君の、名前は・・・?   作:時斗

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第6話

「…ごめんなさい。私、今誰とも付き合う気がないんです」

 

 もう何回目かもわからない告白に、私はまた同じ事を答えている。東京の大学に無事合格してはや3年。何故かはわからないけど、よくこうして告白されるようになった。別に糸守町にいた時から何か変わったという訳でもないのに一体どうして…。

 

「そんな…。宮水さん、他に誰か好きな人でもいるんですか!?」

 

 …普通はそうですか…、で終わる事が多いのだけど、今日は少し相手が食い下がってきた。私は内心で溜息をつきながら相手の事を伺う。成程、事前にサヤちんが言っていたように結構かっこいい人だと思うし、イケメンかと言われると充分納得もできる。確かバスケットのサークルに入っていて、その中でもエースでキャプテンだとか言っていたっけ…。俺からの誘いを断るだなんて…。きっと彼はそう思っているのだろう。今までそんな事もなかったのだろうし、まさか振られるなんて思ってもいなかった、そんな表情だ。

 

「………貴方じゃないんよ」

「え?今なんて??」

 

 …いけない。心の中で呟いていたつもりだったが、実際に声が出ていたらしい。幸い小声で、相手には聞かれていなかったようだけど、気をつけないと…。そう思い直すと、私は彼に向き直り、改めて自分の意思を彼に伝えた。

 

 

 

 

 

「また断ったん?三葉」

 

 大学構内の学食の中で、そう言ってくる私の親友、サヤちん。彼女は今は無き糸守町から私と一緒に東京に来てくれたかけがえのない親友だ。そんな彼女の言葉に困ったような笑みを浮かべながら、うん…、と答える。

 

「まあ、しゃあないやろ。三葉は別嬪やし、伊達に糸守一の美人と言われていた訳やない」

 

 とテッシー。彼も私の大切な幼馴染の一人で、やはり一緒に東京に来てくれた。今は彼のお父さんの仕事の伝手でもう働いており、こうしてたまに時間を作っては私たちに会いにきてくれる。……て、糸守一の美人ってなんよ!?

 

「なーにー?それって私は全然って事なん?」

「…誰もそんな事言うとらんやろ…」

「どーだか。今も三葉の事が気になっとるんやないのー?」

「お前なあ…」

「フフッ…本当にあんたたち、仲いいなぁ」

「「良くないわ!!」」

 

 と見事にハモるところも相変わらずだ。でも、糸守町にいた時と比べて変わった事もある。実はこの2人、付き合っているのだ。前からこの2人が上手くいくよう祈っていた私にとってその事を聞いた時、久しぶりに暖かい気持ちになったっけ…。現在は一緒の大学に通う私とサヤちんとは別に、テッシーは彼のお父さんの伝手で、もう仕事に就き、働いている。たまにこうして私達に、いや主に彼女であるサヤちんに会いに来ているという訳だ。

 

「でもいいの、三葉?今日告白してきた彼、私が言うのもなんやけど、結構いいと思ったけど…」

「うん…。なんとなく、なんやけどそんな気分にはなれんかったんやよ…」

 

 上京してから何度と無くしてきたこの会話。特に2人が付き合いだしてからは、よく私を心配してかこんなやり取りをしている。テッシーたちが上手くいった事はとても嬉しい事だけど、ふと寂しくなる事もある。そんな時は決まって自分の右手の掌をぼんやりと眺めていたりする。まるでそうする事で、何か大切な事を思い出すかのような、そんな気分にさせられるのだ。…でも、結局は何も変わらない。

 

「三葉、折角そんなモテるんに…。糸守にいた時と違って、かっこいい人ばっかやろ。今日の人やってそうやったし…」

「…………その言い草やと、俺はかっこよくないみたいに聞こえるんやが?」

「テッシー、話の腰を折らんといて!…私が言いたいのは、三葉は彼氏作ろうとか思わんのって事やよ!」

 

 何時に無く詰め寄ってくるサヤちんに若干困惑しながらも、私は考える。

 

「ごめん、サヤちん。私の事、心配してくれとるんよね。私も彼氏がいたらなって思う事はあるんやよ。でも…相手の人の事、何も知らんし…」

「だったらちょっと付き合ってみればええやないの。そんなこと言っとったら誰とも付き合えんよ?」

「それはわかってるやさ。だけど、どうしても付き合ってみようとは、思えないんやよ…。それに…」

 

 そして一息つき、静かにこう続ける。

 

「私は……今は作る気にはならんの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今は作る気にはならんの、か…」

 

 次の講義があるから、と先に行った三葉を見送りながら、私はそう口にする。

 

「なんや、気になるんか」

「当たり前やないの!私たちの、大事な親友なんよ!」

 

 自分でもあつくなっているのはわかっている。でも、止める事が出来なかった。テッシーと付き合うようになって、三葉を一人にしてしまった。そんな感覚に陥っているのかもしれない。

 

「お前の気持ちもわかる。だが、三葉の問題や。俺たちがとやかくいうもんでもないやろ」

「そやけど…」

「ま、こうしてたまに三葉の橋渡しになるのはええかもしれんが、決めるのはアイツや」

 

 テッシーはそう言って持っていたドリンクを飲む。そんな彼を横目に私は三葉の事を考える。三葉は容姿もさることながら、宮水神社の巫女として厳しく躾けられていた為か、仕草一つとってみても品があり、華がある。女の私から見ても、たまにドキッとさせられる事もあるくらいだ。それでこうして大学に入学し、周りが彼女をほっとかなくなった。三葉自身は気付いていないようだけど、ウチの大学でミスコンがあったら間違いなく1位になるくらい人気があるのだ。こう言ってはなんだが、男を選び放題な状況にある三葉なのに、彼女は全く彼氏を作ろうとしない。さっきの台詞もそうだし、そこでふと私は最近流れている三葉の噂の事が頭を過ぎった。

 

「…まさか三葉、女の子の方が好き……てことはないやよね」

「バッ…!」

 

 隣のテッシーが飲んでいたものを噴出しそうになりながら、こちらを睨む。

 

「…何よ、私なんか変な事言った?」

「お前なぁ…、流石にそれはないやろ!?飲んでたもん噴きそうになったやないか!」

 

 アンタ、ちょっと噴いてたけどね、とは言わないであげよう。

 

「でも実際に噂も流れとるんよ。誰が口説いてもオとせんからそっちの趣味なんかも…て」

「所詮噂やろ。おおかた振られた男の僻みってヤツや」

 

 口元を拭いながらそう言うテッシーに成る程と相槌をうつ。私も本気で三葉がそっちの趣味であるとは思っていない。まあ高校の頃、女子にも告白されてた事もある三葉だけど、確か断っていたし。

 

「でも、三葉、よく寂しそうな顔をする事があるから…」

 

 テッシーと付き合いだしたからこそ余計に感じているのかもしれないが、三葉はぼんやりと物思いに耽っている時が増えた。そりゃあ元からぼんやりしている所があるけれど、最近は声を掛けるのも躊躇われるくらい儚く、遠くを眺めていたり自分の掌を見つめていたりしていた。

 

(彗星が糸守町に落ちたあの時と比べれば、今は全然やけど…)

 

 それでも、そんな三葉の姿を見かける度に心が締め付けられそうになる。せめて誰か、私たち以外に三葉を心から支えられる人がいてくれればと、そう思ってしまうのだ。

 

「お前の気持ちもわかるってゆっただろ。俺たちが付き合いだして、三葉を一人にしてしまった…。だからなおさら責任みたいなもんを感じてしまってるんやろ」

 

 真剣な顔をしてこちらを見つめてくるテッシー。惚れた弱みなのか、私は彼のその顔にドキドキしてしまう。

 

「三葉がまだ彗星の時の事を引きずっとるんはわかっとる。たまにぼんやりしとるのも、あの時の事を考えとるんやろう。だけどな、だからといって三葉を心配しすぎても仕方ないやろ。ましてや、俺たちが付き合いだした事に対して責任を感じる必要もない。喜んどったやろ、三葉は!」

 

 そう言われて当時、テッシーと付き合い出した時の事を思い出す。

 

 

 

 

 

「おめでとうっ!サヤちん!!テッシー!!」

 

 テッシーと付き合う事を報告した際、満面の笑みでそう祝福してくれる三葉に、ありがと、と小声でお礼を言う。今の私の顔は真っ赤になっているに違いない。隣に居るテッシーもなんだかむず痒そうにしているようだった。

 

「でもようやくかぁ~。本当に長かったやね…」

 

 そしてしみじみとした感じでそう呟く三葉。上京してきて約2年、私と三葉は大学に入学し、テッシーは既に社会人として働いている。三葉のその言葉を聞き、私はますます真っ赤になる。

 

「ちょっと待てや、三葉。ようやくってどういう意味や?」

「…やっぱり気付いてなかったん?本当に鈍感やなぁ。サヤちんはね…」

「あー!三葉ッ!!ストップストップ!!」

 

 こ、こんなとこでバラさんといて!恥ずかしいッ!!

 

「ま、いいや。でも本当によかった。ずーっと2人が上手くいくようお祈りしてたんやよ?」

 

 そう言って胸をはる三葉。そういえば三葉は私たちの事をずっと応援してくれていた。

 

「あ、有難う、三葉」

「なんか、釈然とせんけどな…、一応礼を言っとくで」

「フフッ、どういたしまして!」

 

 本当に嬉しそうにしている三葉を見て、私はふと懐かしい感覚に陥った。彗星が糸守町に落ちて以来、殆ど笑顔を見る事が出来なくなっていた三葉。今のその笑顔に、私は当時の三葉の姿を重ねていた。

 

「2人は…私の大事な親友で、幼なじみやさ。だからテッシー。浮気なんかしたら許さへんよ。そんな事したら…呪うから!」

「怖いわ!!浮気なんてする訳ないやろ!」

「冗談やよ。まぁ、テッシーにそんな事する甲斐性があるとも思えんし…」

「…お前なぁ」

「サヤちんも、なにかあったら私に言ってね。いつでも相談にのるでね」

 

 いつかのようなやり取りに私も心が軽くなる。あの時も、糸守町でこんな風に3人で笑いあっていた。文句を言いながらも、3人で…。2年前くらいの出来事なのにずっと以前のように感じてしまう。それだけ、あの事件は私たちにとって衝撃的な事だったのだ。だから、せめて今だけでも、あの時のように…。

 

「うん、その時は宜しくね。三葉!」

「任せて!サヤちん!」

 

 

 

 

 

「そうやって、その日は3人で盛り上がっていたっけ…」

「…アイツは、三葉は俺たちが付き合い出した事をとても喜んどった。だから、お前も三葉を一人にしてしまったなんて事を感じる必要もなければ、責任もないんや」

 

 三葉は…、前から私の気持ちに気付いていた。だから、応援してくれたんだ。テッシーが、本当は三葉の事が好きだったという事も、気が付いていたに違いないのに…。そして…、私たちが付き合い出した時も…、心の底から私たちを祝福してくれていた…!

 

「…俺だって、三葉の事を心の底から支えてくれる奴がいてくれたらって思っとる。親父や…、三葉の親父さんからも、三葉の事を頼まれとるでな…。今だってこうしてそれとなく見守っとるつもりやし、何かあったら動けるようにもしとる。…まあ、最近は例の事も嗅ぎつけてくる奴もおらんしな…」

 

 テッシーの言う通り、そもそも三葉や私たちがこうして上京してきたのは、マスコミから身を隠すという目的があったからだ。隕石落下を予言しただの何だのと、三葉の周りを嗅ぎつけてきた人たちの目晦ましとなるべく、各地にいた宮水家の氏子さんたちからの協力を得て、こうして東京に来る事が出来た。恐らく三葉のお父さんたちとの間で色々なやり取りがあったんだろうけど、今こうしてここに居られているのは様々な人たち一人一人の力であるという事を、忘れてはいけない。

 

「そうやね…。ゴメン、テッシー。私、ちょっと焦っていたかもしれんなぁ…」

「謝るなや。何回も言っとるやろ。お前の気持ちは、わかっとるって。ただ、三葉を任せるのは誰でもええっていう訳にもいかんやろ。少なくとも、三葉の容姿や雰囲気に惹かれて寄って来る奴には任せられんと思うぞ…。今日の奴とか、な…」

「まあ…、確かに、ね…」

 

 今日、三葉に告白した彼は、明らかに自分が振られるとは思ってもみなかったという様子だった。イケメンだったし、周りからも人気のある人物であったから、いいんじゃないかって思って三葉を紹介したのだけど…。確かにいざ付き合いますってなったら…、複雑だっただろうと思う。そういう意味では、三葉は男を見る目がある、という事なのかもしれない。

 

「それに…多分やけど、三葉にはもう心に決めた奴がおる」

「はぁ!?なんよそれ!?」

 

 何を言い出すんだこの男は!?そんな話、三葉から聞いた事もないのに一体何を…!?

 

「…俺もようわからん。恐らく…三葉自身も…、忘れとるのやろ…」

「なんなんよ、それ!?アンタ、自分が何言ってるのか、わかっとる?」

 

 私の問いかけにテッシーは苦笑しながら答える。

 

「ああ…。ま、忘れてくれ。ただの勘やさ」

「勘って、アンタ…」

「そろそろ仕事に戻らないかんでな。ここは俺が出しておくわ」

 

 そう言いながら伝票を取るテッシー。慌てて私も財布を出そうとするが…、

 

「ええって。といっても三葉の分は自分で置いてっとるしな…。お前の分くらいは払わせてくれや。これでも働いとるしな」

「う…うん…。それなら…お言葉に甘えるわ…」

 

 そんな事を言うテッシーにまた私はドキドキしてしまう。私も末期やな…、そう思ったりもする。

 

(三葉も早くこんな相手が見つかるとええな…)

 

 今も一人でいるだろう三葉に、私は心の中でそっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハァ」

 

 思わず溜息が漏れてしまう。次の講義まで時間が出来た私は、気分転換に構外へ出て来ていた。そして、先程までのやり取りを思い出す。

 

『三葉は彼氏作ろうとか思わんのって事やよ!』

 

 サヤちんとテッシーを見ていて、私も彼氏が欲しい、と思った事もある。何度と無く告白されて、ちょっと付き合ってみようかなって思った事だって…。でも、いざ返事をしようとした時に、私の心の何処かで、それを否定する。まるで付き合う事を、拒むかのように…。

 

「2人が心配してくれるのは有難いけど…、でも…私は…」

 

 ふと気が付くと私は何処かの神社の前まで来ていた。ここは確か…、須賀神社だったかな…?記憶では須佐之男命を祭神とする祇園信仰の神社、だった気がする。宮水神社の巫女として、お祖母ちゃんから色々教わった事の一つだ。…尤も宮水神社が無くなってしまった今となっては、役に立つかどうかはわからない知識ではあるけれど。

 

「つくづく、私は神社から離れられんのかな…」

 

 当ても無く時間を潰していた時に来るのが神社なんて…。そう思いながら私は神社を見上げる。その時…、

 

(えっ!?)

 

 何処か見覚えのある高校生らしい男の子が神社の階段のところに立っているのが見えた。目を擦ってもう一度見てみると、そこには誰もいない。

 

(気の…せい…?)

 

 時々、私はこんな事がある。ふと誰かの面影を重ね、振り返ってみてはその影も形も無い…。そういう感覚に取り付かれたのは多分…、

 

(あの日…、彗星が落ちた日…)

 

 今となってはあの日の事は断片的にしか思い出す事が出来ない。だけど一つだけ、わかっている事がある。それは、絶対に忘れたくなかった事を、忘れちゃダメな人を忘れてしまった事だ。

 

「………もう、4年前の事なんやね…」

 

 そう呟くと、自然と私の足は階段へと向かう。また、私の勘違いかもしれない。行ってみたところで、何も変わらないとも思う。でも…、

 

(もしかしたら…)

 

 もしかしたら、私が探しているものに会えるかもしれない。何も無かったとしても折角だし、ちょっと神社でお参りもして行こう、そう思った矢先、

 

「三葉ー!はよ来ない!午後の講義、遅れてまうよ!!」

 

 はっと前を振り向くと両腕を腰に当てたサヤちんが私を待っていた。

 

「サヤちん?あれ、なんで…」

「アンタがなかなか戻って来んから、心配して呼びに来たんよ。全く、次の講義は遅れたら不味いやろ?」

 

 そういえばそうだった。遅刻したら教室に入れてもらえない厳しい講義だったっけ。

 

「あー…、そう、やったね…」

「わかってるなら、はや来ないよ。駆け足で行かんと間にあわんよ!」

 

 そう急かして来るサヤちんを尻目に私はもう一度神社を見上げる。見覚えのある姿は、もう見えなくなっていた。

 

「三葉ー?」

「ごめんごめん。今、行くでね」

 

 後ろ髪が引かれる思いがするも、気のせいだと思い直し、私は髪を耳にかけながらサヤちんの後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし…、三葉もよくあそこまで告白されるようになったもんやな…」

 

 三葉が告白されるのは、別に今日に限った話ではない。大学に入学して…、というより入学する前から彼女はよく告白されていた。容姿に加え、大和撫子のような佇まいも人気の一端を担っているようだが、あの物思いに耽っている儚い雰囲気も注目を集めているようだ。昔からの三葉を知る俺たちにしてみれば、痛々しい事この上ないのだが。

 

(もっとも、糸守町にいた時から、三葉は人気はあったんやが…)

 

 三葉は目立たないようにしていたようだが、正直それは無理というものだ。なんせ幼い頃より1000年続いていると言われていた宮水神社の巫女として周りから常に見られており、村祭りともなれば三葉が中心にならなければならない。そんな人間が目立たなく生きるというのはどうしても無理がある。まして今は無き糸守町はそのほとんどが宮水神社の氏子でもあった。世が世なら三葉はお姫様、というような立場という事になる。まして町で一番美人で神々しいと言われていた二葉さんの長女として、生き写しのように成長していく三葉は、それはもう人目を引いていた。

 

「ただ…、あの時はちょっと特殊やったけどな…」

 

 俺はそうひとりごちる。糸守町に居た頃の三葉は周りに対して壁を作っていたし、おいそれと手を出せないような存在ではあった。…宮水家にあまり関係のない家系では、それを妬む人間も何人かはいたが…。

 

(俺かて…、あん時はまだ三葉の事は気になっておったんや…)

 

 小学生以前から幼なじみとして三葉の事は知ってるつもりだ。彼女に対しては多少の恋愛感情を抱いていた時期もある。その事についてはある程度は割り切って考えていたつもりだったし、自分たちの住んでいた糸守町の文句を言いまくる三葉に苛立ちを感じた事だってあった。だけど、やっぱり彼女の事は異性として特別に考えていたと思う。少なくとも、糸守町に隕石が落ちてくるまでは。

 

『あの人の名前が、思い出せんの!』

 

 あれは確か彗星が落ちた日だったか、周りに避難を呼び掛けていた俺に三葉がそんな事を言ってきた。あの時は状況が状況だっただけに「知るか、あほう!」と怒鳴りつけてしまったが、同時に俺はその時三葉が誰かに恋している事がわかった。俺が三葉の事を特別な異性としてではなく、幼なじみとしてみれるようになったのはあの時がきっかけだと思う。

 

(あれを聞いて、ああ、コイツはもう心に決めた奴がおるんやな…、と理解したんやったっけ…)

 

 先程早耶香にも言ったが、この件に関しては上手く説明は出来ない。あの時、俺や早耶香以外に三葉に接触していた男がいるとは思えないし、俺たちに隠れて彼氏を作っていたとも考え難いからだ。

 

「ま、考えてもしゃーないか…」

 

 そろそろ仕事に行かないといけないしな…。そう思っていたところにある声が届く。、

 

「………じゃあ宮水は来ると言ったんだな?」

(…ん?何だ?三葉の事か?)

 

 宮水というのは珍しい苗字だ。恐らく三葉の事だろうと耳をすませる。

 

「…余計な事聞くなって。お前はちゃんと宮水三葉を席に連れてくればいいんだよ!」

 

 やっぱり三葉の事だ。連れてくる?なんか穏やかじゃないな。そもそもコイツ、何処かで見た事があると思ったら今朝の男か?

 

「俺たちが合流するまで酒を飲ませながら上手く盛り上がっててくれ。酔わせたらバトンタッチするからさ」

 

 …よりにもよって、コイツ…。なにやら良からぬ事を考えているらしいその男に、俺は問い詰めるべく肩を掴む。

 

「おい、お前」

「!?な、なんだよ、アンタ!?」

 

 急に肩を掴まれ戸惑っている男に詰め寄りそう凄むと、畳み掛けるように俺は続ける。

 

「お前、今朝に三葉に告白した奴やろ。さっきの電話、あれ、なんや?」

「お、お前、宮水の何だよ!?べ、別に何でもねえよ!」

 

 しどろもどろになりながらそう答える男。どうやら通話も既に切れてしまったようだ。

 

「…そうか、話すつもりはない、という訳やな…」

「は、話すも何も…何でもねえって言ってるだろ」

 

 …やれやれ、面倒な事になってきおったな…。未だにしらばっくれる男に溜息を付きながら、俺は一言、

 

「ちょっと、ツラかせや」

 

 

 

 

 

「いてて…、俺はあんまりこういうんは好きじゃないんやがな…」

 

 結局話し合い?の末、三葉に対して企んでいた事を吐かせ、もう二度と三葉に近づかない事を誓わせた俺は、そうボヤキながら歩いている。あの日、三葉に付いて東京へ出てきた時より、俺は親父から、正確には三葉の親父さんからある事を頼まれていたのだ。もし、出来る事ならば、君には三葉のお目付け役としてそれとなく見守ってもらえないか、と…。

 

(俺の三葉に対する感情も…、もしかしたら見抜かれとったんかもな…)

 

 彼女を見守る事には了承したが、男と女としての恋愛感情の面に関してはその時しっかりと断った。…もう、三葉には心に決めた者がいる。だから、せめてその男が見つかるまでは…。そのつもりで俺はその話を引き受けた。

 

「三葉の奴…、全然連絡がつかんな…」

 

 一応、とっちめたから心配ないかと思うが、万一の事もある。俺と一緒に働いていて、宮水の氏子達のパイプ役となっているウオズミの兄ちゃんに連絡しようかと思ったその時、

 

「きゃっ!」

「おっと!スンマセン…」

 

 前方不注意だった俺は、誰かとぶつかってしまい、とっさに謝る。声からして女性のようで、ボブの髪を赤い紐で飾り、黄色いカーディガンを羽織った何処かで見た事のある…ってコイツは!?

 

「…………三葉?」

「あれ?テッシー?どうしたの、こんなところで?」

 

 そこには、ちょうど今探していた三葉がキョトンとした様子でこちらを見ていた。

 

「いや、ちょうどお前を探しとったんやさ。お前、全然連絡つかんかったんに…」

「え?私を?あ、本当だ、連絡入っとるね…」

 

 自分のスマフォを確認し、そう呟く三葉。コイツ…、人の苦労も知らないで…。

 

「お前、友達から飲み会かなんかに誘われとったんやないか?」

「よく知ってるね、テッシー。行くつもりやったんやけど、四葉が風邪引いたみたいやから、ついさっき断ったとこやったんよ」

 

 あっけらかんと答える三葉を見て、内心俺は舌を巻く。今日、ちょっとした危機だったんだぞお前。

 

「…まあ、正直あんまり気乗りはしなかったんだけどね…。どうしても、って感じで断れなかったんやけど…。流石に風邪引いて苦しんどる四葉をほおっておけんから、いい断る材料になったわ」

 

 四葉には悪いけどね、とそんな事を言う三葉。

 

(コイツは…、なんか神様みたいなモンに守られとるようやな…)

 

 神社の巫女だったし、彗星が落ちた時も、三葉がその危機に気付き、住民もほどんどが無事だったという事もある。もしかしたら彼女はそういう神秘的なものに守られているのかもしれない。

 

「それよりテッシー…。何でこんなところにいるのか、答えてないよね…。仕事、休みじゃないんでしょ…?まさか…浮気じゃ…」

「違うわ!!」

 

 なんて事を言うんだこの女は。それが気に掛けて心配していた男に言う言葉か!?

 

「ほんとに~?前にも言ったと思うけど、もし本当に浮気なんかしてサヤちんを悲しませたら…わかっとるやよね?」

「…ああ、その心配は無いやさ…」

 

 あいつは…、早耶香は俺には過ぎた女だ。なんのかんの言いながら、俺に尽くしてくれている。完全に三葉の事を諦めた時、何やらぽっかりと空いた心の隙間を埋めてくれたのが、早耶香だったのだから。アイツがいなかったら…、こうして三葉の事を気に掛ける余裕があったかどうかもわからなかった。報われない想いに押しつぶされていたかもしれない。…この事は絶対に三葉には言えないが。

 

「そっか、ならいいやさ。ま、テッシーにそんな事できる甲斐性もないだろうし…」

「…それ、前にも聞いたぞ」

「うん、前にも言ったやよ?」

 

 はぁ…。これは…、三葉にからかわれているのだろうか…?

 

「…俺には早耶香がおる。なのにどうして俺が浮気せなあかんのや」

「…そうやね。2人が一緒になって、ホントに幸せそうやし」

 

 こっちが恥ずかしくなるほど、そんな事を言う三葉に、何を言うんやさと答えようとした。だけど、自分の右手を儚げに見つめていた三葉に気付き、声を掛けられなくなった。

 

(きっと、また思い出しとるんやろな…)

 

 いや、思い出そうとしているのか。名前を忘れてしまった『あの人』の事を…。

 

(…いつか、ソイツの名前を思い出せたらええな…)

 

 俺は一緒に歩く三葉を横目に見ながら祈りつつ、早耶香のところへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメンね…、お姉ちゃん。心配かけちゃったね…」

「何言っとるん?それよりそろそろやない?体温計、とってみない」

 

 砂時計の青い砂が全て落ちきっているのを見て、四葉にそう促す。力なく取り出した四葉からソレを受け取り見てみると、

 

「38℃…。まだ熱があるのね…。ほら、おとなしく寝ときない…」

 

 そう言って、四葉の布団を掛け直す。普段、元気な四葉がこうもしおらしくしているのはなんとも違和感があるけど、それだけ体調が悪いのだろう。お祖母ちゃんもお盆すぎまではこちらに帰ってこないし、私がしっかり看病しないと…!

 

「おかゆ、作ってくるけど、他に何か食べたい物ある?」

「………アイス食べたい」

「…アンタ、こんな時もアイスなん?」

「…だって、冷たい物食べたいんやもん…」

 

 やれやれ…、まあ食べたいというなら仕方が無い。高カロリーだし、栄養も補えるから一概にダメとも言い切れないし…。

 

「じゃ、用意してくるから…、待ってて、四葉」

 

 置いていた砂時計を手に取り、その場を離れようとすると、何かに引き止められる。見てみると、四葉が私の服の裾を掴んでいた。

 

「お姉ちゃん…」

「すぐ戻ってくるから、おとなしく寝ときないよ」

「もうちょっとだけ、傍にいてて…」

 

 不安そうにそう呟く四葉に負けて、私は再び砂時計を置く。

 

「…じゃあ、この砂時計が落ちきるまで、傍に居てあげるでね。そしたらアイス持ってきてあげるから」

「…ありがと…お姉ちゃん…」

 

 弱弱しく笑う四葉に苦笑しながら私は、裾を掴んでいたその手を軽く握ってあげる。すると四葉は気持ちよさそうに目を瞑った。

 

(全く…、この子は…)

 

 この妹は…、四葉は幼い頃から歳不相応にしっかりしている。姉である私よりしっかりしていると断じているのではないかと勘ぐる時もあるくらいだ。生意気と思う反面、私の事を想ってくれているところもあり、可愛い妹だ。四葉が小さい頃に母を亡くしているので、私が彼女の母代わりになっているのかもしれない。だから、こういう風に私を頼ってくれている時はとても愛しく思える。

 その内、四葉は可愛く寝息を立て始める。さて、そろそろおかゆを作ってくるかなと砂時計に視線を移す。この砂時計は、昔から使っている物だ。隕石が落ちて、家が壊滅しても、何処からか出てきた砂時計で、私にとっても縁のある物でもある。ただ、それ以外にも何か重要な意味を持つ物ではないかと思う事もある。確か、誰かに同じ砂時計を買ったような……。

 

「う…ううん…」

 

 おっと、いけないいけない。寝息を崩した四葉に気付き、私は砂時計を手に取り立ち上がる。そして、四葉のおかゆを作る為にそっとその場を離れる。

 

(無くした大事な人、か…)

 

 大事な人、忘れちゃダメな人、忘れたくなかった人。―――それでも、忘れてしまった人……。そこまで考えて私は首を振る。どんなに思い出そうとしても、思い出せないのだ。上京してきて4年間、いつの間にか身についてしまった癖…。顔を洗う時に姿見に映った自分をジッと見つめてしまう事、ぼんやりと遠くを眺めて誰かの面影を探してしまう事、そして…、何気なく右手を眺めてしまう事。

 

『…今はそのムスビは途切れてしまったのかもしれん。じゃが、また繋がる事もある。お前と、その忘れてしまった相手との間にはムスビが生まれとるのやから』

 

 あの時、お祖母ちゃんに言われた言葉を思い出す。忘れてしまった恐怖に心が押し潰されそうになった私を拾い上げてくれた、あの言葉…。

 

(……大丈夫。いつか、絶対に…、また、会える…)

 

 そう思い直すと、私はおかゆとアイスを用意する為に、今度こそ台所へと向かった。


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