私が10歳になり、夏を迎えた頃。私は車に揺られて花束に埋れていた。お父さんの仕事の都合で遠くへ引越しが決まったためである。沢山の友人達は私が引っ越すのを嘆いてくれて、やれ「川で泳ぎ過ぎて海まで行くなよ」だの、「引越し先は水の中か?」等と言っていたやつもいたが、それもきっと寂しさの裏返しというやつだろう。胸一杯に花の匂いを吸い込んで、寂しさを紛らわせた。
「あれ? 道を間違えたかな……おかしいなぁ。」
「あそこじゃない? ほらあの隅の青い家でしょ?」
どうやら車を運転しているお父さんが道を間違えてしまったらしい。
「道を1本間違えて来ちゃったみたいだな……このまま走らせても着くかな?」
「ちょっと辞めてよ。そうやっていつも道に迷うんだから。」
「大丈夫だよ。ちょっとだけ……ね?」
強引に話を進めてお父さんが車を走らせた。あまり外の景色を見ていなかったが、いつの間にか深い森の中を走っている様だ。あまり整備されていないであろう道は、車体が揺れてとてもじゃないが何処かに捕まらずにはいられなかった。
「ねぇ、この道本当に大丈夫? 戻りましょうよ。」
「大丈夫だって! 四輪駆動だからどんな道でも安心さ。」
どんどん狭くなって行く道に不安を覚える。この先行き止まりとかだったらUターン出来るんだろうか。先程からビシビシと木の枝が車に引っ掛かっているので、開けた場所に出ずに行き止まりになってしまったら20分はバックで戻らないといけなくなる。お父さんのこういう楽観主義というか無鉄砲さは私には全く理解出来なかった。
こうなってしまったお父さんには何を言っても無駄かと窓の外を眺めると、小さな祠が立派な木の近くにズラッと並んでいた。何となく不安感が増してきたが、車のスピードは緩まらない。何故この道を進もうとするのか本気でお父さんが心配になった所で、急に車が止まって堪らず前に体が傾いてしまった。
どうやら道のど真ん中に大きな石像が立っており、ここからは車で進めないらしい。更にその向こうにトンネルがあると言ってお父さんとお母さんはさっさと車を降りてしまい、慌てて追い掛けた。
「何これ……怖い。」
真っ赤なトンネルの前で、立ち塞がる様に立っているダルマの様な石像は怪しく口の端を上げてこちらを見つめている。トンネルから風がこちらに向かって吹いて、私の髪を遊んで行った。2人は何でもない様に通り過ぎてトンネルに入って行ったが、私にはそれが警告の様に見えてならなかった。