皆さん初めまして。藤原肇といいます。
岡山で16年間生きてきて、これからあまり体験しないようなことをしようとしています。
それは何かと言うと、人によってはそれはおかしいと思うかもしれません。
ですが私にとってはそれほどのことなのです。
それとは...そうです。挨拶です。
今日は、珍しく早起きしたので登校時間も早めてみたんですが、そうすると同じクラスの綱嶌さんが自分の前を通っていたのです。
綱嶌さんは学校内では全然話さないですし、あまりそうやって積極的に話すような子ではございません。
かく言う私もまったくといっていいほどコミュニケーション能力が皆無ですが...
そういうこともあり、挨拶しようか今検討しております。
まぁ、ただ挨拶するだけだから簡単だろうと皆さんお考えでしょうが、違いますよ。
すれ違うならまだしも同方向にこれから進んでいくんですから。
不用意に声を掛けては相手に失礼でしょう。何か盛り上がる話題を持っていきたいですね...
あっ、簡単にこの時間帯にいつも来るのとか聞いたらいいんですかね?
もう、何だか迷ってるのがバカらしくなってきましたね。もう当たって砕けろです。
「明日さん、おはようございます」
「...おはようございます」
綱嶌さんは何だか困ったように返事をしてきました。
迷惑だったでしょうか...いえ、ここで下がっては失礼でもあります。
「あっ、この人私の顔色見ただけで判断したんだ...」と思われてしまってはたまったもんではありません。
先程の作戦通り、まずは時間帯についての質問からゆっくり慣れていきましょう。そうです。慣れが大事なのです。
「明日さんはいつもこの時間帯に登校してるんですか?」
「...そうです。」
「凄いですね。私なんか朝に弱くて今日この時間に登校できたのが奇跡みたいですよ。」
「そうですか。」
先程声を掛けた時より心なしか、顔が緩んだ気がします。
何となくですが、やはりいつも一人だったのは寂しかったのでしょうか!
何だかかわいいですね...小動物臭がします。...いろいろ大きいですけど
私も結構大きい方だと思ってたんですけどこうしてみると完全に負けてますね。
...あっ、話が完全に私情に流されてました...いけません。
「...あの、本当に申し訳ないんですけど...」
そういい本当に申し訳なさそうな表情でこちらをのぞいてくる綱嶌さん。
えっ、どうしたんでしょうか。
「はい?どうしました?」
本当に申し訳なさそうな顔で...
「お名前…をお伺いしても…」
あっ...私の名前知りませんでしたか...
そうですよね!話したことないですもんね!急に話しかけられても一方的で困りますよね!
ここは第一印象も大切ですし、しっかり目と目を合わせて会話するべきでしょうね。
「あ...あれ?知りませんでしたっけ?私の名前は藤原肇といいます。」
そう教えた瞬間、綱嶌さんの口角が少し上に上がりほんの少しだけ可愛い笑顔が見れました。
まぁ、見えた瞬間下を向いてしまったのですが...
なんだか、私綱嶌さんととっても仲良くなれそうな気がします。
「肇...さんですか」
「はい」
とても少しだけの言葉しか交わしてませんが、本当に何だか少しですが…感じるんですよね。
私と同じ香りが...
何?と言われたら何とも言えませんが...
この頃の私はまだ気付けそうにもありません。
彼女が私の初めての親友と呼べる存在になるということを...
「因みに何故私の名前をご存じで...」
「同じクラスですよね?」
「あっ...」
ここで合点のいった顔をされるのは正直納得いきません。
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明日と出会って早2週間。
すっかり仲良くなって、一時も離れ離れにはならない存在になっていました。
どちらかというといつも一人だった明日の方が依存するかと思っていたのですが、予想を裏切り私の方が彼女に依存してしまっていました。
そんなある日のことです。
「アイドルに興味はありませんか?」
「...はい?」
これは私が通学中にごつい男の人にかけられた言葉です。
いや、怖いですよね。今私多分膝震えてますよ。
「…新手のナンパですか?」
私がそう言うと男性は困ったように手を首の後ろに回しました。
「いえ...そう思ってしまったのなら謝ります。ただ、私は貴女のその「笑顔」に惹かれたのでアイドルになっていただけないかと思っただけです。」
「あれ?私笑ってましたか?」
「家を出るときお爺様に向けてでしょうか?満面の笑みでご挨拶をなされていたかと...」
「え!?ちょ、ちょっと!どこからつけてきてたんですか!?!」
怖いです!もしかしてこの人ストーカーですか!?
...違いそうですね。私知ってるんですよ、悪い人は目を見て話せないと。
昔からおじいちゃんが私に言っていました。
「悪人は目を見ん。じゃけぇ、肇もわるぅなったら分かるけんの」
と、いっつも脅されてました。
実際、悪いことしてしまったとき目は見れませんでしたし...(おじいちゃんの備前焼割っちゃった事件)
「悪いとは思っています。ですがそれを超えるくらい貴方はアイドルになるべきなのです。」
「...そうですか」
「...すいません、少し熱くなりすぎました。こちら、名刺です。もしアイドルになる気持ちが少しでもあれば一週間以内にご連絡ください。生憎、それ以上は岡山にいることは出来ませんので...」
「県外の方なんですか?」
「あっ、申し遅れました...私、武内俊輔...美城プロダクションのプロデューサーをやっております。」
美城...これは誰でも聞いたことがあると思う。
灰を被った只の美少女たちを、瞬く間に輝くシンデレラに変えた有名なプロダクションだ。
前述は喩ですが、実際そんな感じでした。
テレビに映る輝く美少女。誰もが一度は憧れた存在でしょう。
それをこのプロダクションは部門創立一年で成し遂げたのです。
まぁ、元が大きい会社ってのもありますがそう容易なことではありません。
そんな凄い会社の人に声を掛けられたのだと実感した瞬間、何とも言えない高揚感に襲われます。
昔一瞬だけ見たアイドルという夢。今私の目の前にはガラスの靴を持った王子様がいるのです。
勿論ですが、ここでアイドルになることを決定したかったんですが...
「...少し考えさせてください。」
「そうですか...では、良いお返事が来ることを待っています。」
武内さんはそう言い私に名刺を一枚渡してきました。
名刺を渡したらすぐに背中を向け、すたすたと向こうに歩いていきます。
その背中は大きく、自分のことを任せてもいいな...と感じてしまうような大きな大きな背中でした...
あぁ、アイドルか...
朝の日差しを浴びながら、火照っていく体を覚ますように一度心を落ち着かせます。
そうです。私には陶芸の路もあるんです。
小さいころからおじいちゃんに習い、そして今でも作り続けている器。
未だにおじいちゃんに褒めてもらったことはありません。
いつも作り終えた後に一言
「どんな気持ちで作ったんだ」
とだけ残し、私の返答を聞くとその場を後にします。
そんな私だから将来の夢はほとんど陶芸しか見てなかったのです。
ですが、今この瞬間に180°変わってしまいました。
あぁ、アイドルになりたい。なってみたい。
そんな底知れぬ感情が心の奥から無限に湧き出てくるのです。
自分はどうなりたいんだろう...自分はどうしたいんだろう...
そう考える度に自分の中でその言葉がループし続けます。
こういう時、明日はどうするんでしょうか。きっぱり断るのでしょうか。それとも目の前にある夢を目指すのでしょうか...
あぁ、教えて下さい...明日...
迷い迷った末、結局親友である明日に頼る辺り、やはり私は未熟なのかもしれません。
ですが、きっと一歩ずつ進んでいけるはずです。私には親友ができたんですから...
決心した後、ふと近くにある時計を眺めた肇は学校の登校時間を優に超えている針を見て悶絶するのでした。