ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER5-3

 ハロウィン当日の朝。

 いつも賑やかなホグワーツだがいつもに増してにぎやかになっていた。石造りの長い廊下にはいくつものカボチャのランタンがふわふわと浮かび、校内を飛び交うゴーストたちもいつもより数が多いような気がする。フレッドとジョージ、そしてリーは悪戯の本領発揮とばかりに各所で騒ぎを起こしているようだ。彼らにとっては「お菓子か悪戯か」ではなく「悪戯か悪戯」のということなのだろう。きっとこの日一日で彼らの減点数はここまでの二か月分のそれに匹敵するほどになるかもしれない。

 ハリーたちもまたいつもとは違うこの日に胸を躍らせていた。

 ネビルの家ではハロウィンになると毎年おばあさんが特製のパンプキンパイを作ってくれるらしく、その話を皮切りに皆今までのハロウィンの思い出を語りだした。これならガイ・フォークス・デイはもっと派手なのかもしれないなどとディーンが言えば、ロンがそれは何かと聞いてくる。ハロウィンよりもよほどにぎやかな十一月五日の祭りをロンやネビルといった魔法界でのみ育ってきた子どもたちは知らないらしい。

 ディーンはガイ・フォークス・デイがホグワーツでは行われないだろうことを知りショックを受けたようだった。

 とはいえ、たとえそんな浮かれた日であろうと普通に授業は行われる。

 スリザリンとの合同授業がなくてよかった、とハリーたちは笑いあいながら呪文学の行われる教室へと向かった。もしも彼らとの合同授業があったならばこのわくわくした気持ちも消し飛んでしまっていたに違いない。

 呪文学はとても便利なものが多くて、魔法族の日常生活の中にとても溶け込んでいる。今練習しているのは浮遊呪文だが、杖のちょっとした振り方でその効果が現れなくなってしまうなどデリケートな部分も多い。フリットウィック教授はとても丁寧に教えてくれる。今日はついに実践をするといっていたが、あれならばきっとみんな成功できるだろうと思っていた。

 半円形のすり鉢のような教室の中心の教壇の上にすでにフリットウィック教授がいるのが見えたので、ハリーたちはあわてていつもの席に座った。とくに席順が決まっているわけではないのだが、たいていどの授業でも最初に座った席でそれ以降も授業を受けている。だから気まずいままのハーマイオニーと魔法薬学でペアを組み続けているのだ。

 この授業ではハリーの相手はシェーマスだ。ネビルとディーンがペアを組み、ロンの相手はハーマイオニーである。

 授業が始まるこの時点でハリーは嫌な予感がしていた。

 ロンは、ハリーが思う限り直情型の人間だ。不快感を隠すこともしないし、表面上だけ取り繕うなんて言う器用さも持ち合わせていない。だからこそ毎日のように売り言葉に買い言葉でマルフォイと小競り合いを繰り返している。もっともマルフォイだって似たようなものだが、小手先のごまかしというか小狡いところが圧倒的に優れている。

 ハーマイオニーもまたロンと同じで感情の起伏はどちらかと言えば激しい方だろう。

 シェーマスやディーンもそういう部分はあるが、カッとキレてしまうようなことはない。ネビルに至っては怒りの感情そのものを恐れているとしか思えない。

 ハリーはというと、思い当たる限り怒ったことがない。なにしろ怒るというのは非常に体力を使うし、怒ったところで何かが好転するなどということはまずないのだ。ダーズリー家にいたころのように肉体的な不利益を被ることもあるだろうし、そうでなくても気まずい雰囲気はしばらく抜けない。

 ハリーが怒らなくなったのは、感情の起伏で魔力が発動してしまいペチュニアにきつい折檻をうけた体験があるからだ。あの頃はハリーも割と泣いていたし、自身の置かれた状況に怒ることもあった。しかし、彼が怒ったことで花瓶が粉砕されたりという不思議な現象が続き、血相を変えたペチュニアに肉体的にも精神的にもきついお仕置きをされて、それ以降ハリーは怒るということをしなくなった。まあ、これは怒るというよりも幼少期の癇癪、といったほうがいいのだろうが。

 結果としてハリーは自分の感情をコントロールする方法を身に着けた、と思っていた。少なくともホグワーツに来るまでは。

 ホグワーツに来てからというもの、不安定になることが多いことはハリーも感じていた。

 

「さあみなさん。手元に羽根はいきわたりましたかな?」

 

 浮遊の呪文について一通り、おさらいを含めた説明を終えたフリットウィック教授はペアごとに真っ白い大きな羽を配って行った。

 これはペアごとで実践するのだろう、とハリーは思い横目でロンとハーマイオニーの様子をちらりと見やった。やはりというかなんというか、予想に違わず顔を背けながら座っている彼らにハリーは思わず苦笑を浮かべそうになった。

 フリットウィック教授はそんな二人を気にも留めずに、実践にあたり最後の注意を声高に行っている。

 杖は練習したとおりに、ひゅーんひょい、と。呪文の発音はしっかりと。

 呪文学で大事なのは正しい杖の振り方と間違いのない発音なのだ、と教授は何度も何度も繰り返している。

 そういえばフリットウィック教授の授業は誰もが理解できるまで説明してくれる、とフレッドとジョージが言っていた、とハリーは思い出した。つまり試験で誰もが合格できるようにしてくれるのだ。

 

「それではみなさんやってみましょう。ウィンガーディアム・レビオーサ!」

 

 生徒たちはみな恐る恐る杖を振りながら呪文を唱えている。ハリーもやってみたが羽根はピクリとも動かなかった。なにしろ初めてたっだので呪文を唱える声が小さすぎてところどころかすれて聞き取れない感じであったし、杖を持つ手も少々震えていたから軌跡がゆがんでいたような気もする。

 シェーマスもやってみたが結果はハリーと同じだった。箒の時もそうだったが、やはり魔法は気持ちに大きく左右される部分があるのだろう。

 とその時、フリットウィック教授がわっと声を上げ、拍手をした。

 

「みなさん、グレンジャーさんがやりましたよ!グリフィンドールに加点しましょう。皆さんも頑張ってください。」

 

 その言葉に教室中の生徒たちはハーマイオニーに注目した。彼女がついっと伸ばしている杖のわずか先で、白い羽根が空中にふわふわと漂っている。まるで見えない糸で杖と羽根がつながっているかのようだ。

 自分に注目をする他の生徒たちを彼女はちょっとだけ顎を上に向けて見回した。

 あれでは自慢げだと捉えられても仕方ないよな、とハリーは思う。

 彼女と一緒にやっていただろうロンは、机に伏してしまっていて表情をうかがい知ることはできなかった。いずれにせよ、二人の間に何かあったのだろう。

 

 結局ハリーたちは授業で呪文を完全に成功させることはできなかった。でもなんとなくだけど、わかってきたような気がする。

 授業が終わって移動を始めた彼らだが、ロンは今まで見たこともないほどに機嫌が悪いようだった。ハリーは正直巻き込まれたくないなと思ったが、シェーマスたちが何があったのか聞く前にロンは口火を切るように話し出したのだ。

 

「『いい、ウィンガーディアム・レビオーサ。あなたのはレビオサー。それに杖を振り回したら危険よ。』ってさ。僕は教えてほしいなんてひとことも言ってないのにさ。」

 

 そう言ったロンのハーマイオニーの真似が結構似ていたことでシェーマスは思わず笑い始めた。

 

「しかもさ、やってみろって言ったら成功するし…まあ成功するのはいいんだけどさ。あの顔!見ただろ?きっと彼女ぼくの事ばかにしているよ。」

 

「ロンだけじゃないと思うぜ?だって彼女、ぐるっと部屋中見渡しやがったんだ。ほかの全員をバカだとでも思ってるんじゃないのか?」

 

 あの時のハーマイオニーの顔はとても自慢げに見えたのは事実だ。実際ハリーにもそう見えたし。

 ディーンの言葉にシェーマスも頷いてみせる。

 移動時間のホグワーツの中庭はとても賑わう。この後の授業木陰で教科書を広げて議論している上級生や、噂話に立ち止まる女生徒たち。少し肌寒いが、ローブの下にセーターを着てしまえば外だって辛くはない。

 

「あんなだから友だちできないんだ。まったく悪夢みたいな奴だよ。」

 

 ロンがそう吐き捨てた時だった。

 何かが彼の背後からぶつかったのだ。え、とロンがそちらを振り向くまでもなくそれは彼らの前から走り去ってしまった。

 それがハーマイオニーだと気が付いた時には既に彼女の姿は遠くなってしまっていた。

 重い空気が彼らの周りを支配する。

 全員で顔を見合わせ、そして彼女の去って行った方向を見やった。

 ハーマイオニーがどんな表情をしていたのかハリーには見えなかったが、タイミングとしては最悪としか言いようがないことだけは彼にもわかった。

 

「ロ…ロン。まずいよ、きっと彼女に聞かれていたよ。」

 

 ネビルの声は震えていた。それはまるで彼がおばあさんのことを話すときのようだった。これは彼が最上級に恐怖を抱いているということの表れでもある。まるで今も彼女が近くにいるのではないかと身を縮ませて辺りを見回した。

 

「……事実じゃないか。」

 

 ロンはそう答えたが、その声はとても硬かった。

 目は彼女が去っていた方向を見ているようにも見えたが、ただ遠くを見ているだけだったのかもしれない。ハリーには彼の考えていることは分からなかったが、その言葉は本心ではないのでないかと感じていた。

 ディーンもシェーマスを何を言えばいいのかわからず戸惑っているのが伝わってくる。

 スリザリンの生徒たちを批判して聞かれてしまったなら、こうはならなかっただろう。マルフォイであれば彼ら言っていた以上のことをその場で並べ立て、最終的には杖を抜く騒ぎになっていたかもしれない。それはお互いにある意味で理解しているからなのかもしれない。

 しかしハーマイオニーはどうだろう。

 なにかが彼らとは決定的に違う。

 ハリーの胸の中をもやもやとしたよくわからない感情が支配して、喉元を締め付けられたかのように苦しくなる。

 ああ、またか。と思わないわけでもない。

 ホグワーツに来てからというものこの苦しさや、胸の痛みを感じることが増えている。でもこれはいつものとは違う感じがした。


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