君の、名前は・・・? 作:時斗
第1話
「前にも言ったけどさ……私に何も言いたい事が無いんなら黙ってろよ」
遠まわしに自分の陰口をたたいていたイケてるクラスタに属するらしい3人にそう言って黙らせると、こちらを注目していたクラスメートに向かって何でもないからと言って緊張感が漂っていた教室の雰囲気がふっと軽くなる。それを見届けると俺は何処か怯えたような様子でこちらを伺っている3人には目もくれず自分の席へと戻る。
(全く、三葉もどうして黙ってるんだか)
そう、この身体の持ち主である宮水三葉に心の中で愚痴る。俺、立花瀧は本来は東京都新宿区若葉に住む男子高校生だ。なのに今は岐阜県Z郡糸守町に住む女子高生の宮水三葉に人格が憑依されてる状態である。最も瀧が三葉になっている時は瀧の身体に三葉が憑依しているらしい。いわゆる入れ替わり現象が起こっている訳だが、原因は不明で、眠る事がトリガーとなって週に2日か3日、このようにお互いの身体に意識だけが入れ替わってしまうのだ。
(まあ、アイツも色々立場はあるんだろうけどな)
最初は戸惑っていたこの入れ替わり現象だったが、ある程度回数をこなした事で、三葉を囲う状況らしいものも解ってきた。どうも三葉はこの町の伝統ある神社の子で巫女という立場にあるらしい。それもバイトが破魔矢を売っているようなものではなく、神事みたいな事もこなす本格的な巫女。さらにこの宮水神社がこの町の住民にどうも強い影響力も持っているのに加えて父親が町長であり、三葉本人が知らなくても町の住人が三葉を知っているという状況にあるらしい。
さっきの連中もその三葉の状況が気に入らないようで陰口を叩いているらしい。まあ瀧自身そういうものを無視できるような人間じゃないので、先程のように強引に黙らせたのだが、なんとなくイライラする。
「三葉っ!」
その声とともに早耶香にペシッと太ももを叩かれる。どうも考え事をしてる内にまた足を崩して座っていたようだ。
「またなん?この前注意したばかりやろ?いつもはちゃんとしとるんに……」
「ああ……。ゴメン、サヤちん……」
このサヤちん、名取早耶香は三葉の親友らしい。彼女が気にしてくれているから俺は色々助かっている。特に入れ替われるか試すために居眠りとかして取っていなかったノートを写させてもらった時は本当に助かった。そしてもう一人。
「なんや、また今日は≪狐憑き≫か?三葉」
「またオカルト?アンタも好きやね、テッシー……」
そう言って現れたのがテッシーこと勅使河原克彦だ。若干オカルトマニアっぽいところがあるが、基本いい奴でこいつとは立花瀧として会ってみたいとも思っている。先日は一緒にオープンカフェを作るために一緒に作業もした。あの時も思ったが、いつか時期がくればこの二人にはこの入れ替わりの事を話そうかと思っている。
「あの、宮水。ちょっとええか?」
そんな時、ふと声を掛けられる。多分クラスメートだと思うが、名前は覚えてない。
「ん……、なに?」
「後でちょっと校舎裏に来てほしいんやけど……」
「……わかった」
そう言うとソイツは席を離れていく。まあ多分アレだろう。面倒くさいが仕方ない……。
「宮水っ!俺と付きおうてくれっ!!」
そう言いながらラブレターを差し出してくる。瀧は内心またか、と思いながら差し出してくるソレを片手で受け取る。
「……ん、考えとく」
「じ、じゃあ後で返事くれやっ」
それだけ言うと走り去っていく。それと同時に隠れていたテッシーとサヤちんが出てきた。
「マジでお前、最近よう告白されとんな~。これで何人目や?」
「うーん。数えてない」
むしろ数える気も起きない。そもそも入れ替わる前から度々告白されてたっていうならわかるが、2人の話を聞く限りは告白されてたって話は知らないらしい。となると俺と入れ替わりが起きる様になってからこんな事が度々起こるようになったという事だ。
「このところの三葉は男らしいっていうか、人が変わったようにさばさばしとるしなぁ」
今日みたいにね、とサヤちんが言う。まあ人が変わったようにではなく、本当に変わっているんだから普段と違うのは当たり前だ。瀧自身、意識してないと演技が出来ていない事もあり、普段の三葉とあまりにもかけ離れているんだろう。それにしても、とも思う。
(なんで俺が入れ替わったくらいで、何で急に三葉に告白だの、ラブレターだのが増えるんだよ……)
最初こそ三葉に俺に人生預けた方がモテるだろ、だの言ってはいたが、ここまでくると流石にウンザリしてくる。そもそも三葉のスペックはいいわけだし、モテる要素というのはあったんだろうが、それならば今まで他の奴らは三葉の何を見ていたんだ、と思ってしまう。
(コイツはいきなり人を変態呼ばわりしたり、散財したり、初めてでいきなり俺のバイト先に行って色々やらかしながらも一通り業務をこなして帰ってくるようなファンキーな奴だけど、本当に面白い奴なんだぜ)
入れ替わってる立場上直接当人と会った事はないが、メモアプリを見る限り所々抜けてて、阿呆なところがある。それでいて理不尽な事も言って来るが、基本的に三葉は真面目で一生懸命だ。だからこそバイト先で色々と失敗してても、奥寺先輩を始め、周りがちゃんとフォローしてくれていると自分がいつもと違うかった話として司達から聞いたことがある。もし俺が同じ状況で同じ失敗をしたら、おそらく上手くいかなかっただろう。それでいて三葉は瀧の人間関係をかき回したり散財こそしてくれるが、絶対にしてほしくない事はやらない。だからこそ、心の底では瀧は三葉を信頼しているのだ。今でもメモアプリで色々口論をしてはいるが、正直アイツとこういう事を言い合えるを楽しく思っている自分がいる事も理解している。
その三葉がこうやって、他の男から告白されたりラブレターを貰ったりするのは正直面白くないし、なんかイライラする。その思いが何処から来るのかはわからないが、なんとなく気に入らない。
「それでどうするんや、三葉。つきあうんか?」
「いや、全くその気はないんだけど」
「だったらなんでさっき断らなかったん?」
「んー、ただ勝手に答えるのはやっぱ悪いというか……」
いくら気に入らないからって三葉宛の告白を瀧の方で勝手に断るのはなんか躊躇われる。
「悪いって……誰に?」
「私に」
「「は?」」
そう答えると二人からおもいっきり怪訝な顔をされた。
「ん……?あれは…四葉?」
学校が終わり家に帰る途中、ふと三葉の妹である四葉の姿を見かける。よく見てみると蹲っているみたいだが…
「四葉ー!」
「あ……お姉ちゃん……」
四葉のところに行って見ると怪我をしていた。どうも転んでしまったらしい。
「立てる?」
「うん、大丈夫やよ」
そう言っているが、どうも痛くて立てないらしい。見かねた俺は四葉の前で屈む。
「乗りなよ」
「ええよ、恥ずかしいっ!」
「立てないんだろ、こんな時に遠慮すんなよ」
「……うん」
観念したのか、四葉小さく呟くと背中に身を預けてくる。よっと声を上げて四葉をおんぶすると家に向かって歩いていく。
「……お姉ちゃんってたまに人が変わったようになるね」
「えっ?」
「なんや男らしいっていうか、頼もしいっていうか……」
瀧はまさかバレたんじゃないかとヒヤヒヤしたが、四葉の言葉を聞いてふと考える。妹なら三葉の普段を知っているのではないのか。
「普段の俺……、私ってどんなカンジなの?」
「……なんやまた変なこと聞くなあ、自分の事やろ?」
「ま、まあそうだけど、妹から観たらどうなのかなって思ってさ!」
「えー……、まあたまに変なとこもあるけど、ええお姉ちゃんやと思っとるよ?」
「うーん、そういうのじゃなくて、なんというか…ちょっと抜けてるとか阿呆なところがあるとか……」
「……そういうん自分で言ってて恥ずかしくならん?」
なんか背後で四葉が自分を可哀想なものを見る目になってる気がする。瀧としては三葉が日常どんな風に過ごしているのかを知りたかっただけなのだが……。
「それより今日は組紐編む日なんけど、またわからんとか言わんよね?」
「……全くわかりません」
「ええっ、またあ?!」
……何回入れ替わってもあの組紐作りだけは出来る気がしない。あんな複雑な作業は見よう見真似で出来るようなものではないし、自分もボロを出さないように初日以外は基本的に見るだけに留めている。ちなみに組紐を編む日は着物を着て行なう様だが、着物を着付けることが出来ないので今では制服姿のまま参加している。今日もそうなるだろう。
「四葉ちゃん…、また教えて…」
「ちゃん~?……どしたん、お姉ちゃん……。いつもちゃんとやっとる事やん……」
「アイスおごるから」
「ほんと!?いいの!?ハーゲン!?」
「うん、ハーゲンでいいから」
「やったー!じゃあはよ買って~!」
……まあアイツも普段好き勝手に散財してるし、アイツの分も買っておけばいいか。そう思いつつ四葉を背負ってこの町唯一のコンビニへと向かっていった。
「瀧!2番テーブル、早く行って来いっ!!」
「は、はい!ただいま~」
ここはイタリアンレストラン『IL GIARDINO DELLE PAROLE』。とてもお洒落で敷居の高そうなお店なんだけど、私、宮水三葉は今、滝くんとして働いている。これだけだと何を言っているのかわからないと思うけど、正直私もなんでこんな事になっているかわからない。9月になってからだろうか、もう何回も体験している事だけど田舎の糸守町に住む私と、東京に住む立花瀧くんと定期的に入れ替わる現象に見舞われていた。入れ替わるといっても意識のみで、姿は変わらない。だけど入れ替わっている間は勝手の知らない相手の身体で過ごさなければならない。
そして私は最初に話したとおり、滝くんの入れたバイト先で仕事しているという訳なんだけど……。
(もー、滝くんバイト入れすぎだよ~!折角東京にいるのに毎回毎回バイトってなんなん!?)
いくら私が色々お金を使ってるといっても、バイト入れすぎでしょ!?私が滝くんになった日のほとんどがバイトってどういう事!?ほんとにあの男はッ!!そんな事を思いながら必死になってあっちいったりこっちいったりと縦横無尽している。最初は戸惑いだらけだったけど、漸く最近は少し勝手がわかってきたのかなんとかこなせる様になってきた。最も……、
「瀧!1番テーブルじゃない!!2番テーブルだって言っただろう!?」
「えっ!?あ……、す、すみません!!」
……失敗をしなくなった訳じゃないんだけど。あーんもう、早く終わって~!!
「それにしても、よくあれだけですんだよな~」
「?何か言った?」
ようやく休憩時間になり、一緒にバイトに出てた司くんと高木くんで寛いでいた所に、何か話しかけられてたみたい。
「いやほらさ、お前さっき小林さんに注意されてただろ。あの人、注意し出すと止まらなくなるじゃん?前にお前やらかした時、20分くらい怒られてなかったか?」
「えっ?そうなの??」
20分も怒られるの!?さっき私が間違ったのを咎められた時、謝ったら「もういい、次は気を付けろ」で終わったんだけど……。
「……まあ今日の瀧を見てたら、な。流石のあの人もあまり言えなくなったんだろ」
「えっ?どういう事やさ、司くん?」
「あぁ、成る程な……」
高木くんは原因がわかったみたいだけど、私にはさっぱりわからない。え?何で??
「なんていうか……、今日の瀧は一生懸命っていうかさ、怒りづらかったんだと思うよ」
「うーん、まあ怒られんかったんはええけど……」
「まあ今日はかわいい日でよかったな」
「は、はあ!?な、なんよ?かわいい日って!?」
「あー気にするな、たとえだ、たとえ」
妙な事を言った高木くんに追求するも簡単にかわされてしまう。……私って上手く瀧くんになりきれてないのかな……?そりゃあ今瀧くんの中にいるのは私だししょうがないかもしれないけど……。そもそも私は女の子だし、はばかりながらこれでも由緒ある巫女だし、男の子になりきるというのは無理がある。瀧くんも私の身体でいつもいつもやらかしてくれるけど、まあ滝くんも男の子だし女子の事がわからないのもある意味では仕方ない。…それでも私や女子の着替えみたり、この間のようにブラジャー使ってなんかやってたような変態行為を許すつもりはないけど。
「普段からそんな風なら先輩達にも睨まれなくてすむんじゃないか?」
「ええ~、わた、俺って普段そんなに睨まれとるん?」
「気付いてないのか?ほら、奥寺先輩の件だよ」
「最近とても仲いいじゃん?ウチのマドンナだからな、奥寺先輩は」
「あ、ああ、そういう事……」
嫉妬って事ね。でも私の時は直接言われた事は無いし、例の私の所の3人みたいな陰口も聞いた事は無いけど……。瀧くんの時は色々言われてるのかな……?瀧くん、すぐあつくなる性格みたいだし喧嘩してないといいけど。それにしても、と私は思う。
普段私は学校でも基本的に司くん達と一緒にいる事にしている。最初は普段の瀧くんを知ってる人とずっと行動してたらいろいろ不味いのではないかと思っていたけど、すぐに杞憂だったとわかった。司くんは知的で冷静沈着、周りがよく見えていて細かな心配りもできるし、高木くんは大柄で一見体育会系の人と見間違うけれど、とても親切でそれでいて繊細な一面も持っている。私の知ってる男子って言ったらテッシーくらいだけど、東京の男子っていうのはこんなにもスマートで優しくて紳士なのかって思うくらいいい人達だった。そして二人とも共通して世話焼きなところがあり、私はいつもそこに甘えてしまっている。二人とも時々普段の瀧くんじゃないとわかっているみたいだけど、それも滝くんのあまり見せない個性の一つだろうと捉えてくれてるのだろう。それどころか結構血気盛んらしい普段の瀧くんにもこんな一面もあるのかとむしろ好意的に解釈してるみたいだし。
「そんな感じであの奥寺先輩とも仲良くなったんだろ?最初お前が一緒に帰ったって聞いた時は耳を疑ったけどな」
「正直憧れの人で終わると思ってたしね。お疲れ様です以上な事を言える甲斐性が瀧にあったとは思わなかったよ」
「あはは……、なんよそれ」
「最近は学校の女子とも結構話してるだろ?今までのお前を見てたら考えられなかったぜ」
「お前、顔はいいけどそういう事は苦手なタイプだっただろ?瀧は」
そうなんだ~。この前は「俺はいないんじゃなくて作らないの!」なんて強がってたけど、やっぱりね!それはそうだ。女の子の気持ちが全然わかってないんだもん、瀧くんは。もしそういう気配りができるなら、彼女の一人いてもおかしくないのに。でも……、おかしかったけど心のどこかでホッと安心している私もいる。何故そんな気持ちになったのかはわからないけど……。
「ほら~、君達~!そろそろ休憩は終わりだぞ~」
そんな時、休憩していた私達のところにウェーブがかかった長い髪が印象的なこの店の、そして私にとってのアイドルでもある奥寺先輩が入ってくる。
「あ!奥寺せんぱーい!」
大好きな奥寺先輩の元に駆け寄る。まるで美女のお手本のような洗練された奥寺先輩。笑顔がとてもチャーミングで、この人と話すのは本当に楽しい。東京生活の中でも先輩といるのは1、2を争うくらい私にとって大切な事となっている。
「お疲れ様です、奥寺先輩!」
「お疲れ様。瀧君、ちょっと見て欲しいものがあるんだー」
「わあー、新作のパンケーキやぁー!」
「すごいでしょ?この前出来たばかりのカフェでさぁ~」
「……カンペキ女子の会話だな」
「……ああ、まあ瀧が接点となって俺達も奥寺先輩と仲良くなった訳だけどね…」
後ろで司くん達が何か言ってる気もするけど、今の私は奥寺先輩との話で頭がいっぱいだ。
「今日もお茶して帰ろっか?司くんや高木くんもどう?今日はお姉さんが奢ってあげるよ?」
「マジっすか!?ぜひお供させて頂きます!!」
「いいんですか?俺達も……」
「君達はかわいい後輩だからね。で、どうかな?司くん」
「じゃあお言葉に甘えて……」
今日は司くん達も参加やね。よし、そうと決まれば早くバイトを終わらせんと……!
「んー、休憩終わりや!司くん、高木くん、二人ともはよ行くやさ!」
「はいはい。……また訛ってるし……」
「ま、瀧がこうなのは今日に始まった話じゃないしな……」
駆け出した私を追うように、遅れて司くんたちもやってくる。仕事に戻る私。また失敗しながらもなんとかやり過ごしながらこなしていく。この後の楽しみの為に―――
こうして今日も私は瀧くんで東京生活をめいっぱい満喫していった。