ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER5-5

 マクゴナガル教授はとても厳格な女性だ。いつも皺一つないピシッとしたローブに身を包み曇一つない四角いメガネをかけ、わずかな後れ毛も許さないかのように一つのシニョンに髪を纏めている。指先まで一瞬の隙も見せない所作は近寄りがたさすら感じさせる。もっともホグワーツにおいて近寄りやすい先生なんていうものはほとんどいないのだけど。

 ともかく、スネイプ教授に次いでなんとなく恐い先生としてグリフィンドールでも恐れられているのが寮監のマクゴナガル教授だ。少なくとも、ハリーはそう思っている。

 そんな彼女が今、いつもは暖かい雰囲気に満ちた寮の談話室で一年生を集めじっと彼らを見つめていた。

 グリフィンドールの談話室に彼女が現れたのはつい先ほどの事。

 ホールで別れた監督生とロンとともにここにやって来たわけだが、当初ハリーたち一年生はロンの無事な姿を見て喜び、そしてそこにハーマイオニーの姿がないことを訝しんだ。マクゴナガルは寮の生徒たちの一人一人を確認するようにぐるりと見回すと、今回の判断の賢明さを誉めまたトロールが排除されたことを教えてくれた。ここでパーティの続きをやるようにと彼女がぱんっと手を叩けば、談話室の各所に先ほどのパーティにも負けない色とりどりのごちそうが一瞬で姿を現した。二年生以上の上級生はわぁっと歓声を上げたが、一年生はハーマイオニーがいないことのほうが重要だった。それにこういう時はきっとちょっと顔を上に逸らして、きらきらした瞳で自分たちに笑いかけてくれるはずのロンが俯いたままパーシーの隣から離れないのだ。

 きっとハリーだけでなくほかのみんなの頭の中にも同じような想像が浮かんでは消えてを繰り返しているに違いない。ハリーがちらりとみたディーンもシェーマスも似たような表情だったし、ネビルに至っては半泣きだった。もっともネビルが泣きそうなのはトロールが出たと言われた時からだけど。

 

「さて、ことの次第はロナルド・ウィーズリーから聞きました。一年生のみなさんには失望しました。たしかに規則を犯したわけではないですが、あなたたちの行いは決してほめられたものではありません。そこで一人五点の減点とします。」

 

 誰かが小さく悲鳴を上げた。

 一年生全員ともなればかなり大きいものとなる。このところ寮杯から離れてしまっているグリフィンドールにとっては手痛い減点で、もちろんそれは寮監であるマクゴナガル教授だって変わらないはずだ。

 

「一方で上級生たちは非常に賢明な判断でした。そこでパーシー・ウィーズリーたち監督生にそれぞれ五点与えましょう。」

 

 それでも十分減点のほうが大きいが、これでまだ始まってから二か月しか経過していないというのに優勝争いから離脱するという憂き目には合わずに済むだろう。生徒たちも一度は飲み込んだ息を大きく吐き出した。

 しかしハリーたち一年生の息は詰まったままだった。

 なぜハーマイオニーはここにいないのだろう。

 俯いたままのロンはこちらを見ようともしていない。何かを耐えているのか、時折そんな弟の肩をパーシーが撫でていた。

 

「ではみなさん。今後はこのようなことのないように。」

 

 マクゴナガル教授は厳しい表情を崩さないままそう言うと寮から去って行った。彼女がドアから出ていくのをしっかりと見送ってから生徒たちはパーティーの仕切り直しだとばかりに騒ぎ始めた。ジョージとフレッドは活躍を誉められた兄をからかい、ほかの上級生たちも口々に監督生たちの話しを聞きたがった。

 

「ねえ、ハーマイオニーはどうしたの?」

 

 そんな騒ぎから少し離れた場所で全員で大量減点をされた一年生がロンを中心に固まったわけだが、誰から口を開こうかと皆視線を泳がせていたなか、シェーマスが口を開いた。

 

「…うん。」

 

 ロンの声には元気がなく、余計に不安になってくる。

 ハリーたちは固唾を飲んで彼が一体何を話してくれるのかとロンを見つめた。何もなければハーマイオニーはこの場に戻ってきてくれているはずだが、なぜここにいないのか。

 

「まさかとは思うんだけど、彼女に何かあったの?」

 

 ディーンが問えば、ロンはどうやって話せばいいのかな、と口を開いた。

 あれから一体何があって今に至るのか。

 ロンとパーシー、そして目的地が女子トイレということもあり七年生の女子監督生の三人がハーマイオニーを迎えに行くことになり、ほかの生徒たちと別れたあの後。ハーマイオニーがいる女子トイレから聞こえてきたのは何かを破壊する大きな音と悲鳴だったのだという。そして流れてきた不快な異臭が彼らにむわりとまとわりついてきた。ロンには一体何が起こっているのかよくわからなかったが、パーシーたち上級生たちはトロールがすでに地下室を離れ、あろうことがピンポイントに女子トイレにいるハーマイオニーと鉢合わせたのではないかと判断したらしい。彼らは急ぎ女子トイレに向かい、その惨状に唖然とした。

 個室を形成していた薄い板は粉々に砕かれ、陶器の洗面台も破壊され水が噴き出していた。そしてそのがれきの山に埋もれるようにしてハーマイオニーが倒れていた。

 一見して分かるような外傷はなかったが、気絶しているのかけがをしているのかはすぐには分からなかった。しかし、すぐに彼女に駆け寄ろうにもその前に大きなトロールが立ちはだかり行く手を阻んでいた。ロンはどうすべきが分からず、ともかく早くハーマイオニーを助けなければという気持ちだけで手当り次第にがれきをトロールに投げつけていた。なぜならトロールの関心はハーマイオニーにあり、なんとか気を逸らさせなければいけないと考えたからだ。

 トロールの動きはとても緩慢なものだったが、その棍棒の一撃で近くの木製の壁が割れたのを見てロンはとても怖くなった。でも、ここで逃げ出してしまっては何のためにここに来たのかわからない。トロールの関心はロンのもくろみ通りに彼に向いたわけだが、問題はそこからどうするのか全く思いついてもいないということだった。

 ぐらぐらとその大きな体躯を左右に揺らしながらロンに迫りくるトロール。ロンも木端などを投げて応戦していたが、そんなものは厚い皮膚で弾き返されてしまい蚊ほどもダメージを与えることはできなかっただろう。そしてトロールがそのごつごつとして太く重そうな棍棒を振りかぶりロンに振り下ろそうとしたとき、パーシーが防御呪文をかけて彼を守ってくれた。

 そこから先は上級生たちの独壇場だったのだと、ちょっとだけ興奮気味にロンは話してくれた。

 トロールは彼らの手によって倒れたわけだが、ハーマイオニーには全く動く気配がなかった。

 ロンはひょっとして彼女が死んでしまったのではないかと不安になり、倒れたトロールの脇を抜けて彼女に駆け寄った。ハーマイオニーは名前を呼んでも答えてはくれなかったが、息はしているようだしがれきをどかせば目に見えるような大きなけがをしていないのは分かった。

 と、このあたりでマクゴナガル教授を含む先生たちと彼らにこの状況を伝えに行ったほかの監督生たちが合流したらしい。

 先生たちが言うにはハーマイオニーには大きなけがはないが、トロールから逃げ惑う際に腕の骨を折ってしまったらしい。だから彼女はこの場に来ていないのだ。マダム・ポンフリーのところで休んでいるのだろう。

 最後まで話し終えて、ロンは再び俯いた。

 自分の不用意な一言が原因で、まさか怪我までさせてしまうとは思ってもいなかったはずだ。怪我をしてほしいとか死んでほしいとか望んでいたわけでもない。ただ、彼ら一年生はちょっとハーマイオニーの事を煙たがっていただけだ。排除なんて望んでいなかった。

 骨折はマダム・ポンフリーが瞬く間に治してしまうだろう。しかし彼女は同級生たちに拒絶されたような気持ちを抱き、とてつもなく傷ついているかもしれない。

 拒絶されることの怖さはハリーは良く知っているつもりだった。どれだけ慣れていようが傷つくものは傷つくし、長時間泣き止むことができなくてもなんの疑問もないことだ。まして、彼女は正しいことをしているつもりなのだ。予習を怠らないことも、授業で積極的に発言することも、規則を破ろうとする同級生をいさめることも何一つ間違った行動じゃない。でも、ただ何となくそんな彼女に皆が反発していただけだ。

 

「で、ハーマイオニーは大丈夫なのよね?」

 

 恐る恐るパーバティーが聞いた。

 

「たぶん…明日には目を覚ますんじゃないかってマダム・ポンフリーが言ってたんだ。だから…明日、謝りに行こうと思ってる。さすがに夜だとマダム怒るだろうしさ。」

 

 ロンはそう言ってちょっと泣き笑いみたいな表情を浮かべた。

 

 

 翌朝、ハリーたち一年生は朝食もそこそこに救護室で休んでいるハーマイオニーを訪ねた。ロンが謝りに行くといったときに、皆も謝りたいと言い出したからだ。あまりにも大勢で押しかけたのでマダム・ポンフリーがちょっと嫌そうな顔をしたが、しぶしぶとハーマイオニーのベッドに案内してくれた。

 さまざまな薬草の匂いがまじりあった独特の空気がそこには満ちていた。

 すでにハーマイオニーは起きていたのか、ベッドで上半身を起こして硬い表情のハリーたち同級生を見つめてきた。表情のない顔。でも、泣き出しそうにも見える。きっと彼女の中で感情が渦巻いているのだとハリーは感じた。

 

「ハーマイオニーごめん!!!」

 

 彼女が何か言おうと口をわずかに動かしたとき、ロンが大声でそう言い放った。マダム・ポンフリーが静かにと注意をしてくるが、ディーンたちもロンに続いて口々に謝り始める。ハリーもぽそりと、ごめんとつぶやくかのように言った。

 

「ぼく君にとてもひどいことを言った。君は間違っていないのに。」

 

 同級生に一度に謝られて固まってしまったハーマイオニーの顔をまっすぐと見据えてロンはゆっくりと、今度は落ち着いた声で話し始めた。

 

「言っちゃいけないことを言った。たぶん、うん。だぶんなんだけど、ぼくは君が羨ましいんだ。あ、これはぼくがそう思ったっていうか、あの、パーシーが言ってたんだけど。」

 

 ロンは魔法族の中に生まれて、ホグワーツでも優秀な成績を残している兄たちを見てきた。まあ、すぐ上の双子は勉強よりも悪戯をしていることのほうが多いけど、そのための努力は惜しんでいない。そんな兄たちみたいになれるか不安だったのかもしれない。そこに、マグル出身でありながらどの授業でも優秀で、なんでもできてしまうハーマイオニーが現れた。だから嫉妬したのだろうとパーシーに言われたらしい。

 ロンの言葉にハーマイオニーが泣き出して、いい話っぽい感じにまとまり始めていたが、ハリーはなんとなく違和感を覚えた。だから、みんながベットでハーマイオニーと話しているその輪からすこしだけ離れて見ていた。

 なぜかわからないけどイライラする。

 もやもやとした重い何かが胸を押さえつけているような不快感と息苦しさ。

 ずきり、と頭が痛くなるのを感じてハリーは少しだけ顔をしかめた。でも、今はそのことに気が付く同級生たちはいないようだ。ここでそんな顔をするのはあまりよくないな、と思いハリーは努めて平静をよそおうことにした。

 


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