ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

20 / 41
CHAPTER5-4

 ふわふわと湯気に包まれキラキラしているはずだったハロウィンのディナーは、まるでガラス一枚隔てた世界向こう側みたいな作り物のように感じられた。ハリーもそうだが、ロンたちもこの心待ちにしていたパーティを心から楽しめる心境ではなかった。それでも努めて明るくふるまうのだが、自分でもおかしいほどに空回りしているのを感じる。

 

「ちょっとあなたたち、ハーマイオニーに何かした?彼女、ずっと女子トイレで泣いているの。」

 

 そう言ってきたのはラベンダー・ブラウンだ。その後ろでパーバティ・パチルもまた若干の非難を含んだ視線を彼らに投げつけていた。

 昼間の出来事以降、そういえばハーマイオニーの姿を見ていなかったとハリーは思い出す。あえてそのことには触れないでいたけれど、さすがに四時間以上も泣いているとなれば放っておくわけにもいかないのかもしれない。

 とはいえ、非難がましい彼女たちの態度にも少し釈然としない。

 彼女たちにしてもハーマイオニーの事を煙たがっていた様子だったのに、これではハリーたちグリフィンドール男子が一方的に悪いようではないか。とはいえ、ハリーにしてもハーマイオニーに対し罪悪感のようなものは感じている。さすがに昼間の出来事はロンが言いすぎだったと思う。でも、どこかでそうやって人をイラつかせてしまうハーマイオニーだっていけないんじゃないかと思うのだ。

 じりじりと彼らを見据えてくる二人のプレッシャーに耐えかねて、思わず彼らは目を逸らした。

 近くの席のほかの学年の生徒たちも何事かと彼らに注目し始める。ハロウィンパーティでいつもより賑やかなこともあり、さすがにほかの寮の生徒たちまでこちらを見るなどということはないが、フレッドとジョージなどは弟が何かやらかしたらしいと、あれは明らかによからぬことを企んでいるに違いない顔でこちらを見ている。

 いや、でもなどとロンは歯切れの悪い言葉をごにょごにょと発しながら二人の追及するような眼差しを躱そうとするがうまくいかない。

 

「寮で同じ部屋の私たちにも迷惑だわ。巻き込まれるのよ。」

 

 ああ、なんだ結局のところ彼女たちも保身なのか。

 ハリーは心の中で呟いた。

 

「だけど君らだって嫌がってたじゃないか。」

 

「あら、嫌がってなんていないわ。ちょっと苦手なだけよ。」

 

 似たようなもんだよ。

 またしても心の中で呟く。

 もっともハリーだって自分自身がここでそれを非難できる立場ではないことは分かっている。自分だって彼らと同じだ。正直ハーマイオニーは面倒なタイプだと思っていたし、自分を認めて欲しくて必死な感じが伝わっていて痛々しさすら感じる。注目されたって碌なことがないし、認められれば期待されてより面倒なことになるというのに。期待を裏切られたときの失望はそれまでのすべてを無に帰してしまうほど大きいのだ。

 だからハリーは彼女のように自分のできることをひけらかそうと思ったことはない。普通が一番だ。もっとも、自分にできることなんてたかが知れているのだけれど。

 結局のところ騒ぎが先生方に伝わる前にパーシーたち監督生が出てきてハリーを含むグリフィンドールの男子生徒たちは注意を受けた。婦女子を泣かすのは騎士道精神に悖る行為であり誇り高きグリフィンドールの生徒としてはあるまじきことなのだ。

 理由はどうあれ、泣かせてしまった以上彼らに非があるということになる。

 彼女が戻ってきたら謝ろう。パーシーの提案にロンはしぶしぶ頷くと、ゴブレットに入ったカボチャジュースを少しだけ口に含んだ。

 ディーンたちはなんとか話題を変えて場を盛り上げようとしてみるが、この気まずさだけはすぐには消えてくれそうになかった。

 早くハーマイオニーが戻ってきてくれればいい。もしくはこのパーティが終わってしまえばいい。

 おいしい筈なのに味の感じられないごちそうを少しずつかじりながら、カボチャジュースで流し込む。正直食欲だってほとんどない。できることなら早々に引き揚げてベッドに潜り込みたい気分だ。

 と、そんな時だった。

 大食堂の両開きの大きな木の扉が思い切り開かれる。

 ばん、という大きな音に賑やかだった生徒たちも一斉に静かになり扉のほうを見やった。

 現れたのは、随分と慌てた様子のクィレル教授の姿。いつもどこか怯えているような先生だが、あれほど取り乱した様子を見せたことなどなかった。そんな彼が、上ずった声をあげた。

 

「大変です!地下室にトロールが入り込みました!!」

 

 そのまま彼はその場に崩れ落ちた。

 一瞬の間の後のパニック。

 生徒たちはほかにやるべきことが解らないとばかりに悲鳴を上げ、右往左往し始める。このまま外に出てしまっては危険かもしれないし、ここにいても安全とは限らない。どうしていいか分からないのだ。ハリーたち下級生だけでなく、上級生たちも狼狽えていた。そうなればさらに動揺は広がり、パニックは大きくなる。

 ハリーにしても動揺しているのはほかの生徒たちと変わらない。ただ、床で伸びているクィレル教授を見て首を傾げたくなる。だって彼は「闇の魔術に対する防衛術」の教授のはずだ。にもかかわらず、ここにきて倒れてしまっていては何を防衛しているのか分からない。一方で、その席を狙っていると生徒たちの間で噂されているスネイプ教授をちらりと見やれば顔色をほとんど変えずにその場にたたずんでいる。いや、眉間のしわがいつもよりも深く刻まれているかもしれない。もっともそんな些細な差はハリーには見分けることはできないが、なんとなくそう感じた。ひょっとしたら本当にスネイプ教授のほうが向いているのかもしれない。彼が慌てふためくさまは想像もできない。

 教員席の先生方は、誰もがスネイプと同じく動揺を見せてはいなかった。

 ダンブルドア校長はその大きな一言で全員を静かにさせると、監督生たちに自分の寮の生徒を率いて寮に戻るように指示を出した。その指示に落ち着きを取り戻したのか、パーシーたち各寮の六人の監督生たちがそれぞれの寮の生徒たちを集め始めた。

 ハリーは胸の高鳴りを感じていた。

 きっとこれは恐怖のせいだ。

 怖いのか興奮しているのか、よくわからない感情が自分の体を支配して思考力を奪っていくのを感じる。自分の輪郭がぼやけまるで宙に放り出されたかのような感覚。怖いはずなのにどこか心地いい。口の中は一瞬でからからに乾いていた。指先は冷たくて、細かく震えている。まるで全身が心臓になってしまったかのように自分の心音が大きく感じられた。

 ともかく監督生についていけばいい。グリフィンドールの寮は地下室からは遠い塔の上のほうだし、きっと安全に違いない。

 と、そこまで考えてハリーは自分の周りのぼやけた世界が急にしっかりとした線を持ち、鮮明さを取り戻すのを感じた。

 熱がすっと下がるような感覚。

 自分は今、何を考えた?地下室から遠いから安全?ならば、地下室に寮があるというスリザリンは?確かハッフルパフの寮だって地下に近い場所だったはずだ。彼らは安全と言えるのだろうか。

 そう、それよりも。

 

「ロン!ハーマイオニーはこのことを知らないよ!!」

 

 思わずハリーは叫んでいた。悲鳴に近い絶叫で。

 がやがやと移動していたグリフィンドールの生徒たちが一斉にハリーのほうに向きなおる。

 呼び止められたロンもまたハリーの言葉に立ち止まる。大階段のわずか手前のホールでグリフィンドールの生徒たちは足を止めた。先頭を行く監督生たちは顔を見合わせ、後ろを固めている上級生たちも息をのむ。

 

「だけどハリー、どうしようっていうんだい。」

 

 ロンの泣き出しそうな声にハリーは思わず俯いた。

 確かに彼女は安全だと言われているこの校舎の中にトロールが入り込んだなどということは知りもしなければ、思いつきもしないだろう。あり得ないことだ。しかし、自分たちに何ができるのだろうか。知らせに行くことは可能かもしれない。でも、果たして地下に現れたというトロールは今もそのまま地下にいるのだろうか。もし、クィレル教授の一報が発見から結構時間が経っていたものだとしたら、もう別の場所に移動しているのかもしれない。つまり、どこにいたって鉢合わせする可能性があるということだ。鉢合わせてしまったらトロール相手に一体何ができるだろう。

 ハリーは必死で考えた。

 どうするのが一番最適なのか。

 

「……助けに行く?」

 

 ネビルがオドオドとした口調ではあるが提案した。

 

「いや、君たち一年生が行っても危険が増すだけだ。」

 

 ネビルの言葉に答えたのはパーシーだった。

 そうか、彼は監督生だ。そして監督生は彼を含めて六人もいる。自分たちが行うよりもよほど安全で的確だと思う。一年生の自分たちではトロール相手にどう立ち回っていいかなど分からないが、六年生や最上級生ならきっと手立てを知っているはずだ。とはいえ、ハーマイオニーがこのような危機的状況になってしまったのも自分たちに原因がある。自分たちで処理しなければいけないような気もする。

 

「ロン……」

 

 ハリーと同じように俯いて下唇をかみしめたままのロンにディーンが声をかけた。

 きっとロンも同じように悩んでいる。だが、こうしている間にも彼女に危険が迫っているかもしれないのに、焦りばかりが積み重なって考えをまとめられそうにない。

 

「ハーマイオニーは女子トイレにいるんだったな?」

 

 パーシーが怯えた様子のラベンダーに確認すると、彼女は機械仕掛けの人形のようにこくこくと頷いて見せた。そして、彼はぐるりと上級生たちを見まわし、六人いる監督生のうち二人がハーマイオニーの救出、もう二人はこの事態を先生方に伝えに行く伝令になってはどうかと提案した。残り二人とほかの上級生で警戒しながら寮に戻ればたとえトロールが出てきても何とかなるはずだ、と。そして自分はハーマイオニーの救出に向かうと。そして彼は、自分は彼女がいないことを知っていてなお失念していたと詫びた。

 なんでパーシーが謝っているんだろう、そんなことを考えながら凛とよく通る彼の声にハリーは顔を上げた。ロンは相変わらず俯いたままだが、シェーマスがそんな彼の肩をポンと叩く。

 フレッドとジョージが細かく震え始めた彼らの弟、ロンの肩を両脇からちょっとからかうように腕を抱える。

 

「「完璧監督生(パーフェクトプリフェクト)パーシー様に任せておけば大丈夫だ、弟よ。」」

 

 彼らがロンを励まそうとしているのはハリーにもわかった。ロンだってまさか自分の一言がここまでの騒ぎになってしまうなんて想像もしていなかったに違いない。言いすぎだった、失言だったしハーマイオニーを傷つけたとわかっているけれど、してしまったことは取り返しがつかない。そしてタイミング悪くトロールまで学校に入り込んできてしまい、命の危険すらある状態。しかも自分が招いてしまったことなのに、自分ではどうすることもできずに兄たちに迷惑をかけてしまっている。

 

「……く。」

 

「ロニー坊や、何か言ったか?」

 

 何かを呟いた俯いたままのロンを、フレッドが覗き込む。

 

「僕も行くよ!パーシー。だってこれは僕のせいだ!」

 

 兄を睨みつけるかのように見上げるロンの瞳には薄く涙の膜が張っていた。顔だって真っ赤だし、握りしめた拳もプルプルと震えている。彼の両脇で双子の兄たちはそんな弟を驚いた表情で見つめていた。ハリーだって正直驚いたし、そんなロンから目が離せない。

 パーシーは一瞬固まって、でも危険だからと弟の申し出をやんわりと退けようとした。しかし、ロンは頑なに意思を曲げようとしない。

 こうしている間にもさらに時間は過ぎて行ってしまう。ここで立ち止まっているほかの生徒たちだって危険になってしまうかもしれない。押し問答をしている場合ではないのだ。

 最終的にパーシーが押し負けた感じでロンもついていくことになった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。