ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER5-2

 もうすぐハロウィンがやってくる。

 学校全体が浮足立ち、特に「悪戯」を愛してやまないらしいフレッドとジョージ、そして彼らの親友のリー・ジョーダンはこのところずっと三人で固まってなにやらよからぬことを考えているらしい。ロンは自分も混ぜてほしいと言っているが、パーシーはそんな弟たちに頭を悩ませているようだった。

 一体ホグワーツのハロウィンはどんなものなのか。

 一年生は誰もが想像を膨らませていた。ハリーだってみんなほどではないが気になっている。もっとも、ダーズリー家ではハリーがこのイベントを楽しめたことなどほとんどない。ヒーローやモンスターに仮装することはなかったし、色とりどりのお菓子だってすべてダドリーのものでハリーにはキャンディーのひとかけらだって回ってこなかったのだ。ハリーにとってのハロウィンは大量のかぼちゃとの格闘だ。プディングにしたり、サラダにしたりパイにしたり。ペチュニアの気に入るようにこれらを用意するのは大変だったが、別に嫌いだったわけではない。普段作れない特別な料理を作るのは楽しかったりするのだ。

 しかし、彼女だけはそんなほかの一年生を冷ややかな目で見ていた。

 そう。ハーマイオニ・グレンジャー。

 学校がはじまってもうすぐ二か月が経過するが、ハリー以上に彼女は有名な存在になりつつある。毎日、すべての空き時間を図書館で過ごし、すべての授業で優秀な成績を残し毎日のようにその勤勉さを讃えられ加点されている。

 ちなみにハリーは、当初こそ他の生徒たちに騒がれもしたが、今では普通の一般生徒としての生活を送っている。目立って成績がいいわけでもないし、落ちこぼれそうな状態でもない。ただ課題はきちんと提出しているし、再提出を求められたこともない。先生に怒られることもない、いうなれば真面目な生徒。だが、目立つことはない。一部の生徒たちはそんなハリーの様子に、本当に彼が英雄なのかと疑うこともあったがそれだって最初だけだった。いまだにそんなことで彼に絡んでくるのはスリザリンの生徒たちぐらいだ。

 ハーマイオニーは先生方からの評価は高いが、一方で生徒たち、とくにハリーたち一年生の中では浮いてしまっていた。

 先日のあの夜の冒険以降彼女は全くと言っていいほどハーマイオニーが彼らに話しかけてくることはなくなった。それどころか、ほかの一年生の女子とだって一緒にいることはほとんどない。もっともそれ以前だって彼女は一人でいることのほうが多かったのだけれど。

 このところのハーマイオニーは、以前に増して機嫌が悪いように見えた。

 ハリーたちが何か、他愛もないことを話し合っているのを横目でちらりと見ては盛大にため息をつく。それはハリーたちにも聞こえてくるので彼らだっていい気持ではない。そして、彼女とペアを組むことの多い魔法薬学はハリーにとって少々辛い時間になっていた。もともと、スネイプ教授のあたりが激しく、スリザリンと合同授業だっていうだけで気持ちが重くなるのだが、ハーマイオニーの態度はそれを加速させてくる。魔法薬学自体は嫌いではないが、まるで空気の薄い世界にでもいるかのように息が苦しくなるのだ。

 そもそもハリーたちと彼女はもとからそれほど仲が良いわけではない。入学当初はおたがい探りあいの部分もあったが、すぐに彼女は口うるさいとロンたちに煙たがられるようになった。今となっては、そこに「勉強ができるのを鼻にかけててうざい」が加わる。実際、授業で彼らがなにか失敗をすれば、声に出してはいないが「勉強をしないからだ」と言わんばかりの冷たい視線を投げかけてくる。

 せめて彼ら男子生徒との軋轢だけであればよかったのだが、寮の同室で同級生のラベンダー・ブラウンたちとも打ち解けられていないようだった。彼女たちに言わせれば、ハーマイオニーは「お高くとまった優等生」だ。

 別に悪いことをしているわけではないので、なんとなく彼女を避けてしまうのは罪悪感があるが、一緒にいて楽しい相手ではないからついつい避けてしまうらしい。

 ともかく、ハーマイオニーは一年生の間では浮きまくっている。

 ハリーはこの状態をいいものだとは思っていない。もちろんロンたちだってそうだとは思う。しかし、頑なな態度を軟化させようとはしない彼女にどう接していいのか、ハリーには分からないのだ。

 

「なんで彼女はああも癪にさわるんだろうな。」

 

 寮の部屋でシェーマスが口を開いた。

 彼のいう「彼女」がハーマイオニーの事だというのはすぐにわかる。そしてそれが最近避けていた話題だったこともあり、すっと部屋のなかの空気が重くなったようにハリーには感じられた。

 なんとなくバツが悪い気がして、みんな顔を見合わせた。もちろん言い出したシェーマスも。

 

「今日の魔法薬学、見ただろ?確かに僕たちは調合に失敗した。失敗したとも。でもさ、なにもあんな目で見なくたっていいじゃないか。」

 

 ハリーはふと魔法薬学の授業で起きたことを思い出した。

 いつものようにスネイプ教授の嫌味から始まった授業は、やはりいつも通りにまずは教科書に載っている調合方法を一つ一つ確認していった。その途中いつものように教授が質問をすれば、ハーマイオニーが腕をぴんとあげて回答権を求めてくる。スネイプ教授は教室内を見渡してほかの生徒、とくにスリザリンの誰もが手を挙げていないことを確認すると、忌々しげに彼女に回答を許可して彼女はそれに対し、少し頬を紅潮させながら得意げに答える。もちろんその答えが間違っていることなどなく、ほかの誰も答えようとしなかったことに彼は再び嫌味を言う。そんないつも通りの授業風景だ。

 そして二人一組で魔法薬を作成する。もちろんこれもいつも通り。がやがやと作業を進める生徒たちの間をぐるぐるとスネイプ教授がその手順を確認しながら見て回るのもいつものことで、最初はびくびくとおびえていたネビルもここ最近ではようやく近寄られても手を滑らせる、などということはなくなってきたようだ。

 そして、たいていスネイプ教授が離れているテーブルで失敗は起きる。

 この日はシェーマスとディーンが混ぜていた大鍋が小爆発を起こし、二人が煤まみれになった。

 ぐちぐちとなぜ手順通りにやらなかったのか、と文句を言いつつもスネイプ教授はさっとその杖の一振りで見るも無残だった鍋周辺をきれいに片づけてしまった。なんだかんだ言いつつも、やはり彼はやさしいのかもしれないとハリーは考える。

 もっとも、二人にはみっちりと居残りが命じられて魔法抜きで授業で使った道具を洗うように命じられたらしい。まあそれだってそんなに理不尽な話ではないだろう。

 しかし、そんな風に居残りを命じられている二人をハーマイオニーはとても冷ややかな目で見ていたというのだ。

 

「確かに彼女みたいに完璧に予習なんてしてないけどさ、だからってまったく準備してないわけじゃない。」

 

 ハリーたち男子集団は別に勉強が嫌いというわけではない。確かに課題を始めるのが提出ぎりぎりになってしまうなんてこともあるし、授業中だって集中しているというわけではない。それはつい、ほかの誘惑に負けてしまうだけで勉強を避けているわけではない。実際、少しではあるが予習だってしていたりする。もっとも彼女に比べればしていないも同然なのかもしれないが。

 ハリーとネビルはそんな中でもまだ真面目に課題に取り組んでいるし、予習だってしているほうだろう。とはいえ、それも彼女と比べればまったく相手になりもしないわけだが。

 

「この前の課題見たか?あれ羊皮紙一巻分だったのに、なんだって彼女はその倍も書いているのか僕にはまーったく理解できないね。」

 

 ロンが言ったのはマクゴナガル教授の変身術の課題の事だろう。

 変身術は今受けている授業の中でも難しいものの一つだ。

 難解な魔法の構造をしっかり理解できなければ期待通りの結果を得ることができない。まして、何かの姿を変えさせるというこの魔法の効果は大きいものだ。何しろ人間が猫になったりするのだから危険を伴うというマクゴナガル教授の言葉も理解できる。だから彼女はその魔法理論に関する課題を出すのだが、これが羊皮紙一巻分をまとめるのが精いっぱいだ。にもかかわらずハーマイオニーはその倍の二巻を提出し、マクゴナガル教授に褒められると得意げな様子で席に戻って行った。

 彼女はいつだって、満点以上を狙っているようだ。

 結果、ハリーたちの一年生の中でも目立った存在になっている。

 ロンたちはハーマイオニーに対する批判だというだろうが、この部屋でされている会話はどちらかというと彼女への悪意でしかないとハリーは思う。ひょっとしたら、少し前のハリーもこうやっていないところで悪口を言われていたのかもしれないと思うと少し悲しくなる。そして、これはひょっとしたらなんてことではなくて、きっと実際言われていただろう。

 どんくさい、暗い、気持ち悪い。

 ダドリー軍団だけではなくて、きっとプライマリースクールのほかの生徒からも言われていたのだろうと思うと胸も苦しくなってくる。

 どれだけ悪しざまに言われることになれたとしても、悲しみまでは完全に拭い去れないものらしい。

 ハリーはそんな心中を察知されないように、また微妙な笑顔を作りながら彼らの話しに相槌を打ち続けた。

 

 そしてこの軋轢が、あんな事件を引き起こしてしまうなどこのときは誰も想像すらしていなかった。


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