ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER1-2

 ようやく叔母の怒りも静まり、日常を取り戻したその日。ハリーもいつも通りに炊事洗濯掃除など家事一般を黙って片付けていた。

 玄関を開ければ、郵便受けに何通かの手紙が届いていたので、ハリーは機械的にそれをリビングのコーヒーテーブルの上に置き、昼食の準備に取り掛かった。

 リビングでは、この秋からバーノン・ダーズリーの母校であるスメルティングス男子校に通うことになっているダドリーが、父親からどれだけ素晴らしい学校なのかということを繰り返し聞かされていた。

 筋に浅く切れ目を入れたポークをソテーし始めたところで、家じゅうにペチュニアのヒステリックな悲鳴が響き渡った。あの声のボリュームならば、「普通」を第一にしているダーズリー家の家訓に反して、悲鳴は数ブロックに聞こえてしまったかもしれない。

 ハリーはそんなことを考えつつ、焦げ付かないように慎重にポークを焼いていく。冷蔵庫には掃除の前に仕込んだクリーミーなポテトサラダが入っている。メインのポークソテーの付け合わせ用だ。

 すでにオニオンスープも仕込み終わっている。これは食卓に並べる直前に温めなおす予定だ。

 ハリーは自身の心の中にある嫌な予感をかき消すように、料理の手順を確認するが、否応なしにヒステリックに叫ぶペチュニアの声が耳に入ってきて、ハリーは耳を塞いでしまいたくなった。

 

「――来てしまったわ!!!!」

 

 ペチュニアの声は悲壮感に満ち溢れている。

 一体何が来てしまったの云うのか、ハリーは少し気になったが、あの叔母の声を聴く限りろくなものではないのだろうと考えて、完成したばかりの昼食をダイニングに並べ、まだ騒ぎの続いているリビングを覗き込んだ。

 

「あの、ランチできました。」

 

 ハリーは囁くような声で、リビングにいる義家族に話しかけた。

 バーノンは、頭を抱えて大声を張り上げ何やら叫んでいるペチュニアを抱きしめて宥めており、その近くで従兄弟のダドリーはただおろおろとしていたが、ハリーが顔をのぞかせると、睨みつけて言い放った。

 

「お前あての手紙のせいでママがおかしくなっちまったじゃないか!!!」

 

「ぼく宛の手紙なんて来るはずないじゃないか、ダドリー。きっと何かの間違いだよ。」

 

「でも、僕見たんだ。間違いなくお前宛さ、出来損ないのハリー・ポッター。だって階段下の物置に住んでいるとまで書いてあったんだ。ほかに誰がいる。」

 

 ダドリーは責め立てるが、ハリーには全く身に覚えのない話だ。あり得るとすれば図書館から、まだ返却されていませんという通知かもしれないが、図書館に住所を登録したときにわざわざどの部屋に住んでいるなんて書いた覚えはハリーにはなかったし、それ以上に期限を超えて本を借りたままにするなどありえないことだった。

 だからダドリーの言葉を信じる事なんてできなかった。それよりも、せっかくの料理が冷めてしまうことのほうが気になって仕方がない。豚肉は冷めたら美味しくないのだ。

 そんなハリーの思いとは裏腹に、ペチュニアがそのヒステリーを納める気配はなく、宥めているバーノンも途方に暮れているようだった。ダドリーはそんな両親を心配そうに見ていたが、それ以上に昼食に意識を持っていかれているようだった。

 ハリーは小さくため息をつくと、矛先がこちらに向かってくる前に階段下の物置に逃げ込んだ。今回、ペチュニアの機嫌が直るには最長期間を要するのかもしれない、などと考えながら、ハリーは借りてきたばかりの本を読み始めた。

 

 ハリーの予測とは裏腹に、ペチュニアはその日の夕方には機嫌を直したように見えた。

 いつもと同じように、ハリーが夕飯の支度をしているとうっすら笑顔を浮かべたペチュニアが近寄って来たのだ。正直、叔母が自分に微笑みを向けるなど天変地異の前触れ以外の何物でもない、とハリーは思わず身構えた。

 

「ハリー。お願いがあるのよ、ええ。料理はしなくていいわ。私たちは外で食べてくるから。それよりもね、やって欲しいことがあるのよ。」

 

 スープの材料の野菜を並べていたハリーにペチュニアはそう話しかけた。

 

「わかりました、おばさん。ぼくは一体何をすればいいの?」

 

 そう答えたハリーに、ペチュニアは一通の手紙を差し出した。

 おずおずとハリーはそれを受け取った。

 

「あなた宛ての手紙よ。そこにはあなたへの招待状が入っているでしょう。ホグワーツ魔法魔術学校などというふざけた学校のね。」

 

「魔法?そんなのあるわけない。悪戯ですか?」

 

 叔母の言葉に信じられないとばかりに、ハリーは手元の手紙を見やった。確かにあて先は自分の名前になっているし、見慣れない羊皮紙に封蠟までされている。ずいぶん手の込んだ悪戯だ、とハリーは思った。

 

「いいえ、残念だけど悪戯ではないの。だって、私はそれがあなたの母親に届いているのを見ているもの!でもね、あなたはその招待を断らなければいけないの。だから、今すぐ断りのお手紙を書きなさい。あとはおばさんが届けておくから。」

 

 そう言ってペチュニアはハリーをキッチンの隅にある作業台のスツールに座らせると、便箋とボールペンを手渡した。

 

「ぼくはそんな馬鹿げた学校には行きません。それだけでいいわ、ハリー。」

 

 言われるがままにハリーはペンを動かした。

 

 ぼくはそんな馬鹿げた学校には行きません。 ハリー・ポッター

 

 ダドリーの言葉は嘘ではなかったんだなぁ、などと考えながらそれだけを書くと、ペチュニアが奪うように便箋を取り上げた。

 

「さあ、自分の部屋に行きなさい。私たちは出かけるけれど、変なことを少しでもしてご覧。一週間はご飯抜きだよ!」

 

 言い捨ててペチュニアはキッチンを出て行った。

 ハリーもまた野菜を元の場所に戻すと、朝食の残りの硬くなったロールパンと水を持って階段下の物置に戻ったのだった。

 

 


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