ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER6-1

 ハロウィン以降、目立って仲良くなったという程でもないが、ハーマイオニーはハリーたちほかの一年生と打ち解けることはできたようだ。特にパーバティーたち女子は彼女を加えて一緒にいる事が増えてきた。親友とまではいかなくても友だちにはなれたのかもしれない。

 あの日以来、ロンは少しだけ勉強に向き合うようになった。もともと課題などはハリーやネビルに付き合って一緒にしぶしぶやっていた感じだったが、ちょっとだけ真面目に取り組んでいるようだ。目の前でパーシーたち上級生が闘っている姿を見たことは、彼にとっていい影響をもたらしているのかもしれない。

 ハロウィンが終わればやってくるのがクィディッチのシーズンだ。

 今までであれはクィディッチの好きなロンやシェーマスなどは課題が手につかなかったかもしれないが、ロンの変化が周りにも影響をもたらしているのか、時折試合の予想とかそんな会話を交えながら寮の談話室の片隅で、みんなで課題をこなしていた。

 グリフィンドールの初戦はスリザリンとの因縁の対決からだ。

 ウッドたち代表選手は連日の練習に打ち込みコンディションを上げているようだが、ほかの上級生たちはだとしてもグリフィンドールが優勝できる確実な何かが足りないと話し合っていた。

 ハリーたちマグルの間で育ってきた一年生はクィディッチの試合を見るのはこれが初めてだ。日に日に試合に向けて選手だけでなくほかの生徒たちのボルテージも上がっていくのをハリーは感じていた。もちろんそれはグリフィンドールだけでなく、学校全体の事だ。みんながクィディッチのことを話さない日はない。

 ただ、ハリーはそこまでほかの生徒たちほど熱狂できていない。なんとなく話は合わせても、そんな一大事ってほどでもないし、夢中にもなれない。見てみたいとは思うけれど、人生を揺るがすほどのものでもない。だからか、本当の自分は体の外にいてロンたちとはちょっと離れた場所で彼らの話を聞いているような感覚に襲われていた。

 へー、そうなんだ。たのしみだね。

 ハリーが口にするのはその程度の言葉でしかない。

 それでも周りが不審に思わないでいてくれるのは人数が多いということもあると思う。ハリーが頑張って会話に参加しなくても、どんどん話は進んでいくのだから。とはいえ、いつそんなハリーの不自然さに周りが気付いてしまうかもしれない。それを思うとハリーは少しだけ怖くなる。

 そんなときハリーは一人で校内を歩くようにした。図書館に行ってもいいが、そこにはハーマイオニーがいることが多かったし、ハロウィン以降彼女も積極的に話しかけてくるようになったのだ。彼女にしてみればハリーは図書館通いの仲間という認識のようで、話の内容も課題向きの参考文献のことだったり、彼女のおすすめの本の事が主だったが基本的に彼女が一方的にハリーに話し、ハリーはそれに相槌をうっているような感じだ。ホグワーツに来る前は誰かに積極的に話しかけられるなんてなかったことだから分からなかったけれど、一人でいたいと思っているときにそれを許されないのはこんなに疲れることだったのか、とハリーは思うようになった。あのころを思えば贅沢なことだけれど。

 そうなれば図書館はハリーが逃げ込めるというのは何か違う気もするが、ともかく一人になれる場所ではなくなってしまったのだ。ホグワーツは広いのだからどこかほかにもゆっくり一人で考え事ができる場所はあると思う。湖の近くだったり、さすがに禁じられた森の中に入ろうとは思わないが近くの木陰で本を読んだりすることもある。ただふらっとどこかに姿を消してしまうハリーの事はロンたちも少し疑問に思っているようで、何をしているのか問われることも多くなっていた。

 この日もハリーはいつものようにふらっと禁じられた森の近くを歩いていた。このあたりはマグルの世界では見ることのないような不思議な植物も生えていたりとおもしろい。教科書で見たことのあるものもあれば、まだ知らないものも多く後で調べてみるのもいいだろう。

 授業で使う道具の入ったままの鞄の中には図書館で借りてきた本も入っている。どれといった好みもないので、今回は薬草関係の入門書のような軽い読み物。ちょっとした豆知識が載っているのが教科書とは違うところだ。実用書、といったほうが適しているかもしれない。

 最近見つけた森の近くの木陰はあまり人目につかないし、程よく日当たりもあり寒さが厳しくなってきたこの時期でもある程度快適に過ごせるポイントだ。もう少し冬が本格的になってきたら何らかの方法を考えたほうがいいだろうが、今のハリーにはこれといった手段が思いつきそうにない。

 冷たい草の上に座り込んで森の木々のざわめきを聞きながらハリーは鞄から件の本を取り出し、パラパラとページをめくった。

 

「おや。誰かと思ったらハリー・ポッターじゃないか。」

 

 急にハリーに降りかかってきた太く大きい声に、ハリーは座ったままの自分の体が数センチ飛び跳ねたのではないかというくらい驚いた。太陽とは逆の位置に立っているその声の主を、ハリーは恐る恐る見上げるが予想以上に大きくてなかなか顔が見えてこない。

 驚きすぎた心臓は痛いほどに鼓動を打ち鳴らし、呼吸もそれに伴って荒くなる。

 

「お前さんこんなところでなにしちょる。」

 

 そんなハリーの様子に気が付かないのかそのとてつもない大男はさらに言葉を続けてきた。

 ようやく見えてきたのはもじゃもじゃの髭とそれに縁どられたやはり大きな顔。

 これほどまでに大きな、何もかもが大きな人間をハリーは見たことがなかった。逆にフリットウィック先生は小さな人だけれど、彼はゴブリンの血を引いているということなのでそれの影響だろう。しかし大きな人といったって限度はある。確かにスポーツ選手などで二メートル近いような人はいる。だが、この大男はそんな数字は軽く超えてしまってるのではないかとハリーには感じられた。

 

「あ…あの…えっと…」

 

 むしろ人間であるかも疑わしい。

 ハリーはどう答えていいか分からず彼を見上げていた。ひょっとしてこのあたりも禁じられた森の一部で生徒は入ってはいけないエリアに含まれるのだろうか。声も大きくまるで怒鳴られているかのようだ。

 大男の顔の大半はそのもじゃもじゃの髭と、同じくもじゃもじゃの髪で隠されてしまっていて表情をうまく読みとることができない。それも余計にハリーに恐怖を与えていた。

 

「おおそうか。直接会うのは初めてだったな。俺はハグリッドっちゅうて、このホグワーツの森の管理人をしちょる。」

 

 ハグリッド。

 ハリーはその名前を聞いて余計に驚いた。その人物はハリーが記憶している限り、生まれて初めての誕生日プレゼントを贈ってくれた人物だ。そうだ、森番をしているとあの時のメッセージに書いてあったではないか。ハリー自身はなんて書いていいものか分からず、「ありがとう」とだけ書いたお礼を送っただけだったが、同じホグワーツにいるなら直接お礼をいう機会だって作れたのに!

 もっとも直接会いに行けばいいのではなんていうことはハリーの頭の中をかすりもしていなかったが、そのことがなにかこうハリーを居心地の悪い気分にさせる。忘れていたわけではなく、どうすればいいのか分からなかっただけなのだが。

 でもとりあえず今やるべきことはただ一つ。

 

「あの!フクロウ…ありがとうございます。えっと、ヘドウィグっていう名前に、しました。」

 

 おおそうか、とハグリッドは鷹揚にうなずくとその大きな体を落とすようにハリーのとなりに座ったので、ハリーは再びびくりと体を震わせた。とくに手紙を送る相手のいないハリーにとってのヘドウィグは常に一緒にいてくれる心優しいペットのような存在だ。ロンはその美しい白いフクロウを羨ましがり、自分の家で飼っている老フクロウのエロールがどれだけボロボロなのかを話してくれたことがある。

 ハリーは拙い言葉ではあるけれど、なんとかハグリッドにヘドウィグを気に入っていることと本当にうれしかったことを伝えた。

 ハグリッドはそれを聞きながら何度も何度もうなずいて、時折ハリーの顔を覗き込んでちょっとだけ悲しそうな目をした。

 

「お前さんはまるで顔はジェームズの生き写しだが、随分と性格は違うんだなぁ。」

 

 何度も何度もお礼を言うハリーにハグリッドは感慨深げにそう言った。

 ハリーは一瞬何のことを言っているか分からなかった。一瞬きょとんとしてしまったことはハグリッドにも悟られたかもしれない。そのくらいハリーにとって自分の親の名前はなじみのないものだったのだ。

 ジェームズ。

 ジェームズ・ポッター。

 ダーズリーの家では語られることのないハリーの父親の名前。ペチュニアおばさん曰く、ろくでなし。定職に就かず挙句ハリーを残して事故で死んだと聞かされていたが、それが違うことはホグワーツで読んだ本で一応は知っている。ただ、定職に就いていなかったということについてはおばさんの言うことも否定できない。どんな本を読んでも仕事に関する記述は見当たらなかったし、書いてあるのは例のあの人に対する対抗組織にいたということだけだ。立派だったような気もするけれど、ちょっとハリーにはよくわからない。ただグリンゴッツの金庫の状態から資産家だったことはたぶんきっと間違いない。

 ハグリッドはジェームズがいかに破天荒で人を惹きつける力があったのか語ってくれたが、ハリーにとってはまるで物語の登場人物の事でも聞かされているかのように現実味がない。なにしろ、本当に自分とはかけ離れすぎているし、それ以前に似ていると言われても顔だって覚えてなどいないのだ。聞いている限りだと、本当に親子なのかと疑いたくなるくらい共通点がない。

 ハグリッドは懐かしそうに目を細めて語っている。そしてハリーはそんな彼を見上げてすこし寂しくなった。

 自分にはハグリッドのように自分の親の事で思い出せることなんて何もない。まして、ホグワーツに来るまで父親はろくでなしで、母親はそんなろくでなしにたぶらかされた愚かな女だと言われてきたし、そんな両親だから自分を残して死んでしまったのだとハリー自身思っていた。そうじゃなかったと知った今でも、なかなか自分の両親を好きになれない。どんなにハグリッドが両親の事を褒めちぎっていても響いてこない。両親の事なのに、完全に他人ごとだ。もっともこんな感覚は初めてではない。たとえば、ハリーと例のあの人との戦いについて書かれた本を読んだ時の感覚に似ている。その類まれなる才能で闇の帝王にまだ赤ん坊でありながら立ち向かったなんて書いてあった日には、もうどこをどうとってみても自分の事だなんて考えられない。仮に実際そうだったとしても記憶にないことなのだから、実感も持てない。そうこれだって完全に他人事で、世の中には同姓同名の「ハリー・ポッター」という英雄がいるのだろうなという感覚だ。

 ハリーは気のない相槌を打ちながら彼の話を聞いてたが、ハグリッドはそんなハリーの様子には気が付いていないようだった。もっとも体格差がありすぎて視界に入っていないのかもしれないが。

 ハリーが少し鼻をすすれば、ハグリッドはあわてたように立ち上がった。

 

「ああいけねえ。ちーとばかし長く話しすぎたな。じゃあハリー風邪ひく前に建物の中に戻れ。また手紙書くからな。」

 

 陽がかなり傾いたこともあってかなり冷え込んできた。確かにこのまま外にいたら風邪をひいてしまうかもしれない。ハリーは頷いて立ち上がった。

 きっとハグリッドは両親と本当に仲が良かったのだろうと思う。だからハリーの事も気にかけてくれるのだろう。でも、なんとなくだけどハグリッドは自分にジェームズの影を見ようとしたのかもしれないとも感じていた。


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