君の、名前は・・・? 作:時斗
この話からは、漸く「その後の話」になります。
第9話
「「
彼に名前を尋ねられ、応えようとした瞬間、その声が重なる。被ってしまったと思い、口を噤んで上目遣いで彼の様子を伺うと、私と同じようにタイミングを計りかねているようだった。早く、伝えないと……、で、でもまた被っちゃったら……。ど、どうしよう……!
「……瀧、立花瀧、です」
(あ……)
そんな時、彼の方から名乗ってくれた。軽くパニックぎみになっていた私は彼の声を聞き、冷静になる。そんな状況を打ち破ってくれた彼に感謝しながら、ゆっくりとその名前を私の全てで浸透させてゆく。
(……たちばな……、たき……くん……!)
今までの記憶を総ざらいしてみるものの、その名前に覚えはなかった。やっぱりはじめて聞く名前だと思う。……だけど、彼の名前を聞いた瞬間、今までの葛藤がまるで嘘のように……、私が探し求めていた何かが、パズルの欠片のように、私の心にきっちりと収まったような気がした。
ふと立花くんを見ると、彼が緊張気味に私をジッと見つめていた。その視線に赤くなりながら、まだ自分が名乗っていなかった事に気付く。
「あ、ごめんなさい!……私は三葉。宮水、三葉です!」
慌てて、私は自己紹介をする。私の名前を聞いて、彼は安心した表情になり、考え込んでいるようだった。
(な、何もおかしなところはないよね!?髪が、跳ねとるとか……!)
私は、何時の間にか流していた涙を拭いながら、何か変なところがないか不安になる。こういう日に限って、さっと身支度を済ませて家を出てしまったのだ。こんな事があるんなら、もっとちゃんとしておけば……!
そんな矢先、プルルっと、スマフォの音が鳴り渡った。
「や、やべっ!!会社からだっ!!」
宮水さんと会って、その名前を反芻していた矢先、かかってきた電話の主を確認して俺は真っ青になる。彼女の事を見つけて、こうして探し回って、会社の事をすっかり忘れていた。
「あ……。私も、連絡しないと……!」
そう言って彼女も恐らく会社へ連絡をいれるべく、スマフォを取り出した。……俺も、観念して鳴り続けていたスマフォの通話状態にする。
「も、もしもし……」
「お、やっと出たか……。立花、今何時かわかってるか?」
「は、はい……。9時ちょっと前、ですよね……」
会社の指導員でもある先輩からの電話に、俺はそう答える。……スマフォをとった際に時間を見たが、とっくに新入社員が出勤していなければならない時間は過ぎていたのはわかった。実際にスマフォが鳴るまで、会社に向かう事すら忘れていたんだ……。
「……そうか、わかっているのか。念の為に聞くが……、寝坊か?」
「い、いえ……。違います……」
確かに今日は、何時もより遅めに起きてしまったが、あのまま電車に乗っていれば、何時もより少し遅れるくらいで済んだだろう。だから回答としては間違っていないかもしれない。しかし……、
「ん?じゃあもう外には出ているのか。じゃあ今何処にいる?いつもは30分前に出社してるのに今日はどうした?何かあったのか?」
「え、ええ。じ、実は、その……」
ど、ど、どうすればいい!?何て答えれば!?まさか、正直に女性を探してましたなんて言える訳もないし……!俺はパニックになってしどろもどろになる中、もう自分の会社には伝え終わったのであろう、その様子を伺っていた彼女が、
「……ちょっと貸して!」
「え、ええ!?」
「いいから!私にまかせて!」
半ば強引に迫ってくる宮水さんに促されるまま、俺はスマフォを渡してしまう。
「……もしもし、わたくし、宮水三葉と申します。実は、今日体調が悪くて、辛そうにしていた私を見かねて、彼が助けて下さいまして……」
そう言って先輩に説明していく宮水さんを俺はぽかんとして眺めていた。話が終わったのか、再びスマフォを返してくる宮水さんから慌てて受け取り、
「おー、立花。お前、人助けしてたのか。なら、そうとはっきり言えばいいだろ」
「い、いえ、まあ……」
「ただ、そういう時はまず連絡してこい。そういった事情があるのにほおっておいて会社に来いとは言わないさ。お前、今日はちゃんとその宮水さんに付き添ってからまた連絡してこい。主任にはそう伝えておくから」
…………すげえ、話が纏まってしまった……。彼女は俺の視線に気付き、ニコッと微笑みながら、
「フフッ、立花くんはまだ、新入社員なのかな?」
「え?ああ……、そう、です……」
反射的にそう応えながら、今言われた言葉を頭の中で反芻する。宮水さんは……、どうやら社会人経験は長いと思う。先程のやり取りから考えても、少なくとも俺のような新人というような雰囲気はない。となると……、俺より年上、って事になるのか……?それよりも、今俺を名前で……!恥ずかしいやら何やらで、頭の中がごっちゃになる。そもそも、彼女の方が年上って事に、違和感もある。彼女の雰囲気や佇まいから考えたら、普通だと思うのだが、なんかこう……、彼女とは同年代のような……?
「そう、構えんでええよ。まあ、私にも後輩の子がいるから、気持ちもわからなくもないけどね」
クスクス笑いながら、そう言ってくる宮水さんに笑顔に、俺は真っ赤になる。何とか、お礼は言わないと……!
「すみません……、何か、助けて貰っちゃって……」
「気にせんでええって。それに、さっき言った事も嘘って訳やないんやから」
「え?」
ということは……、本当に体調が悪いのか……?途端に心配そうに彼女を見つめる俺に対し、
「ううん、別に身体は何ともないよ。でも、こんな事言ったら変に思うかもしれないけど……、私、今まで何処か心に穴が空いてしまったかのように感じてたんやよ……。特に、今日みたいに『夢』を見た日なんか、特に辛くてね……」
「そ、それって……」
その話を聞いて、俺は驚いてしまう。それは、俺にも当てはまる事だったからだ。
「……私は今まで何かを、誰かをずっと探していた……。それが何なのか、わからなかったけど……」
「ッ!宮水、さん……!」
また彼女の涙が頬を伝っている事に気付く。……自分が泣かせてしまったような罪悪感に襲われ、慌ててハンカチを取り出そうとする俺をやんわりと彼女に止められる。再び彼女の顔を見て、俺はなんとなくわかった気がした。
「……いいんやよ。これはきっと……、嬉し涙やから……」
涙を零れるままにしながら、彼女は笑っていた。それを見て、俺も自然と笑みを浮かべる。もしかしたら、また泣いているのかもしれない。でも、それでも構わない。やっと心が、誰かをずっと探し続けていた想いが、自分自身に追いついたような気がしていたから。もしかしたら、彼女もそうなのかもしれない……。
そうやって、暫く時間を忘れて、お互いに笑いあっていた。
「……宮水先輩……?」
「…………え?」
誰かに名前を呼ばれてハッと我に返る。気が付くと後輩であるみずきちゃんが上目遣いで私を心配そうに見ていた。
「あ……、ごめんね。何の話をしてたっけ、みずきちゃん?」
いけないいけない。つい今朝の出来事に思いをつのらせていたから、上の空で聞いていたみたいだ。改めて彼女に笑いかけると、みずきちゃんはおずおずといった感じで口を開く。
「……大丈夫ですか、宮水先輩?今日も遅れて来られていたようですし、体調が悪いんじゃ……」
「えっ!?ああ、身体は大丈夫だよ?今日だってフレックスを使って出社時間を遅らせただけだし……」
「でも、三葉がフレックスを使ってるところなんて初めて見たけどね……。本当に大丈夫なの?」
そこに一緒に明るい茶色の髪を三つ編みにした女性、一緒に休憩をしていた同僚の河合奈津実が会話に加わる。……私、どうして皆にそろって心配されてるのだろう。確かに今まで遅刻、早退はおろか、欠勤もした事がなかったから、今日のように途中から出社するという事はなかったけれど……。
「別にいつも通りだと、思うんだけど……」
「……先輩、今日はずっと上の空ですし、いつもとは明らかに違いますけど……」
そう言って遠慮がちにこちらを伺うみずきちゃんに、私は心配させちゃったかと申し訳なく思う。彼に、立花瀧くんに出逢ってから、私は少し浮かれていたのかな……?結局、あの後で連絡先を交換し合ってお互い会社へ向かう事となった。正直な話、もう少し一緒にいたかったけれど、流石に会社を休む訳にはいかない。だから、今日会社が終わった後で、会う約束をしたのだ。……もしかしたら、少しどころか、時間があったらスマフォに目を落としていたのかも……。
「……結構心配してたんだよ?まぁ、始業時間ぎりぎりで連絡がきたから、一先ず皆安心したけれど……。三葉、今までそんな事もなかったし、何かあったんじゃないのかって……」
言いながら奈津実は徐に私の額に手を当てる。
「……別に、熱もないと思うよ?」
「みたいだね。でも三葉、何かあったでしょ?さっきからスマフォを見ては溜息ついてみたり、今度は笑ったりしてるし……」
……うん、ちょっと、いやかなり引き締めた方がいいかもしれない。流石に、彼の連絡先を見ながら一喜一憂していたなんて言えないし……。そう思い、スマフォを仕舞おうとした矢先、新着のメッセージがくる。
(あ……!)
反射的にメッセージを見てみると、そこには待ち望んだ彼からのものであった。思わず顔を綻ばせながら、そのメッセージを読んでみると、
『宮水さん
今日仕事、何時くらいに終わりますか?俺はなんとか早めにあがれそうなので、よかったら何処かで会えませんか?』
私自身、できれば今日中にまた会いたいと思っていたから、その嬉しい誘いに私はすぐに了承のメッセージを返す。彼は新入社員と聞いていたので、遅れて出社した分、今日は難しいかなと思っていたけれど……。
(フフッ、楽しみにしてるからね)
そうやってしばらくスマフォを見ていた私。だから奈津実たちがいた事に完全に失念してしまっていた。
「河合先輩……、また宮水先輩が……」
「……これは、後で聞かせて貰わないといけないかもね……」
瀬名波先輩にも伝えておかなきゃ、そんな言葉も聞こえたような気がする。でも私には彼から送られてきた、今日の待ち合わせ場所にしか頭に入っていなかったんだけど……。
……後日、彼女たちから質問攻めに会うことを、今日の私はまだ知らなかった……。
「すみません!!遅れましたッ!!」
待ち合わせをしていた店に入り、彼女の前に来るやいなや、開口一番でそう言って頭を下げる。
「お、おおげさだなぁ。大丈夫だよ、私も今来たとこだし」
いきなり俺に頭を下げられて少し驚いていたが、待たせてしまった相手である宮水さんは苦笑しながら席に着くよう促してくれた。そこで改めて彼女を見るも、やはり結構待たせてしまったのではないかと不安になる。約束していた時間から既に30分は経っているのだ。一応遅れる旨は伝えてはいたものの、もしかしたら1時間くらい待たせてしまったのでは……。
「それに……、遅れた理由って今日の遅刻に関係しているんでしょ?それだったら別に君がどうこうって訳じゃないんだから……」
そんな風に言ってくれる宮水さんに温かい気持ちになっていく。しかし、遅刻は遅刻、ましてや相手は俺が今一番知りたいと思う女性なのだ。最初から躓いてしまった俺としては、なんとか挽回したかった。
「それでも……じ、じゃあせめて今日の分は俺に払わせて下さい!!」
「瀧く……、ごめんね、立花くんは新入社員なんでしょ?いいよ、気持ちだけ受けとっておくから……」
困ったように言う宮水さん。だけど、そのまま彼女に甘えてしまう訳にもいかない。
「それならデザートだけでもご馳走させて下さい!この店のデザートはどれも美味しいらしいので……、パンケーキとかどうですか?」
「パンケーキ!?」
パンケーキという単語に反応を示す宮水さん。すぐハッとしたかのように赤くなる彼女を見て、可愛いと思いながら俺は続ける。
「はい、ここのパンケーキは女性にも人気があるみたいです。中学の頃からの友人たちと来た時も勧めてたんで……」
高校の時に司たちと何度か来た際に、ここのパンケーキはなかなか美味しいと聞いた気がする。……あいつら曰く、俺が注文したのを分けてもらったとの事らしいが、その時の記憶がまるで無いのは気になる点ではあるが……。まぁ彼女は心を動かされているみたいだし良しとしておこう。
「……わかった、じゃあデザートだけ、ご馳走になるね」
申し訳なさそうにそう言うと、楽しそうにメニューを見ている宮水さんに、先程と同じく温かいものを感じると同時に、ふと懐かしいような感覚に襲われる。
(……なんだ……?俺……、この感覚、何処かで……)
思い出せそうで思い出せない、何処かもどかしい感覚。だけど、嫌な感覚じゃない。むしろ……、
「うーん、どれも美味しそうやねぇ……」
そんな時に聞こえてきた彼女の言葉に現実に戻される。いけないいけない、今は宮水さんと一緒だったんだ。そう思い直し、俺は彼女に気になった事を聞いてみる。
「宮水さんってあまりこういう所には来ないんですか?」
「んー……、会社の同僚や友人とたまに来るくらいかな……?それにパンケーキって値も張るし、仕事の昼休憩に来た時なんかには頼めないし……。でも立花くん、よくこんなお洒落なお店知ってたね?」
「実は、高校の時くらいから友達とこういう店によく来てたんですよ。なんというか、俺やその友達が建築関係に興味があって……、天井の木組みだとか、内装に手間がかかってるなとか、そういうのを見てまわって、あ……、すみません、つまらないですよね?」
やばい、なんか俺の事ばかり話してしまった……。焦りながら弁明する俺を宮水さんは優しげな表情でふるふると首を振る。
「ううん、そういうのすごくいいと思うよ。そうなんだ、立花くんは内装に興味があるんだ」
「え、ええ。おかげで仕事もそちらの関係に就く事できまして……」
そんな風に言ってくれる宮水さんに俺はドキッとする。なんかこのカンジ……、いいな……。あれは高校の時だったか、奥寺先輩と何故かデートする事になった時は、会話が続かず居心地が悪かったけれど……。
「じ、じゃあ注文しちゃいましょうか。宮水さん、決まりました?」
「あ、ゴメン。もうちょっと待って~」
そう言って再びメニューと格闘する彼女に苦笑しながらも、温かい気持ちで眺めているのだった。
「ん~、おいしい~!」
久しぶりに食べるマカロンのパンケーキは本当に美味しかった。東京に移り、大学に入学してすぐの頃、幼馴染であるサヤちんやテッシーと何度かこういうお店に来た事はあったけど、正直こういったデザートを注文した事は数える程しかなかったし……。少なくとも私たちが東京に来られているというのも、お父さん達が支援してくれていたからだったので、あまり無駄遣いする事は憚れた。
「喜んで貰えたようで……。でも、本当に美味しそうで良かったです」
私の様子を眺めながら、優しげな様子で見ていた瀧くんはそう呟く。
「あれ?君は食べた事なかったの?」
「ええ、俺自身は……」
そうなんだ、てっきり瀧くんが食べた事あって勧めていたのかと思ったけど……。それならと私は、
「じゃあ瀧くんも食べてみないよ。ほら!」
自分の食べていたパンケーキを取り分けると、それを瀧くんに……、
「えッ!?」
「はい、あーん」
真っ赤になった瀧くんを可愛いと思いながら、彼の口元にケーキを運ぶ。
「ちょっ!?宮水さん!?」
「本当に美味しいんやから、遠慮せんと!」
彼も観念したのか漸く口を開いたところに、そこにケーキを放り込んだ。黙々とそれを口にし、やがて、
「…………美味い」
「でしょ!まだまだあるから、瀧くんも食べないよ!」
「あっ!俺はこれで大丈夫ですから!」
「えー……、そう言わんと……っ!?」
ここまで言って、初めて今私がしていた事に気が付く。そう、俗に言う「あーん」という奴だ。主に恋人同士が行なう事だと記憶しているけれど……、まさか自分がする事になるとは思わなかった。それも……、今日会ったばかりの男性に対して……!
「ご、ごめんなさい……、私、何を……!」
「あ……、い、いえ、嫌だった訳じゃありません!俺、こういった経験が無かったんで……。恥ずかしかったのは事実ですが……」
「ん……?瀧く……、コホンッ、立花くんは今まで彼女とかいなかったの?」
彼の言葉を受け、私は気になった事を聞いてみる。
「ええ……、女性の知人はいますけど、彼女は今までいた事がなかったんで……」
「そうなんだ……」
瀧くんに今まで彼女がいなかったというのは意外だったけど……、それを聞いて不謹慎ながら、少し嬉しく思ったのは内緒だ。
「……こんな事やっておいてアレなんだけど……、私も今までいなかったんだ」
「ええ!?宮水さんが……!?」
「あ、といっても別にモテなかった訳やないよ!?そう、作らなかっただけなんやから!!」
「そ、それを言ったら俺もですよ!?俺も作らなかっただけで……」
お互いそこまで言って、プッと吹きだす。何か前にもこんな事があったような、妙に懐かしいような感じがした。そんな訳ないのにね……。
「フフ……、ゴメンね。でも……私、本当に吃驚したんだ。電車で、君を見て……」
今まで誰かをひとりを、ひとりだけを探している。それは漠然と私の中にある使命感にも似た想いだった。いつからそんな想いに取り付かれたのかはわからないけれど、でもずっと私の中にあった想い……。
「……会った時に言ったかもしれないけど、私は今まで何かを、誰かをずっと探していたの……。それで君を見た時、どうしてかは説明できないんだけど、居ても立ってもいられなくなっちゃって……」
それで電車を降りて、君を探し始めたんだ……、そう続ける私。今思えば、彼も電車を下車してくれなければ会える筈もなかったのに、どうしてかあの時は彼も私を探してくれている……。そんな確信に近い思いもあった。
そうだったんですか……、そう瀧くんが呟くと真面目な顔で続ける……。
「……俺も、何時からかずっと誰かを探しているような感覚に襲われるようになりました……。友人たちも、そんな俺を見て随分心配させたとも思っています……」
瀧くんも……、やっぱり……。
「俺も……、探していたのは……貴女だったんだと思います。だから貴女を見つけた時……、本当に驚いた。会社に行く事も忘れて、気が付いたら電車を降りていましたから……」
「……もしかしたら……、私たち、何処かで会っていたのかもしれないね……。覚えていないだけで……」
「そう……かもしれません……」
私たちが出会ったのは、本当に運命なのかもしれない……。そう言えば、お祖母ちゃんはよく言ってったっけ……。たしか……、『ムスビ』って……。
(三葉、それもまたムスビなんやよ。今はそのムスビは途切れてしまったのかもしれん。じゃが、また繋がる事もある。お前と、……相手との間にはムスビが生まれとるのやから)
何時だったか、お祖母ちゃんが言った事がふっと脳裏によぎる。……うん、そうかもしれない……。
「あ……、それとひとつだけ……」
そう前置きして、私はさっきから気になっていた事を伝えることにする。
「私の事は三葉でいいよ。それに敬語も禁止。なんか調子狂っちゃうし……、私も君の事は瀧くんって呼ぶから」
「……既に何度かそう言ってましたもんね……。その度にちょっとドキッとしましたけど」
「!?そ……そうやっけ……!?あ……」
思わず漏れた方言に気付き、少し恥ずかしくなる。今では家族や幼馴染の前以外ではあまり使わなくなっていたのに……。
「……じゃあ俺も……、出来れば、素のままでいてくれないかな……?三葉……さんが素のままでいてくれた方が……、俺も嬉しいっていうか……」
そう言って頭をかく彼に、私はクスリと笑う。
「さん、もいらないのに……。でも……、そうだね、わかった」
どうせ先程から彼の前では度々漏れていたようだしね、そう思いながら私は決める。
「これからは……、瀧くんの前では……、素でいるでね」
「あ……もうこんな時間……」
食事も終わり、色々とお互いの事を話していたら、もう結構いい時間になってしまっていた。本当に楽しい時間ほど、時が経つのはあっという間だな、と私はひとりごちる。
「ごめん、話し込んじゃったな……」
「ええよ、私も、楽しかったし」
本当はもっと一緒にいたかったけど、流石にこれ以上一緒にいたら終電が無くなってしまう。
「もう遅いし……、送っていくよ」
「えっ……、でもそうしたら瀧くんが……」
帰れなくなってしまう、そう続けようとしたものの、
「俺はその後、適当にタクシーでも拾って帰るから大丈夫だ。流石にこんな時間に1人で帰らせる訳にはいかないしな……」
そんな事したら友人からぶっ飛ばされちまう、そう呟いて彼は立ち上がり、会計に向かう。
「あ、待って……、私も……」
「今日くらいは俺が出すよ……。誘ったのも俺だし」
「あ……」
そう言ってそのまま瀧くんは会計をすましてしまう。そして……、
「さ、行こうか」
眩しくなる様な笑顔で、私を促してきた。
「ありがとう……、送って貰っちゃって……」
「いやいや、俺の方こそ悪かった。こんな時間まで……」
「それは言いっこ無しだよ。でも……本当によかったの……?」
結局、私の住んでいるアパートの前まで送って貰ってしまった事に、申し訳なく思いながら尋ねてみると、
「ああ、いいって……。さっきも言ったろ、女性を1人で帰らせたなんて知られたら、高木あたりからぶん殴られちゃうって……」
瀧くんの話に出てきた友人の名前を挙げながら、そう言う彼に私は感謝の念で胸が熱くなる。
「……でも、ありがとう。とても、楽しかった……」
「俺もさ。……ああ、それと……」
すると、瀧くんはちょっと緊張したように一呼吸おいて、改めて私に向き直る。真正面から対峙して真剣な顔をしている彼に、私もドキドキして瀧くんの言葉を待っていると、
「……これからも……時々こうやって会ってくれないか……?」
そんな事を言い出す瀧くんに私は目をしばたたかせる。
「え……?私も、そのつもりやったんやけど……?」
今更何を言い出すのか……、だから顔写真やSNS等の連絡先も交換したと言うのに……。若干肩透かしを食らったような思いで彼を見る。
「あー……、そうじゃなくて……んー……」
「……?」
訝しむ私に瀧くんは顔を赤くしながら、やがて搾り出すように口を開く。
「……正式に……、俺と付き合って貰えませんか……?」
「…………え……!?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。やがてその言葉の意味を理解して……、私の顔も彼と同じように真っ赤になる。
「ど……どうだろう……?」
彼は少し不安そうにしているのに気付き、私は慌てて応えた。
「あ……う、うん!私でよかったら……喜んで……!」
「……よかった……、断られるって思ったよ……」
「そんなこと……!」
少なくともそんな気は私には無かった。そもそもそうでなければ、男性と2人で会ったりなんてしないし……。でもまさか告白されるとも思っていなかったのも事実。
「……なんとなく、はっきりさせときたかったんだ……。俺、三葉の事、もっと知りたいし……、だったらその事を曖昧なままにしておくのは……、三葉にも失礼かなって思ってさ……」
「瀧くん……」
彼の誠実な想いを聞き、愛しさを覚えながら私も続ける。
「うん……、私も……、もっと瀧くんの事が知りたい……」
「三葉……」
私がそう言うと、瀧くんは私を抱き締めてくれた。男性に抱き締められたのは初めての事だったけど、ちっとも嫌な感じはしなかった。それどころか……、
(とても……温かい……)
身体だけでなく、心が温まってくるのがわかる。私の心に今までぽっかりと空いた穴……。それが今、パズルのピースのようピッタリとはまったように私は感じる。
トクントクンという瀧くんの胸の鼓動を感じながら、これからはじまるであろう彼との未来に、私は静かに思いを馳せていった……。
今日中には、前回出来なかったこの話までの3点リーダーや、ダッシュ、表現のおかしな点を訂正する予定です。
もし、誤字脱字等ありましたら、お知らせ頂ければ有難いです。