優と千尋の神送り   作:ジュースのストロー

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琥珀川の神様と

 

 

 

 

 

とある日に琥珀川のほとりをずうっと歩いていると、木の影にひっそりと佇む様に小さなお社らしきものが建てられていた。今までで何度もお世話になった琥珀川だが、こんな所にお社が建っていたとは思わなかった。屋根に重ねられた木の葉を手で落として取り敢えずと手を合わせる。

こんな所に建てられていては誰もお祈りなどしないだろうと思ったが、お社を移動させるなんてそれこそ罰当たりだ。次の日に私は雑巾とバケツを持ってお社の掃除をした後にオヤツの残りのミカンを供えておいた。

何だかやる気が出てきてしまった私はその勢いでお社の補強に添え木を当てたり、ペンキで色を塗り直したり、寒くないように防熱剤を入れたりしていたが、これは罰当たりだったりするのだろうか。大丈夫? だよね、きっと……。

いつも川を使わせて貰ってありがとうございます、これからもどうぞ宜しくお願いしますとお祈りを済ませて今日は近所のおばあちゃんから貰ったゴマ煎餅をお供えするとお社を後にする。

後ろから「こちらこそ、いつもありがとう」という声が聞こえた気がしたのはきっと気の所為だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法使いになりたい、小学校入学を目前に控えた6歳の子供が言う分には両親は鼻の下を伸ばして全肯定する事であろう。もしかしたら11歳になったら某魔術学校からお手紙が届くかもしれないね、とでも言ってくれるかもしれない。

しかし私は10歳までに魔法使いになりたいのだ。いや、厳密に言えばそれに準ずる力が欲しいのである。しかしだ、かの琥珀川の神様でさえ湯婆婆という銭ゲババアに弟子入りして何とか手に入れられる力なのに、たかが人間の私がそんなものになれる筈がない。

どうしたら良いのか、悩みながらも毎朝塩を舐めてみたり、お手伝いを積極的にして徳を積んでみたり、座禅を組んでみたりしていたのだがイマイチよく分からないでいる。この際、仏に仕えるのも手かもしれないとまで思っていた私だったが、ある日突然気付いた。何か手がキラキラしている。いや、よく見たら全身キラキラしている。目の錯覚かと思ったけどキラキラは触る事が出来るし、本当に何なんだこれは……

 

「水に触れるとキラキラする? のかな。」

 

淡い水色のキラキラが水に浸かった体の表面から浮き上がる。始めは水道で手を洗った時に気付いたのだが、水ならば何処でも良くて、お風呂でも川でもプールでも私の体からはキラキラが出た。少し汗をかいただけでも出るのだから驚きだ。

こんなびっくり人間になってしまって、どうしたらいいのかと戦々恐々としていたが、どうやら他の人にはキラキラは見えないらしい。お母さんやお父さんと一緒にお風呂に入った時は何を言われるのかと怖かったが、拍子抜けだった。それにしても、このキラキラは何だろう。

水の中に手を突っ込んでちょっと念を込めるとキラキラがよりキラキラ輝くし、効果としては水の抵抗を感じにくくなった?とか、潜水時間が1時間位なら余裕になったり、水中での視界がはっきりしたり……あれ、私ったら人間辞めてないか?

取り敢えずいつものお社でお祈りと共に報告をするも、勿論返事は来ない。図書館の古い本で調べてみてもそれらしきものは無かったし、綺麗で別に害もないし良いかと私は結論付けた。

 

 

 

 

どうやらこのキラキラは水が多い程に力を増すらしい。体に纏ったキラキラの量が全然違うので分かりやすい。そして体に纏ったキラキラを水に念じて送り込む事が出来た。するとその水を操る事が可能になったので、これには正直テンションがダダ上がりした。簡単な噴水だけでは飽き足らず、宙に浮いた水龍まで作った時は誰かに見せたくてたまらなくなったが、何とか堪えた。これは流石に人間として拙い。

そんなこんなで随分とお世話になっている琥珀川だが、先日お母さんからとんでもない話を聞いた。近くに大型のマンションを建設する計画があるらしく、琥珀川を埋め立てる案があるらしい。

これはいけない! どうにかしてこの計画を頓挫させないと!! と思ってはみたものの、私は現在ピカピカの1年生なのである。ちょっとキラキラして人間離れしてはいるものの、たかが子供の言う事など、誰も聞いてはくれない。これは責任者に少しずつ悪戯でもして、神の祟りとかにでもするべきかと思案していた矢先、私がキラキラで操っていた水龍が突然話し掛けて来た。

 

「は? ……へぇっ?!」

 

随分と間抜けな声が出てしまい大きく口を開けていたが、水龍は琥珀川に宿る“ニギハヤミコハクヌシ”であると名乗った。あ、私は椎名優って言います…………って、あれっ?! ハク様?! どうして??

 

「今までの話は全て聞かせて貰った。そして言おう。私は優に悪事を働いて欲しくは無いし、これ以上こちら側に近付いて欲しくもない。このままでは川は土に埋れてしまうだろうけど、それも人の世の移り変わりには仕方のない事だ。だから、優には私の事は忘れて人間として生きて欲しい。」

 

「っそれはっ! そんなのは嫌ですっ!! 貴方が消えないで残る方法があるかもしれないのに、諦めて受け入れるなんて!!」

 

「……優は優しいね。だけど、私は優にはそのままでいて欲しいよ。」

 

水龍が目を細めたかと思うと、突然私の方に勢い良く突進して来た。あまりにも急だったので、とっさに腕で顔を庇う位の事しか出来なかったけど、衝撃は全く無かった。

水龍が私を通り過ぎる間、逆に体が暖かい様な心地良さに包まれて、声が聞こえた気がした。

「ごめん、本当にごめんね、優。ありがとう。さようなら。」

寂しそうな声と、私を慈しむ様な感情が感じられて思わず伸ばした手は何も掴む事は無かった。私はそんなに綺麗な人間じゃないのに……貴方が消えてしまったら…私は哀しいよ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば私は木の影で眠っていた。

 

「あれ? 何だかここに何かがあった気がするんだけど……」

 

寄りかかっていた木の周りを1周しても何も見つかる事は無かった。何かを忘れている気がする。とても大切な何かを…………。ポッカリと心に穴が空いた様な気持ちのまま、私はフラフラと家に帰った。

 

 

 

 

 


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