ハリーがネビルの姿が見えないことに気が付いたのは、就寝時間間近になってからだった。いつもなら彼はハリーたち四人と一緒にいるが、夕食後にどうしても図書館で探したい本があるといって一人で図書館に行ったことまでは覚えている。ハリーもついていこうと思ったが、ドラコとの決闘を決めてしまったロンに捕まってしまったのだ。
ロンとシェーマスは、寮に戻るなり基本呪文集を隅から隅まで見直しながら、決闘の役に立ちそうな呪文を探しているが、どれも決め手にはならないようだ。それもそうだろう。一年生にそう軽々と人に危害を与えるような呪文を教えるとは思えない。よしんばあったとしても、まだ習っていないものをぶっつけ本番でロンが使いこなせるとはハリーには思えなかった。彼はいつも授業で手間取っているし、毎回成功させるのはハーマイオニーだ。ドラコがどの程度呪文を使えるのかわからないが、なんとなく、本当になんとなくだけどロンよりは得意そうだな、とハリーは思った。口に出したりはしないけど。
いいところ、火花を飛ばしあう程度かな、などと考えハリーは昼休みに図書館で見つけた魔法薬学の本を読んでいるふりをしていた。
「おい、ハリー君も一緒に考えようぜ?」
闇の魔術に対する防衛学の教科書に使える魔法がないか、と探していたディーンがハリーに声をかけてきた。
確かにドラコは闇の魔法とか使ってきそうではあるが、一年生向けの闇の魔術に対する防衛学の大半は魔術そのものではなく、危険な魔法生物に出会ってしまった時の対処法なので、人間のドラコにはあまり効かないだろう。しかし、彼らが持っている教科書の中で役に立ちそうなのがこの二種類なのも事実だ。
「そうだよ、君介添え人なんだからさ。」
シェーマスが言うが、それはロンが勝手に言い出したことだ。ハリーは了承した覚えはない。そもそも、ドラコが実際来るかどうかだって怪しいものだ。あの場できちんと返事をしていたわけではないし、夜としか言っていない時間に関してはあのパグっぽいスリザリン生にメモを押し付けただけなので彼に渡っているのかも謎だ。
「でも、夜間は生徒は寮の外に出てはいけないって…。」
ハリーは読み始めたパラパラとページをめくっていた本を膝の上に置いてそう答えた。
そもそも校則違反だ。夜、寮から出ることもそうだけど、生徒同士で決闘などしていいわけがない。場合によっては死ぬこともあるのなら尚更先生たちが許すわけがない。ハリーとしてはわざわざそんな危険なことをしたいとは思わないので、この話を何とかなかったことにできないか、と実は考えていたりする。
ロンたちは減点などあまり気にしていないようで、夜間外出なんて見つからなければへっちゃらさなどと言っているがそれは、ハリーはへっちゃらではないので本当に勘弁してほしい。
「ねえ、本当にやめようよ。決闘なんてする必要ないって。そんなことよりも、ネビルが戻ってきていないみたいだよ。」
勇気を絞り出してハリーは言ってみた。決闘より、すでに時間を過ぎているのに寮に姿の見えないネビルのほうが問題だ。ひょっとしたら段の消える階段に運悪くはまってしまったのかもしれないし、迷子になっているかもしれない。
「そういえば、ネビル見てないな。」
ディーンも思い当ったようだ。ロンたちも顔を見合わせて、図書館からまだ戻っていないのはおかしいと言い出す。なにしろ、昨日の騒ぎで寝不足だった生徒たちはすでにそれぞれの寝室に戻っており、談話室には彼らしかいない。ネビルが一人で先に寝室に戻ってしまった可能性もあるが、それは多分ないといえよう。
シェーマスが、ちょっと部屋見てくる、と男子寮の階段を駆け上っていき、しばらくして部屋にもいないよ、と青い顔をして帰ってきた。
どうやらこれでロンたちの頭から決闘という文字は消えたようだ。
「どうしよう!探しに行かないと!!」
ロンが慌てて談話室を出て寮の入り口に走っていく。もちろん、シェーマス、ディーンもそれに続いたが、ハリーは一瞬戸惑った。いくらネビルを探すためとはいえ、出ては行けない時間帯に寮から出てしまってもいいのだろうか。しかし、ハリーにもほかの方法は思い浮かばなかった。
ロンが入り口のドアに手をかけてハリーの方に振り向く。
「ハリー、早く来いよ!」
「待ちなさい。あなたたち、寮から出ようなんて思ってないわよね?」
ハリーが頷いて走り出そうとした瞬間、ハリーの左腕はどこからともなく現れたハーマイオニーによって掴まれてしまった。
「信じられないわ。まさかと思って、降りてきてみてよかった。これ以上減点なんてされたら、今年もスリザリンに負けるのよ。せっかく私が稼いだ得点をあなたたちがなかったことにするんだわ。」
どうやらハーマイオニーは昼間のドラコとロンのやり取りを気にしていたらしい。確かに、あのままならロンたちは決闘のために寮を抜け出していただろう。でも今は事情が違う。
「離せよ、ハーマイオニー。ぼくたちはどうしても行かないといけないんだ、ねえ、ハリー。」
シェーマスが随分と焦った様子で言った。
「ああ、うん。そうだよ。ごめん、ハーマイオニー。ぼく行かないと。」
ハリーは結構な力で掴んでいるハーマイオニーの腕を振り払うように寮の入口へと向かうが、振り払うことができないまま、シェーマス、ディーンそしてドアを開けたロンたちと縺れるようにしてついに彼らは寮の外へと転がり出た。
あ、とハーマイオニーが小さく悲鳴を上げ、あなたたちのせいで私まで外に出てしまったじゃない、とロンに掴みかかった。
「大体決闘なんて馬鹿げているのよ。」
ハーマイオニーが吐き捨てるように言う。
「違うよ、ハーマイオニー。ネビルがいないんだ。」
「だったら監督生に言えばいいじゃない。」
ディーンの言葉に、彼女は即答する。そういえばその手があった。上級生の監督生であれば、寮から出ずに何とかする方法を知っているかもしれない。まだ、彼らは寮を出たばかり。振り返って「太った婦人」に合言葉を言えばすぐに寮に戻れるはずだ。
ハリーはそう思って「太った婦人」のほうに向き直った。しかし、そこにはいるはずの夫人の姿はなく、背景だけが佇んでいた。
「大変だ、婦人がいなくなっちゃったよ。」
そういえば、この城の絵画たちは静止していないどころか、一枚の絵の中にすら留まってくれはしない。初めて見たときにハリーが驚いたことの一つだ。魔法界の写真や絵画はともかく動く。それでも日中「太った婦人」が他の場所に行ってしまったことなどなかったので、彼女は本来生徒が出入りをしない夜間にほかの絵を渡り歩いているのだろう。
彼らはお互いの顔を見合わせた。これでは、中に入れない。
どうしてくれるのよ、とハーマイオニーは怒り出した。
どうしてくれるのよと言われても、ハリーにはどうすることもできない。それはロンたちとて同じだ。ぷりぷりとしているハーマイオニーを困った顔で見つめる事しかできない。
ともかくこの場所に留まっていても仕方がないので、彼らはネビルを探すことにした。本当なら大声を挙げて捜し歩きたいところだが、ネビルを探しているという理由だとしても、無断で夜間外出をしていることには変わりはないので、皆物陰などを覗き込みながら注意深くホグワーツの城の中を進んでいった。無意識に、校則違反をしているという罪悪感はあるのだろう。
どこから管理人のフィルチが出てこないとも限らない。ジョージとフレッドは彼に目を付けられており、様々な理由をつけては減点をされていると言っていた。それに彼だけではなく、彼の愛猫のミセス・ノリスも侮れない。彼女こそ神出鬼没でどこからともなく現れ、まるでフィルチのいない場所でも生徒たちに目を光らせているようだった。猫が減点をするわけではないのだが、彼女は見たことをフィルチに伝えているともっぱらの評判だ。
ハーマイオニーは、見つかってしまえば彼らのせいで外に出ることになってしまったことを伝えるので全員そう言うようにとずっと言っている。彼女だけはネビルを探すそぶりを見せず、拗ねた顔をしてハリーたちの後をついてくるだけだ。
夜の城の中は、生徒たちが大勢いる昼間とはうってかわって静寂に包まれていて、少し不気味ですらあった。昼間うろうろしているせいですでに慣れたゴーストたちですら、こんな雰囲気の中出会ったら結構な恐怖になるかもしれない。
ハリーたちは、誰からともなく皆身を寄せ合うようになった。