ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER5-1

 あの恐怖の三頭犬事件から数日。すでにロンたちの興味は別のものに移っていた。ハリーももちろん例外ではない。気にならないわけではないが、いくら悩んでもあの恐ろしい犬が何を守っているのか、果たして本当に何かを守るためにあそこにいるのかなどという疑問の答えは出そうにない。

 ロンたちの興味はもちろん、ハロウィンを過ぎてから始まるというホグワーツの寮対抗クィディッチだった。

 一年生はクィディッチの選手にはなれないという決まりがあるので、もちろん彼らは観戦するのみだが、ロンは自分の兄たちが選手だということもあり来年は寮代表選手になるための試験を受けるつもりだ、と言っていた。

 シェーマスやディーンだって特に何も言わないが、その気がないわけではないだろう。グリフィンドールだけでなく、ほかの寮の男子生徒たちもその話題で持ちきりのようだった。

 ハリーとネビルはそこまでクィディッチをしようとは思っていなかった。ハリーは最初の授業以降、箒で飛ぶことに対してあまり恐怖感を抱かなくなったが、だからと言ってスリリングなゲームに参加がしたいわけではない。徒歩や走ることに比べたらよほど早い移動手段ではあると思うが、「姿現し」という魔法とマグル、魔法族以外の人々に自分たちの存在を知らせてはいけないということから考えるに箒でわざわざ移動する必要はないように感じられた。一方ネビルだが、こちらは最初の授業で箒にもてあそばれて以降、さらに恐怖感が増したらしい。それでも涙目になりながら箒にしがみついているのはすごい、とハリーは感心している。

 自分ならばあんな体験をしたならば、極力箒に乗らなくてもいいようにしようと思う。移動だけであればあんな不安定な乗り物に頼らなくても問題はない。授業とはいえ、箒が苦手なことなど大した問題ではないだろう。

 それでもネビルは時間があれば飛ぶのが得意だというロンに箒のコツを聞いたりしている。

 そんなある日。

 いつものように談話室の一角でクィディッチの話題に花を咲かせていたハリーたちに上級生の一人が声をかけてきた。

 

「君たち。そんなにクィディッチが気になるなら練習を見に来るかい?」

 

 ハリーはその彼に見覚えがあったが名前までは覚えていなかった。

 

「特にポッター。君はずいぶんといい乗り手だっていうじゃないか。」

 

 見覚えはあって当然だ。だって同じ寮の上級生だもの。ハリーはそう思いながら頑張って記憶の糸を手繰る。

 彼の申し出にロンたちは歓喜の声を上げた。奇跡でも起きたかというのようなはしゃぎっぷりにハリーは驚いたし、声をかけてきた上級生も少し戸惑っているようだった。

 

「ああ、名乗っていなかったね。僕はオリバー・ウッド。このグリフィンドールの代表チームのキャプテンでキーパーをやっている。」

 

 ああ思い出した。

 ハリーは心の中でポンッと手を打ってその上級生の顔を見た。

 明るくて精悍で、まさにスポーツマンといった顔立ち。瞳もキラキラとしていて自分とは随分と違うな、とハリーは思った。

 ネビルの思い出し玉を追いかけたあの日、フレッドとジョージが言っていた熱血キャプテンオリバーだとハリーは思い出した。

 

「マクゴナガル教授にも相談したけれど、一年生が参加できない規則は曲げられないそうだよ。より上手な選手がほしいのは彼女だって同じだけどね。何しろグリフィンドールは名シーカーだったチャーリーがシーカーになったあの年以降ずーっと優勝からは遠ざかってしまっていてね…」

 

 まだまだ彼の熱弁は続いているが、ハリーにはなんの事やらよくわからなかった。そういえばあの双子が「シーカーにだってなれるさ」とは言っていた気もする。それがクィディッチのポジションの一つであるだろうことは、日々ロンたちの会話を聞いていればなんとなく想像がつくが、どのような役割を果たすのかまでは全く思いつきそうにない。キーパーはまあわかる。サッカーにもあるし。一応は知っている。ゴールを守るポジション。

 それでも、彼が優勝するためにともかく優秀な選手を、規則を曲げてでも集めたいだろうことは伝わってきた。

 

「明日の朝、朝食の前にクィディッチのコートに来るといい。新しい練習法を思いついたんだ。それを試したくて予約してあるんだよ。」

 

 絶対に行こう。そうロンが見たこともないほど目を輝かせて言った。いや、見たことはある。初めて会ったとき、ハリー・ポッターだと指摘されたあの時もこんな感じに輝いていた、ような気がする。正直ホグワーツ特急のなかの出来事はあまり覚えていないけれど。

 オリバーは本当にクィディッチが好きなのだろう。

 そこまで夢中になれるのはなんとなくだけれどうらやましく感じた。

 ハリーは何かに夢中になれたことなどない。無我夢中になって楽しんだ記憶など、全くないに等しい。あるのは楽しそうに笑っているダドリーを遠くから眺めている自分と、自分もやってみたいなどとは思っても言ってもいけないんだと噛み締めた唇の痛さの記憶だ。

 どんな遊びだってハリーはいつものけ者だった。

 スポーツらしいスポーツだってしたことはない。

 オリバーが夢中になれて、ロンたちがこんなにも興奮できるのだからきっとクィディッチは楽しいものなのだろう。

 世界大会も行われるレベルの魔法界最大のスポーツともいえるクィディッチ。

 今までロンたちの話を聞いているだけで、あまり興味を持てなかったハリーだが熱烈に語るオリバーを目にして、ちょっとなら知ってみてもいいのではないかと思い始めていた。

 

「ハリー、もちろん君も行くだろう?」

 

 まるで今すぐにでもコートに走って行ってしまうのではないかというくらい軽やかな声で言いながらロンがハリーの顔を覗き込んできた。

 少し上の空だったハリーは少し驚いた。

 それでもここで不審な動きはできない。まして考え事をしていたなんて答えるわけにもいかない。ハリーはいつもの笑みを浮かべて、行くよと答えた。

 もっとも何か考え事をしていたことは悟られてしまっているかもしれない。

 みんなとなるべく同じにならなければ嫌われてしまうかもしれないという恐怖が、ハリーの心臓をちくちくと刺激していた。

 

 嫌な夢を見るようになったのは昨日今日の話ではない。その朝も後味の悪い夢の余韻を感じながらハリーは目を醒ました。正確にはすでに最高潮に興奮しているロンたちに叩き起こされたのだが。

 秋も深まりを感じるこの時期の早朝は少し寒い。息が白くなるというほどではないが、彼らはローブの下にニットを着込んで朝特有のきんとした空気の中お城のような校舎から随分と離れた場所にあるクィディッチの競技場へと向かった。

 ハリーはここにそれがあることは知っていたが、来たのは今日が初めてだ。

 そびえ立つような急勾配のスタンド席。これは観客のためのものだろう。コートの両サイドには先端に円形の穴が付いたポールが三本ずつ立っている。地面は手入れのされた芝生に覆われていた。この手入れの良さなら、ダーズリーの叔父さんだって少しは唸るかもしれない。そのくらい丁寧に刈り込まれたきれいな芝だ。

 すでにコートの中には数人の先輩たちがいて、昨日のオリバーを中心に何やら話しているようだった。

 コートに来たはいいけれど、何やら話し合っている彼らに声をかけるのははばかられて、ハリーたちはコートの隅のほうで固まって立っていることにした。

 オリバーと話している彼らがグリフィンドールの代表選手たちなのだろう。

 なんとなく危険な競技だと思っていたから選手は男子ばかりかと思っていたが、女子も混ざっていてハリーは驚いた。きっと、聞いているように危険なものならばペチュニアおばさんはダドリーにやらせたりなんてしないんだろうな、とふと思う。ハリーがやるなんてもってのほかだ。もっともけがをするかもしれない、危険だからということではなく余計なことをするなという意味合いでだけれど。

 彼ら代表選手の持っている箒はどれも手入れが行き届いていることが遠目にもわかった。そしてどれも、ハリーたちが使っている学校の備品の箒よりも恰好がいい。すっと揃えられた穂先に、滑らかな柄。競技用の箒だということは、さすがのハリーにもわかった。さすがにあれで掃除をしようとは思えない。いやでも、ちょっとした隙間ならむしろ、などという思いがハリーの中に生まれる。口にしたらきっとロンに何を考えてるんだって怒られてしまうに違いない。

 あまり、いやほとんどクィディッチに関して知らないハリーに対し、ロンとシェーマス、ディーンもかわるがわるポジションやルールを説明してきた。

 ロンの双子の騒がしい兄、フレッドとジョージはビーターというらしく棍棒のようなものを持っている。バットというには荒々しいそれはまさに棍棒で、なんでもシーカーというポジションの選手を妨害してくるブラッジャーという球を跳ね除けるものらしい。

 ロンは得意げに、あの二人はまさに人間ブラッジャーなんだと言っているが、正直そのブラッジャーとやらが良くわからないハリーだった。

 クィディッチはともかく聞きなれない単語が多く、それを覚えるだけでも一苦労だ。

 見ていればわかるよ、なんてロンたちは気楽にいうがハリーは覚えられる気がしなかった。

 

「ほら、選手たちが飛び上がった!」

 

 声を弾ませるロン。

 クアッフルという自分では動かない球を巧みなパスワークで運んでいく三人の女子選手。シェーマスは彼女たちがたぶんチェイサーなんだ、と教えてくれた。チェイサーはその球を相手のゴールに、あの両サイドにある三本のポールのことだ、に入れることで得点するらしい。

 箒を巧みに操りながらクアッフルを投げる彼女たちにハリーは普通に感心していた。

 両手を離していることもさることながら、あの不安定な箒にまたがったまま、結構な高度で身をねじりながらクアッフルを的確に投げている。

 一方で、一人小柄な選手が上下左右自由に飛び回りながら彼の周りをひゅんひゅんと飛び回る何かを、箒を細かく操りながら避けている。選手にぶつからんばかりの勢いで飛び回っているあれが、ブラッジャー。そしてそれを避けているのがシーカーというポジションの選手らしい。その飛び回っているブラッジャーを手に持った棍棒で明後日方向に打ち上げているのがフレッドとジョージ、ビーターだ。二人が遠くに放ったブラッジャーはある程度飛んで行ったところで軌道を変えて戻ってきてしまう。

 

「このところグリフィンドールにはなかなかいいシーカーがいないって兄さんたちがいっていたよ。」

 

 箒にしがみつくようにして必死にブラッジャーを避けているその選手を見ながらロンが苦々しげに吐き出した。

 シーカーはキャッチすれば試合が終了し百五十点という特典が与えられるスニッチをキャッチするのが仕事らしい。普通の人では見えないほどの速さで飛び回るそれをキャッチすることはとても大変で、その上あのようにブラッジャーが妨害をしてくるので大変なポジションだが、それで試合の勝敗がほとんど決まるのでクィディッチの中でも人気のあるポジションのようだ。

 キーパーだというオリバーはそんなほかの選手たちの周りを旋回して飛びながら、声を上げていた。

 気が付けば肌寒さはどこかに行っていた。

 しかし聞けば聞くほど不思議な競技だ、とハリーは思った。

 スニッチをキャッチできるまでは何日でもゲームが進むという時点でまず何かおかしい。サスペンデッドになるにしても程度ってものがあるし、そこまで頑張って点数を稼いだとしても一瞬でひっくり返される可能性の高い百五十点という得点。なぜチェイサーから文句が出ないのか謎なくらいだ。襲い来るブラッジャーを交わしながら、普通の人ではとても肉眼で追いきれないスニッチを捕るという難易度から考えて妥当なのかもしれない。

 このドラマチックさが魔法界で受ける原因なのかもしれない。

 ハリーは確かにスポーツはあまりしたことはないけれど、だからと言って知らないわけではない。もし、ロンたち生粋の魔法界育ちの人たちにバスケットボールやサッカーを紹介したとしても、つまらないと感じるのかもしれない。

 

 練習はどれほど続いただろうか。

 気が付けは皆肌寒さなど感じなくなっていた。

 ハリーもまたびゅんびゅんとすごいスピードで飛び回る選手たちの姿にちょっとだけワクワクしていた。

 やってみたいと思うことはおこがましいかもしれないけれど、こうやってみんなとみているのはとても楽しかった。


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