君の、名前は・・・?   作:時斗

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また時間が空いてしまいました。第8話になります。
本当は、円盤が発売される前に投稿したかったのですが……
でも、これで漸く長かったプロローグが終わりました……


第8話

『……もう、時間みたいだ……』

 

 ッ!イヤッ、行かないで……!!

 

『…ゴメン…いつも、お前を……』

 

 謝らんでよ!!謝るくらいなら、ずっと、私の傍に……っ!!それなのに、『彼』は私から離れて行ってしまう……。待ってよ!お願い!!私を、一人にしないでっ……!!遠ざかるその背中へ縋りつくように必死に手を伸ばしながら彼の名前を叫ぶ……。

 

 

 

 

 

「あ……!」

 

 パチッと目をあけると、見知った天井が飛び込んでくる。プルルっというスマフォのアラームが鳴り響いている事に気付くと、段々意識が覚醒していくのがわかった。

 

「…………朝、か……」

 

 目を擦ってみると、手に僅かに水滴がついた。そこではじめて、私は泣いていた事に気付く。朝、目が覚めると泣いている。こういう事が私には時々ある。またか、と私は溜息をつきながら傍にあった砂時計を反転させる。さらさらと青い砂が落ちていくのを横目に見ながら、私はベッドから立ち上がると朝の支度を始める。顔を洗い、着替えを済ませ、朝食をとり、組紐を結う。そして既に落ちきった砂時計を見る。それはさながら朝のルーティンワークを思わせる一連の流れを終えると、ちょうど時間になったようだ。

 

「……会社に行かなきゃ」

 

 

 

 

 

「宮水さん、これ、頼むよ」

「はい、わかりました」

 

 上司から書類を渡され、私は自分のデスクへ戻る。大学を卒業し服飾系の会社に就職して3年。忙しいながらも漸く仕事に慣れてきていた。憧れていた東京での生活。色々大変な事もあるけれど、毎日とても充実している。だけど……、

 

「三葉、ごめん。課長から資料運ぶの頼まれたんだけど、手伝ってくれないかな……?」

「うん、いいよ」

 

 ある程度作業が一段落したところに同僚から頼まれ、二つ返事で引き受ける。困った時はお互い様だしね。そう独りごちながら私は彼女を手伝う為、席を立ち上がった。

 

 

 

 

 

「ありがとう!本当に助かるよ、三葉」

「いいっていいって!私も普段助けて貰っとるし」

 

 資料室から持ってきた大量の書類を2人で分けて運んでいる最中、そんな軽口を叩きあう。彼女とは入社してからの付き合いで、休憩時間やお昼は彼女や他の女性社員と一緒にとっている事が多い。

 

「全く課長ったら、こんなにたくさんの書類、1人で持てる訳ないでしょうに……。なんか私に対していつも厳しいような気がするんだけど……」

「あはは……。まあ、それだけ奈津実が期待されとるって事でしょ」

 

 そうかなぁ…と隣で呟いている彼女を宥めながら歩いていた時、余所見をしていたせいか、私はなにかに躓き一気に姿勢を崩してしまう。

 

「きゃっ!」

「三葉!?」

 

 バサバサッと持っていた資料を落としてしまう。幸い少し躓いてしまっただけで、怪我とかはしていないようだ。

 

「大丈夫、三葉……?」

「うん……、大丈夫みたい。ごめんね……」

 

 心配そうに覗き込んできた彼女にそう答えると、私は落としてしまった書類を拾おうとした時、

 

「宮水さん、大丈夫かい?」

「えっ……?ああ、金森さん……」

 

 声を掛けられてそちらを見ると、先輩社員である男性が駆け寄ってくるのがわかった。

 

「立てるかい?足を挫いてるんじゃないのかい?」

 

 そう言って私に手を差し出してくる。……というよりも立たせる為か、私の肩に手を回してこようとしてきた。

 

「……大丈夫ですから」

 

 やんわりと触れられるのを拒み、牽制する意味も含めて、私はその手を借りずに立ち上がる。それを見て少し目を見開くも、すぐに笑みを浮かべながら話しかけてくる。

 

「つれないなぁ。ま、宮水さんらしいといえばらしいけど」

「あの……、私に何か……?」

「何って、怪我とかしていないか心配だからさ……」

「……私は本当に、大丈夫ですから」

 

 内心溜息をつきながら対応する。…正直、この人は苦手だ。会社で私は基本的に男性に対して明確に距離をとっているというのに、関係なく私に近づいてくる……。少し強めに拒絶してもいいかもしれないけれど……。

 

「あの金森さん、すみませんが私たち、課長から急ぎの仕事頼まれているので……」

「……ああ、そうなんだ。それは引き止めて悪かったね」

 

 どうしたものかと思っていた矢先、同僚が助け舟出してくれた。こう切り出されては流石に引き下がらざるを得なくなったのだろう、肩をすくめながら漸く私から離れる。

 

「じゃあまた、宮水さん」

「……ええ」

 

 私が落とした書類を拾い、それを渡してきながらそう言うと、そのまま歩き去っていった。……やっと行ってくれた。あの人が見えなくなり、私はやっと一息つく。

 

「災難だったね、三葉。あの人しつこいから……」

「……ホントに。有難う、奈津実」

 

 彼女にお礼を言い、また誰かに話しかけられる前に戻る事にする。資料を彼女へ渡し、自分の席についたその時、ふと私のスマフォが鳴った。

 

(……知らん番号……?誰やろ……)

 

 まぁ、出てみたらわかるか。不思議に思いながらもスマフォをとり、通話ボタンを押した。

 

「はい、もしもし……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ビックリしたよ~。知らない番号で誰かと思ったらテッシーだったなんて」

 

 私たちの事を報告する為に呼び出した三葉の第一声がそれだった。

 

「いつもの奴が修理中でな……。仕事の携帯でかけてまってスマンかったな。だけどな三葉、俺や言った瞬間、『なんやテッシーか~』はないやろ!?」

「え~、でもテッシーはテッシーやしな~」

「……俺の事をなんやと思っとるんや……」

 

 相変わらずの2人のやり取りにクスクス笑う反面、知らん電話に出るんかこの子は…と少し思ってたりもする私に三葉は満面の笑みを浮かべて話し掛けてくる。

 

「でも久しぶりやな~、サヤちん!」

「三葉も~!ここんとこ忙しかったしね!」

「おいおい……、俺は!?」

 

 除け者にされたと思ったのか克彦がつっこんでくる。しかし残念ながら三葉からは流されてしまうようだ。

 

「今日は何やら報告があるって言うから、折角やし美味しいお店予約しといたんやよ!」

「まじで!?嬉しい~!ありがと~、三葉!」

「俺は!?」

 

 諦めない、克彦……。それがアンタの運命やよ……。

 

 

 

 

 

「うわっ、なんやこれ!めっちゃおいしい!」

「こりゃなんや!?」

 

 三葉が予約してくれたイタリア料理のお店で料理を口にしたとたんの感想。なにこれ!?舌平目のかるぱっちょやらムースやら、何やら呪文のような文字が飛び交っているようだけど、ホントにめっちゃおいしい!!

 

「こっち来てからもイタリアンなんて食べた事もなかったしな……。まさに未知との遭遇やわ」

 

 克彦も随分お気に召したようだ。あとで作ってくれなんて言い出さなきゃいいんだけど……。それにしても三葉、こんなお店知ってたなんて……。えーと、『IL GIARDINO DELLE PAROLE』?これまた何かの呪文みたいなお店だけど……。

 

「それにしても三葉、よくこんなお洒落なところ知っとったね?大学ん時も一緒に来た事なかったやろ?会社とかで来たん?」

「ううん、ここはね……、四葉から紹介されたお店なんよ。親友の子が働いてるって言っとってね。何度か来た事があるんやよ」

「へぇ~、四葉ちゃんがなぁ……」

 

 四葉ちゃんもすっかり東京には慣れたみたいやなぁ。といってもあれからもう8年も経ってるんだから当たり前といえば当たり前だけどね。

 ――8年前、私たちの故郷、今は無き糸守町を襲った悲劇。彗星が落下してもうそんな年数が経つ。あの時は、本当に大変だった。住人が散り散りに非難して、私は三葉やテッシーと一緒に東京へ行く事になって…。あんなに東京へ憧れていたけど、はじめの年は受験勉強やら何やらであんまり印象的な記憶が無い。無事大学に合格して三葉と一緒に通う事になったけど、最初は克彦との事とかで正直どうなるかわからなかったし……。……まぁ彼とはその時から付き合う事になったのだけど。大学卒業後も東京で就職して、克彦とは同棲する事になって。それで先日、正式に彼からプロポーズされて、ついに結婚する運びとなった訳だ。

 

「ふふっ、でもやっぱ2人仲よかったんやな!嬉しいわぁ、結婚おめでとう!」

「ありがと、三葉!でも大変やったんやよ、こちらさんが泣くもんやから仕方なくなぁ…」

「は?何言うか、お前がなぁ…」

「はいはい、勝手に言いない」

 

 全く、素直じゃないなぁ。ま、プロポーズされて泣いていたのは私だったような気もするけど、それは黙っておく。そんな私たちのやり取りをニコニコしながら見守ってくれてる三葉に感謝しながら、気になった事を聞いてみる。

 

「そういえば、三葉はまだいい人はおらんの?職場の人たち、みんなかっこいい人ばっかりやし、三葉なら選びたい放題やない?」

「おい、早耶香……!」

「……そうやね。みんないい人達やとは思うけど……」

 

 私には勿体無いかな、なんて困ったように言う三葉に、私はいつか克彦が言っていた事を思い出す。

 

『――多分やけど、三葉にはもう心に決めた奴がおる』

 

 あの時は何言っているんだこの男は、なんて思ったりしたもんだったけど…。大学の時から三葉がたまに自分の右手を見て寂しそうにしているのを私は見ていた。だから……、

 

「……まだ、見つからんの?探している、その人は?」

「え?……うーん、どうやろな…。どこかにそんな人おったらいいなって思うけど……」

 

 そう言って三葉は自分の右手を眺める。まるで、大学時代の時と同じように……。

 

「……なぁ三葉、今度式場の本、一緒に見てくれん?テッシー全然参考にならんくって……」

「…………お前なぁ」

「あはは、いいよ、サヤちん。一緒に探そ!」

 

 申し訳なくなった私は、話題を変えると、三葉もそれに乗ってくれた。そして話が弾み……、

 

「じゃあ式決まったら、また連絡するでね」

「うん、じゃあまた!」

 

 2人のお祝いやから、ここは私が出すでね、と三葉は私たちの分も支払いを済ませ、また式の日程が決まったら連絡するという事で、彼女と別れる。三葉が見えなくなったところで、私はポツリと呟いた。

 

「……三葉も、大変やなぁ」

 

 何が、とはあえて言わない。隣にいる克彦もわかっているだろう。

 

「……まだ、引きずっとるんやろ。俺からすれば、もう少し好きに生きてもええと思っとるがな……」

 

 もうあれから8年。私たちも社会人になり、お互い東京での忙しい生活を送っている。私には克彦がいて、その薬指には、先日彼より貰った指輪が静かに輝いている。

 

(三葉も、いつか、ちゃんと幸せになれますように……)

 

 心の中で、私は祈る事しか出来ない。いつか、ちゃんと彼女の前にも素敵な男性が現れてくれる事を信じて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度またブライダルフェアに行くって……。サヤちん……」

 

 先日、彼女たちに会った時からまた季節が変わり、もう12月になった。先程まで降り続いていた雨は、いつの間にか雪に変わっており、冬の訪れを感じさせてくれる寒さにコートを着ていても辛いものがある。赤いマフラーに半分顔を埋めているものの、自分の吐く息は白い。早く家に帰ろう、そう思った矢先に送られてきたメッセージを見て思わずそう呟いた。

 

(……長年好きやったテッシーと一緒になる、一生に一度の機会やし、大切にしたいんはわかるけど……)

 

 ただ今送られてきたメッセージによると、彼女は神前式にも興味を持っているようだ。この間まではチャペルが夢って言ってなかったっけ…。恐らくはうんざりしているであろうテッシーに少し同情する。

 

「まぁ、テッシーなら大丈夫やろうけど」

 

 彼は何だかんだ言いながらも、サヤちんに付き合うだろう。誠実な性格の彼ならば。彼女に相応しい、本当に素敵な男性なのだ。

 

(私にもいつか、テッシーのような素敵な人が出来るんかな……)

 

 幸せそうな2人を見てきて、ふとそんな思いを抱く。だけど、現実はいい人が出来るどころか、むしろ男の人を避けているといった方がいいかもしれない。サヤちんが言っていたように、私は無意識で『誰か』を探し続けているのだろうか……。今となっては本当に『誰か』なんていたんだろうかとも思ってしまう。私はかつて、誰を探していたんだろう……。

 だから、考え事をしていた私には気付けなかった。さっきすれ違った人が、私を見ていた事に…。

 

(――ッ、今のは……?)

 

 歩いていた歩道橋の中間くらいですれ違った、先程の男性を見る。持っていないのか、傘もささずに歩いていくスーツ姿の男性。その後姿に何かしらの秘密が隠されているような気がする……。それも……、致命的な何かが……。

 

「気のせい、よね……」

 

 確かめたい気持ちがあるものの、諦めて歩き始める。何時もの癖だろう、知らないうちに泣いている自分をそう納得させて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宮水さん!お、俺と付き合って下さい!!」

 

 他に誰も居ない教室に同級生から告白され、内心私はまたか、と心の中で溜息を付く。大学受験も大方終わり、高校もあと1ヶ月程で卒業というこの時期。私は友人に呼び出されて高校に来て見ればこれである。

 

「ごめんなさい。気持ちはとても嬉しいけど、今は誰ともお付き合いするつもりはないんです」

 

 相手がなるべく傷つかないよう言葉を選びながら、私は用意していた断りの言葉を口にする。…正直、これが何回目かも数えていない。

 

「そ、そうですか。じゃあせめて友達から……」

「……ごめんなさい。気持ちを持たせるような事はしたくないので…」

「そ、そう……」

 

 彼との関係を完全に拒絶し、私はもう一度ごめんなさい、と頭を下げて教室を後にする。そして人知れずもう一度溜息を付いたところで、

 

「相変わらずモテるね。四葉」

 

 そう言って出てくる彼女に私は答える。

 

「……それは秋穂もやろ」

 

 東京にやって来た時から仲良くなり、今では親友である水谷秋穂。私を学校に呼び出した張本人でもある彼女に少し非難の視線を送る。

 

「それより秋穂、今日私を呼び出したのってさっきの件?」

「うっ……そ、そうじゃないけど…、結果的にはそうなる……のかな……?ゴ、ゴメン、四葉……」

 

 小動物のようにビクッとした後、秋穂の目が泳ぎ始め、やがて観念したかのように謝って来る。その様子を見て再び溜息をつきながら、

 

「ハァ……、もういいよ。まぁ秋穂の事やから断りきれんかったんやろうけど……」

「ち、ちゃんと四葉に用事もあったんだよ?……はい、コレ」

 

 慌てて何かを手渡してくる彼女。何だろう、プレゼントのようだけど…。開けてみると、中にはマフラーが入っていた。

 

「……昨日、完成したんだ。ほら……去年の末に…、四葉には色々迷惑かけたから……」

「これって……、秋穂の手作り?」

「うん……。なかなか上手くいかなかったから、所々解れてるかもしれないけどね……」

 

 確かに良く見てみると、手作り感が見られるけど…、よく出来てると思う。幼い頃より家庭の事情で服飾、裁縫に携わってきた私から見ても、立派な出来だ。

 

「え……、これ、いつから作ってたん?」

「ん……、大学受験が終わってからかな?まあ、気分転換に作っていたというのもあるけど。……で、どうかな?」

 

 どうって……。わずかな時間にコレだけの物を作るのは大変だったと思うけど……。

 

「ありがとう、秋穂。なんか、悪いやさ……」

「組紐のお礼でもあるからいいよ。でも、大事に使ってね」

 

 秋穂はそう言うと、ひかえめに、でも少し誇らしげに胸を張る。この子は……、なんて言ったらいいのか、一言で言うととてもグラマラスな体付きをしていると思う。昔から比較的自分の体系、特に胸が大きくなるかについてはわりとどうでもよかった私だったけど、女性らしさを体現するような秋穂を見ていて少し考えが変わったのかもしれない。彼女がその豊満な胸を迷惑そうにしている時には、少し分けて欲しいと思ってしまったのは内緒だ。

 

(モテるって言ったら、私よりも秋穂の方がモテると思うんやけどね……。ナイスバディやし……)

 

 実際、彼女は親友の贔屓目を除いても容姿端麗というだけでなく、性格もいい。私が男だったら、真っ先に彼女に告白してるんじゃないかと思ったりもする。ただ秋穂の場合、高1の時より本命がちゃんといて、告白されてはそれを理由に断って今は大分落ち着いたようだった。

 

「で、どうなの秋穂。その後は」

「え……、その後……?」

「ほら、慰めてくれた先輩と受験が終わったら何処か遊びに行くって言ってなかった?」

 

 そう言うと彼女の顔がサッと赤くなる。本当に初心な娘だ。昨年ずっと好きだったという先輩に振られたって聞いた時は、秋穂を振るという事自体信じられなくて、一度その振ったという男に物申してやろうと思ったくらいだ。だけれど彼女はそれを望まなかったし、聞けば誠実な対応をしてくれたという事なので矛をおさめたんだけど……。

 

「それに、私にマフラー作ってくれたって事は、その先輩にも作ったんやないの~?確か、高木先輩、やっけ?」

「た、高木先輩とは……、うん、今度一緒にお出かけする事になって、その時に……」

「へぇー!初デートや!」

「よ、四葉っ!」

 

 真っ赤な顔して抗議してくる秋穂に、少しからかいすぎたかと反省する。その高木先輩という人に、私は感謝していた。3年越しの恋にどうにか折り合いをつけられたのは、その人のおかげだと私は思っている。秋穂は私にも感謝してるけれど、自分に出来たのは彼女の為にお守り代わりに組紐を作ってあげた事くらいだ。

 

「ゴメンゴメン!このマフラー、大事に使わせてもらうやさ。ま、今度の冬の時期になるんやろうけどね~」

「本当は受験前に渡せればよかったんだけど……ゴメンね?」

「もう、冗談やよ!秋穂は本当に真面目なんやから。さ、もう用件もないんやろ?一緒に帰ろ!」

 

 私にプレゼントを渡すのが彼女の用事だったんなら、もう予定もないだろう。さっきみたいな告白がまだ待ってるとかいうのでなければ。

 

「ん……。この後四葉は用事ある?何処か寄って帰る?」

「あー、ゴメン。今日は予定があるんやよ」

「あ……、もしかして、あの綺麗なお姉さんと会うの?」

 

 たまにお姉ちゃんが私を心配して、食事に誘ってくれる事があるのを知ってる秋穂はそう聞いてくる。

 

「うん……。それに今日はね……、お姉ちゃんだけじゃなくて、お父さんも来るんよ」

 

 

 

 

 

「どうしたん、四葉?あんまり箸が進んでないようやけど……」

「ん……。別に何でもないんよ~」

「そう……?まぁ何でもないんならええけど……」

 

 ファミリーレストランでお姉ちゃんと2人、お父さんを待っている中、問い掛けてきたお姉ちゃんにそう答える。……まさかお姉ちゃんに見とれていたとは言えない。小学生の頃から近くで見てきて、いつか同じ位の歳になったらお姉ちゃんのように美人になれるかなと思っていた。実際、同じ女子高生になって、男の子からもそれなりにモテる位美人になったという自負もあるけれど、正直まだまだお姉ちゃんにはかなわないと思う。

 

「……まあ、おっぱいの大きさもそれなりに欲しいと今は思っとるけど……」

「……何を小声でぼそぼそ言っとるん?本当に大丈夫なん?四葉……」

 

 いけないいけない、声に出ていたみたいだ。気を付けないと…。怪訝そうな様子で私を伺っているお姉ちゃんに再度、何でもないと言って注文していたコーラを啜る。

 

「2人とも、待たせたね……」

 

 そんな時、ちょうど遅れていたお父さんがやって来た。すぐにお姉ちゃんが立ち上がり、お父さんを席へ誘導する。

 

(……少し痩せた、かな?)

 

 席に着いたお父さんを見て、私はそう思った。無くなってしまった糸守町に残り、町の復興を行なっている父を誇りに思うと同時に申し訳なくも感じている。

 

「四葉、卒業おめでとう。4月からは大学生だな」

「あ……うん、有難う……」

「これはお祝いだ。大学生活は金が掛かるだろうからな」

 

 そう言って、封筒を私に手渡す。……結構入ってる気がする。

 

「受け取れんよ。私は気持ちだけでええんに!」

「子供が遠慮するな。三葉にだって大学入学の時には渡しとるし、普段お前達の傍にもおれんし、こういう時ぐらいな……」

「そうやよ、四葉。あ、これは私から……、はい」

 

 お姉ちゃんからもラッピングされた箱を差し出される。これも何か高価そう……。

 

「お、お姉ちゃんまで……!本当にいいにんっ!!」

「アンタって普段から遠慮ばっかりなんやから……。こういう時ぐらい貰っときないよ」

 

 微笑みながら返したプレゼントをもう一度手渡される。開けてみるとお洒落な腕時計で、私には勿体無い位、素敵な物だった。

 

「あ、有難う、お姉ちゃん……!大事に、するから!」

「うん、大事に使ってよ!四葉」

 

 

 

 

 

「ところで……、お父さんは最近どうなん?」

 

 ある程度、話が弾んだとき、私はお父さんに気になった事を聞いてみた。お父さんは糸守町の復興の為、今でも向こうに残って頑張っている。

 

「ん……?ああ、まぁ最近は大分落ち着いてきたな。そこまで食い下がってくる輩も少なくなってきとるでな」

 

 それでも未だにいるんだ、まだそんな連中も……。お姉ちゃんとお祖母ちゃん、それに私で東京に出る原因となった事。それはマスコミが私たちの事を嗅ぎまわっていたからだ。一度、避難していた体育館にそんな連中がやってきた時があった。あの時は、お祖母ちゃんが一喝して事なきを得たけれど…。お父さんは復興という目的だけでなく、そういう輩とも戦う為に残ってくれたのだ。

 

「……まあ私の事いい。それより……、どうだ三葉、最近は……?」

 

 そう改まって、お父さんがお姉ちゃんにそう聞いてくる。

 

「ん……、まあ普通、かな……?相変わらず忙しい毎日やけど、慣れてきたっていうか……」

 

 お姉ちゃんが私くらいの頃、ちょうど彗星が私たちの町に落ちてきた頃からは考えられない会話だなと思う。あの頃は2人、いやお祖母ちゃんもかな、とてもこんな風に話せる関係じゃなかった。お父さんは宮水神社から出て行ってしまい、お姉ちゃんやお祖母ちゃんはお父さんの話題自体が禁句であるように扱っていた。何せ防災無線からお父さんの話題が出るたび、そのコンセントを抜くほどには険悪な関係だったのだ。

 

「そうか……。まぁ、身体には気を付けるように……。それで……その何だ、彼氏なんかは、出来たのか……?」

「え?おらんよ。どしたん、急に……」

「そ、そうか。ならいいんだ」

 

 明らかにホッとしたようなお父さんの様子に、私は内心呆れる。結局それが一番聞きたかったんだろうけど、少しデリカシーがないんじゃないの……。

 

「それで、四葉は……ッ!」

 

 私のジト目に気付き、口ごもるお父さん。全くもう……。

 

「……私もおらんよ。まぁ、結構告白とかはされるけど……」

 

 今日も告白されたしね。溜息をつきながらそう言うと、少しお父さんが反応する。

 

「こ、告白か……。ちなみにどんな奴なんだ、そいつは……」

「……ちょっと、お父さん……。安心しない、ちゃんと断っとるんやから……。それに、それ言ったらお姉ちゃんやって同じやよ?」

「なっ……!?そ、そうなのか、三葉!?」

「そうやよねっ、お姉ちゃ……」

 

 動揺しているお父さんを尻目に、お姉ちゃんの方を見て、私は固まる。お姉ちゃんは、肩肘をつきながらどこか遠くを眺めていた。

 

(あ……まただ……)

 

 時々、お姉ちゃんはこんな風にぼんやりと遠くを眺める事が多くなっている。まるで、誰かを探しているかのように……。多分、彗星が落ちたあの時から、お姉ちゃんは……。

 

『私には、確かにいたんよ!!大事な人が!忘れちゃダメな人が!!絶対に、忘れたくなかった人が!!!』

 

 あの日、私は1人になりたいと言っておぼつかない足取りで出て行ったお姉ちゃんが心配で探しに行った時、お祖母ちゃんと話しているお姉ちゃんの姿を見てしまった。普段、どんなに辛い時も涙を見せないお姉ちゃんが、泣いていた。あの時のお姉ちゃんの姿が、どうしても忘れられない……。

 

「三葉……?」

「え……?あ、ごめん。ちょっとボーっとしてて……」

 

 疲れているのかも、そう言ってお姉ちゃんは謝る。……そんな、悲しい顔をせんでよ、お姉ちゃん……。2人が話している中、私はお姉ちゃんの事を考えていた。

 キラキラしてて凄く綺麗なお姉ちゃん。たまにうすぼんやりとアホな事をするお姉ちゃん。風邪引いた時、まるでお母さんのように頼りになるお姉ちゃん。そして…、凄く大切で、大好きなお姉ちゃん……!

 

(私が……、いるよ)

 

 たとえ…、お姉ちゃんが何を忘れて、何を無くしてしまったとしても、私がずっと傍にいるから…。だって、だって私たちは―――

 

(私たちは、コドクではないんだから……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで大丈夫でしょうか、宮水先輩」

 

 呼ばれた声にハッとして振り返る。あれからまた季節が変わり、新年度になって新しくできた後輩の子がおそるおそるといった感じで私に資料を差し出してきていた。彼女に新しい資料を纏めるように頼んでいた事を思い出し、それを受け取るとサッと目を通し確認していく。

 

「……うん、大丈夫だよ。ありがとね、みずきちゃん」

 

 間違いない事を確認しそう伝えると、彼女は安心したように一息つく。

 

「良かったぁ……、また間違えてないかとヒヤヒヤしました……」

「あはは……、そんなに堅くならなくて大丈夫だよ。新人なんだし、わからなくて当然なんだから」

 

 そう言いながらも、私も自分が新人の時にやはり同じように先輩に迷惑をかけてるんじゃないかと、緊張していたのを思い出す。緊張するなって言ったところで、しない方が無理な話だ。

 

「もうこんな時間なんだ……、ちょっと早いけどお昼にしようか、みずきちゃん」

「えっ……、でもまだこんな時間ですよ?あ……、もしかして私を気遣って……。わ、私まだまだ大丈夫ですよ!」

「ダメだよ?自分でも気付かない内に、結構疲れが溜まってるだろうし、休める時にはしっかり休まんと」

 

 きちんと休む事も仕事の内だしね。軽くウインクしながら戸惑う彼女を促すと、何を食べようかと考えを巡らせていった。

 

 

 

 

 

「すみません……、今日もご馳走になってしまって……」

「そんな事、気にしなくていいよ」

 

 食事を終えて、早めに会社に戻り休憩室に入ったところで、馴染みの方々と合流し一緒に他愛のない話をしながら時間を潰している中、改まって彼女がそう告げてくる。真面目な子やなぁ。そのように感じながら彼女に答えていると、

 

「そうそう、みずきちゃんも先輩になった時にご馳走してあげればいいんだし」

 

 同僚である奈津実が私に代わって答えてくれる。

 

「フフッ、そうね。貴女達もそんな感じだったわよ?入社したての時はね……」

 

 そんな中、よく私たちを助けてくれた瀬名波先輩がしみじみといった感じで呟く。そういえば私も新入社員の時は、先輩に随分お世話になったっけ……。

 

「そうやって皆、一人前になっていくのよ。だから、貴女もそうなってくれたら嬉しいな」

「は、はい!私も、早く先輩方のように……!」

 

 優しく諭すように話す先輩に、みずきちゃんも少し興奮気味にそう答える。

 

「宮水先輩には飲み会の時にもお世話になりましたし……。あの時は本当に助かりました……」

「え?ああ、あの時は……」

 

 ……先日、行なわれた新入社員の歓迎会。その席にて彼女に絡んでいた人を嗜めたんだけど、あれは……、

 

「彼氏がいるって言ってもしつこく言い寄ってきたあの人から助けて下さって……」

「……ああ、みずきちゃんに絡んでた……。アイツには注意した方がいいわよ。私たちの同期でもあるんだけど、誰彼構わず、ってところがあるから……」

 

 あまり思い出したくもない同僚の話。会社でも評判は芳しくなく、この人の誘いに乗る女の子はいないんじゃないかな……。それに……、

 

「それに多分あの子、三葉ちゃん目当てだったんじゃない?隣に座ってたみずきちゃんは災難だったかもしれないわね」

 

 先輩の言葉を聞いて、私は申し訳なく思う。実際にあの人から何度か誘われた事があり、その度に断っているというのに……。先輩の言った通り、あの時もみずきちゃんを口実に私も引っ張ろうと考えていたんじゃないかとも思う。だから出来るだけあの人とは関わらないようにしている。

 

「でも……、宮水先輩に彼氏がいないって聞いた時は驚きました……。先輩、とても素敵なのに……」

「この子、社内でも人気あるんだけどね。ただ、三葉自身、男性と距離をとっているところがあるから……」

「別に男性が苦手、というわけではないのでしょうけど……」

 

 みずきちゃんが言った事を皮切りに、いつの間にか私の話になって少々戸惑う。確かに今までテッシー以外の男性と親しくしてきた事はなかったし、宮水神社の巫女として、サヤちんたち以外とはあまり積極的に関わらないようにしてきたというのはあるけど……。実際、今話しに出てきた同僚や苦手な金森先輩以外にも、私に話しかけてくる男性もいたりする。その中には気遣ってくれてたり、優しそうな人もいるのだけど……。しかしながら、どうしてもお付き合いするという気持ちにはなれなかった。

 

「ごめんなさい……、でも、私……」

「ああ、誤解しないで、三葉。別に責めている訳じゃないのよ?」

「三葉ちゃんがいい子っていうのはわかってるしね。……むしろ変な男に引っかからないで貰いたいし……」

 

 申し訳ないと思いながらも、そう言って私を気遣ってくれる奈津実や瀬名波先輩に感謝する。……私が会社で上手くやれてるのは、同僚の奈津実や、先輩方のおかげなのだ。

 

「……有難う御座います、瀬名波先輩……、奈津実……」

「まぁ、何か困った事があったら言いなさい?みずきちゃんも、あまり溜め込まないで。何でも三葉ちゃんや私たちを頼っていいから」

「しつこい男のかわし方とか……、ね?」

 

 その言葉に噴き出す私たち。こうやって支えてくれている先輩や奈津実たちに感じている気持ちを、今度は私からみずきちゃんに。せめてみずきちゃんにもその暖かい気持ちを感じて貰えるように、私はそう気持ちを新たにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この間の飲み会、楽しかったですね。こんど2人でお食事でも行きませんか?……』

(……ごめんなさい)

 

 相手に心の中で謝罪しながら、スマフォに届いたメッセージを消去する。四葉やサヤちんあたりに知られたら、呆れられるかもしれないなと思いながら、溜息をつく。もし直接話しかけてきたなら、お断りしよう。そう思いスマフォをしまう。

 

(……私は何時まで、こんな思いに引きづられるんだろう……)

 

 ……今日も、夢を見た。夢の中で私は大切な誰かと隙間なくぴったりとくっついていて……、とても幸せだった、気がする。懐かしく、愛おしい誰かと。そして、目が覚めると泣いていて、見ていた夢は思い出せない。ただ、何かが消えてしまったという感覚だけが、目覚めてからも長く残る。そんな、何時もの情景……。

 また溜息をつきながら、駅の自動改札をくぐり、混み合った通勤電車に乗る。

 

(……あと、少しだけ……)

 

 混雑した電車のドア付近に位置取りながら私はそう願う。何が少しだけなのかは、わからないけれど……。

 

(私は、まだ探しているのかな……。いるかどうかもわからない誰かを……)

 

 だから、男性からの誘いを断ってしまうのだろうか。何も覚えていないけれど、もしかしたら身体が、心がそれを知っているのかもしれない。誰に会いたいのか、何を探しているのか、わからないけれど、わからないままなのかも、しれないけれども。だけど……、もう少しだけ――!?

 

「ッ!?」

 

 何気なく併走していた隣の電車を見ていた私に、ある1人の男性の姿が飛び込んできた瞬間、心臓が止まってしまったかのような強い衝撃を受ける。

 

(――――あの人だッ!!)

 

 彼を見た瞬間、私はすぐに理解した。私がずっと探し続けていたのは、あの人だって!あとすこしだけでいいから、一緒にいたかった相手!!

 向こうも私に気付いたのか、私をまっすぐに見て、私と同じように驚いて目を見開いているようだった。身を乗り出すものの、私たちの乗った電車は段々離れてゆき、やがて割り込んできた急行電車に阻まれてしまう。そしてその電車が通り過ぎた後には……。

 

「そ、そんな……ッ!!」

 

 彼の姿が見えなくなり、焦燥感が募っていく。やっと、やっと見つける事が出来たのに……!私が、ずっと探していた相手。ここで、見失うわけには……!!

 

(さっきの電車は確か――!!)

 

 電車が千駄ヶ谷駅に止まり、私はすぐさま駆け降りる。会社に行かなきゃいけないのに、どうして私は電車を降りてしまったのだろう。どうして私は彼を探して走り回っているのだろう。冷静な私がそう語りかけてくるのがわかる。彼に会った事はない筈だ。少なくとも、私は覚えていない。それなのに、どうして……と。

 

(わからないけど……!だけど……ッ!!)

 

 だけど私たちは、かつて出逢ったことがある。覚えていないけれど、私の身体全部が、心がそれを知っている。自分でも無茶苦茶な事をしているのは理解しているけれど、彼も私を探していると何故か確信している。やがて細い路地に出て、そこを曲がるとすとんと道が切れていた。いつか、たしか学生の時にも来た見覚えのある階段がある。そこまで歩いて見おろすと……、

 

(あ…………!)

 

 彼だ……!走ってきたのか、私と同じように肩で息をしながら階段の下にあの人がいるのが見えた。そして、彼がゆっくりと階段を登り始める。私も目を伏せながら、彼に遅れて階段を下りてゆく。段々近付いてくるというのに、彼は何も言わず、私も何も言えない。彼に近付くにつれ、その歩みはよりゆっくりとなっていく。だけれども……、

 

(…………ッ!!)

 

 私たちは、すれ違ってしまう。すれ違った瞬間、涙が出そうになる。心を掴まれたような息苦しさにグッと耐えながら、こんなのは絶対に間違っていると私の中の何かが訴える。このまま、彼と別れてしまっていいのか、と。

 ――いい訳がない!!彼を見つけた時、私はずっと抱いていた願いを知ったのだから!!

 

 

 

 ――あと少しだけでも、一緒にいたい――

 

 

 

「あのッ!」

 

 突然、掛けられたその声を聞き、はっとする。身体が、まるで硬直したかのように動かない。

 

「俺、君をどこかでッ!!」

 

 私は胸に手をやりながら硬直した身体を何とか動かし振り返る。何か、何か話さないと……!彼が呼び止めてくれた嬉しさに、やっと出逢う事ができた感動に今にも泣き出してしまいそうだ。

 

「私もッ!!」

 

 やっとの事で紡ぎ出したその声は既に涙まじりで、その時、私は既に自分が泣いている事に気がついた。嬉しくて泣くなんて、いつ以来だろうか。私の涙を見て、彼が笑う。その顔にも、涙が頬を伝っているのが見えた。私も泣きながら、彼に微笑みかける。

 そして、私たちは同時にある言葉を言った。それは、相手を知りたい時に誰でも使う言葉。これから、何かが始まる予感に胸を膨らませながら、お互いに尋ねる。

 ――君の、名前は……?と。

 

 

 

 




後日、この話までの3点リーダーや、ダッシュ、表現のおかしな点を訂正する予定です。
もし、誤字脱字等ありましたら、お知らせ頂ければ有難いです。

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