飛行訓練で勝手に箒に乗って飛んでしまったハリーたちとドラコは、救護室から戻ってきたマダム・フーチにこってりと叱られた。もちろん彼女は現場を見ていたわけではなく、ハリーたちのやり取りをたまたま授業のなかったマクゴナガルが目撃をしており、ハリーが落ちたと思って訓練場まで降りてきてしまったからだ。
叱られついでに減点までされてまたが、退学にはならなかったのでハリーはとても安心した。減点で済むなら十分だ。
そして減点されてはしまったが、グリフィンドールの上級生たちはお祭り騒ぎで彼らを迎えた。ネビルのために、宿敵スリザリンに立ち向かった彼らはまさに英雄というわけだ。いつもであればその手の騒ぎを見咎めるパーシーも苦笑いを浮かべて見守っていた。
「先生の言いつけを守らなくて減点されたのよ?おかしいわ。」
ハーマイオニーはそれが気に障ったようで、大騒ぎの談話室から踵を返すように女子寮に続く階段を昇って行ってしまった。
「一体何が気に入らないんだろうな、彼女。」
シェーマスとロンが肩をすくめてそう言ってはいるが、さほど気にもしていないのはハリーにもわかった。入学からまだそれほど時間がたっていないにも関わらず、彼らはハーマイオニーに対して苦手意識を抱いている。理由までは分からないが、ハリーもなんとなくその気持ちは分からなくもないが、だからと言って自分まで彼らと同じようにハーマイオニーを避けるのも違うような気もするが、彼女のためになにかができるかといえば何も思いつかない。結局、ロンたちについていくしかできないのだ。
「そういえばキャッチは出来なかったけどハリーの加速、すごかったよな。」
そういえば、とハリーは思い出す。あの時は夢中でどうやって箒をコントロールしたのかはハリー自身にもわからなかったが、風を切るあの感覚はとても気持ちのいいものだった。
ロンは目を輝かせながら、落ちていく思い出し玉を追いかけていったハリーの加速が鮮やかなものだったのかを周りの生徒たちに話して聞かせる。その一言一句に上級生たちは歓声を上げた。
ハリーはいたたまれなくなってきて、最高潮の盛り上がりを見せる談話室から逃げ出したくなった。だが、ロンの兄たち、フレッドとジョージに両脇を抱えられていて動けそうにない。
フレッドとジョージはロンの話を聞きながらハリーの癖の強い黒髪をもみくちゃにしてくる。
「ぜひとも俺たちにも見せてほしいね。」
「そんなにすごいならシーカーだってできるさ。」
二人は交互に話しながら、ハリーを談話室の暖炉の前まで引きずっていき、そのままぼすん、と彼をソファーに沈めた。抑え込むようにハリーの両脇に座ると、ジョージとフレッドは現在のグリフィンドールのクィディッチチームについて語り始めた。二人はビーターというポジションでプレイしているが、彼らの兄でシーカーだったチャーリーが卒業してしまってからというもの、なかなかチームは勝利を掴めずにいるらしい。だからこそいい選手を探している、というわけだが、ハリーはまだ一年生でその資格はない。
「いや!だが諦めるのは早いぞ。もしハリーに才能があるのであれば来年まで待つ必要はないはずだ!だから俺は、マクゴナガル先生に相談してみようと思う!」
そう言って立ち上がった上級生をハリーはかなり驚いた顔で見つめた。
「気にすんな。オリバーはクィディッチのことになるとおかしくなるんだ。」
「まあ、勝ちたいって気持ちもわかるけどな。」
オリバーと呼ばれた彼は、寮のクィディッチチームのリーダーだと二人は教えてくれた。そしてあまりの熱血っぷりにチームメンバーが振り回されることが多いことなどを付け加える。
談話室はそんなハリーたちを中心に、今季のクィディッチの試合についてなどで盛り上がっていく。結果、翌日のグリフィンドール生のほとんどは寝不足を抱えることになった。
昨日のハリーたちとドラコのやり取りはどうやら学校中に広がっていたらしかった。魔法界は娯楽が少ないのか、この手の話題はあっという間に広がってしまう。
ロンたちは非常に誇らしげにあの件について尋ねてくる生徒たちに答えていたが、ハリーは朝、数人に囲まれただけでかなり懲りてしまった。だから、昼休みは軽くキッシュを詰め込むと早々に図書館へと逃げこんだ。
図書館にはハーマイオニーがいたが、彼女は昨日の一件以来ハリーと口をきいてくれないので、ハリーも近寄らないようにした。
それでもディナータイムまで図書館にこもることをロンたちは許してくれなかったので、ハリーは仕方なくロン、シェーマス、ディーンそして一晩で手首の骨折を直してきたネビルとともに、グリフィンドールの席で仲良く食事をとることになった。
ホグワーツの食事はとても豪華で、ハリーが学校生活で楽しみにしていることの一つだ。ハリーが料理の本でしか見たことがないような手の込んだ料理がいつもテーブルには並んでいる。それも、誰かが運んでくる様子もなく急にテーブルの上に現れるのでハリーは当初驚いていた。魔法は便利なものだけど、毎回驚かされている。流石に、そろそろ慣れてきたけれど。
ハリーとディーンは、ロンたちの会話にも混ざれるようになってきた。話題が彼らも知っている授業の内容などが増えてきたからというのもあるが、彼ら自身も魔法界のことをだんだんと理解し始めたということもある。ディーンは、最近ではクィディッチチームの雑誌などを借りたりして、リーグの話題についていけるようになったようだ。
ディナーを楽しみながら、友だちと話すなんていうことは、ハリーにとってとても幸せな時間だ。最初は緊張もしたけれど、毎日ともなれば慣れる。今となっては、一人で階段下の物置で硬くなったパンをかじっていたことも懐かしい。
「泣き虫ポッター、今日は泣いていないのか。」
そして、こうやってドラコが両脇にクラッブとゴイルを従えて絡んでくるのも毎日のようなものだ。
確かにドラコの前ではよく涙目になっている気がするので、ハリーはドラコの言葉を否定もしなかった。しかし、彼の友だちはそういうわけにはいかないらしい。
「そういう言い方はないだろマルフォイ。」
すぐにロンが立ち上がり、ドラコに詰め寄った。シェーマスももちろんそれに続く。昨日まではここまで導火線は短くなかった気がするが、ロンたちは少し自信をつけたのだろう、あっという間にハリーをかばうように二人はドラコの前に立ちはだかった。
ハリーのことを馬鹿にするドラコたちと、それを止めようとするロンとシェーマス。ディーンとネビルもそこに混ざろうとして入るが、ネビルはハリーと同じでそういうのは苦手なようで、びくびくと様子をうかがっているし、ディーンは俯いてしまったハリーの顔を覗き込んでくる。
ハリーはといえば、自分の頭の上で自分のネタで行われている口論を聞き流していた。ディーンにも小声で大丈夫、と伝える。
「じゃあマルフォイ、今夜魔法使いの決闘だ。トロフィー室で。こっちは、ハリーを介添えにする。」
ロンは先生たちに聞こえない程度の声量でドラコにそう言い、ドラコもそれを了承した。もう少しで杖を抜き合っての喧嘩に発展しそうな状況に、マクゴナガルを含めた数人の教員が彼らに近づいてきている。
昨日の件もあるので、ここで杖に手をかけようものなら、厳格なマクゴナガルのことだ、容赦なく減点してくるに違いない。だからロンはこの場を収めたのだろう。
ドラコは忘れるなよ、と言い残してクラッブとゴイルを連れてスリザリンのテーブルへと戻っていった。
彼らが解散するのを見た教員たちも元の場所へと戻っていく。
「まさかとは思いますけど、そんな馬鹿げたこと本当にやるつもりじゃないでしょうね。」
しかし、彼らのやり取りを聞いていたハーマイオニーはそうはいかなかったようだ。読んでいたらしい分厚い本をテーブルに叩きつけるようにして、まだ興奮冷めやらぬ様子のロンに詰め寄った。
「行くに決まっているだろう?」
ハーマイオニーの言葉はロンの耳には全く届いていなかった。