの意図をもって没収したのだとは思う。とはいえ、ただの嫌がらせの可能性もあるけれど。これに関してはどれだけ考えたって答えは出そうにない。ハリーはスネイプ教授ではないし、彼の考えていることが分からなくて悩んだ時期だってあったのだ。

 

「スネイプ先生に直接聞いてみればいいんじゃないかな?」

 

 ハリーがそういえばネビルがひぃっと悲鳴を上げる。

 スネイプ教授に授業に質問をするなんて、ネビルにとっては恐ろしくて仕方のないことなのだろう。ロンたちもハリーの言葉に目を丸くする。

 

「ねえ、ハリー。前から気になっていたんだけど、君スネイプのこと嫌いじゃないのかい?」

 

 スネイプ教授は厳しい人だとは思う。でも、それは嫌いになる理由にはならない。というよりも、嫌いになるには彼の事を知らなさすぎる気がする。

 なのでハリーはこう答えた。

 

「ふつう、かなぁ。」

 

 ハリーの言葉に、ロンたちがええーっと大きな声を出したので廊下にいたほかの生徒たちの注目を一身に集めることになった。

 

 

 


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