ハリー・ポッターは諦めている   作:諒介

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CHAPTER3-4

 飛行訓練の講師、マダム・フーチは短い白髪と、鷹のような目でハリーは鳥に似ていると思った。

 彼女は生徒たちにそれぞれ箒の横の立つように命じた。

 

「いいですか、準備ができたなら各自箒に手をかざして上がれと言いなさい。」

 

 言われるがままに生徒たちは各々上がれと言うが、一度で箒が掌に飛び込んできたものはわずかだった。

 もちろんハリーも例外ではない。

 彼が上がれ、といえば箒は少し持ち上がる気配を見せるが掌までは届いてくれない。となりのロンは箒は飛び上がってきたが、勢い余って額を打ち付けたようだった。ディーンもてこずっているようだったが、ネビルの箒に至ってはぴくりとも動く気配を見せなかった。同じように、ハーマイオニーの箒もコロコロと地面を転がって見せているだけだ。

 スリザリンの列ではドラコが一度で成功させたらしく、誇らしげに周りの生徒を見回していた。

 

「上がれ。」

 

 もう一度、今度こそは持ち上がってほしいと願いながらハリーが命じれば、箒はすっと彼の掌に収まってきた。周りの生徒たちも何度かリトライするうちに成功するものも増えてきた。それでもネビルの箒はいつまでたっても持ち上がる気配を見せず、彼の声はどんどん涙まじりになっていった。

 ひょっとすると箒は乗ろうとしている人の気持ちが分かるのかもしれない。魔法の世界ならそんなことがあってもおかしくない、第一帽子は分かっていたわけだし、とハリーは考えた。だから、怖いとか、怯えていたりとかすると箒は言うことを聞いてくれないのかもしれない。

 最終的にネビルの箒はマダム・フーチが握らせて飛行訓練は次の過程に進むことになった。実際に箒にまたがり浮いてみるのだ。マダム・フーチは生徒たちが正しく箒を握っているかを確認してまわり、それまで得意げに箒についてほかのスリザリンの生徒たちに語っていたドラコの握り方が間違っていることを指摘した。ドラコは非常にばつの悪そうな顔をしてハリーたちのほうを一瞥し、それを見てロンたちは肩を寄せ合って少し笑いあった。

 

「では皆さん、合図をしたら地面をけりなさい。少し浮いて、戻るのですよ。さあ、1、2」

 

 この時、少し気が急いたのかネビルが合図を待たずに浮かび上がってしまった。ネビルは情けない悲鳴を上げているし、他のグリフィンドール生たちはそんな彼を不安げに見上げた。いっぽうスリザリンの生徒たちはそんなネビルをあざけ笑う。

 マダム・フーチはネビルに降りてくるように言ったが、すでにパニック状態の彼にはそれはできそうになかった。第一なぜ飛び上がってしまったのかも彼にはわかっていないのかもしれない。その上、ネビルの箒は彼を翻弄するかのように上に下に跳ねまわり、急加速したり止まったり。あれでは到底落ち着いて着陸することなどできそうにない。

 結局ネビルは墜落した。

 そう、朝食の時に彼自身が断言したとおりに箒から落ちたのだ。

 遠巻きにそれを眺めていた生徒たちをかき分けてマダム・フーチはネビルに近寄り、彼を抱き上げると彼をマダム・ポンフリーのところへ連れて行くといった。手首が折れてしまったらしい。むしろ、ある程度の高さのあった箒から落ちて手首の骨折のみで済んだのだから、軽症の部類なのかもしれないとハリーは思った。

 

「いいですか皆さん!戻るまで絶対に飛んではいけませんよ。もし命令に背くようなことがあれば、クィディッチのクの字を言う前にホグワーツから出て行ってもらいますからね!」

 

 ぐずぐずと鳴き始めたネビルを抱えるようにしてマダム・フーチは訓練場を後にし、騒然とした生徒たちがそこには残されていた。

 

「見ろよ、これ握りしめれば飛び方思い出せたんじゃないのか?」

 

 ネビルが落ちたときに落としたらしい思い出し玉を拾い、ドラコは掲げるようにして周りの生徒たちに見せびらかした。

 

「返せよ、マルフォイ。」

 

 ロンがすかさずドラコに食ってかかるが、ドラコはそれをひらりとかわすとあざ笑うように箒に足をかけ飛び上がった。

 ハリーはかなり驚いた。先生は飛んではいけないといっていたのに、そんなことはドラコにはおかまいなしだったのだ。

 

「いやだね。ロングボトム本人に取りに行かせよう。屋根の上にでも置こうか。」

 

 ふわりと浮かび上がり、上空からロンを挑発するようにドラコは笑っている。

 ロンも、シェーマスもいやグリフィンドールの生徒たちのほとんどがそんなドラコを憎々しげに見上げている。ハリーもそれは同じで、どうやってドラコを地上に降ろすべきか考えていた。ネビルの思い出し玉も取り返したい。でも、だからといってドラコと同じように飛んでしまってもいいものなのだろうか。

 

「ふん。グリフィンドールの腰抜け軍団は誰も追いかけてこないのか。」

 

「ふざけるなマルフォイ!!」

 

 ロンが箒にまたがり飛び上がろうとするのを、ハリーはただ茫然と眺める事しかできなかった。

 ハーマイオニーはそんなロンにつかみかかり、飛ばないように言い含めていたが、ロンはそれを振り切ってドラコを追うように飛び上がってしまった。

 グラグラとロンの箒は安定しない様子でドラコの元まで上がっていき、ロンは必死に箒から手を伸ばしでネビルの思い出し玉を取り戻そうとするが、ドラコは巧妙にそれを避けロンを翻弄する。授業の前も彼はずいぶんと自慢げに自分は飛ぶことが得意だといっていたが、ドラコのその言葉に嘘はなかったようだ。

 

「英雄さまは見ているだけなのかしら。」

 

 ハラハラとそんなロンとドラコのやり取りを見つめていたハリーに、スリザリンの顔立ちが少しパグに似ている女子がからかうように話しかけてくる。それに呼応するかのように、何人かのスリザリン生たちがハリーをからかいあざ笑う。

 ああ、ここにもいるのか。と思いつつハリーは俯いた。こんな扱いには慣れている。孤児のハリー、弱虫ハリー。そういってダドリーたちはよくハリーをからかってきたものだ。傷つかないわけではないけど、慣れてはいる。いや、慣れてはいるけど胸がじくじくと痛む。

 逃げ出したい。

 ハリーはそう思ってずっと持ったままだった箒の柄を握りしめ、それを見咎めたハーマイオニーがそんなハリーの腕をつかむ。

 

「だめよ、ハリー。飛んではだめ。先生にも言われたでしょう。」

 

 いや、飛ぶつもりはなかったけど。とハリーは思いつつ必死の形相で止めに縋りつくハーマイオニーを見やった。先ほどロンを止めることができなかったハーマイオニーは、ここでもう一人飛ばせてしまったら自分が怒られるとでも考えているのだろうか。

 上空の攻防戦は圧倒的にドラコが有利のようだ。

 ハリーがそこにロンを助けに行ったとして何かの役に立てるのだろうか。今日初めて飛ぶために箒を持ったばかりだというのに、自分が満足に飛べるとはハリーには思えなかった。だからと言って、このままでもいられそうにない。

 シェーマスやディーンもハリーと同じようなことを考えているのだろうか、箒とロンたちを交互に見やっている。

 一体どうするのが正解なのだろう。

 ネビルの思い出し玉を取り返さなければいけないような気もするし、そのためにロンに協力してドラコに追いつくには飛ばなければいけないけれど、それをやれば先生に叱られてしまうし、マダム・フーチはホグワーツから出て行ってもらうとまで言っていたので、退学にさせられてしまうかもしれない。

 考えがぐるぐると頭のなかをかき回して、いっこうにまとまりそうにない。

 ハリーがそうやって悩んでいる間に、シェーマスがロンを助けに向かってしまう。

 

「腰抜けポッター。あんたはいかないの?」

 

 スリザリンの女の子がけたけたと笑う。

 ハリーは自分の顔がかっと熱くなるのを感じた。

 ロンは、初めての友だちだ。きっとここは助けに行く場面なのだろうけれど、動くことができない自分が悔しくなった。飛んだこともない自分に、一体何ができるというのだろう。

 

「ねえ、ハリー。ぼくらも行こう。」

 

 ディーンがハリーの顔を覗き込みながら言った。

 ハーマイオニーは悲鳴にも近い声で、何を言っているの!と責め立ててくる。

 すでにハリーの視界は混乱からくる涙で少し滲んでいた。

 ディーンはハリーの決断を待っている。

 ディーン、ハーマイオニー、そして上空のロンとシェーマスに彼らを二対一になりながらもいまだ優位に立っているらしいドラコ。それそれを順番にハリーは見やって、ディーンに向かって頷いた。

 

「なんで誰も言うことを聞いてくれないのよ!!」

 

 ハーマイオニーの絶叫を背に、飛ぼうと思って箒にまたがり地面を蹴り上げれば、ハリーの体は簡単に宙に浮いた。それはディーンも同じだったらしく、二人は見つめ合い頷き合うと、まっすぐドラコに向かっていく。

 ぐらぐらとする箒はやはり安定感のある乗り物とは言えない。

 

「ハリー、ディーン!挟み撃ちにできる?」

 

 ロンが叫ぶ。

 正直、まっすぐ飛ぶことで精いっぱいだ。それでも、やってみると答え、ハリーとディーンはよたよたとドラコとにらみ合いを続けるロンたちとは反対側からドラコに近寄った。

 ドラコはそんなハリーたちを見回すと鼻で笑った。

 

「なんだよ英雄。半泣きじゃないか。」

 

 地上ではスリザリンのドラココールが巻き起こり、グリフィンドール生たちは心配そうに見上げているだけだ。

 見下ろせば結構な高度があり、ハリーは震えた。落ちたら痛いだけでは済まない高さだ。

 

「こんなことやめようよ。」

 

 ハリーの声は震えていた。飛んでしまったことを心の隅で少し後悔する。でも、ここでやらなければロンに失望されてしまうかもしれない。

 

「へえ、泣き虫ポッター。じゃあとって来いよ!!」

 

 ドラコはそう言うと、思い出し玉を思い切り遠くに投げ、そのまま彼はゆるゆると地上に降りて行ってしまう。もし、思い出し玉が地上に落ちてしまったら、ガラスでできたそれは割れて壊れてしまうかもしれない。

 四人は一瞬何が起きたのか理解できなかったので思わず固まってしまったが、すぐにロンとシェーマスが思い出し玉を追いかけるように箒で飛び出した。ハリーもそれに続きたかったが、一瞬の出遅れとなれない箒での飛行は思うように加速してくれない。

 ハリーは顔を歪めながら、先行するロンたちを追いかけるが、自分自身でも追いつけそうにないことは分かった。

 思い出し玉は弧を書いて飛び、校舎すれすれの地面に向かって落ちていく。

 それを見て思わずハリーはその地面に向かって急加速した。不思議と先ほどまでの恐怖感は感じられない。初めて飛んでいるのに、なぜか箒のコントロール方法が分かっていた。

 地面に向かって急降下するハリーに何人かの生徒が悲鳴を上げた。一見彼が落ちていくかのように見えたのだ。

 結局、ネビルの思い出し玉はそのまま背の高い芝の上にぽすっと落ちた。少し遅れてハリーもその近くに、ほとんど墜落に近い形で地面に転がった。

 

「大丈夫かいハリー。」

 

 ロンたちもそんなハリーの近くに着陸する。ロンがネビルの思い出し玉を拾い上げ、太陽に透かして見るが、目立った傷はないようだ。

 

「うん。大丈夫だよ。けがはしてないと思うし。」

 

 笑い合うハリーたち四人に、ぷりぷりと怒りながらハーマイオニーが近づいてくる。

 

「信じられないわ、あなたたち。なんであんな危険なことするのよ。」

 

 そのハーマイオニーの言葉に、ロンは噴き出した。シェーマスも肩を震わせる。

 なんであんなことをしたのか、と言われればハリーは明確には答えられない気がした。なんとなく、やらなきゃいけない気がしたから飛び出しただけだ。

 笑い合うハリーたちに、ハーマイオニーはぐちぐちと彼らの行動がいかに馬鹿げていて、理にかなっていないのかを言ってくるが、だれもそれに耳を貸していなかった。


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